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赤と銀の硝煙二銃奏8


 朝。それは人が生きる場所須らくに一日の始まりの光を齎す時間。

 それは思い思いのファッションに身を包んだ人が絶えることなく流れ続ける、摩天楼が立ち並ぶニューヨークであっても、貧困に喘ぎ苦しみ今にも死に絶えそうな者が幾百幾千といる紛争地帯であっても、変わりなく訪れる。



 そしてそれは今日、この場所であっても例外はない。



「…………朝、か」



 カーテンの隙間から差し込む眩い陽の光を受け、気だるげな声が部屋に零れる。毛布から覗かせた顔が、薄っすらと瞼を広げた。寝起き直ぐの視界のぼやけと、未だ脳内に蔓延る眠気が視覚情報を阻害しているが、それもしばらくすれば納まるもの。

 次第に脳が正常に稼働し出したのを確認したマックスが──否、『風間 樟則』が、ゆっくりと身体を起こす。



 はらり、と落ちた毛布から、スリムながらも筋肉質な素肌が外気に晒される。言うまでもなく、その姿は全裸のそれだ。そこから昨夜何があったのかを思い出した彼は、ハッ、となって隣を見やる。

 そこにあるのは、誰もが羨むシミ一つない白い素肌を惜しげもなく晒し、静かな寝息を立てているアリシアだった。突然外気に晒され、反射的なのだろうが無意識のうちに腕が胸元に寄せられた。心なしか、その顔には幸福感を覚える穏やかな笑みが浮かんでいるようにも見えた。



「ったく、ホントに幸せそうに寝てやがる……」



 ハァ、と一つため息をつく。だが、その顔には『マックス』ならば絶対に浮かべないであろう優しい笑みがあった。それは慈しみの色が窺える、日本人特有の他者を思いやる心。『風間 樟則』という素面と共に、『マックス』の仮面で覆い隠していたもの。その片鱗が顔に現れていた。



「……いくか」



 しかし、はだけていた毛布をアリシアに掛け直した時には、既にその色は仮面の奥底にしまい込まれていた。そこにあるのは、いつも通りの『マックス』の顔。

 両脇のホルスターに収めた二挺の愛銃。腰に据えたサバイバルナイフ。背中に隠された黒塗りの短機関銃。予備のガバメント多数。そこにサングラスを掛け、いつも通りの赤装を翻し、その身を包んだ男こそ、いつも通りの、仕事をする『マックス』の姿だった。



 カチャ、と静かに部屋のドアを開け、その姿がドアの向こうに消えていく。

 途端、部屋の中にこだます音はいなくなった。部屋を支配するのは、朝にさえずる小鳥の静かな喧騒だけ。





















「……行った、かしら」



 のそり、と動く一つの影と、衣擦れの音。

 毛布の間から伸ばされた白い手が、つい数分前まで、マックスがいた位置に触れる。

 その手に伝わるのは、仄かに残った、人の温もり。生者の痕跡。それをそっと、慈しむようにして、優しく撫でた。



「ねぇ、知ってるかしら? 私と肌を重ねて、朝を迎えた人は───あなたが、初めてなのよ?」



 その顔にどんな表情が浮かんでいたか、それを知る者は、ここにはいない。






◆◇◆◇






 朝のホテルのロビー。そこには自然と、日本でも見ることができるような、賑やかで笑いに彩られた一風景が形作られている。

 ただしそんな談笑の風景を彩っているのは砂埃がこびり付き、血と火薬の臭いが染み着いた野戦服を着た男供だ。中には黒地の服が返り血で真っ赤にペイントされた者も、片耳や小指といった身体の一部が欠落した者すらも散見される。それでいて全員が浮かべているのは、一様にして笑顔。

 気狂いと評したとしても、なんら問題はない光景。見る者がまっとうな感性の持ち主ならば、ほぼ確実に即通報案件だ。



 だが、それがここの常。それが日常。今更そんなことに目くじら立てる者などここには居ないだろう。皆が皆、既にここに染まりきっている。



 そんな中を、マックスは急ぎ過ぎず遅すぎずのペースで歩いていた。左右の喧騒を横目で確認しつつ、目指すのはロビーに併設された売店だ。

 売店の店員に告げられた金額を支払って、新聞を購入する。邪魔にならないように近くの柱に背を預け、見出しから情報を収集していく。今回の依頼に当たって、アリシアが意図的に余分な情報を伏せていないか、と考えなくもなかったが、単に世界情勢くらいの情報は入手していても損はないと思ったからだ。

 情報を知っていることと知らないことでは、アドバンテージに大きく差が出てくる。知っていたらその分だけ、想定できる事態がより多様になるのだ。奇襲の対応は難しくとも、予想されていた強襲ならば対処は容易くはないだろうが、備えることはできるのだから。



 ───……おっと、ようやく来たか



 そこへ何の気なしに近づいてくる影が一つ。それを チラッ と横目で確認する。

 近づいてくるのは、くたびれた服装に身を包んだ一人の男。中に防弾装備を着こんでいるのか、やや凸凹とした起伏が見える黒の野戦服に迷彩柄のチョッキという出で立ち。動きやすさと、瓦礫やガラスの破片で負傷しない頑丈さを意識した服装だ。



 マックスが背を預けている面から90度横。そこへ ドンッ と音を立てて背中をもたれかかる。

 男の顔には、苛立ちを隠そうとしたぶっきらぼうな容貌が浮かんでおり、濃い眉毛と深い堀に刻まれた皴が、その苛立ちの程を雄弁に語っている。



「……どういうつもりだマックス」

「合言葉を省略するたぁ、よほど逼迫してるみてぇだな。……こっちは特に問題らしい問題は起きてねぇな」

「惚けるな。女を連れ込んでいたことぐらい、こっちは把握している」

「なんだ嫉妬かよ。モテないからって僻みを言いに来るなんざ、男として情けねぇぞ?」

「テメェ……ッ」



 惚けた返答をすれば、殺気混じりの怒気が放たれる。押し殺してはいるが、それでも溢れてくる怒気が肌に伝わってくる。それはこの状況に持ち込まれたことに対する怒りなのか、それともマックスに対する期待外れ、という意味での怒りなのか。



───……まぁ、両方、だろうな。



 チラリ と周囲に目をやれば、そこにあるのはいつも通りの風景。マックスに視線を向けてくる者がいくらか見えるが、その大半は新参者に対する好奇心からだ。しかしその中に、彼らの更に奥から、監視者特有の敵意の混じった視線が含まれている。



 視線に気づいたのは、売店に立ち寄ったタイミングから。最初は工作員が接触の機会を窺っているのかと考えたが、それにしては近づいてくる気配が微塵もなかったためにその考えは撤廃された。ならば残った選択肢は一つ。敵勢力の監視者と考えるのが妥当だろう。



 見張っているということは、これから何か仕掛けてくるということ。男にもわかりやすいよう意識と雰囲気を切り替え、警戒心を上げる。冗談を言う雰囲気を、この場から霧散させる。



「まぁ、冗談は置いておいて…………単刀直入に、あの女どこの回し者だ(・・・・・・・)?」

「……なんだ、気付いてたのか?」

「ハニートラップは一番警戒してたんでな。こっちも、女に誑し込まれるほどバカじゃねぇよ」



 むしろマックスは、墜とされないよう最善の注意を払っていた。首輪を繋がれないよう、感情が揺れ動かないよう、理性の鎖で感情を雁字搦めにしていた。故に俗物的な思考を回せるほど、彼に余裕があったわけではなかった。



 それを聞いた男の怒気が、目に見えて萎縮していく。期待をした戦力は、役立たずでも何でもなかった。既に状況を把握して、警戒を怠っていなかった。それがわかったならば、自分が抱いていた怒りは無意味なものだと、そう思ったのだ。

 認識と評価を改め、対等な仕事相手として誠意をもって対応する。



「まぁ、女に絆されていないならそれでいい。…………奴の本名はアナスタシア・S・アリーニナ。『見えざる凶刃(ブリーザク)』の二つ名を持つ、『S.R.H』の中でも3指に入るエージェントだ」

「ヒュ~。おっかねぇのが来たもんだ。……んで、その『S.R.H』のエージェントってことは……」

「そうだ。あの女が出張ってきたということは、十中八九『解放戦線(向こう)』のバックには『S.R.H』が一枚噛んでるということだ」

「対して『義勇軍』のバックには『玉樹會』、と。……お前ら、代理戦争でもやってるのか?」

「言うな。こっちも頭が痛いんだ」



 ハァ とため息をつく男の仕草には、疲労の色が濃く見える。事実、この抗争は大勢力同士の間接的な戦争に他ならない。裏世界の覇権争いを担う一角が、ここを通り抜けた先の石油(お宝)を狙っているというのであれば、本来ならばもっと手勢を増やして徹底的に侵攻を阻止するべきであった。それに気づけず、呑気に系列傘下の武器商人たちを使って金儲けに走っていたのが悔やまれる。



「まぁ、それはこっちの問題だから、アンタが気にすることはない。……続けるぞ? これまでの経歴から、奴は情報収集と暗殺に長けたエージェントと目されている。正面戦闘の方は、注意をしていれば問題はないだろう」

「へぇ、暗殺特化ね」

「だろうな。発見された死体はいずれもベットの上で全裸(マッパ)だったらしいぞ」

「おいおい、よりによって腹上死かよ。男としちゃあ随分と上等な死に方じゃねぇか」

「皮肉か? 死因は心臓発作じゃなくて頭を銃弾で撃ち抜かれたことだぞ? 表としてはそうかもしれないが、裏じゃあハニトラに引っ掛かったバカとして死んだんだよ」

「ハッ、笑うに笑えねぇなぁ……」

「そちらは? 何か収穫でもあったか?」

「悪いな。こっちも、情報の対価にあいつから聞き出した情報なり流してやりたかったんだが……予想以上にガードが堅かった。有益な情報は空っきしだ」

「まぁ、そこは責めねぇよ。向こうのエージェントはどいつも優秀だ。そう簡単に口は割らないだろう」

「ああ。理性吹き飛ばせばいけると思ったんだがな……」

「……お前は一体何をやったんだ……?」



 情報交換は、恙なく行われていく。次に会った時の対策。これから起きるであろう襲撃の手口を情報から導き出していくが、あくまでわかるのは方向性だけ。それでも、得た情報は必ず活かされることだろう。



「一応聞いておくが、どうやって向こうが敵だとわかった?」

「こっちも確証まではなかったがな。最初(はな)っから疑ってかかってたよ」



 そもそも、あの時の連絡員と別れてからマックスが席に辿り着くまで、目算でも15分も掛かっていない。男が殺されてから、連絡を受けて、新しい人員を送り込む。その工程を予想外のアクシデントを受け、即席で行えるなどそれこそ敏腕で知られる劉であっても奇跡に等しい御業と言えるだろう。そして送られてきたのが、それこそ人員が少ない女性の、夜枷までできる工作員(エージェント)ならば尚更。



 予め用意されていた、という方がよっぽどしっくりくる。



 そしてそこに、アレ(・・)が加われば尚のこと。



「確証を持ったのはアレだな。あいつが言っていたのが俺が言うべき合言葉(・・・・・・・・・)だった(・・・)、ってことだ」



 マックスらの合言葉は、事前に通達された劉の指示通り。



 マックスの合言葉が『猫を尊び、鼠を蔑め』。


 工作員たちの合言葉は『狩るべき時は猫に在らず、獅子として在るべし』。



 工作員たちに課せられた合言葉は、それは玉樹會のメンバー全員に課せられた信条だ。

 追いかけ、追い詰め、必殺の覚悟を以てして鼠の息の根を止める。追い詰めた(スパイ)を嬲り弄び、万が一の『窮鼠猫を嚙む』(手痛いしっぺ返し)があってはならない。故に仕留める際には一切の慢心を、嗜虐心を、良心を排し、威圧を以て敵の気骨を折り、反撃の隙を与えずに確殺をもたらす獅子であれ。

 潜入工作を行う工作員たちではなく、懐に潜り込んだスパイを発見し(サーチ)次第(アンド)処理(デストロイ)するための一般メンバーに課せられたもの。



 敢えてマックスの合言葉を潜入する側のものにしたのも、接触する工作員の合言葉を処理する側のものにしたのも、つまりは言葉にせず伝える潜入のアドバイスと、裏切った場合は容赦はしないというマックスへの脅しを含ませるため。互いの意識の中への刷り込みを狙ったのだろう。



 だが、アリシアが言った合言葉は逆の、マックスのものだった



「お宅の工作員の決死の妨害工作(ファインプレー)だろうさ。一か八かの賭けか、それとも狡猾に狙ってか。敵に偽情報を流したんだろう。先方には、素直に敬意を表するよ」



 そしてそれを間違えたということはつまり、誤情報を掴まされたということだ。

 全員が全員、合言葉の裏の意図は少なからず気づくことができる。そしてそれが分からないのは、敵側だけ。

 その情報を掴ませた者が、その認識の違いを突いて、気取られずに情報を渡したのだろう。

渡した者が、どんな状況下(・・・・・・)であったか、それは考えるまでもない。その状況下でことを為したというのなら、彼の行動は称賛されて然るべきものだ。



「………そうか」



 短くどこか感慨深げに、男が呟く。その言葉には、認識や理解とは別の意味が込められているようにも感じられた。そこにツンツン、と手に当たる感触。差し出されたのはマックスから。手触りからして紙の何かだろうと認識し、男はそれを受け取った。



謝礼(チップ)だ。それでそいつに、酒盛りでもやってやれ」

「……謝礼にしては、随分な量だな」



 差し出されたのは、シンプルな茶封筒。入っているのは100ドル紙幣が、50枚。

 酒盛りの代金としては多すぎる量だ。



「正当な金額だ。一矢報いたお仲間の行動には、それに見合う価値があった。それだけのことだ」

「……そうか。なら受け取っておこう。あいつの好きな酒を、ありったけ買ってやろう」

「そうさ。好きな酒を、せいぜい酔い潰れるくらい飲ませてやれよ」

「ああ、そうするとしよう」



 そのまま二人は、何を言うでもなく、互いに踵を返して離れていく。



 男は、言わない。マックスも、追及しない。



 『だった』なんて過去形を、ここで言うのは野暮なことだから。











 後日、街の郊外にある小高い丘に、ひっそりと小さな墓が立てられた。その中には白い布で丁寧にくるまれた遺体と、それを覆い尽くすほどのギムレットの酒瓶が埋葬されていたそうな。



ギムレット、その酒言葉は───────『長いお別れ』だ。






◆◇◆◇






 場所は戻って、再び一晩泊まった部屋のフロア。

 そこは各部屋の丁度間に位置されたライトと、廊下に設置された窓から漏れる陽光により、明るく彩られている。夜は薄暗がりだったために細部まで見えなかったが、やはり格式高いホテルであったようで、一切の手抜きは見られなかった。元より利用者は少ない方だが、それでもきっちりと隅々まで掃除までなされている。



 既に宿泊客は粗方で払っている。故にもたらされた静謐なフロアにマックスの足音がよく響く。

 サク、サク、サク と、淀みなく進んでいく。

 人が通らないために、遮るものは何もない。誰もいないために、一言も発さない。3m間隔で、部屋のドアが過ぎていくだけ。



 静かすぎて気味が悪いと思うほどに、このフロアに響く音はない。



 目的としている部屋には、すぐに辿り着くことができた。右の胸ポケットにしまい込んでいたカードキーと同時にホルスターから愛銃を抜き取り、ロックを解除した。『CLOSE』から『OPEN』の表示に変わるとともに、カチャッ と開錠された音が聞こえる。それと同時に気配を確認し、ドアノブに手をかける。



───……ん?



 手元に感じる、微かな違和感。ドアノブの変形や、金具の故障などではない。単に、何かが引っ掛(・・・・・・)かっている(・・・・・)ような、僅かな感触。だが、押し出したものを、簡単には引き戻せない。違和感を覚えつつも、ドアは家主を迎え入れるようにして道を開ける。だから、気付けた。気付いてしまった。




 足元の、ドアの隙間から生えた一本のワイヤーと、そこから覗く、箱形の鉄塊の一部(クレイモア地雷)が……



───ここでそれを使うかッ!?



 ガラス片に太陽光が反射した時のような、刹那の煌めきが見えたと思った次の瞬間、無数の殺意の小弾と身を焼き焦がす業火が、耳を劈く轟音と共に襲い掛かった。

 爆風と衝撃が建物を揺らし、突如として発生した衝撃に耐え切れなかった窓ガラスが次々に破片へと成り果てていく。クレイモア地雷に底まれていた鉄球が対面の壁一面をアリの巣(穴だらけ)に変えていく。



 未だ破砕音が鳴りやまない中。その爆音に追随するかのように、フロアにバタンッ と扉を勢いよく開ける音が二つ加わった。場所はマックスがいた部屋の両隣。そこから飛び出してきたのは動きやすい軽装の上に、防弾チョッキやライフルを背負い、敵を殺害するために武装をした4人の男たち。


 彼らの手にあるAK 105 の銃口が、誰の合図もなく火を噴いた。


 もうもうと立ち込める煙の向こうへと、彼らはどこに敵がいるかなど関係なしに銃弾を注ぎ込む。それと同時にフロアの廊下へと銃弾の空薬莢が散乱していく。その数が増えるほどに、生存の可能性が反比例的に下がっていくような錯覚さえ覚えてくる。彼らはそんなものは一切度外視して、左右交互にフレンドリーファイアを避けつつも間髪入れずに銃弾の雨を浴びせ続けた。

 下の階では身に覚えのある衝撃と、不可侵領域と思っていたこの場所を襲った轟音にならず者たちの狼狽える声が少なからず聞こえてくる。



 そしてその銃撃音が、弾切れと共にピタリと止んだ。辺りには火薬の焦げた臭いと、空の薬莢が散乱する光景が広がっている。それは外で見た人の命が露と消えゆく戦いの爪痕と、何も変わらない光景だった。



「……対象は沈黙。これより死体の確認を行う」

『了解。……最後まで油断はしないことね』

 了 解 (言われるまでもない)



 端的に、それで相手にも伝わる野太い声が、静かに耳を打つ。

 リーダー格の男が通信機越しに連絡を回し、マガジンをセットし直した銃を構え、後ろの男にハンドサインを出して中腰で進んでいく。



 生存は絶望的。対人殺傷能力が極めて高いクレイモア地雷による奇襲に加え、左右からマガジン4つ分を使い切る大盤振る舞いの鉛玉のプレゼント。これで生きているなど、それは人間ではないナニかでしかない。煙の向こうで無様な肉塊になっているだろう、というのが四人の考えだった。




 だが、彼らは気づくべきだった。

 そこに立ち込める硝煙の中に、鉄錆びの臭いなど一つも漂っていないということに。



「……おいっ、死体がどこにもな───」



 チャキッ



 たかが一時。されど一時。

 その僅かな一時に気を抜いた時点で、彼らの命運は尽きていた。



 マックスの死体を確認しようと扉に集った四人の内の、扉側にいた二人。灯りを全て破壊し尽くし、薄暗がりとなった部屋の奥から伸びた腕が、二人の額に添えられていた。音もなく、気配もなく、気付けばこめかみに触れていたのは、ひと肌の温もりなどではなく、この世からの旅立ちを齎す、断頭台に座すギロチンの刃。



 視線だけ、脳を介さずに何とか動かせた先に映ったのは、天井より逆さまとなって落ちてくるマックスの姿。



 無機質な、金属の噛み合う高い音。それが彼らには、ギロチンを支えるロープが切れた音のようにも聞こえた。



「───人の部屋で勝手をするなんざ、随分と躾けのなってない猟犬(犬っころ)共だな」



 乾いた銃声が、4つ鳴る。そして出来上がったのは、4つの死体。

 爆破の後に流れた最初の流血は、襲撃者たちのものだった。



 ヒラリ と空中で体勢を整え、その場に着地する。

 その様は五体満足とは言い難い。赤いコートは所々焼け焦げており、完全に襲撃を避け切れたわけではないことを物語っていた。

 だが、そんなものは気を取られるに値しないと、マックスはただこびり付いた煤を手で払うだけだった。



「ったく、なーにが不可侵領域だよ。ガセネタもいい所だ」



 あー嫌だ嫌だ、とマックスはため息を零す。

 だがこれは、いずれ来た日常の終わりの(とき)に過ぎない。それがたまたま、今日だったという話。運に見放されたのか、はたまた悪運に好かれているのか、そんなターニングポイントによく立ち会うものだと、心のどこかでそんなことを思う。



 徐に、視線を外へと見やる。

 そこにあるのは寂しい廃れた街などではなく、今か今かと命の火花が飛び散る寸前の光景。()が飛び交いそしてごみの様に捨てられ、そこに生まれた刹那の煌めきが心を昂らせる(震わせる)。そんな命を対価に奏でられる大協奏曲(狂葬曲)



 大地に兵士が蠢き、戦車が轟く。空をヘリが占領し、そのギラついた殺意を隠すことなく曝け出している。かつて見たこともない、まさに決戦に相応しい最大戦力の全投入(オールイン)



 ありふれた日常の最期を彩るに相応しい、最高にして最悪の大抗争だ。



「遂に本気で潰しに来たか……」



───まぁ、やる内容に変わりはないか



 その様を見たとしても、彼は慄くということをしない。

 あくまで自然体に、彼は窓際から踵を返す。無造作に転がっていた大荷物(ライフルケース)を片手で引っ掴み、肩にかける。



 そしていつもの笑みで、いつもの顔で、何の気なしに、いつも通りに言葉を紡ぐ。




「さぁて、お仕事しますかぁ」











 さぁ今こそ、砲撃(祝砲)を上げよ。


 無数無尽の銃撃(万来の喝采)を以て、出迎えの準備をしろ。


 血塗られた大地(レッドカーペット)に、隊列を組んだ兵士たちも忘れるな。




 その首を狩りに、悪魔が向かうぞ───





最初の部分はもしかしたら前話のラストに移行させるかもしれませんが、

特に流れとか変わらないので変わっていたとしても気にしなくて大丈夫です。

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