赤と銀の硝煙二銃奏2
表通りは立ち込める血臭に鼻をつまみ、散乱する死体の有り様に目を逸らしたくなるような殺人現場に様変わりしていた。いくら往来が激しくはない場所とは言え、白昼堂々と路上で殺人劇を繰り広げればいささか問題になる。この街の警察は結構なロクデナシと聞いているが、流石に路上が真っ赤に染まったとなれば出てくるはずだろう。
「にしても……派手にやり過ぎたか?」
……警察の厄介には、正直なりたくはない。
こんな場所に存在する行政機関だ。真っ当な処分が下されるとは思えない。捕まったら最後、建前だけの正義を振りかざして強権を振るい、俺をどうにかしようとするはずだ。刑事ものの脚本でよく見る国家権力の干渉やら、上層部の判断というやつは、たぶん実在している。人の思想というのは可能性そのものだ。誰かが思いついたなら、きっと他の誰かが実施にやっている。そういうものだ。
利益やら名誉欲が絡んでくるなら、少なからず誰かがそういった手段に出る人間がいるはずだ。
「上にいた野郎は……って言っても確認しようがないか」
未だ姿を確認していない屋内の敵は中毒者たちと違って随分と理知的な戦い方だった。理性が残っているのに俺を襲ってきたということは、おそらく中毒者たちをけしかけた側の仲間だろが、身元がバレるような品を身に着けているとは考えにくい。
むしろそっちを餌にして、相手側を探ろうとした俺をおびき出し、検分している最中に警察を向かわせてくる方がよっぽど厄介だ。検分の最中を第三者から見れば、死体あさりをしているようにしか見えないだろう。見られたら事態がさらにややこしくなる。
昨今のシナリオでも、主人公が討ち取った敵を検分している最中に警察が駆けつけて現行犯として捉えられ、取り調べを受けている間に敵が裏で手を回して罪状をでっち上げる、なんてストーリーはザラにある。その場合は、主人公の仲間が奔走して敵の襲撃を掻い潜り、主人公を助ける熱い展開になるんだが、あいにくと俺の場合は孤立無援で助けを呼ぶことはできない。そのまま刑務所行きか、処刑ルートまっしぐらだ。そんなものは、ゴメン被る。
──なら、早めにここから去った方がいいか。
余計な面倒事は避けるべきだろう、と
そう思った瞬間だった。
遠くから近づいてくる、エンジン音と土を踏む音。
表通りは人気のすっかり失せた所為で、小さな物音でもよく聞こえるようになっている。おかげで、後ろから近づいてくる一台の車の走行音を、俺の耳が耳聡く捉えた。年季を感じさせるレトロなエンジン音ではない。むしろ現代の科学技術の粋を以て開発されたと思われる静かなエンジン音だ。まだ21世紀が始まって間もないこの頃、そんな静かなエンジン音を鳴らす車を所持していそうなグループは、俺が知る中で街に二つしかない。
一つは、時代錯誤な馬鹿げた科学力を持つユーリ率いる『技研』。
現代にSF兵器を実現させるような連中だ、その程度の車は所持していても不思議ではない。今開発している新兵装の片手間に自分たちで造ってしまうだろう。
そして、もう一つは───
「よぉ、マックス。事務所まで出向く手間が省けたぜ。……しっかし随分とまぁ、派手に殺ってくれてるな」
「お前か、劉」
高級感漂う黒塗りのリムジンが、ゆっくりとその動きを止めた。
俺の真横で止まり、その車窓を開けて俺に声をかけてきたのは、魑魅魍魎、群雄割拠なこの街の覇権をかけて争う三大勢力の一角。『玉樹會』の幹部、劉 伊健。
今日も今日とてトレンドマークのサングラスとコートを外さず、顔には食えない笑みを浮かべている。
「ついさっき、そこでジャンキーどもに絡まれたんでな。どうやらクスリでトリップした頭だと、俺のことは有名なアイドルに見えるらしぞ?」
「おいおい、そんな熱烈なファンに随分なことしてるじゃねぇか?」
「ファンのハートはしっかり射抜いてやったよ。ファンサービスはきっちりやるべきだろう?」
「物理的にハートを射抜いてたらファンが減っちまうだろうが」
「ハハッ、違えねぇ」
むしろそんなファンは積極的に滅んでしまえ、と心の中で思う。
外を出歩く度にクスリをキメた薬物中毒者が特攻かましてきたら、流石に身が持たない。一生引き籠りになる自信がある。
───……にしても、このタイミングで俺に接触する、か
恒例行事になりつつある軽口もほどほどに、思考を切り替えて状況を整理する。
襲撃を受けて、敵を全滅してからまだ30秒と経っていない。そのタイミングで俺に接触してきたなら、劉は俺が連中と戦っていたのは遠目からでも視認できていたはずだ。
だが、劉は静観に徹した。
単純に考えられるなら、勝手に争っているようだからいい感じに野垂れ死にしてくれると嬉しいな、という思惑あたりが妥当だろう。連中に俺を積極的に助ける理由はない。組織の面子を潰した男をホイホイ助けていたら、劉の組織が丸ごと俺の勢力下に加わったと周囲に認知されてしまうからだ。
向こうとしては、俺の万屋という立場上、俺とは敵対関係でなく、比較的友好な関係を築いておきたいはずだ。仲間にすれば、おそらく部下から反感を買う。それで足並みが乱れるくらいなら、自陣営に協力的な助っ人という立場にしておいた方が都合が良いだろう。反感は買うだろうが、それでも仲間にするよりかは抑えることはできる。
そして、俺と他勢力を潰し合わせ、タイミングを見計らってトカゲの尻尾切りよろしく俺を切り捨て、自らの手中に覇権を収める算段だろうか。それは合理的、かつ自陣営に一番被害が少ない理に適った策と言えるだろう。が──
───そうそう思惑通りに、なると思うなよ?
「一つ聞いておきたいんだが……あのジャンキーどもをけしかけたのは、お前らじゃないだろうな?」
瞼を狭め、1トーンほど低い声で威圧する。
サングラス越しで鮮明には見えないだろうが、それでも薄っすらと見える俺の目が睨みつけているのは分かっているだろう。
向こうもそれを察したのか、一気に場の空気に緊張が走る。
不穏な空気を感じ取り、部下たちは懐の銃を引き抜こうとしたが、劉はそれを手で制して止めた。しかし、部下は依然として銃に手をかけている。俺が戦闘態勢に入ったら躊躇なく撃ってくるだろう。
───ああ、それでいい
俺が目指すのは絶対中立。
どの組織にも肩入れし過ぎず、されど敵対されないような立場。そして何より、怒らせたらマズいと思われるような存在だ。
あくまで、俺たちの間柄は仇敵という前提を除けばビジネスパートナーだ。だから、必要以上に信頼するつもりもないし、仲間意識を持つつもりもない。故にあり得ないと内心分かっていても、向こうに疑念を持っている風体を装う。
無条件で信用はしていない。敵対すれば容赦はしないぞ、という思惑をチラつかせれば、積極的な介入も減るだろうし、俺の扱いも慎重にならざるを得ないだろう。
「おいおい、んな物騒なこと聞くなよ。お前さんはこれから依頼する相手だぞ? そんなことして、玉樹會に何のメリットがあるんだ?」
「……それもそうだな。変に勘ぐって悪かったな」
劉の言葉に、殺気を収め、肩を竦めて笑みを返す。
これ以上敵意はないという意図を言外に伝えると、場の緊張が少し緩んだ。露骨ではあるが、時々こうして警戒心を見せつければお互いの関係は近すぎず遠すぎずのいい塩梅になる。
「疑いが晴れたならなによりだ。それじゃ、ウチの車に乗りな。わざわざ事務所行って話すより、ここで移動しながら話した方が手っ取り早い」
「そうかい。んじゃ、お邪魔させて貰おうか」
助手席に控えていた部下が開けたドアから、俺もリムジンに乗り込む。
タバコの染み着いた臭いが鼻を衝く。使い続けてやや草臥れながらも、その使い心地の良さが窺い知れるシートに腰を下ろし、劉と向い合せに座る。構図としては劉の横に二人の部下が座り、俺の横は空席となっている状態だ。俺が何か妙な事をすれば見逃さないようにすることと、俺が何かしない限り劉たちからは何もしないことの意思表示だろう。
……まぁ、必要だったとは言え、ついさっき臨戦態勢に入りかけたんだ。用心深くなるのも仕方ないことだと割り切る。
「今回の依頼は、この街外の外でやってもらうことになる。内容は、ある人物の暗殺」
「いかにも殺し屋って依頼を出してきたな。……資料は?」
「こちらを」
部下から差し出された書類に目を通す。暗殺対象者のプロフィール、そして目的地の詳細な情報だ。
資料の左上にある顔写真には、巌のようにゴツゴツした顔立ちに、キツイ目線をした男が写っていた。首元までしか見えないが、それでも垣間見える鍛えられた肉体。これは、確実に近接戦闘もこなせるだろう。
対象の名前は、ゴザン・ハルツェナフ。現在の中東地域で勢力を拡大している『中東解放戦線』の主導者にして、内外を問わず一目置かれる軍略の才を持った男。高貴な血筋などはないが、多彩な軍裁きでメキメキと頭角を現し、今の勢力を築き上げた傑物。直近の部下も精強揃いで、これまでの功績からゴザンに心酔している様子。内部分裂は不可能と見た方が良い、と。
それで、依頼達成の場所だが……って、おい。この場所は……
「おいおいおい、オレに火種の真っ只中に突っ込めと言うのか、お前は」
「正確には火種に突っ込んで火元を消してこい、だがな」
「火傷覚悟の決死の依頼じゃねぇか……!」
自然と声に怒気が籠る。
何故なら目の前の男は、俺に死地に行けと言っているのだ。
イランとイラクの国境付近に位置する『ハムドチェラ地区』
そこは21世紀突入前からほぼ断続的に争いが続いている、もはや地獄と称するに値する紛争地帯だ。アトロシャスが『犯罪者たちの終着駅』という別称で呼ばれているのに対して、ハムドチェラ地区は『戦争屋の稼ぎ場所』と呼ばれている場所だ。
そこは常にどこかで銃弾と怒号と悲鳴が飛び交い、命と弾薬が等価値のように使い潰され捨てられる。相手の部隊を一つでも潰せば英雄として賞賛され、有益な情報一つ流せば暫く遊んで暮らせるような金が動き、敗者はその輝かしい経歴を全て抹消されゴミの様に散っていく。そんなこの街と同等かそれ以上に狂気の渦巻く終末世界……それがハムドチェラ地区だ。
昔は宗教的な対立が原因で争いが絶えない場所だったが、今はここ最近台頭し出した『中東解放戦線』と、その勢力に対抗すべく組織された『OPEC義勇軍』の間で、石油の利権を巡って日夜熾烈な戦いが繰り広げられている場所だ。
そんな場所に、目の前の男は俺を送り込もうとしているのだ。
遠回しに俺に死ねと言っているようにしか聞こえない。むしろそれ以外の意図があるというのだろうか? どうやら、向こうは手を汚さずに俺を殺したいらしい。今回の依頼は俺を本格的に殺しにきている。
「リミットは今から一週間後。それ以上は向こうに押し切られて戦局が崩れる。『解放戦線』を壊滅させろ、とまでは言わないが、その頭目であるゴザンの首は確実に墜としてくれ。そうすりゃ、あとは自然と空中分解するだろう」
「物騒なことだな。そしてそれくらい、そっちとしては『義勇軍』の方に勝って欲しい訳か?」
「ああ、そうだ。『義勇軍』のバックは勝ってもこちらに実害を及ぼさはないとわかっているが、『解放戦線』は違う。奴さんが勝っちまうと、ちょいとこの街にも無視できない程度の煽りが来る。マックス、お前としても、居心地の良いこの街に余計な被害が出るのは避けたいだろう? 」
まさに悪魔のささやき。
こっちがこの街で平穏無事な生活を送りたいのを知った上での、この依頼。
断ってもいいけどその後の平穏な生活とはおさらばだぞ、と暗に脅しているのだ。流石マフィアの幹部。断れない状況で悪質なことをやらせるから性質が悪い。その浮かべている笑みが語っている
お前が断るわけないよな? と
───こいつ、やっぱり悪魔だ
「一応聞いておくが、誤情報で疑心暗鬼にさせて、連中で内ゲバを起こさせるのは無理なのか?」
「それは以前に『義勇軍』もやったらしい……が、結果失敗に終わった。情報を流そうにも、『そんなわけあるはずがない』の一言でバッサリ切られて終わりだそうだ。……ハァ、面倒くさい野郎どもだよ。忠誠心が高いのなんの……」
「そいつは既に妄信の域に入ってそうだがな……。内ゲバを起こすのが困難な忠誠心か、それとも絶対的な妄信か。まぁ、どちらにしろ厄介だな……」
搦め手も通じず、それでいて軍略にも長けているから劉たちを相手取ったように正面から攻め込むのは避けた方が良いだろう。向こうは正真正銘の紛争地帯。戦車を始めとした大型兵器も、ヘリなどの航空兵器も、当たり前のように使ってくる。土台、殲滅力が違うのだ。
となると、やれることは一つしかない。
「っと、着いたか」
劉から声にハッとする。意外と深く思考の海に沈んでいたらしい。
外を見れば、俺の事務所の目の前。どうやら、ここまで送り届けてくれたらしかった。
「ちなみに聞いてなかったが、報酬はいくらだ?」
「10万ドルだな」
「ヒュ~。随分と大盤振る舞いだな」
今までの10倍以上の報酬額。思わず驚くのも仕方ないだろう。が、裏を返せばその金額の倍率だけ危険度も倍加されているということ。向かうは死地。挑むは難敵。見返りはこれぐらいなければ釣り合わない。そして、この依頼がそれなりに重要な案件であることも加味されているのだろう。
その重要案件を俺に回す分には、向こうは俺を信頼しているということか。それとも、単に周囲に俺がこいつらの尖兵であることを見せつけたいのか。
───まぁ、どちらにしろ、ここで断る理由はない、か
当たり前のように、こなしてやればいい。
面倒な依頼だろうと、命を落としかけるような依頼だろうと、嗤って当たり前のようにこのしてやればいい。
その積み重ねがいつか、俺が求める安寧な生活に辿り着くのだから……!
「───依頼の件は受諾した。報酬は依頼の達成確認後、指定の口座に振り込んでおいてくれ」
「おう、お前さんなら、そう言ってくれると思ってたぜ」
「どの口が言ってんだか……まぁ、地獄の底から五体満足で戻ってきてやるよ」
「ハッハッハ、そいつは怖いねぇ」
「言ってろ」
話すことはそれだけだ、と言ってドアを閉じる。
弾薬の補充に加え、武器の新調も必要だろう。一週間以内と言われているが、意外と時間がない。すぐにでも準備が必要だった。
「そうだマックス。お前も一端の戦闘中毒者だ。衝動に任せて『義勇軍』まで手にかけるなよ?」
「誰が薬物中毒者だ、誰が」
最後に言いたいことを言って、劉は車を走らせ去っていった。おそらく俺の文句は聞こえていないのだろう。
「ったく……こっちは何も見境なく喧嘩吹っ掛けてるんじゃねぇよ。むしろ、あの時俺よりよっぽどなことしてたのは何処のどいつだよ……」
思い出すのは、あの日の戦闘。自傷覚悟で前に突っ込んできたにも関わらず獰猛に笑っていたやつが、果たして俺のことをジャンキーと言えるのだろうか……?
「まぁ、どちらにしろ、準備はしておくか」
取り敢えずどうでもいい思考は横に置いておいて、来たる依頼に備えるべく、俺は事務所に戻っていった。
◆◇◆◇
「して、やつの実力は本物か?」
「はい。全力ではないでしょうが、大胆さに裏打ちされた行動力、持ち得る戦闘勘は本物でしょう。噂が誇張表現されているとしても、真実の一端を掴んでいるのは確かです」
ブラインドの間から陽光が薄っすらと差し込むだけの部屋に、二人の人物が対峙していた。一人は上物と思われる高級感溢れる椅子に腰かけ、葉巻から煙を揺らす70を超える老人。そしてもう一人は、デスクを挟み床に膝をついて傅いている20代前半の年若い女性。この場面だけで、どちらが立場が上なのか明確にわかる構図だ。
「加えて、対象は『玉樹會』と繋がりがある様子です」
「……ほう、やつは玉樹會とつるんでおるのか……お互い殺し合った仲だというのに」
「戦闘終了後、すぐに『黒装首領』と接触し、親し気に対話しているのを確認したので、可能性は高いかと」
「ほうほう……」
『黒装首領』の名を出された途端、老人の笑みが一層深まる。『黒装首領』とは、裏の界隈で通っている劉の二つ名だ。全身黒ずくめの恰好で、部下を率いている姿から自然とつけられたのが始まりだが、別段二つ名が与えられるから地位が高いというわけではない。しかし、二つ名を与えられるということはその人物がこの界隈でそれなりに名の通った人物であるということを意味するのだ。その彼と、老人の間で如何な関係があるのか、この場で知っているのは老人のみ。
「殺し合いをしても尚あの男が関わりを持っているならば、それほど手放したくはない逸材であるということか。……ならばアレでは温い。こちらももう一手、打つとするか」
衰えを感じない瞳が、鋭く宙を睨んだ。
|ω・`)ヒョコッ 「お仕事したいなぁ……」




