表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

29/66

赤と銀の硝煙二銃奏4

ようやくリアルにひと段落付いたので更新


 ガラス張りの窓から斜陽が挿し込んでくる中、俺は空港のウォークウェイズに運ばれながらその景色を眺めていた。風情を重んじる日本人ならばこの景色を見て感嘆の息を零すのかもしれないと思うが、生憎と俺の心情はそんな趣を感じ取れるほどの余裕はなく、むしろ疲弊や呆れを含んだ内情だった。

 この景色を見ている俺を見て、この光景を楽しんでいると思われるかもしれないがそうではない、ただ俺は黄昏れてるだけだ。



───職務怠慢も、ここまで来ると清々しく感じるよなぁ



 そう思うのは、先ほどの荷物検査での出来事。

 あの検査は酷い。その一言で全てが片付く程度には、ずぼら過ぎる検査内容だった。

 


 先ず第一に、カバンから銃身やら危なそうな白紛が入ったポリ袋がはみ出ているのが丸わかりなのに、検知器がアラームを鳴らさない。職員も見てみぬふりをしている。

 おい、お前ら。仕事しろよ。



 第二に、十中八九薬物発見のためにいるであろうシェパードが仕事をしていない。クンカクンカと荷物のニオイを嗅ぎ、「これはダメだ」と吠えようとしたら、後ろから差し出されたジャーキーを一噛みして何事もなかったように次の荷物へと移っていく。もはた後ろに立っている職員がエサやり当番にしか見えない。

 おい、シェパード。お前何のためにいるんだよ。



 そして最後、ゲートに設置された検知器が異常を感知し、レッドアラートが鳴り響きそうになったら、「ウゥゥゥゥゥゥ────!!」と表現するならば初めの「ウ」が鳴った段階でアラームが職員に止められる。そしてその後の館内放送で、『ただいま、機器のトラブルがありましたが、職員が対処いたしました。皆さま、どうぞお気になさらず、快適な空の旅をご堪能下さい』とアナウンスが流れる。

 おい、職員。アラームに仕事させろよ。



 これはもう形式美とでも言うべきなのか、空港を何度か利用している者は「ああ、またか」と言った感じに思う程度だった。次の瞬間にはそのことを忘れたように近くにいる人と談笑を始めていた。

 そりゃあまぁ、ここから出る人物はほぼ全員何かしら表に出せないようなブツを持ち歩いていたりするのだろうが、それでいいのか空港職員。もはや何でお前たちがいるのかわからなくなってきたぞ?



───まぁ、それはいいか。後は仕事のことだけ考えるとしよう



 そう割り切って思考を中断し、外に向けていた視線を前に戻した。

 そして長く続いたウォークウェイズが途切れたのに、そう時間はかからなかった。






◆◇◆◇






───へぇ……意外といい席確保したんだな



 タラップより飛行機に乗り込み、指定された席に辿り着いた俺が思った感想はそんなところだった。

 サッと見ただけでもわかる程度には上質な素材が使われたシート。その手触りはもちろんのこと、感触も上々で何よりゆったりとした広さがある。二つの座席が並んでいるが一人分にしてもそれなりの広さが確保されている。日本で言うところのビジネスクラスだろうか?機内のサービスも受けられるようで、搭乗中は結構快適に過ごせるようだった。



───ここから現地までは4時間くらい、だったか?



 少なくとも、その間はゆっくりできそうだ。

 この席は少なくとも劉が手配した安全圏。どこかの勢力の間者と俺が接触する機会を極力減らすために、この隣の席には誰も座らせないはずだ。他に注意すべきは、やはりすれ違いざまに襲撃されること。まぁ、それはここ最近無意識状態でもできるようになった殺気感知を使えば対処できるから良しとしておこうか。

 ……外からの殺気もなし。このタイミングでの狙撃はなさそうだ。



 コンパートメントに背負っていた荷物を押し込み、窓側の席に腰を下ろす。

 軽く手で触れた通り、確かな柔らかさがあるものの、その奥にしっかりと弾力性があり、過度に沈みこまず快適な座り心地を体感できた。

 これでも何度かアメリカを始めとして海外に足を運んでいるが、旅費の節約のために座席は毎回エコノミークラスにしてあった。そのおかげか、高校に上がる頃には特に座り心地云々には無頓着になったのだが……これはいけない。この上質な座り心地を味わってしまうと、もう普通席には座れそうにない。



 外の景色を眺めてみる。時が経ち、日がさらに傾いたことで辺りは徐々に暗くなっていき、陽光を受けたターミナルがライトアップを受けたように輝いて見える。一枚の絵になるような景色だ。

 すっぽりと包み込むような安心感と、すぐ横に見える綺麗な景色。この殺伐とした世界最悪の犯罪横行都市にいるとは思えないほどの光景に、どこか夢心地のような感覚が芽生えてくる。

 自然と、瞼が降りてくる。たった数時間であれ、緊張感から解放されると思うとどこからともなく睡魔が沸き出てくる。

 思わずこのまま寝てしまいそうだなぁ、と呑気なことを始めたところで───



「隣、いいかしら?」



 横合いから掛けられた女の声に、その思考は露と消えた。






◆◇◆◇






 窓の外へ向けられていたマックスの視線が、掛けられた声に釣られて女に向けられた。

 足を汲み、声をかけられようともその態度を変えもしないマックスの様子は、ある種の堂に入っていた。窓枠に肘を乗せ、手甲に支えられた顔は動かないまま、サングラス越しに視線だけが女に突き刺さるのがわかった。



「……合言葉は?」

「『猫を貴び、鼠を蔑め』、でしょ?」



 鈴の鳴る声で、紡がれた言葉。

 どこからともなくフラりと現れ、いつか知られぬ間にフラりと去る。現れたところで邪険にされずに重宝され(可愛がられ)、去った頃には情報(大事なもの)は全て抜き取られている。

 バレれば終わりの忌み嫌われる鼠ではなく、バレる前に忽然と、優雅に姿を消す猫であれ。



 それは玉樹會の、諜報員に課せられた方針にして信条。何故ここで言われたのかは言うまでもない。今回使われた合言葉がそれだった。それだけの理由だ。



 その言葉を聞き届けたマックスの視線から、棘が消える。



「……急だな。もう連絡員は寄こさねぇと思ってたが」

「また状況が変わったのよ。向こうも、本格的に攻勢を仕掛けてきたようね」



 柔らかな、それでいて一本芯の通った姿勢を崩さずに、女はそう言って席に腰を下ろした。背中までかかった艶やかな銀髪をハラりと片手で払う。

 髪の一本一本が絹でできているかのように、櫛で透けば最後まで手応えのないように感じてしまうような綺麗な髪。澄んだ蒼を宿し、南国の海を思わせる透明感のある蒼眼。キッチリと服装を整えているはずなのに、抜群のプロポーションと所作から醸し出される何とも言えぬ色気が、正に魔性の女を連想させる。



「アリシア・マクマ―ヴェンよ。急な来訪で悪かったわね」

「劉の指示か。あいつも後手に回らなきゃならねぇとは、ついに焼きも回ったのかね」

「あら、上手いこと言うわね」

「これでも口は達者なもんでな」



 何気ない会話のやりとり。間取りの意味合いを多分に含んだ会話は自然と本題に入りやすい空気を創り出し、同時に互いがどのような人間かを探る上での常套手段だ。

 そこに笑み(・・)があっても笑い(・・)はなく、やや緊迫した空気が流れている。



「……んで? 何があった?」

「さっき、あなたと接触した工作員がいたでしょ?」

「ああ、あいつか。そいつがどうした?」



 思い出すのは黒のスーツにサングラスをかけた人物。忘れるまでもないだろう。何故なら彼は、マックスがほんの30分前に会っていた人物なのだ。




「殺されたわ」

「…………なに?」




 一瞬、ポカンとしたマックスだが、次の瞬間には眉を顰め、見るからにわかるほど剣吞な空気を纏い出す。サングラスの奥の瞳が、スッと狭められた。

 それもそうだ。あの男は集団行動をせず、一人でマックスへの連絡任務を任せれたのだ。ひ弱な人間を連絡員に抜擢したものの、他所の勢力に拉致されて情報が抜かれたならば話にならない。それならば、彼の実力はそれなり以上にあるはずなのだ。



 その彼が、殺害された。ならば、敵勢力は相当な手練れか、もしくは十二分な戦力を投入したことになる。マックスが警戒するには、十分な情報だった。



「穏やかじゃねぇな。どこもかしこも」

「ここまで露骨な攻勢は、たぶん一年ぶりになるかしら」

「ハッ、敵を作ると大変だな、そっちも」

「まったくよ」



 うんざりだ、とでも言わんばかりに溜息を零すアリシア。その仕草だけで大人の色気を振りまいているのだから、周囲にいる男性客は思わず「ほぅ」と感嘆の息を零している。それが狙って行われているかどうかは、本人以外に知る者はいない。



「それで? その連絡だけなら、向こうに行ってもできるだろ。それをせずこの隣の席に着いた。……他に何か指令でも受けてるんだろ?」

「あら、察しがいいのね」



 流石ね、と一つ零してから、アリシアは言葉を続ける。



「簡単に言えば、護衛兼情報伝達役よ。ウチの手練れの工作員を手にかけられたのだから、情報が入り次第あなたに接触して逐次報告するより、傍にいて情報を即座に伝えたほうが安全だ、って上は判断したみたいよ」

「なるほどねぇ。……そいつぁ確かに、理に適っているな」



 アリシアの台詞に、納得の言葉を出すマックス。それを言外に伝えるためにか、自然と口角を吊り上げた。薄っすらと歯を魅せるその笑みは、得心した、と言っているようにも見えるだろうが、マックスを知る劉ならば別のことを思っただろう。



 あれは何か企んでいる笑みだ、と



「ええ、合理的ね。……それと───」



 徐に、肩を寄せ、アリシアが顔をそっと近づけてくる。

 鼻腔をくすぐる女性特有の仄かな甘い香り。見透かすような蒼い瞳に切なげな憂いが、色白の肌に薄っすらと赤が混じり、整った顔には男女問わず全ての者を魅了する魔性の笑みが浮かぶ。腕を寄せたことで形が崩れた果実が強調され、男を獣へと変貌させる蠱惑的な色気を漂わせる。

 そっと耳元まで近づいた小さな口が、マックスの耳に囁く。



「向こうでは疲れるだろうから………………夜のお世話(・・・・・)を、ね」

「あぁ……そういうことかよ」



 サングラスの奥から、マックスが胡乱気な視線を向けた。

 どうして劉がこの人物を劉が寄こしたのか、ようやく得心した、といった顔だ。明らかになったその理由に、げんなりとした表情を隠すつもりも見られない。

 言葉がなくとも、その態度だけで面倒なものが来た、と思っているのがありありとわかる。

 


「お前を寄こしたのは、大方それが理由か?」

「ええ、そうね。あなたの好みに見合うのは私だ、っていう理由で抜擢されたらしいけど」

「おいちょっと待て。どこからそんな話が上がった」

「あら、あの人がそう言っていたんだけど、違ったのかしら?」

「よーし、よぉーくわかった。…………後で〆るか」

「あら、ふふふふ……ご愁傷様、って後で言っておくわ」



 向こうに着くまでやや沈んだ空気で行くのもよくはないだろう、と思ってアリシアが緊張を解そうと言った冗談だったのだが、その善意は口を媒介とすることで反転して起爆剤となり、上役へのあらぬ被害をもたらすに至った。

 しかし、彼女は点で気にした素振りを見せない。むしろ迷惑かけて密かに喜んでいるようにも見える。一体劉は、彼女にどんな迷惑(・・)をかけたのだろうか、それを知るのは彼女だけだ。



「それにしても、まさか私が宛がわれるなんてね。あなた、彼から随分と気に入られてるのね。少し妬いちゃうわ」

「ハッ、まさか。玉樹會(お前ら)からすれば、オレは目の上のたん瘤も同然だろうさ。そんなオレに、ここまで上玉宛がうってことは……大方、嫉妬で誰かから刺されろ、とでも思ってるんじゃねぇのか?」

「う、ふふふっ。もしかしたら、そうなのかもしれないわね。これでも自分のルックスには自信があると自負しているもの。それも有り得ない話じゃないわ」

「それを否定する気は毛頭ないが。……ハァ、俺としては露骨なハニートラップより、系列傘下の娼館で多少融通利かしてくれた方が気が楽だったんだがな」

「あら、私がいる目の前でそんなことを言う人はあなたが初めてよ。私はこれでも、殿方からは結構上手いって言われているのよ?」

「お前なら、世の九割の男なら身体で満足させられる(ノープロブレム)だろ?」

「もちろんよ。……あら、もしかしてあなた、特殊性癖(残り一割の方)じゃないでしょうね?」

「安心しろよ。俺は一般範囲内(九割の方)だ」

「そう、安心したわ」



 むしろ、彼女からしたらそうでなくては困る、と言いたいところだった。

 彼女を始めとした夜の奉仕までを仕事とする者たちにとって、相手の床事情は結構重要だったりする。その後も何度も似た仕事をこなすため、下手に上位の女性を宛がって壊される(・・・・)のはなんとしても阻止しておかなければあらないのだ。

 顔立ちが良く、それでいて諜報任務や暗殺任務をこなせる人材は育てるのが大変だ。適正があるのも、毎回選考を通過した10人弱で、酷い時は選考で全滅する。選考で通過した者もその後の訓練でふるい落とされることも珍しくなく、一人のエージェントとして完成させるのに軽く3年は掛かる。

 この手の人材流出は、かなり痛手なのだ。



「それじゃ、向こうに行くまでに英気を養っておきましょうか」

「そうだな」



 こうして彼らは、ちょっとした空の旅を過ごしていく。

 殺気がないのに警戒に裏打ちされた言葉の応酬が、機内の一角で交わされていくのだった。






◆◇◆◇






───ほんと、コレ(・・)は便利よね



 キリよく会話が途切れたタイミングを見計らって雑誌を眺めているアリシアが、そんなことを思う。



 殺すならいつでも殺せる、と彼女は今でも思っている。なんなら、最初にマックスに声を(・・・・・・・・・・)かけた時も(・・・・・)、そう思っていた。



 だが、マックスは気づかなかった。

 それこそ、マックスだけでなく、このエリアに乗っている他の強者(つわもの)たちでさえ、それに気づきはしない。



 強者とは、幾つもの戦場と死線をくぐり抜けた歴戦の者が名乗ることができ、また至れる境地だ。そこに至った者は、どんな修羅場を潜ってこようとも、敵と相まみえたならば必ずとある物への察知能力が異常に高まっている。



 殺気だ



 視線をくぐり抜けた者は、皆死線の中で掴み取り、身に着けた殺気への直感を元に生き残っている。とある者は、首筋がピリッとしたと言い、とある者は、背筋に悪寒が走ったと言う。

 言い方、表現のしかたはそれぞれ違うが、等しく皆『殺気』という思念に対して異様に察知能力が跳ね上がる。それこそ、熟睡していようとも強い殺気を無かられればベットから飛び起きることだろう。



 だからこそ(・・・・・)、彼女は強者にとって天敵なのだ



 彼女は、名だたる大組織の上層部しか知り得ないような存在だ。それこそ、本名を知っている者など所属している組織のボスくらいという徹底ぶりだ。

 他所へ行けば、ただ物凄い美人、とだけにしか見られないだろう。

そして堂々と対象(ターゲット)へと近づき、持ち得る美貌で相手を籠絡し───殺害(攻略)する。



 顔も知らない、名前も知られていない。ただ二つ名だけが彷徨い、その偉業掻っ攫い続けながら独り歩きをしている。そんな彼女は、築き上げた偉業と、その不気味さからこう呼ばれている。



 『見えざる凶刃(ブリーザク)』、と




───マックス。殺気を当てにしているだけじゃ、あなたは所詮ただのカモよ




 見えない所で、そっとほくそ笑む。

 その喉元に切っ先が突き付けられているのに気付かないまま、マックスはただ外を眺めているだけであった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ