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赤と銀の硝煙二銃奏5


 サンサンと、眼下の者たちを射殺さんばかりに降り注ぐ紫外線の猛威と、肺を侵さんと風に乗ってやってくる砂塵に顔を顰めつつも、俺たちはイラク最大の空港であるバグダード国際空港に降り立った。

 タラップを降りた先にあるのは、まだ見た目新しいホワイトカラーの外壁。そこに取り付けられた窓からは家族連れの旅行客や電話を片手にキビキビと歩いているビジネスマンが見える。どの空港を除き、よく見られる光景だ。



 だが一転。180度回転して反対側を見てみれば、そこに広がるのは荒廃した大地に風化の進んだ外壁たちだ。

 イラクに油田が開発され、そこから得られる潤沢な資金に目を付けた企業たちがこぞって訪れるようになったせいか、それに呼応するかのように空港の周辺を中心として新しい建物が次々と建てられ、街としての発展にも繋がった。だが、その恩恵を受けられるのは街の中でもビジネスマンたちが頻繫に使う区画(表街)のみ。空港のエントランスから出て街の中心に向かう区画の発展は目覚ましいものだが、その反面、空港の滑走路を挟んだ向こう側にはほとんど人が訪れないために発展は欠片も見られず、街の発展から置いていかれたような寂しく荒んだ街並み(裏街)が広がっている。



 華やかで先進的な『表街』が存在し、国としてもそちらの方に意識と資金をかけているおかげで、もう一方の『裏街』の影が一層際立って見える。物乞いや餓死者は当たり前に存在し、脅迫強盗窃盗暴行強姦という日常茶飯事に加え、『表街』にいるはずの企業の人間すらも、その輪に混ざっているのだろう。警備の目が厳しい『表街』では到底できないような非道な行いも、警備の目すら存在せず半場放置され無法地帯と化した『裏街』では何の躊躇もなく行うことができるのだ。もはや勢力が危ない橋の上で均衡している分、多少なり秩序がアトロシャスよりもよっぽど性質の悪い場所だろう。

 ()発展を続けていく(その強さを強め続ける)限り、暗くて黒いモノは炙り出され、淘汰され、排斥されるのが世の習わしだ。



 これは、アトロシャスでも見られる中心街とスラム街の違いにも似ていることだ。

 勢力抗争に敗れて誇りと力と財を全て失った敗北者に、望まぬ妊娠の末に産まれるも、育てられないために娼婦に棄てられた孤児たち。現実から逃げクスリに溺れ、廃人になった哀れな人間の末路たち。男たちの欲望に誇りと希望を切り刻まれ、この世全てを濁った眼で見つめ続ける幼い少女たち。



 強者(勝者)は常に光あるところに行き、弱者(敗者)は光ある場所を追われ光の届かぬヒエラルキーの最下層に逃げ込むしかない。勝者が勝者で在り続ける限り敗者は生まれ続け、それが一層暗部の淀みを増していくのだ。

 これが似ていないと言わずして、何と言うのだろうか。




───光の裏に陰ができるのは何処だろうと同じ、か




 これから俺が向かうのは、『表街』。俺は敗者ではない(裏町とは反対側だ)。少なくとも勝者で在り続ける内は、向こう側には行かなくて済むのだ。



 フゥ、とそんな感傷の残り香を吐息に混ぜて吐き出し、感傷に浸っていた頭を現実に引き摺り戻す。横目でチラリ、とその光景を眺め、敗けた俺が行きつく場所を目に焼き付けた後、俺は立ち止まっていた足を再び動かして前に進む。口元を覆う布で砂塵の舞う外気を掻い潜り、砂塵で視界が悪い中でもよく目立つ白塗りの壁を潜り抜けた先で、難を逃れた俺たちを空調機の冷気が優しく包み込む。同じく飛行機から降りた旅行客も、思い思いに気の抜けた言葉を吐き出していた。



 空港の内部は、和気藹々。英語圏ではなくアラビア語圏のために何を言っているのか理解することはできないが、他の旅行客たちの顔には須らく笑顔が浮かんでいる。陰謀策謀が日常会話の裏にまで浸透しているアトロシャスでは、あまり見られない光景だ。

 そんな光景を横目に流しつつ、俺たちは案内に沿って順路を進んでいく。



 バグダード空港はアトロシャスの影ある者の船着場(ギルティ・エアライン)に比べて職務に勤勉なようで、職員の職務怠慢は見られない。ただし、荷物検査を受ける時は他の飛行機から降りた客とは別の経路を辿る仕組みらしく、俺たちの乗った飛行機の乗客は全て一ヶ所に纏められて検査を受けた。たぶん、向こうも分かっているからこその対応だろう。まともに荷物検査を受けでもしたら、俺たちはみんな仲良くブタ箱へGOだ。 



「パスポートを拝見します。ご提示いただけますか?」



 そのまま荷物検査を難なく終えた俺たちは、荷物一式を受け取り、道なりに歩いてゲートまでやってきた。行きと同様、ここではパスポートの提示が求められるため、予めバックから出してコートのポケットに移し替えておいたパスポートを係員の女性に提示する。



───ちょっと、おしゃべりをしておくか。



『これでいいか?』

『あら、お上手ですね。アラビア語が話せるんですか?』

『齧った程度だが、日常会話ぐらいならなんとかな』

『ふふ、それだけでも旅行には十分ですよ』

『そう言ってもらえると、自身がもてるよ』



 あくまでやり取りは、日常会話の範疇。別段、彼女を情報を仕入れようとも思ってないし、こっち側に引き込もうとも思ってはいない。だがこれで、一応の仕込み(・・・)は完了だ。



「ようこそ、バグダードへ。楽しんでいってくださいね」

「ああ、精一杯愉しんでくるさ」



 手続きが終わり、パスポート一式を返却した職員に片手を振って別れた俺たちは、旅行客の人込みに紛れながら出へと進んでいく。肌を刺すような殺気は感じられないから、ここはまだ敵勢力の手が入り込んでいない安全圏なのだろう。

 と、そんなことを考えている時に、アリシアがそっと肩を寄せてきた。

           

                                                                                                 

「表のロータリーに車があるから、それで現地まで直行するわ」

「オーライ。それと、宿はどうするつもりだ? まさか、あの地区(ハイエナの巣窟)で宿を取るつもりか?」

「そのつもりよ。ただ、安宿だと戦車の砲撃で簡単に吹き飛ばされるから、街の中ではかなりいい宿を取ったけれどね」

「そこでRPGじゃなくて戦車が例えに出てくるあたり、向こうは相当に世紀末らしいな」

「当然よ。あそこは世界各国の武器商人にとっても試作機の実験がし放題な聖地(ジハード)なんだから。あまり多くはないけど、格安で最新鋭の武器が卸されることもあるのよ」

「ハッ、そいつぁ随分とわかりやすい需要と供給の構図だな。傭兵(ハイエナ)武器商人(餌やり係)が共存できる特一級紛争地帯(サバンナ)なんて、連中からしたら聖地でしかないだろうさ」



 それは金儲けを考えている連中ならば、こぞって集ってくるような最高な市場だろう。相手を殺すことを念頭に置いて創られた最新の兵器が、例え試作機(プロトタイプ)だろうとかまわず常にロールアウトされ続ける。そんな場所、それは確実に世紀末と言うにふさわしい場所だ。



 このような何気ないやり取りの中でアリシアから情報を引き出していたものの、言葉もほどほどにエントランスのエリアから離れ、俺たちは空港のロータリーに出た。急な光量の増加に一瞬だけ目が眩んだが、それが慣れて視界が回復すると、そこから先にはアトロシャスには一歩劣るものの、十分に発展していると言えるだろう光景が広がっていた。

 天高く聳える高層ビルが陽光を受けて眩く光り、旅行者向けの高級ホテルがあちこちに乱立し、客を引き込もうと店先で宣伝文句を謳っている店員が看板を持って声を張り上げ、仕事を終えて帰路に着く車が道路を縦横無尽に走り続けている。

 思わず、と言った感じに言葉が漏れる。



「ここだけ見りゃあ、平和に見えるんだから不思議だよな」

「ここ最近は油田開発の事業が盛んで警備が厳しくなって、あちらからこっちにテロが勃発する(飛び火してくる)ことが少なくなったせいよ。5年前くらいはかなりここもピリピリしてたらしいけど、今や向こうでどれだけ人が死のうが爆発が起きようが、この街の住人は特に気にすることはなくなったそうよ」

「時の流れ、ってのは残酷だな」



 もう一度口元を布で覆い、再度肌を焼く直射日光と、建物があるおかげで若干和らいだ砂塵の中に身を躍らせる。出口は二階部分にあるため階段を使って一階へ降りると、バスが何台も停まっており、そこから数分かけて歩いた場所に車両の邪魔にならない程度に道路脇に停めてあった車の下へとたどり着いた。

 あれ、これって……。



「着いたわよ。コレに乗って向こうまで行くわ」

「日本車の四駆か。……『SAFARI』か?」

「ここではかなりオーソドックスな車よ。性能は十分に良いし、丈夫で修理も簡単だから需要が高いのよ」

「なるほど」



 そう言って俺たちは車に乗り込んだ。中は綺麗に整理されており、緊急時にも即座に対応できるようになっている。実用性を重視したものになっていた。

 運転席に座っているのは、意外にも女性だった。クセの混じったミディアムショートの金髪が後ろからでも窺え、睨みつけるような吊り目がバックミラーから俺を見つめている。

 俺は警戒でもされているのか?



「そちらの方が、今回の依頼の相手ですか?」

「ええ、そうよ。先ずは向こうまで送り届けるわ。運転はよろしく」

「………はい」



 先程まで聞いていたアリシアの声が、一瞬にして低いトーンに変わった。

 そして繰り広げられる、機械的な、人間味の感じられない会話。気持ちの一切籠っていないやり取りと言えばいいのだろうか? 両者の関係が冷め切っているのか、それとも元から仲間間の会話はこうするよう訓練されているのかどうかは定かではないが、到底仲間間でするような声のトーンではなかったと思う。



 何事か、と聞きたい気持ちがないわけではないが、下手に踏み込むと地雷を踏み抜きそうなのでここは不可侵と言う名のスルーを敢行する。いつ爆発するかわからない人間関係(地雷原)に突っ込もうとするほど俺は馬鹿ではないし、人間関係(地雷原)修復(除去)しようと思えるほどお人好しではない。触らぬ神に祟りなし、ってやつだ。



「では、出しますね」

「それじゃあ、マックス。向こうに着く前に、ある程度向こうの情勢について話しておきましょうか」



 体感では変わらない温度のはずなのに、精神的に車内の温度が下がったような気持ちになりながらも、車は静かに発進する。






◆◇◆◇






 中心街から抜けて暫く経った頃。窓の外を流れる景色は色とりどりの建物と人込みから無人の荒野に移り変わり、黄土色一色に染められた景色へとなっていた。

 熱砂が吹き荒れ、あぜ道の小石がゴツゴツとタイヤを打ち付け、車体がガタガタと揺れている。しかしこれでも大分衝撃は抑えられている方なのだろう。世界に名だたる日本製の車両だ。この程度は想定した上で設計をしているはずだ。



 車両に乗るのは、男一人に女二人の計三人。しかし会話をしているのは、後部座席に座っている俺とアリシアの二人だけだ。運転席にて沈黙を貫きながらハンドルを握っている運転手は、俺から話を振るも一言二言話す程度で切り上げてしまう。その所為で自然と会話をするのが俺たち二人になってしまうのだ。この状況が、かれこれ2時間は続いている。



 しかし、そのアリシアからもたらされた情報のおかげで、向こうの情勢は大雑把ではあるが大分把握できた。

 首都バグダッドから北北東へ進み、アルビールより西方100kmほどの位置にあるハムドチェラ地区ではイラク側に『義勇軍』が駐屯し、イラン側を『解放戦線』が占領している。以前は国境付近が戦線となっており、ハムドチェラ地区の国境付近がかなり激戦区となっていたのだが、現在では地区中心付近に激戦区が移行している。そして、使用される銃火器が以前とは比べ物にならないほどの火力を誇っているため、地区中心部はもはや瓦礫の山とかしているらしい。



 両勢力の拠点は、『義勇軍』が地区の最西部。そして『解放戦線』が地区の北東部。拠点を手っ取り早く撃破するために互いにヘリを何機も投入し、そして放たれたミサイルの弾幕を対空砲撃によって次々と墜とし、そしてやられたらやり返すことの繰り返し、という終末戦争染みた様相。

 最近は資金をつぎ込み過ぎた割に成果が出ないからそれは消極的になっているのと、化学兵器や生物兵器が使用されていないことはせめてもの救いだろう。



 そして傭兵も数多く投入されており、彼らはここ最近押され気味の『義勇軍』側ではなく優勢の『解放戦線』側に大半が付いているらしい。しかし、傭兵の中でも大物と呼ばれる者たちはこの程度の不利を承知で『義勇軍』側に付いているらしい。数では『解放戦線』側が勝っているが質では『義勇軍』側が勝っているという具合だ。



 そんな撃った撃たれたという殺伐を繰り返している彼らだが、何故かは知らないがハムドチェラ地区郊外にある宿場町で皆同じように寝泊まりしてるらしい。

 仕事は仕事。それ以外はオールフリー。その日銃撃戦を繰り広げた晩に酒場で出くわしたとしても、「テメェ今日はよくもやりやがったな!」「オメェも容赦なく撃ってきたじゃねぇか!」と笑顔で酒を飲み交わしているらしい。それでいいのかお前ら。



 だがそれがあるおかげで、ハムドチェラ地区以外には被害が出ていないという副次効果が出ているんだからなんとも言えない。両勢力にいる傭兵が戦場と認識している場所が合致しているため、戦場以外では互いに戦おうという考えには至らないのだ。

 仮に敵の戦力である傭兵を宿場町で襲撃しようものなら、それはそこにいる傭兵全てを敵に回すということ。今まで味方だった傭兵たちが一瞬にして敵側に寝返り、倍以上に膨れ上がった戦力で袋叩きにされるのは流石に怖いため、両勢力のトップも彼らの襲撃は行わない。まぁ、傭兵は公私をしっかり分けているようだから、敵側の作戦が漏れることはないらしい。漏らしたら信用問題になるため、それ以降傭兵稼業はやっていけなくなるのだ。




「世の傭兵ってそんなフリーダムなのかよ」

「大抵の傭兵は好き好んで人殺しで金を稼いでる頭のネジが飛んだ連中よ。だから基本的に思考回路が似通ってるのよ。殺人に悦を覚えた連中は殺し屋に転向するようね」

「必要以上に仕事はしたくねぇ、って思考と仕事終わりは酒でバカ騒ぎしたいって思考か」

「そういうこと」



 アリシアも、あまり顔には出さないようにしているようだが、声にいくらか呆れが含まれている。しかしまぁ、思考回路のことなる人種のことを深く理解する必要性もないだろう。それはそういうものだ、と理解しておけばいい。




───けどまぁ……





 話に釣られて忘れてはいけないのが、ここはまだ宿場町では(・・・・・・・・・・)ないということ(・・・・・・・)





砂塵によって視界は最悪で


音も砂塵の所為で聞こえづらくて


長時間車内でじっとしている所為で集中力が欠け始めている




ほら、これって───





───絶好の狩り時(まさに千載一遇)だよなァ──ッ!!




 針が突き立てられるような痛み。全身の神経が反射の領域でフル回転し、視覚情報で以て遠方に一瞬の煌めきを捕捉した途端、脳への認識伝達を優先順位の位階から引き摺り下ろし身体をデメリット度外視で突き動かす。




「伏せろ!!」




 俺の声を聞き、アリシアが一瞬遅れて伏せた瞬間、音速の2.5倍という認識外の速度を以て殺意の礫が虚空を走る。遅れてやってくる「ターンッ」という破裂音と、砂塵を突き破る風切り音が奏でられた。




ズブシャァァンッッ!!




 柔らかいナニか(・・・)が千切れる音。固いナニかが折れる音。車内に飛び散る赤い飛沫。ペトリと頬に付着する、生暖かい肉の欠片。ぶわっ、と車内に充満する、人だったモノが匂わせる鉄の香り。

 窓から頭が出ない程度でバックミラーを見れば、運転手の首から上が無くなっていた。




そう、忘れてはいけないのだ。


ここは定められた戦場ではないが、戦場に指定されない場所ではない。


傭兵だろうと、殺し屋だろうと、自由に狩場に指定することは(・・・・・・・・・・)できるのだ(・・・・・)




戦闘は、いつも唐突に。


黄昏時の荒野にて、今日も戦火が幕を開ける。






変更点


そしてなにより、工作員が接触してないのに流される向こうの情報


→これ、そもそも連絡要員として派遣されたのがアリシアなので、向こうの情勢をある程度知っていないとおかしいですね。


素で間違えてました。申し訳ないです。

この少し前の描写から修正を入れる関係で、後半を大幅に加筆修正しました。

以後、このようなことがないよう気を付けます。




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