赤と銀の硝煙二銃奏1
新章突入からフルスロットル
サイクロンも抜けて暫く経った頃のアトロシャス。
暫く見なかった清々しい晴天の下。俺は買い出しを終え、特にする用事もなく街を歩いていた。街中を見ていればサイクロンに手ひどくやられた家屋が散見されるが、俺の家は割と頑丈だったのか特に窓ガラスが割れるとかの被害はなかった。通過中は強風によって激しい雨が何度も窓を打ち付けていたのを覚えているが、鉛でもない普通の雨で窓ガラスが割れるはずもない。
むしろ俺としてはサイクロンよりも銃弾が撃ち込まれることの方が心配だったのだが、結局のところその心配は杞憂に終わったようだ。
人は自分の慣れ親しんだ拠点にいる時、外に出る時に比べて警戒心が必ず下がる。それは遥か昔から身体に刻み込まれた習性ともいうべきものだ。自分の領域と定めてしまうと、例えそこに敵が潜伏していようとも自然と脳が“帰ってきた”と判断して敵はいないと思い込んで注意力を下げてしまうのだ。
よくある悪役が自分の執務室に腰を落ち着けてふんぞり返っている時に狙撃で頭を撃ち抜かれて殺害されるシーンが多いのはそう言った理由の所為だ。要はそのタイミングが一番狙いやすいのだ。
実際にこれと言って襲撃を受けることもなかったが、これもアトロシャス内で俺の噂が過大評価されつつも広まっていることが原因だろうか。まぁ、これで少なくともこの街では特定の誰かを敵に回さない限り襲撃されることはなさそうだ。
他に襲撃されそうな相手と言えば、街の外から噂を聞きつけてやって来た連中ぐらいだろうが、そういった連中は賞金稼ぎな場合が多い。カールに確認を取ったが、俺の首には懸賞金なんてかけられてないし、そう言った外にいる連中が拍付けのためにわざわざ俺を狩りに戻ってくるとは考えにくい。つまり、斃すべき障害と認識されない限り、俺はこの街では既に安全を確保しつつあるのだ——
「———なんて思ってた矢先がこれかよ」
「ヒャアッッ!」
白昼堂々と往来が乏しいとは言え表通りで俺を撲殺しようと鉄パイプを振りかざしてくる男を見据える。買い出しついでに街中を散歩してたら、道端で明らかにヤバそうなジャンキーに絡まれて戦闘に突入するなんて一体誰が予想できるんだよ。俺の知っているシナリオは頭がイカれた薬物中毒者には対応してないぞ。そもそも理性が飛んだ人間の行動をどう予測しろというんだ。
そんなことをぼんやりと思いながらも、奇声を発しながら振り下ろされたその一撃を左脚で身体を一歩分右にズラして避ける。すると鉄パイプは俺と言う標的を失い、虚しく地面に打ち付けられる。
カーン、と虚しい金属音が鳴り、男の動きに大きな隙ができた。俺はその隙を見逃さず、浮かせていたもう一方の脚を身体に巻き付け、そこから鞭のようにしならせて男の顔面を振り抜いた。薬物によって痩せ細り、あばら骨や頬骨が浮き上がっている男の体重など子供の体重程しかない。
バゴォ! と綺麗に決まった顎への一撃により、男は得物である鉄パイプを落とし、盛大に吹き飛ばされて頭から勢いよく裏路地の壁に激突した。そこへ追撃をかけるように、男が起き上がる前に素早く銃口を向け、頭を撃ち抜く。
延髄を狙った完璧なヘッドショット。絶命してなけりゃこいつは人間じゃねぇ。
一人目は、これで終わり。
「っと、あぶねぇな」
一息つく間もなく、そこから脚力に物を言わせて後方へ跳躍。その直後、俺がいた場所に無数の弾痕が豪雨のように撃ち込まれた。下手人は近くの建物の2階にいる奴だ。このタイミング的に、目の前のジャンキー共の仲間だろう。視認できる人数は4名。全員薬物をキメてストリップ状態だ。得物はそれぞれ拳銃、バタフライナイフ、斧、アサルトライフル。遠近取り揃えたバランスのいい組み合わせだ。苦戦も視野に入れよう。……連携がとれれば、の話だが。
「ハァッ! ジャンキー共、クスリでイクよりも極上な逝かせ方……教えてやるよッ!!」
敵前一笑。
『マックス』らしく不敵に笑みを構えてから敵に突貫。ナイフを構えた男に向かって発砲——すると見せかけ、直前に軌道をズラして建物にいる後方支援役の牽制。近くの窓ガラスが割れたから少しは時間が稼げるだろう。
後ろに控えている遠距離攻撃組の照準を合わさせないようジグザグに動きながら攪乱し、改めてナイフを持った男との接近戦にもつれ込む。落ち窪んだ眼窩、荒れた肌、垂れ流しの涎に不気味さを覚えながらも、狂笑を携えて殴り込む。
突き出されたナイフを左手で外に逸らし、がら空きの鳩尾に右腕で渾身の肘鉄を叩き込む。内臓を守る肋骨も筋肉もない箇所をピンポイントで打ち抜いたことで、肺の空気が一斉に吐き出され男の呼吸が止まった。
吐き出された分の酸素を取り戻そうと、男は呼吸することに全ての意識を使うだろう。
この隙を、逃しはしない。
そもそも、こいつを真っ先に狙ったのは、足元のコイツを利用するためだ。
「リサイクルは大事ってなァ!!」
左足で足元に転がっている鉄パイプの端を勢いよく踏み抜き、反動でかち上げられた鉄パイプの先端が目の前の男の無防備な左顎を強襲する。
意識外からの攻撃に備えられなかった男は苦渋の声をあげ、その場でたたらを踏み戦意が薄れる。そこに畳みかけるようにして跳ね上げられた鉄パイプを男の脳天目掛けて勢いよく振り下ろした。
ゴキッ、と鈍い音が鳴り、電源の落ちた機械のように脱力したかと思えば、男はそのまま仰向けに倒れこんで動かなくなった。
これで、二人目。
「ヒヒヒヒヒヒ、シ、ネェッ!!」
「お前のことも忘れてねぇよ」
三日月型に歪めた口から危なそうな嗤いを零しながら、大柄な男が斧を振り回して迫ってくる。俺はそれを手にしたパイプをバトンのように身体の周りでクルクルと回し、迫ってくる剛の刃を次々といなしていく。
縦に振り下ろされる一撃には刃の部分でなく柄の部分で受け止め、鍔迫り合いに持ち込まれる前にパイプを傾け、攻撃を横へずらし、パイプの先端で男の顔面を殴打する。
横薙ぎの攻撃はバックステップで間合いを外し、振り切ったタイミングで男の胴に突きを見舞う。
力技で押し返せればなかなかカッコイイのだが、生憎と俺は日本人特有の細マッチョ体型だ。間違ってもゴリマッチョ体型じゃない。剛の攻撃に剛の技で迎え撃とうものなら、力押しで負ける結末しか訪れないだろう。だから、剛の攻撃を柔の技で受け流してしまえばいい。相手の土俵で戦わず、自分の土俵に持ち込んで最後に笑って立っていられればそれでいい。
次第に、男の攻撃が散漫になっていく。顔にも、なかなか攻撃が当たらないことで苛立ちが出始めている。そろそろ頃合いだろう。
男が大振りに振り切った横薙ぎの攻撃を、敢えて鉄パイプで受け止める。
無論、刃の部分で、だ。そうすれば当然、集中した圧力と切断力で以て簡単に鉄パイプが真っ二つに切断されてしまった。
男の口元が愉悦に歪む。
得物をなくした俺をどう料理してやろうか、みたいなこと考えてそうな顔だが……俺はこの|切れて断面が鋭くなっ《・・・・・・・・・・》た鉄パイプが欲しかったんだよ。
目の前の嗤っている男に、こっちも不敵に狂笑を深めて返す。
その行動の意味に疑問を持つ前に、俺は手に持った鉄パイプを男の心臓目掛けて突き立てた。肉を絶つ不快な感触。そして硬いナニかを強引に砕いたような感触が、手に伝わった。
「あグッ、ぐおァァァァアアアア!!!」
男は獣のような野太い断末魔を響かせ、突き立てた鉄パイプからはドクドクと真っ赤な鮮血が吹き出してくる。青紫色じゃなくて真っ赤な血ってことは、動脈を貫いたのだろう。ならば、この勢いにも納得だ。
更に押し込めることで、その勢いが弱まった。恐らく、これで貫通したということだろう。
これで、盾ができた。
「お待たせしたなァ。メインディッシュは食べ放題だ。いくらでも喰らいやがれッ!」
手に持った鉄パイプの空洞部分に懐から取り出した短機関銃を突っ込み……ファイア。
ズガガガガガガガガガガガガガンッ!!
断続的な衝撃が腕に伝わってくる。
目の前の大男が何か必死に抵抗しようとしているのを見咎め、止めを刺しておこうかと思ったが、その行動を許さなかったのは仲間のジャンキーの方だった。
巨大な肉壁を得た俺を本格的にヤバいと感じたのか、今まで仲間がいるから躊躇っていた銃撃も、今や何の躊躇いなく敢行している。しかしいくら俺を脅威に感じようと、その間に立ちはだかるのはこの大男。その背中には夥しい数の弾痕が刻まれており、大男の抵抗も仲間の攻撃の所為でできないでいた。
それをいいことに、俺は大男に隠れて弾丸を吐き出し続けた。
カチン、と手元の銃からマガジンが空になった音がした頃には、後方にいた二人も仲良く肉塊に成り果てていた。顔や身体のあちこちに銃弾が撃ち込まれ、見ただけで即死とわかるような状況だった。
握りしめた鉄パイプから手を離せば、男が倒れこむのは同時だった。
この3人が起き上がることは、もう二度とないだろう。
そして、懐から引き抜いた手榴弾のピンを外し——
「こいつで——最後ォッ!」
人影がチラついた割れた窓ガラスに向けて、勢いよく放り込んだ。
一拍置いて——爆発。近くの窓ガラス諸共オレンジ色に染め上げ、轟音と破砕音が盛大に鳴り響く。窓ガラスの破片や、それに混じった有機物らしきものがいくつも飛来し、ぺちゃり、と赤い液体が俺の頬に付着した。
襲撃してきた連中は、これで全て片付いただろう。
屋内にいた一人と、目の前にいる大男。そして向こうに倒れている二人。これで計4人
……ん?
「——ッ、——ッ、——ッ」
「あいつ、まだ動けてたのかよ」
ここから遥か向こうに、必死な足取りで逃げおおせている二番目に仕留めたと思った男がいた。俺が屋内にいた後方支援の敵に意識を割いている間に、意識を回復して逃げ出したようだ。
それを視界に収め、一発で仕留めようと懐から銃を取り出し構え——————
ダァンッ!
乾いた銃声が一発、晴れた空へと鳴り響く。
頭の芯を撃ち抜いた、完璧なヘッドショット。その即死の一撃でもって男の命は刈り取られ、呆気なくその場に倒れこんだ。ドタドタと土煙と鮮血を飛ばしながら、錐揉み状態で転がり、ダラリと四肢を投げ出して動かなくなった。
近くにいた通行人が突然倒れこんで死亡した男を見て悲鳴をあげている。自分も巻き込まれないよう、必死にその場から逃げ出していた。
その様子を遠目に見届けた俺は———未だ発砲してない銃を下手人に向ける。
向けた先は、道を挟んで向かいの建物の屋上。そこにはスコープを覗き、ライフルの銃口を倒れている男の方へと向けている人影があった。距離が合って顔を見られるのを防ぐためか、黒ずくめの服装にフードまで被っており、男か女かさえもわからない。
そして俺が銃口を向けているのに気付いたのか、身を翻してその場から立ち去った。
———俺への殺気は感じなかったな。ってことは援護……いや、口封じか?
シナリオの中から状況を当て嵌めて整理する。
薬物中毒者が徒党を組んで俺を殺す直接のメリットは———ない。
そうとするなら、第三者の手によってメリットが生まれたから俺を狙ったと考えるのが妥当だ。クスリでトリップして気分が高まり、衝動的に俺を殺しにかかったことはあり得なくはないが、それならば武器を取り揃えて集団で襲ってきたことに説明がつかない。クスリで頭がやられたジャンキーが屋内に隠れて隙を見て狙撃を狙うなんて高度な戦術を使えるなんて不可能だろう。
十中八九、この襲撃では裏で糸を引いている者がいる。
「ほんっと、ままならねぇなぁ」




