魔王の目醒め
ちょっと難産でしたが、仕上がりましたので投稿します。
遅れて申し訳ありません。
誰か、サブタイトルのセンスを分けて欲しいです…(ボソッ
「よぉ、店主。ここで武器を扱ってるのは本当か?」
「あン……なんだ、ガキか。ケツの青い若造ごときが、うちの武器扱おうってか? んなガキにやるような銃なんざ、ここじゃ売っちゃいねぇよ!! とっとと失せろクソガキ!! 帰ってママにでも構ってもらいな!!」
───……開口一番で罵倒された。解せぬ。
俺が来たのは酒場のマスターに紹介された武器の売買を取り扱う店だ。先程の黒人から拝借した中国製のトカレフは管理がズダボロだったせいで故障の危険があったし、俺の手には馴染まなかった。こんないつ爆発するかわからない爆弾に俺の生死は預けられない。だから真っ先にここに来たのだ。
まあ、身なりはどう見てもそこらの貧弱な青年と大差ないから仕方ないが、せめて客として来ているんだからもうちょっと丁寧に扱って欲しいところだ。礼儀を重んじる日本なら、絶対にありえないことだ。客の応対一つせず追い返すなど、会社ならクビ。自営業なら廃業街道まっしぐらだ。それが、タバコを吸いながらというのだから尚更心象が悪いだろう。
だがしかし、店主の言い分も筋は通っている。ここは無法者のたまり場で、法という概念が紙屑に等しいのだろう。そんな中だからこそ、いきり盛った若者が簡単に人殺しの道具に手を出せばそこから先は泥沼だ。後戻りなど出来はしない。深淵を除いた瞬間、深淵もまたこちらを見ているのだ。見られたが最後、抵抗する暇もなく飲み込まれ、延々と光ある場所から遠ざかり、その者の生は永久に常闇の中に囚われるのだ。
それを防げるのがせめてもの出処の主である店主、というわけだ。
なるほど、道理は通っている。この店主には、この店主なりの譲れないものがあるのだろう。
……けどな、店主
「俺にも退けねぇものがある。悪いが、今すぐ俺に合う銃を見繕って欲しいんだ」
ズドンッ!!!
放たれた銃弾は右側方の陳列されていない金属棚を這っていたゴキブリを正確に捉える。甲殻が砕け散る音とそれを掻き消すかのような甲高い金属音が、店内に響いた。
……よかった。実弾を打つのは初めてだったが、何とか狙いを付けた標的に思惑通りに当てることができたようだ。片手で撃ったことで腕にかかる反動は相当厳しいものだと踏んでいたが、スタントマンとして鍛えていた所為か反動が苦でなかったのは朗報だ。これなら、少し慣らせば容易に撃てるだろう。
……が、これが功を奏するのはコイントスの裏表の確率と同じだ。
標的に当たったはいいとして、外したらそれはただの脅しに成り下がる。それはそこらのチンピラがナイフをチラつかせてカツアゲしているのと同じ効果しか相手に与えることができない。当たったからこそ、俺には実力があると思わせることはできたかもしれないが、これを子供の癇癪と捉えられればマイナスの心象を与えかねない。かと言ってこういう筋の通った頑固な手合いは話し合いすら応じてくれない。誰かこの街でこの店主の信用のある人間を連れてこれれば話は変わってくれるかもしれないが、俺にそんな人脈はない。だから消去法でこれしかなかったのだ。これでOKが出るかどうかは、完全に運任せだ。
ん? そういえば……
──店主が吸っていたタバコが既に半ばからなくなっているんだが、そんなに速くタバコは燃えるものなのか?
◆◇◆◇
───はぁ……またガキが来やがった
今しがたうちの店の門を潜ってきた客を横目に、カウンターに座る武器屋の店主──ロットンは内心嘆息する。もうこの店を構えてニ十年以上。老舗とも呼ばれるほどには、彼はここに長く店を構えている。彼の取り扱う武器は品質は街で随一。そして彼は目利きの腕も確かで、来客一人一人に合わせて最適な銃を見繕うのだ。最初に武器を選んでもらうならこの店だ、とここの住人全員が口を揃えて言うほどには信頼と実績がある。最初に選んでもらった銃を十年以上愛用しているコアな顧客も多く、加えて修理も請け負ってくれるのだ。今までに世話になった客は数知れず、悪党であれ筋を通す者たちは皆、ロットンに敵意を向けることはない。その技術の恩恵を受けられなくなるのは、彼らとしても痛いのだ。
そして、街の住人なら誰しもが知っていることだが、彼は未成年一人には銃を売らない。それは彼なりの誇示であり、譲れない一線。故に、誰もそこには踏み込まない。踏み込むとすれば、ここの闇を何一つ知らずにのこのこやってきた半端者の小悪党くらいだろう。
もしくは、目の前に佇むこの世の闇を知ってしまった若造か
どちらにせよ、青年に銃を売るつもりはない。これは彼が商いを始めて二十八年間貫いてきた譲れない信念。鋼の意思だ。動かすならば、並みの力では到底及ばない。
どうするのか、そう彼が思った瞬間に青年は動いた。アジア系特有の黒髪に、切れ長の目。鍛えているのか細身ながら引き締まった筋肉が破けた服の間から垣間見えた。そして懐に手を入れる動作に入った。
───ああ、なるほど。こいつも同じか
思うようにいかない時、若者は決まって暴力に走る。人生という名の研鑽の『け』の字をようやく覚えだした青二才はこういった場での切り抜け方なんて知りもしないし、覚えようともしない。故にとれる手段は酷く原始的で動物的な哀れな手段しかない。そっと、彼はカウンターの下にある銃に手をかける。いつ来てもいいように、来たら直ぐに反撃できるように。おいたが過ぎる悪ガキに、手痛く灸をすえるために。
そして、獲物にしっかりと手を添えたその刹那、大人しかったはずの青年が眠れる牙を抜いた。
空気が、変わった
青年は、別段特異な行動をしたわけではない。ただ、付けていた仮面を剥ぎ取って本性を露わにさせただけなのだ。だが、それは表層に現れるだけで室内の空気を塗りつぶし、ロットンの所有物であるはずのこの部屋を一瞬にして青年の支配下に置くほどの劇物だった。目の前の異質な闇を吐息の如く吐き出す獣に視線が釘付けになり、ロットンの身体が硬直する。まるで闇が自分を絡めとっているかのような錯覚さえ覚える。何だ、この青年は。なんだ、この男は。どこから、いや、一体どうやってそれだけの闇を溜め込んだというのか……!
そして、その直後の出来事だった
ズドンッ!!!
知覚すら許さない神速の抜き撃ちを以て、青年の凶弾は放たれる。気づけば、右腕は既に真横へ振り抜かれていた。
だが、たかがこれだけで驚くことなかれ。
その弾丸が狙うは棚を這いずる下郎な輩。アトロシャス近郊に巣食うこのゴキブリは通称地を這う者と呼ばれ、さして人間に害があるわけではないが、その特徴は何よりも速いことだ。眉唾物だが、プロのスナイパーが捉えきれなかったほどと噂されている。だが、彼はそれを寸分違わずど真ん中を撃ち抜いた。甲高い金属音と甲殻が砕ける音、それらが奏でる醜く物騒な二重奏が店内にこだまする。
だが、まだ終わらない
青年のトカレフが放った7.62mm弾は、青年が放ったことでその身に刹那の息吹を吹き込まれた魔弾と化す。宛ら最期の忠誠心を尽くさんとする騎士の如し。まるで意思を宿しているかのように、棚、壁、床……四方八方に自らの身をぶつけ、魔弾はその美しい流線形を歪にしながらも強引に軌道を変えてロットンに迫った。
跳弾
入社角度と反射角度、発射位置、標的の位置。それら全てが寸分の狂いなく計算の上で成り立つという条件にのみ起こり得る絶技。運に委ねれば実現できる確率はサハラ砂漠に埋まっている一カラットの宝石を見つけるに等しい御業。それを、事もあろうに若き青年が成した。撃ち抜かれた標的は、彼が擦っていたタバコ。愛用のガラムは半ばからポトリと床に落ち、残っているのは火の付いていないのに焦げ跡が残るフィルムだけだった。
「………」
「………」
両者の視線が、交錯する
ロットンを見下ろす青年の目は、どこまでも深く吸い込まれそうな深淵の黒を宿している。呑み込むぞ、そう暗に語りかけてくるような気さえ起こさせる目は、ブレることなくロットンを見据える。顔に驕った表情は見られない。これくらいやってのけて当然だと言わんばかりに、何の色も映していない。
さて、どうしたものか。ロットンの心に葛藤が生まれる。
この青年の心に何が渦巻いているのか、ロットンから見てもそれを見極めることは叶わない。だが、ここで断れば青年の心に渦巻いている闇の矛先は何処へ向くのか。見ず知らずの人間に振りかざされるというのなら、ここは引き受けるべきではないのか。それに、卓越した射撃センスを持つこの青年に最高の銃を渡してみたいという商人魂が、再び疼いた。
だが一方で、濃密な闇を抱えているといえどもまだ未成年。それを止めることも大人の役目ではないのか、という想いも彼の心に芽生える
YES or NO
闇を抱いた生粋のガンマンに銃を売るのか、それとも未成年だからと長年の己の誇示に従うか。天秤は果たしてどちらに傾くのか。その天秤は、未だ揺れ続ける
「………………………………………………はぁ」
カチカチと時計の音だけが鳴り響く店内に、溜息が漏れる。一分か、はたまた十分か。静かに、そして重苦しく降りていた静寂は、遂に破られる
「……わぁったよ。お前さんに銃を見繕ってやる」
「──ッ! おう、サンキューな、店主!!」
屈託のない年相応の笑顔は、交渉成立の証。天秤は、埃塗れだった商人魂に傾いたのだった。
だがこの時、青年は気付かない。演技を意識しようとせずとも、その顔は既に悪役のソレになっていることを。無意識のそれが、彼の想像を遥かに超えた波紋を生み出していることに。
果たしてそれが、彼の吉となるか凶となるか。それを知る者は、ここにはいない。
◆◇◆◇
「ちょっと~イイ男じゃな~い。どお? 今夜は私と遊んでいかない?」
「そいつは魅力的な誘いだが……どうやら、今日の俺はツイてないらしい」
「んん~~? お金かしら?ちょっとくらいなら、おねーさんがサービスしてあげるわよ?」
すっかりと夜の蚊帳が降りた頃、アトロシャスの北西にある一角は一際活気に満ちていた。ただ一つの眠らぬ夜の街角──すなわち歓楽街だ。昼間は人通りも疎らで閑散としているのだが、その本当の姿は夜になると現れる。身売りの女性たちがそういうお店の前で男性客に言い寄って客引きしている風景なぞ珍しくも何ともない。むしろそれが仕事だし、そういうことを生業としている者が集まるのが歓楽街である。昼間よりも夜の方が人通りが多くなるのは当然のことだ。
そんな人だかりの中を、俺は一人で歩いていた。……別段盛っている訳じゃない。まだ十代だし三大欲の一つは枯れてないが、今それを求めたら死ぬ。確実にだ。だからこの場でこの女性の誘いは断らなければならない。
「悪いな。俺は知らぬ間に動物園のオオカミ小屋に迷い込んだらしいんだ。今、俺を誘うと一緒に喰われちまうぜ?」
「あらあら……ご愁傷様ね」
「まったくだ。ここはそこら中、理不尽だらけさ」
「なぁ~んだ、それじゃあ仕方ないか。私も命は惜しいもの。ドンパチは遠くでやってね」
「さぁな、喰われないように善処するだけさ」
断りの理由を教えればあっさりと退くあたり、彼女はここの暮らしがそこそこに長いのだろう。実力を鑑みて退くことは決して愚かなことではない。生きるためにはそれが必要な時もあるし、それを弱さだとか言っている奴は大抵早死するのだろう。賢く、強かに。それが下の階層で住まう者たちの生きるため教訓だ。
「………」
ちらりと左後方の物陰に目を送れば、目だけこちらを補足しているアロハシャツの男が見えた。そして前を向く途中で二階の窓も確認すると、一ヶ所だけ不自然にネオンの光を反射していた。おそらく、双眼鏡か何かだろう。一様に、獲物を狙う狼のような目をしている。
つけられている、そう思うようになったのはほんの二日前だ。
ロットンの武器屋で銃を購入した次の日、ここの構図を頭に入れておこうと思い散策していたのだが、ふっと背筋に感じるものがあったのだ。
忘れもしない、そしてあの時よりもさらに強く感じる敵意だ
では、どこからか。残念ながらそこまで気付けるほどこの勘の精度はよくないらしく、発信源を特定することはできなかった。
だが、俺は今までずっと演劇をしてきたんだ。脚本だって何十、何百と読んできた。それにここ最近のサスペンス物、アクション物の脚本はかなり面白く、よりリアルを追求して書かれているものが多い。
だからそれは、かなり参考になるのではないか。
そう思い立った俺は、この瞬間、この場面における情報を可能な限り洗い出し、そして相手だったらどう出るか。また、どうしたらこの場面は見栄えが良くなるか。舞台上から舞台を俯瞰し、監督や脚本家といった側の人間ならどうするかを入念に精査し、配置と配役を逆算的に炙り出した。
そしてできあがったフィルターを通してみればビンゴ。ドンピシャで予測した位置に怪しげな看視者たちが配置していたのだ。
自分が狙われているとわかり、どこに敵がいるのか看破できればどう対処するかは容易だ。
監視の配置が映画の脚本通りで、尚且つ監視していることがわかっていないとほぼ分からないほどに洗練された監視の仕方。そして監視の人数は一人に対してかなり多く、いずれも手練れ。
構えていればいい。
先手に回って潰す? そんなことはしない。第一、俺の根幹にあるのが『生きる』ということだ。これだけの手練れを一人に対して送り込めるなど、何処かの大組織だろう。なら、こっちからは極力接触せずになるべく干渉しない。そんな大組織相手に単騎で喧嘩売って生きて帰れると思っている輩は、何処ぞの馬鹿か、よほど腕の立つネジの外れたイカレ野郎くらいだ。
───さぁて、どう出るか……
狙われているのは百も承知。相手方も、とっくに俺が感づいていることに気付いているはずだ。それでも俺は慌てない。相手の前で醜態を晒した瞬間、俺を小物と断定し何人もの刺客を送り込んでくるに違いない。だから俺はなるべく大物を演じなければならない。それに伴いある程度の困難は超えて見せなければならないが、俺の命を狙ってくる輩が毎日銃口突き付けてこんにちはしてくることの方がよっぽどキツイ。ならば、俺は自分に不釣り合いであろうとも皆から恐怖され、一目置かれる存在になったほうがまだ安全だ。
演じるのは、ここで一目置かれる者。
備える素質は、冷酷無比。大胆不敵。カリスマ性。
敵を定めれば容赦はなく、大敵であれ物怖じせず、周囲の人間を惹き込むカリスマを持った大悪党。
───いいだろう。今から表の俺は、『俺』ではなく『オレ』だ
配役が決まれば後は簡単だ。いつも通り演じればいい。シナリオを逆算して読み、爆弾、地雷、フラグを避けて安全ルートを辿れるように振る舞う。デッドエンドなんてルートは認めない。俺は『オレ』を演じながらここで生きながらえるのだから。
───さぁ、来いよ
目線を送るのは先にある建物の屋上、そこにいるだろう狙撃手。俺のすぐ横にあるのは入り組んだ裏路地へ続く入口。仕掛けるなら、ここだ。
バァン!
夜闇に灯るマズルフラッシュと、遅れて聞こえる破裂音。
賽は投げられた。開戦の銅羅は鳴り響き、螺旋を描いて迫るは一発の弾丸。
俺の、いや『オレ』の初めての戦いが、ここに幕を開けた