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赤と銀の硝煙二銃奏9

進ませたいと思う時に限って筆が進まない今日のこの頃……

いや、更新遅くてホントすいません



「畜生ォが!! ここ(・・)に攻撃する意味を分かってるのか連中は!?」

「うるせぇ!! ごちゃごちゃ言ってねぇで、あるだけ弾ブチ込んでやれ!!」

「クソッ!! お前ぇらの所為で今日の朝占い見れなかったじゃねーかぁぁァァァアア!!」




 殺意がこだまし、恐怖が飛び交う。

 半ばパニックに陥っていたホテルのロビーは、つい数分前までマックスがいた時に比べ、『日常』などという光景は砂上の楼閣のように忽然と姿を消していた。



 怒号と銃声と爆発音が空気を震わせ、燃え散る火花と火薬の爆発が空気を焼き、硝煙が肺を焼く。ガラスは飛び交う銃弾と、最初の戦車砲による砲撃で薙ぎ払われ、飛び交う手榴弾やRPGの爆風で欠片は一掃されている。傭兵たちは倒れたソファや健在の柱の影に身を潜ませながら、自らの武装(戦友)を担いで恨み言と一緒に空薬莢と銃弾を吐き出し続けていた。



 それの光景は、まさしく『戦場』。

 火薬の発火と共に命の灯火が燃え、焼け焦げた臭いが戦香(せんか)となって場を支配する。強心剤にも似た効力を齎す魔性の香りは人間から理性を奪い取り、心拍数を引き上げ、極度の興奮状態へと誘う。

 脳裏の奥底に眠りについていた、闘争の本能を引き摺り出すのだ。




ドゴァンッッ──────ドゴァ゛ァ゛ンッッッ!!!




 大地を揺るがす火薬の破裂音が、本能の扉を乱雑に叩き、さらにさらにと引き摺り出していく。瓦礫とガラスの破砕音は命が崩れる音。崩れ行くその音一つ一つが、心を揺さぶり、感情を剥き出しにしていく。



「あ──────」



 殺意の砲弾から溢れ出た炎が独りの傭兵を焼き、降り注ぐ瓦礫の破片が追い打ちをかける。断末魔の、現世に残す散り際の咆哮を遺す間もなく、また一つ、命の灯火が潰える。



「ら、ラモスゥゥゥ───!!??」

「クソッ、もう第二射が来やがっ───」

「馬鹿野郎ッ、頭を出すんじゃねぇ!!」

「この際どっちに雇われたかなんて関係ねぇ!! 暗黙の了解(こっちの流儀)を破った馬鹿野郎共に目に物見せてやれ!!」



 灯は潰えても、飛び散った火種は更に周りの灯火を大きく、そして激しく燃え上がらせる。激昂を、鼓舞を、各人の想いを乗せ、銃撃戦は激化の一途をたどる一方だった。




「チッ、もう始まってるか」




 そこへ舞い込んだ、赤装の若人。

 臙脂のコートをたなびかせ、ロビーから伸びた通路の壁に背を預けながらマックスはそうごちる。鉄火場は目と鼻の先。硝煙と鉄くずの臭いが、風によってここまで運ばれてきている。片腕で土煙を吸い込まないように防ぎながら、廊下からロビーの様子を窺う。表だって荒事が起こる前にここから出ようという魂胆は、既に崩壊していた。



 既に皆が戦闘態勢に移行しており、戦いの色気に酔っている。アドレナリン分泌を促すお香を吸っているような状態だ。彼らの思考回路は、既に敵を殺すことに絞られている。

 裏口も、十中八九敵の手が伸びている。一人で向かえば、敵の集団と鉢合わせする可能性が高い。



「加勢する」



 だから、マックスは加勢の意を伝える。ここから脱するには、正面突破あるのみだ。



 襲い来る殺気を逆探知。悉くを殺し尽くさんと面制圧で襲ってくる殺気を、その根源たる発信者を感覚で以て洗い出していく。

 陸地に鎮座し、そこから発せられる強大無比な殺意は戦車のもの。その周囲に、小さくも確かな殺意の波動を発しているのは敵の歩兵。奥に控える建物からくる、圧を一点に凝縮したような殺意は狙撃手のもの。



───戦車が1。歩兵が15。狙撃手が2、か。



 上の階ではヘリが見えたのだが、こちらに回っていないのは好都合。



 だが、油断はできそうもない。

 歩兵はいずれもフル装備。ここに居るのは最高級ホテル(このホテル)に泊まれるだけの財を稼いだ名うての傭兵たち。それに加えて、ここに居るのは泥沼の悪意と強欲が渦巻くアトロシャスから送られてきた腕利きの戦力(マックス)

 ここは過剰戦力であっても不足はないと言い切れるほどの、実力者たちの見本市だ。敵が如何にこの場所を重く見ているか、考えるまでもない。




───なら、ここで動揺を誘うか




 満を持して投入した戦力の全滅。

 これは敵の指揮官からしてみれば警戒心を否応にも引き上げる事案に他ならない。他の戦力を分散してでも、ここの厄介な敵を潰しに来るのだろう。

 であれば、どこかに綻びは生まれるはず。そこを突けば、如何な強力な軍団であろうと、崩れるのは自明の理。



 そのためには先ず、この戦場()を越えなくてはならない。




───捉えた




 流れるように、発砲。

 硝煙が舞い、狂気と闘気と殺気が渦巻き、怒号と雄叫びと銃声が鳴り響く戦場を、放たれた弾丸が駆け抜けていく。

 狙うは歩兵。瓦礫に隠れる者。ここに来るために持いた車両の陰に隠れる者。そこから銃を構えて身体を出している者を、的確に狙い撃つ。



「なっ───」

「嘘だろっ」



 だが、狙いは頭でなくともいい。

 戦場には既に、数えるのも億劫になるほどの銃弾は飛び交っている。アサルトライフルのマズルフラッシュ、手榴弾の爆炎、RPGの砲撃。それらが常に視界を彩る銃撃戦の最中。




 銃をかち上げ身体を物陰から晒すだけで、見方が勝手に撃ってくれる。




「うぐっ!」

「がァッ!?」




 くぐもった呻き声が零れるも、すぐさま戦場の騒音によって消えていく。

 物言わぬ骸が地面に転がる。それは戦場にはありふれた光景。しかし絶望的状況において、一つの吉報であってもそれは薪となり、戦意の炎にくべられて炎は繋がれていく。

 そして発破(葉っぱ)を掛ければ、炎が更に燃え上がるのは尚のこと。



「もたもたしてんなら、獲物はオレが貰うぞ!!」

「ハッ! 新参者(ルーキー)のクセに生意気言うじゃねぇか!!」

「こっちも伊達にここで生き残ってねーんだよ!!」



 そう言って、マックスは窓枠を飛び越えて戦場に躍り出た。敵の何人かは撃たれたといっても、それでもここは敵は残っている(未だ戦場だ)。そんな場所に身を晒すなど狂気の沙汰。だが、そんな中でもマックスは嗤いながら掛けていく。

 その様子を、敵が見逃すはずもなく。



「一人で出てきたぞッ!!」

「トチ狂ったか!! 構うな。穴だらけのミンチにしてやれ!!」



 敵が吼える。銃が吼える。だが、それでもマックスは駆け抜ける。

 敵の声に呼応して、照準のいくつかがマックスへと向けられる。金属の小塊が無数に弾けるポップコーンのように地面を穿ち、跳ね上がる。瓦礫が吹き飛び、砲撃で地面が捲れ上がり、荒廃した地面がさらに荒れてゆく。



 しかしマックスは、微妙に進行方向を変更していくことで迫る弾丸の猛雨を紙一重に躱していく。 多数の銃口が向けられるのは脅威だが、動く敵にいきなり照準を合わせて撃ち抜けれる射手は滅多にいない。実際、撃ち付けられる銃弾はマックスが踏みしめる場所より30cmほどは離れている。見れば恐怖を助長する光景だが、実際に当たっていないのだから問題はない。



しかし問題は、完全に動きに順応した後のこと。狙撃手に対しても、それは同じこと



 記憶(シナリオ)から狙撃手が照準を合わせる平均時間を引用。現実的に考えて(フィルターを外して)修正をかけ、一秒ほど時間を短縮。

 時間にして、あと2秒で全ての照準に捕捉される。




───その前に、間引く!!




 可能性を手繰り寄せるために、内心で己を鼓舞する。

 引き金を引き、銃口から火が吹く。幾線もの銀の軌跡が生まれるも、それらは標的より僅かに外れている。しかしマックスが狙ったのは、彼らが隠れている物陰の淵。身体を出しているギリギリの位置に弾丸が撃ち込まれれば、余程の精神力がなければ思わず物陰に身体を隠す。そこが狙いだ。

 身を退き、隠れてから再び銃弾を吐き出すまでにかかる時間は僅かだろう。しかし、その僅かの間に限り、射線のいくつかがマックスから外れることになる。



 辛うじて躱せる限界量まで、敵を絞る。前方からひしひしと伝わってくる一撃確殺の殺気と、側面から飛んでくる、只々殺すという意思を宿した複数の殺気。バラけた射線を含めて、照準の合流地点と射線の交錯する角度を脳内で演算。




タァァ───ンンッ!!



ズガガガガガガガガガガガガガッッ!!!



ズガガガガガガガガガガガガガッッ!!!




 一撃確殺を旨とする狙撃手が、寸分の狂いなく頭部(ウィークポイント)狙う。

 すばしこく動き回る標的()を、遂にアサルトライフルがその機動力()を捉える。

 双方の射線が重なり合い、絡み合い、交錯する。そのタイミング。角度。ほぼ同時にマックス()を捉える殺意の死線。

 その確殺の未来を、文字通りに潜り抜けるのは───





───ここッ!





 タンッ と一つ、地面を蹴る。

 走り続けたことで溜めた運動エネルギーを右脚を屈ませることで伝播し、地を蹴る上で最も効率よく力を伝えられる親指の付け根に一点集中。力を逃がさない絶妙なタイミングで膝を伸ばし、その身を宙へと躍らせる。上半身を前へと傾けながら、身体を捻り、背を反らせる。

 高さを犠牲にし、その分スピードを一切落とさず掻い潜るようにして跳び上がったがために、動きに遅れがごく僅かに抑え込まれた。



 その直後。

 跳び上がる直前に脚があった場所を猛然と弾丸が通り過ぎ、確殺を狙って頭部へと放たれた弾丸が、身体を反らせたマックスの身体を掠めていく。

 極限状態に陥たことで、脳の思考が加速し、景色がスローで映し出される。脳の電子信号の伝達速度が動物学的限界点に達し、しかし脳への刺激伝達速度が通常速度のままであるがために引き起こされる現象。

 刹那の瞬間に飛来したはず凶弾が、ゆっくりとして見える。

 金属と布がシュンッ と擦れ、焼け焦げる臭い。だがそこに錆び鉄の臭いはない。



 二方向からの狙撃と銃撃を身体を捻りながら跳び上がって避けるという、一歩間違えれば死に直結しかねない荒業を奇跡でも何でもなく意図して戦場で実行するその度胸に、敵に戦慄が走る。

 驚愕に息を呑む音が、戦場に伝播される。戦意が驚愕に上書きされ、引き金を引く指が一拍止む。




 その一瞬こそが、結末を変え得る分岐点




 お返しとばかりに、マックスの銃が火を噴いた。銃口から飛び出した弾丸は来た道を辿るようにして、同じ軌道を走る。

 放つ殺意が揺らいだのは、既に感知済み。途切れた殺気と集中力を戻すとしても、既に一度リセットされているため、再び同じ水準まで戻されるのにも僅かだが時間がかかる。その一瞬の隙を突いた弾丸が、兵の急所を貫いた。



 一時。一瞬。結末を変えるのは、いつだってその刹那の時間だ。



 戦場に新たに、骸ができあがる。

 敵に走る動揺を片目に、マックスは止まることなく走り出す。正面に配置された敵の内、右翼は完全に沈黙している。敵の横っ腹から、マックスは絶えず攻勢をかけ続ける。

 それを食い止めようと敵が残りの人員をそちらに回すも、勢いに乗った傭兵の攻勢も一層の激しさを増している。知らず知らずのうちに、自分たちが劣勢になっていることに気付き、次第に敵に焦りが生まれていく。このままでは全滅はこちらではないか、という想いが、心の内を占めていく。



 だが、戦況をひっくり返すのは心を焚きつけるファインプレーだけではない。

 自分たちが優位であることを無意識にかき立てる、強力無比な攻撃もまた然り。そして戦意を上げる偉業を為した敵の英雄を、それでねじ伏せることも、また然り。



 故に戦車の砲門がマックスに向けられるのも、ある種の当然の帰結。

 砲弾の再装填。照準合わせ。諸々の時間を費やして、既に次弾の発射準備はできているのだろう。

 いかにマックスといえど、100m先(この距離)からライフルの倍の速度を誇る鉄塊の砲撃を避けるのは、物理的に不可能だ。水上でレールガンを避けた時とは、彼我の距離(状況)がまるで異なる。小さな弾丸ならともかく、砲弾は大き過ぎるがために紙一重に避けることができない。殺気を感知して避ける動作に入ったところで、その前に身体が吹き飛ぶのが関の山。



だが、それは砲撃が為されたら、の話であって…………




ドゴォォォォォァァァァァンンッッッ!!!




 火を噴く戦車。この戦場においてどこに居ても聞き取れるであろう大声量で発せられた爆発音が、大気を揺らして地面を駆ける。瓦礫が舞い、硝煙の香りが ぶわり と広がり、大地に鮮血が零れ落ちる。



「っしゃオラァァ!!」

「敵はその赤いのだけじゃねぇぞ!!」

「畳みかけろぉッ!!」




燃え上がる戦車(・・・・・・・)を視界に収めた途端、戦場に雄叫びがあがる。苛烈を極める銃撃戦が佳境へと向かっていく。大破の狼煙を上げる敵の戦車(最大戦力)を目にし、上がり続けた戦意がここに来て最高潮を迎えようとしていた。

 既に傭兵たちの気持ちは、理不尽をどうにか凌ごう(・・・)という心持ちから、理不尽を何としてでも打倒せん(・・・・)という心持ちに移り変わっている。



 何が起きたのか。それは口にすれば単純なこと。マックスへと照準を変えた戦車の横っ腹を、傭兵が放ったRPGが直撃しただけのことだ。敵の構成は、戦車のみで構成された戦車隊ではなく戦車と歩兵が入り混じった混合編成。当然、戦車には随行歩兵を巻き込みかねない爆発反応装甲などは取り付けていない。故に、砲身に砲弾が装填されていたことも相まって、RPGの弾頭が直撃すれば簡単に堕ちるのだ。



 本来ならば、戦車ほどの大火力を一個人の殲滅に使用するのは正しい使い方とはいえない。それほどの火力は群や、拠点を破壊することこそに使われるべきものだ。しかし今回は状況が状況。戦況をひっくり返されかけたならば、その起点となったマックス(人物)を警戒して叩くのは戦略として正しい。

 だが、それが今回は決定的な隙となった。その結果が、今のコレだ。




───ここはもう大丈か……



 チラ と戦場を見渡す。相も変わらず銃声と怒号がこだましているが、その中には勢いというものが萎み始めていた。先程まで勢い付いていたのは、言うまでもなく傭兵側。それが萎み始めたということは、萎んでも大丈夫な状況になったということ。



 弾薬はまだ余裕はあるとは言え、マックスとしても極力消費は抑えておきたい。でなければ、ここぞという時で弾切れを起こしかねない。ここは、掃討戦に参加せず、すぐにでも移動を開始するべきだと判断した。



 地を蹴り、赤い大地を駆り、瓦礫の山を越え、マックスは破壊の爪痕が生々しく残る廃墟へと身を投じる。



 後ろから聞こえる銃声と、その中に僅かに混じる悲鳴をよそに、マックスは脚を止めることなく進んでいく。

 その悲鳴は誰があげているのか、わかりきっていた(・・・・・・・・)マックスにとって、それはどうでもいい疑問だった。






 初めての戦場にて、戦香に酔わされているのは周りだけではないということに、マックスはこの時気付くことはなかった。






◆◇◆◇






「掃討完了《достижение》。ただし一人逃した」

『へぇ。一体誰かしら? 結構な戦力を送り込んだはずだけど?』

「あの街から送り込まれた、例の男だ」

『あら? 逃げられちゃったのかしら?』

「抜かせ。それはお前も(・・・)だろうが」




 血の海に沈む死体を足蹴にした男が、通信機越しで相手に皮肉を言う。破壊に次ぐ破壊が為され、すでに廃墟も同然となったホテルのロビーで、黒と赤が入り混じった迷彩柄の野戦服に統一された男たちが死体から使えそうな武器を押収している。そこに人としての尊厳を大切にする心は、微塵もない。



 彼らは、マックスが警戒した通り、裏口から侵入してきた敵の強襲部隊だ。それも練度の高い、強襲を主任務としてこなすことが多い実力者たちで構成された部隊。いかに経験を積んだ歴戦の傭兵とて、訓練された軍人たちにはかなわない。発見した者も、応援を呼ぶ間もなく即座に殺された。

 おかげで彼らは悠々と、こちら側に気づくこともない、傭兵たちを背後から強襲することに成功した。そして彼らがここを制圧したことで、マックスの予測に狂いが生じる。しかしマックスがそれに気づくのは、もう少し後のこと。



「───ああ、それでいい。ここは既に制圧済み。こちらも自由に動くとするさ」



 いくつか情報交換をして、通信は終了した。

 通信機の電源をオフに。顔を向き直して男は部下たちに指示を飛ばす。



「テメェら、使えるモン拾ったらさっさとここから移動するぞ。それと───」




 ───あの男とは、極力接触しないようにしろ。



 その言葉に、同意するのは戦場で対峙した者たち。中には ブルリ と恐怖で身を震わせる者もいた。彼と対峙する恐ろしさは、対峙してみないことには決してわからない。用意された盤面が、彼一人によって瓦解されていく恐怖。絶えず浮かべているあの笑みが、個として対峙してはいけないという、動物的な本能が訴えかけてくるのだ。



「いいんですかい? 狩れば一躍ヒーローですぜぃ?」



 その恐怖を知らない部下が、男に問いかける。

 しかし話しかけられた男は、それでも意見は変えなかった。



「放っておけ。あんな血に飢えた悪魔なんぞ、相手にするだけ無駄だ。俺達は俺達の出来る仕事をこなせば、それでいい」



 思い起こされるのは、戦場で嗤いながら、それこそ躍るようにして銃弾を躱すようなマックス。まるで戦場こそ己が棲むべき場所だと言わんばかりの、嬉々とした狂った笑みを浮かべながら見方を屠った彼に、男はうすら寒さすら覚えていた。

 アレを殺すのは、技術や戦術ではなく、シンプルな高火力だ。長年の勘が、そう告げる。



「休憩は終いだ。───いくぞ」



 幾人もの武装した集団が、廃墟となったホテルを後にする。せめて生きて帰れればいいかと、そんな益体もないことを思いながら、彼らは戦地へと赴いていく。






◆◇◆◇






 銃火が躍り、銃声が高鳴り、血と硝煙の臭いが舞い込んだ哀れな咎人たちを戦場の色気に酔わせていく。空にはヘリが跳び回り、銃撃とミサイルの弾頭を絶えず地上に振りまき続けている。戦車は地面を我が物顔で闊歩し、敵対した者を須らく天へと召す号令を轟かせて次々と魂をあの世へと送り出していく。



 市街地に赴き、それぞれ陣営において準備を進めていた傭兵たちは、須らく敵認定を受けて攻撃をされている。

 彼らを襲うのは、赤と黒が混じった迷彩柄の武装集団。徹底的に、そして確実に、残った敵兵を殲滅していっていた。




「───ッ!?」

「なッ───!」




 そしてそれは、マックスも同じこと。

 まだ残っていた廃墟の一つ。一先ず平地から見た敵の本拠地、並びにその周囲の敵を確認するためにそこに忍び込んだマックスは、探索をしていた敵部隊を死角から強襲して息の根を止める。頸動脈、並びに気道の切断。声を出そうにも喉元を掻き切られたために上手く声が出せず、口から血の混じった泡を吐いて敵が沈黙する。

 右、左と。敵が近くにいないのを確認した後、肩にかけていたライフルケースを床に下ろし、そのロックを解除した。



 顕わになった、黒光りする鈍重な一丁のライフル。銃身に、スコープに、マガジン。ライフルケースに収めるために分解されていたそれらの部品を全て組み立て直し、出来上がったのは全長1670mmになる、大口径対物ライフル。セルビア語で『黒い矢』を意味するその銃は、ようやく出番か、とでも言うように、異様な存在感を滲ませている。

 そう急かすなよと、マックスは銃身を一つノックした───






 その、直後───




「───ッ」




 首筋を凍てつかせる、鋭い殺気。

 ライフルを抱きかかえるようにして、床の上をローリングする。積もっていた土煙が舞い上がるも、そんなものはお構いなし。ただ避けることに、身体が全力を注いだ。

 すると直後、シュンッ という音と共に、天井が抉れた。先程までその軌道にあったのは、マックスの頭。

 間一髪。己の殺気感知能力に感謝しつつ、マックスは狙撃のあった方向の窓からライフルを構えた。



 火が上がり、煙が視界を遮る戦場の景色。弾の軌道と殺気の方向を逆探知し、多少移動していることも考慮して──────見つけた。



───ッ! オイオイオイ……



 風にたなびく銀髪に、その色をさらに際立たせる白い戦闘服。動きやすさのために飾り気を削ぎ落し、それでもなおシンプルな色合いが彼女(・・)を彩る。

 スコープに当てていない瞳が、驚愕に見開かれているのが見える。蒼の瞳が、僅かに揺れていた。



「クククッ……ハハッ、ハハハハ、アハハハハハハハ!!!」



 笑う、嗤う、哂う。嗚呼大笑。

 ここはフィクションの世界か!! こんなことは物語の中だけで十分だろう!!

 このどうしようもなく数奇な巡り会わせに、思わずと笑いが零れた。



「ここでそう来るか! ここでお前が来るのか! 嗚呼、やはり現実なんてクソッ垂れだ!!」



 銃を構える。そして向こうも構える。互いにある尾は純粋な殺意のみ。ここでこうして出会い(再会し)、互いに得物(ソレ)を持っているのなら、やることは一つだけ。






「なぁ、お前もそう思うだろう?───アナスタシア(・・・・・・)!!」






 マックス()とアナスタシア《銀》の得物が同時に吼えた。





昨晩肌を重ね合った男女が翌日銃口を向け合って殺し合いを始める世界があるらしい……

一体どこの世界だろうね!(錯乱


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