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赤と銀の硝煙二銃奏10



 人の命が儚く散りゆく闘争の宴。砲撃(祝砲)銃撃音(拍手喝采)に、人々の地面を踏みしめる舞踏の音が、死の香りを多分に含んだ淀んだ空気が、絶えずここには流れている。晴れやかな青空は硝煙の黒に染め上げられ、されど地上は空虚を彩るかのようにオレンジ色の炎が至る所で跳ねている。



 その中で人々は回る、回る、回る。



 チークパッド(あご当て)と利き手と逆の手で銃器(楽器)を支え、人差し指(利き手)でその引き金()を弾き、銃器(楽器)より勇ましい音色を奏で宴を一際に盛り上げていく。入れ代わり立ち代わり。バックミュージックのオーケストラの、鳴り止むことのない舞踏会場で、鮮烈な命の輝きを放ちながら彼らは円舞曲(ワルツ)を踊り続けている。




 タンッ




 その敵味方入り混じる混沌とした戦場の中を、軽快にして力強いステップを踏みながら一陣の赤い風が吹き抜ける。

 手に持つは黒塗りの対物ライフル。1mを優に超える大きさのその武装が、駆け抜ける赤い風を凶悪に仕立て上げる。地を踏み、空気を切り、土煙を潜り抜けながら、マックスはこの戦場を疾走していた。



 重心を前に置いた前傾姿勢で疾走していたマックスが、振り子の要領で頭を後方へ逸らし、遅れて身体を後ろへと反らせる。その直後、彼方より銃弾がマックスの頭部へと飛来する。が、そこには既に何もなく、弾丸はそのまま彼方へと飛んでいった。

 仰向けに倒れる形となったが、マックスはその勢いを利用しスライディングをして減速を図る。運よく進行方向にあるのは建物の影。少なくとも射線上から身を隠すことはできる。



「走りながらでもこの精度……っ。敵に回すとホント厄介だなッ!」



 完全に制止したタイミングで反転。俯せとなって、手に持ったツァスタバM93のバイポッドを地面に突き立てて固定し───発射(ファイア)



 対物ライフル(カテゴリー)に名前負けしないだけの火力を叩き出し、放たれた銃弾は家屋の外壁を次々に撃ち貫いて、破砕の爪痕を刻みつけながら彼方へと飛翔する。

 殺気が消えれば、少なくとも手傷を負わせられたというのがわかる。しかし、今回はそれが分からない。当たったのか、外れたのか。それの答えを教えてくれるのは、遅れてやってくる殺気と銃弾。



 殺気というものは、存外に指向性が弱い。銃口を向けられない限りは、『大体この辺り』という感覚でしか特定することはできない。何もない街中での狙撃手の探知にはこの上なく便利なものだが、生憎と戦場においては殺気などそこら中から放たれている。対象が敵全てであるために、赤の他人の殺気をもマックスは察知してしまう。個人の場所の特定など、困難を極める。



 そのためマックスは今、殺気を色濃く察知した場所から相手が移動するであろう場所に当たりを付けて撃っているに過ぎない。負傷を負わせられれば御の字。そのまま治療に時間を割いてくれれば、その分の時間は稼ぐことができる。

 弾薬も無限にあるわけでもない。最後の最後に標的を仕留めるために、ライフルの弾は温存しておきたいのだが、それを許さないのが今回の相手。



「残弾も気にしなきゃならねぇってのに、随分と面倒な手合いを引き当てちまったなぁこりゃ。運の女神様は今日はご機嫌斜めか、なッ!?」



 言って、建物の陰に身を隠せばすぐさま銃弾が遮蔽物を抉る。狙撃が返ってくるということは、敵は健在だということ。身を翻し、地面を力強く蹴る。静から動へ、滑らかに切り替え、走力で以て生み出された運動エネルギーを遺憾なく注ぎこみ、目前に迫った手摺に足を掛け───跳躍。



 一瞬の浮遊感。

 臓器を撫でまわす不快感を噛みしめていると、遂に上方への運動エネルギーを使い果たし、重力に捕まった。落ちながらの不安定な身体を抜群の体幹を使って律し、屋根(地面)を踏みしめる。前方への運動エネルギーを転がることで押し殺し、脚で身体を支えた所で、再びの狙撃。

 それを走りながら難なく回避。その合間に空のマガジンを破棄し、新しいものと交換しながらマックスは内心で独りごちる。




───マガジンはこれを含めてあと二つか……。




 いよいよ、余裕がなくなってきた。

 依頼を完遂させるには、あと10発で、狙撃手(アナスタシア)を無力化し、標的(ゴザン・ハルツェナフ)を仕留め、ここから離脱しなくてはならない。その事実はこの現状から鑑みるに、到底達成するのは絶望的とも思える程にハードルが高い。嫌な汗が、人知れず背を伝う。




───考えろ。考えろ。ここで退いても、遅かれ早かれ向こうで殺されるぞ




 依頼の失敗。一大組織からの信頼の喪失と評価の下降。

 そこから導き出されるのは、集団における一個人の一方的な殺戮。現状とさして差ないようにも見えるが、それでも帰る場所(・・・・)が失われるのが、マックスにとっては痛かった。



 世界最悪の無法地帯。犯罪横行都市。悪の掃き溜め。

 そう呼ばれる場所だからこそ、日の光の下で生きる者たちが介入してこない場所だからこそ、あの男(・・・)の手から唯一逃れられるのだから。だからどんな危険地帯であっても、マックスはあの地を拠点と決めたのだ。

 だから何としてでも、この依頼はこなさなければならない。




 だが、現実はどこまでも残酷で過酷で───




───……ッ!? オイオイオイ……!




 そんな願い、叶うわけがないだろうと。

 どこかで誰かが嘲笑うかのように、敵は容赦なく、マックスに襲い掛かる。






◆◇◆◇






『こちら第六(フォックスロット)分隊。ポイントC―8にて標的を捕捉。交戦に入った。先程まで工作員の女と交戦中だった模様。対象は大口径の対物ライフルを所持し、建物の屋根を伝って移動している』

「こちらHQ。了解した。ヘリを一機そちらに回す。地上部隊はあくまで牽制に徹し、十分な距離を保ちつつその場に釘付けにしろ」

第六(フォックスロット)分隊、了解した』




 通信機から発せられる状況報告を受けて、一人の兵士が淡々と答えを返す。

 華やかというにはほど遠い。必要最低限のものしか置かれていない部屋の一室。しかしそこは一般的な部屋というにはいささか大きく、必要最低限と言えどそこには通信用の精密機械がどっしりと据え置きにされ、中央にある大きめのテーブルにはこの街の鮮明な地図が置かれており、そこには判明した戦況が簡略に書かれていた。つい今し方入った報告の内容も、スラスラと書き足されていく。



 ここは『中東解放戦線』の現本部。その作戦会議室。

 いるのは選りすぐりの情報官と、護衛の兵士、そして───この組織の首領である、ゴザン・ハルツェナフ。



 くたびれた戦闘服が内側から押し出されるほどの恵体に、荒野の中で陽に焼けた浅黒い肌。相手を威圧する強面の面構え。その巨体は椅子に預けられ、ぎぃぎぃ と椅子を軋ませている。

 顎に添えられて右手の指を トントン と打ち付けながら、彼は戦況を地図から俯瞰する。今も彼の頭の中では、これから先の状況の変化とそれに合わせた対策の案が浮かんでは消え、浮かんでは消え、を繰り返している。



「……あの女にも通達してやれ。鷹狩を行うからさっさとその場から離れろ、とな」

「了解。……しかし、聞きますかね? あの女」

「聞かなかったら聞かなかったで、事故に見せかけて処理してしまえばいい。……と、簡単に言えればいいのだがな」



 強面の貌が、苦々しさを押し殺すように歪む。

 本来、工作員というのは潜入からの情報収集、もしくは暗殺を主な任務にする者たちであり、戦場というものには縁がないのが普通である。しかしあろうことか、彼女はその身一つで戦場に乗り込んでしまっていた。戦場に出て死ぬのは本人の自業自得というところなのだが、しかし彼女は女性工作員の最精鋭(エース)である。組織でも人身確保が儘ならないために少しでも損耗を抑えるべく、『女性工作員は死なせてはならない』という命令が上から下されている。故に、誤って彼女を死なせることはご法度だ。勝手にやっていろ、と突き放すことは簡単だが、命令故に彼女の身の安全を護らなくてはならないというストレスが、彼らを襲っていた。



「人員が少ないというのもそうですが、ボスのお気に入りの()ですからね、あの女は。上も死なせるつもりはないんでしょう」

本職(・・)で成果を挙げればいいものを……。こちらの領分にまで、踏み込んで欲しくはないものだ」



 聞けば今回、彼女は自分の得意分野(ホーム)で対象を殺害することに失敗しているという。暗殺特化、狙撃特化な彼女が態々戦場に銃を持って突っ込んでくるということは、失敗の尻ぬぐいを自ら行いたいという考えを持っていることが、彼らからしても開け透けて見えた。



 彼女のこうした戦場への突然の介入は、今に始まったことではない。長距離から狙撃により、別部隊の殺害対象を横取りすることも、これまで少なからずあった。それは彼女の、自分の為すべき仕事の分野以外での戦功欲しさによる独断行動。

 しかしそれは余りに無意味な事。何度も繰り返し、何度も大物を仕留め、何度も報告を上げたというのに、結果としては作戦遂行中の部隊の手柄となる。それは上からの隠蔽工作によるもの。工作員として以外の(・・・・・・・・・)戦功を絶対に認めない(・・・・・・・・・・)という、上の意向によるものだ。



「まったくですな。奴には戦乙女(ヴァルキューレ)よりも、娼婦ココットの方がずっとお似合いだ」

「ほぅ。お前もなかなか言うじゃないか」

(戦功)は貰えますが、(手柄)を取られるのはこちらですからね。これくらい言っても、バチは当たらないでしょう?」



 義と道理を以てすれば排除は容易だというのに、それでは上が困るとなっては彼らは迂闊に彼女を排除することもできない。彼らにできるのは、歯痒さを抑え、こうして陰ながら嫌味を言うのがせいぜいだ。

 だがそれも、致し方無いこと。組織とはそういうもので、そういった条件の中でも成果を挙げ続けなければならない。それができているからこそ、彼、ひいてはこの部隊は上からの覚えが良い。

 故にやることは、今回も同じこと。



「まぁ、いい。現状、戦況は我々の有利にある。敵の反撃を許すことなく、この戦場を掌握する。……くれぐれも、油断はするなよ?」

「ハッ!了解です」



 そう言って、ゴザンの視線は眼下の地図に戻される。

 そこにあるのは一面に規則的に配置された青の印(仲間の位置)と、疎らに散在するだけの赤の印(敵の位置)






刻一刻と、戦況を覆す目は潰されていく。






◆◇◆◇






 パァンッ と一つ、破裂音。次いでカラン と金属が地面に落ちる音が鳴った。空気に硝煙の香りを色濃く残しながらも、未だ紫煙が漏れ出るライフルを構えていたアナスタシアの表情は、硬い。

 すぐさま反転して、遮蔽物である家屋に身を隠す。




───当たら、ないッ。やっぱり、こっちの(・・・・)殺気を掴まれてる(・・・・・・・・)……っ




 立ち並ぶ家屋の一角。屋上の物陰に身を潜め、マガジンを取替えながら、アナスタシアは冷静に分析する。殺気感知は彼女としてもできる芸当故に、この戦闘は既に互いに避け合いをする泥仕合にもつれ込んでいる。撃っても撃っても避けられる。撃たれても撃たれても避け続ける。どちらかが致命的なミスを犯さない限り、この試合は延々と続く。



 マガジンの交換を終え、ボルトを引き、カシャン と小気味いい音を一つ鳴らして、アナスタシアは立ち上がり移動を開始する。工作員として、正面戦闘(・・・・)もこなせるように鍛えてきた彼女はSV98ごときの重さで音を上げるような身体をしていない。平時と遜色ない速度で、足早に移動していく。

 だが、それも束の間。突如として彼女はバックステップを踏んだ。その奇怪な行動に疑問を持つ間もなく、高火力の弾丸が壁を破砕して飛来する。僅か0.5秒の判断の差が、彼女の明暗を分けた。




───嫌になるほど正確よね……っ。これだから戦闘には持ち込みたくはなかったのよ……




 忌々しい、と言わんばかり彼のいる方を睨みつつ、彼女は次の建物に向かってダイブする。手首に仕込んだワイヤーの先を窓枠に引っ掛け、自分はその一階下の部屋窓から屋内に侵入。壁に背を預け、呼吸を整える。




───こっちのコレ(・・)が効かないっていうのは、もうわかりきっているわよね




 最初の狙撃を躱された時点で、驚愕と共にその事実を目の当たりにした。僅かに偶然だという淡い期待が過ったが、それも数発撃ち合いをすれば泡沫のように消えた。確実に、こちらの殺気を読んでいる者の動きだった。それは即ち戦闘における彼女のアドバンテージが一つ、潰されたことと同義だった。



 本来ならばここで彼女が出張ることはなかったが、あの時(・・・)仕留めておくべきだったものを取り逃がしたのは彼女の失策だ。よもや自分が床上(ホーム)でイかされる《負ける》など、彼女は微塵も考えていなかったのだ。だが、実際はこの通り。仕留めきれず、先に堕ちたのは自分の方だった。



 だが真に恐ろしいのは、滲み出てきたアレ(・・)だろう、と彼女は思う。




───何を抱え込んだら、ああいうものが出てくるのかしらね




 身の毛がよだつ、ドス黒い瘴気。悪の汚泥とも言え、忌避感を覚えざるを得ないナニか。気体にも液体にも見えるそれは、スルリスルリと彼女の全身を撫でまわし、音もなく、匂いもなく、ただ知覚させるだけ。たったそれだけで、彼女のガードはいとも容易く崩れ去った。内心は無垢な少女同然に、怯え怖れ震えていた。顔に出さないのはせめてものプライドの残り香だった。

 そして、それがあった次の日に、こうなった。なら考えられるのは




───アレの所為ね。でなければ、こうなることなんてあり得ない……




 一つ得心して、このことはボスに対して報告が必要だと、彼女は心に留める。彼女の所属する組織にも、似たような、他者とはことなる『何か』を持った者が少なからず存在している。そして彼ら彼女らはそれを利用して、確かな地位と実力を手にしている。その中でも、自分はコレの度合いが強い方だと自負していた。確かな自信があった。

 しかし彼に相対しては、それも無に帰した。そのことを、確実に伝えなくてはならない。



『こちらHQ。こちらHQ。アナスタシア、応答せよ』



 と、その時、思考を遮る無機質な電子音が、通信機の向こうから聞こえてくる。一度思考を打ち切り、右耳に当てた通信機の通話スイッチをONにする。



「……何かしら? こちらも立て込んでるんだけど?」

『指令より言伝だ。鷹狩を始める。少なくともヤツから離れていろ』

「鷹狩って…………いいえ、わかったわ。こっちはポイントDからポイントEの境界付近よ。派手にいくのはいいけれど、くれぐれも巻き込まないでちょうだいよ」

『言われるまでもない。こんがり焼いた上質のコトレータを作ってやる。そこで焼き上がるまで、じっくり見ているといい。……お、そうだ! おこぼれ程度はお前にもやろう。熱々にしたファルスなら、お前の大好物だろ?』

「───ッ」



 人を馬鹿にするような、嘲りが多分に混じった言葉を残して、通信が切られた。

 ピッ とスイッチを切り、そのまま通信機に当てた右手を、ギュッ と握りしめ───




「ええい──ッッ!」




 ダンッ と壁を打ち付ける。しかしその壁には罅一つつくことはなく、只々彼女の手が痺れるだけ。それは耐え難い現実に抗いつつもしかしどうすることもできない、無力感に似た感情に苛まれているような───






「私だって…………好きでそんな仕事してるわけじゃない……ッ」






 ───彼女の境遇の表れだった。


アナスタシアは本当は『保有者』としての能力を活かして元々は狙撃手を志望していたのですが、

上の判断で夜伽ができる工作員に配属されました。


理由? どれだけ活躍しても彼女の擁護派(実家)は胸張って彼女は凄いって言えないからです。どれだけ活躍しても「あぁ、また男を色仕掛けで墜としたのか」ってなります。それに合わせて実家の発言権も強くなりません。


コレ考えた上は下種だけど結構切れ者だと思う


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