表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

24/66

戦客万来Ⅱー8

大変ご無沙汰しております。時偶 寄道です。

えらく久しぶりの投稿なので色々と手間取ってしまい申し訳ありません

今回が、『戦客万来Ⅱ』のエピローグ回となります



 どちゃっ、と物言わぬ骸となった男が床に倒れたのを最後に、船上から漂う殺気や気配が途絶えた。それは全ての戦闘が終了したことを意味し、それを頭が認識した途端、引いていた波が襲い来るように、猛烈な倦怠感が身体に押し寄せる。



「はぁぁぁ~~。……疲れた」



 静かになった血濡れの船上で、ようやく一息つく。思わず長い溜息が出てしまったが、それはご愛嬌ってやつだ。二日続けて、それも首筋に死神の大鎌がピタリとくっついた状態で奔走しまくっていたのだ。これくらいの溜息が出るのも仕方ないと言える……はずだ。

 疲労感は溜まっているが、その分ストレスを発散できたので、身体的には問題アリだが、精神衛生的には良好と言える状態だ。

 


 ───っと、一応依頼は完了させたんだ。連絡くらい入れておくか



 ちょちょいっと弄って、いつも通りの『マックス』の顔のできあがり。その状態で、通信機に手をかける。素の状態なら口調も少し変わってしまうため、向こうに疑問を持たれてしまうのだ。

 ツーコールほど待った後、通信が繋がった。



「おう、お前らか。お望み通り、いいデータは取れたかよ?」



 ニヒルな笑みを携えて、通信機越しに連中に語りかける。

 計略によって連中に殺されかけたのには変わりないが、これも依頼といえば依頼。掌で弄ばれたとは言え生き残ったのだから、しつこく文句を言うのは野暮というものだろう。

 あくまで、皮肉を込めて釘をさしておく程度で十分なのだ。

 その方が、大物らしい。



 策略に嵌り冷静な態度を崩せば、それは相手方が精神的に優位な立場にあると思わせてしまう。立場を逆転すれば問題ないのだが、逆境の状態でそれを成すのは存外に至難の業だ。 どこぞの小説の主人公よろしく運を味方につければ可能なのだが、それは余りにも不確定要素が多すぎて当てにできない。



 だから、初めから策略を仕掛けられようとも、そもそも動じていない風体を装えばいいのだ。どれだけ不利な状況に持ち込まれていようとも、まるで動じていない風体を装えば、相手は自分の掌の上で踊らせているとは思わない。仕掛けているはずなのに意に介した様子がないという不気味さから、知らず知らずのうち疑心暗鬼に陥り、いつしか精神的な優位序列は逆転している。

そう、それが一般的なはずなんだが……



『Congratulation!! いいねいいね! 素晴らしいデータが取り放題だったよ!!』

「……俺は皮肉のつもりで言ったんだが? 」



 ───でもそれが効かない相手もいるんだよなぁこれが…



 内心、溜息が零れる。俗に言う天災()どもがいい例だ。

 自分こそ世界の中心であると豪語できるほどの突き抜けた天才どもは、もはやそれだけで天災と似たような存在だ。他者の被害を鑑みず、荒らすだけ荒しまくり、なまじ頭が回るから反攻する素振りを見せたら徹底的に潰す。それでいて社会的には莫大な利益という結果をもたらすのだから切るに切れないような存在。人間関係の破綻に目を瞑れば最大量の利益をもたらすことから、組織の上役もストレスで胃に穴が空くのを必死に堪えながらも懐に抱え込んでおくタイプの人間だ。



 そういう連中は、むしろそういった態度とったら逆に利用しやすいって思うのだ。いくら無理難題吹っ掛けても文句は言うがしっかり依頼をこなしてくれる。そんな人間は彼らにとって最高の相手だろう。

 しかしそんな連中の言いなりになっていては命がいくらあっても足りないので、死地に送り込まれるのを防ぐには一線超えたら容赦しねぇぞ、と念を押しておく必要がある。あくまで、対等であることを示すのだ。

 その匙加減が、これまた非常にめんどくさい……。



「まぁ、いい。これから帰還するが、またドックに戻ればいいのか?」

『ああ、それで構わないよ。戻る時は射出口から入ってくれれば大丈夫だよ』

「へいへい。……本来の依頼に別口で面倒事が入ったんだ。慰謝料ぐらいは追加でくれるんだろうな?」

『おっと、意外に強かだね。……まぁ、依頼料に色を付けておくとしよう』

「そいつぁ重畳」



 言って、通信をOFFにする。

 面倒事押し付けられるなら、相応に慰謝料くらいは貰わないと割に合わないからな。これで、全て思い通りに行く傀儡にはならない、という印象は少し与えられただろう。



「まぁ、本当の意味で傀儡にならなかったのはアイツ(・・・)のおかげか。あとで礼の一つでも言っておかねぇと、なッ」



 そう言って、船体に括りつけたバイクに乗り移った。特製の鋼鉄製のワイヤーを使用して括りつけているのだ、そうそう切れるものではない。

 俺はエンジンをふかし、血濡れた船上(戦場)を後にした。






◆◇◆◇






 重厚な機械音と暗がりだけだった視界が晴れ、遂にドックまで戻ってきた。眼下には出迎えのためかメンバー全員が揃っている。その中には、当然ながらユーリの姿もある。

 高いところからではあるが、それを気にせず向こうに話しかける。



「よぉ、全員でお出迎えとは、えらく気合が入ってるじゃあないか」

「ふっふっふっ、依頼達成者には相応の誠意を見せなければならないからね。失敗すればそこら辺の石ころと同じ扱いをしているところだよ」

「依頼達成の是非に関わらず俺を実験素体(モルモット)にしようとするあたり、お前本当にいい性格してるよな。……『人道』ってことば知ってるか?」

「ん? それはもちろんだよ。有名な犬の餌(ドックフード)の商品名だろう?」

「……オーケー、それで言いたいことは伝わった」



 通信越しに聞かれてしまった内容が内容だけに、多少なりとも緊張の色が見えてもいいのではと思ったが、……やはりそんなことは端から気にしない人種らしい。

 チラリ、と部屋の中でレーザーとかが飛び出して着そうな怪しそうな場所がないか目星を付けてから、リフトから飛び降りる。



「──っと」



 3mほどから飛び降りた訳だが、危なげなく着地できた。立ち上がったところで、全員の様子を視界に入れる。が、特に違和感を覚えるようなことはなかった。強いて言えば、全員が緊張していることぐらいだろうが、やらかした内容が内容だけに、俺を怒らせたとでもおもっているんだろう。身体に不自然な凹凸もなく、白衣の下にパワードスーツを仕込んでおいた、とかもなさそうだ。



「それじゃあ、これで依頼は完了だな。依頼額はそれなりに期待してるぞ」

「ふっふっふっ、それもそうだけど……どうだね? ここからもう一個依頼を受けてはもらえないだろうか?」

「人体実験の被験体になれ、とかぬかすなら今すぐ綺麗な花を4つ咲かせるぞ?」

「む、残念だ」

「……本気でやろうと思ってたのかよお前」



 もはや開き直ってどストレートに聞いてくるあたり、筋金入りだろう。

 チラッとその後ろに視線をやったが…………ああ、わかったわかった。お前ら全員の意思じゃないのはよぉーく伝わったから。だからそんな全力で首を横に振らなくていいから。

 ……というか、ヘルメット被ってるのによく視線に気付けたなお前ら。

 


 んー、これは、一応目の前でも釘を刺しておくべきか。



「ハァ……一応聞くが、実力行使でも従わせようってんなら相手になるぞ?」



 警告を兼ねて、懐から拳銃を取り出して軽く殺気を当てる。

 ついでに注意して見れば気付かれる程度に、さっき目星を付けておいた怪しそうな場所に視線を運ぶ。ユーリたちの位置関係から俺が割り出した仮定のルートだ、別に当たってなくていい。ただ、不意打ちは通じねぇぞ、と思わせればそれでいい。



「…………おっと、そんなに警戒しなくても心配には及ばないよ。君を拘束する前に、みんな仲良く死体になってしまうからね」

「そうか……なら、今お前の顔に明らかな動揺が見えているのはきっと俺の気のせいなんだろうな」

「うん、そうだね。きっと気のせいだよ」



 ハハハハハ、と陽気に笑う俺たち。しかしその目は一切笑っていない。

 これはどこぞの政治家やら、物語の貴族やらが行うドロドロとした腹の探り合いだ。命に直結する分、油断しないというのはここでは必須事項だ。

 ユーリの気分が高揚した時に見せる雰囲気も、見たところどこかぎこちない。無理をしてそんな風体を装っていると言った様子だ。……俺に敵意を見せないようにするための演技だろうか。



「……んじゃ、一応(・・)はそういうことで。互いに手を引くとするか」

「うん、そうだね、それがいい。……では、トリアナに出口まで送らせようか」



 と、疑問も残るがとりあえず殺気を収めてそう言った。ユーリも表面上納得したようだし、ここから襲撃はないだろう。警戒心だけはそのままに、俺もここから去るとしよう。



「じゃあ、そういうことで。今後は無茶な依頼は勘弁してくれよ。命がいくらあっても足りやしねぇ」

「君なら残基ぐらい残してそうだけどね。もしくは1UP キノコとか持ってそうだ」

「ん? それがあるから無茶な依頼も大丈夫みたいなこと言わねぇよな?」

「はぁーい、そこまでー!! せっかく平和に終わりそうなんだから、このまま解散(かいさ)ぁーん!! ほら、マックス君も行くよ!!」

「おいおい、文句言うならこい───」

「い い よ わ ね 」

「……ハァ、わぁったよ」



 どこか凄みすら感じるトリアナの笑顔に言葉を遮られ、毒気を抜かれた俺は膨らみかけた殺気と共に銃を収めた。まぁ、ユーリを除いた3人はきっとこのモルモット化計画に関わってなさそうだからその反応も当然と言えば当然か。無駄に命を散らしたくないと考えるのは、どこの誰でも同じという訳だ。

 そんなことを考えつつも、有無を言わせぬ無言の笑みで俺を睨みつけるトリアナ連れられて、俺はドックを後にするのだった。






◆◇◆◇






マックスが去ったドック内は、ある種困惑と驚愕といった空気に包まれていた。



(おっどろ)いたねぇ。まさか、所長を前にして警戒心(・・・・・・・・・・)を持ってる(・・・・・)なんて。僕は初めてじゃないかなぁ、そんな人に会ったのは」

「少なくとも、私は何人か見たことはあるな。いずれも各国の要人や、組織の腕利きの人間ばかりだったが」



 オクトーとウーナスの間で、そんなやり取りが繰り広げられる。

 どちらも驚いたようすだったが、しかし一番動揺しているのは張本人たるユーリだ。マックスに見せたことのない裏の顔になっているものの、それでも隠せないほどにありありと動揺が感じ取れた。



 彼にとって、相手が油断するというのは当たり前のことだ。否、警戒心を抱かないと言った方が正解だろうか。

 彼に会った人間は尽く、それこそまるで昔からの友人に接するかのように、警戒心を無くす(・・・・・・・)のだ。なにせ、気の置けない友人に会うのだ。わざわざ身内に近い立ち位置の人間に、警戒心を抱くなんてことはありえない。

 そして、そんな人間(友人)の頼みとあらば、快く承諾してくれるだろう。多少無茶な内容だろうと、少なくとも赤の他人に頼まれることに比べれば、引き受けやすさは跳ね上がる。そして、彼の前では背を向け、いくらでも隙を晒す。警戒心を抱いていないから、敵と認識していないから、防御を怠る。

 そうなった人間を、彼は何人も引き込み、実験素体(モルモット)とした。

 加えて、ここは世界中の道を外したアウトローたちが集うアトロシャス。攫って困る者がいない人間がごまんといるこの街では、それに忌諱感など覚えはしなかった。



 中には無理難題な依頼で負傷し、大怪我を負いながらもユーリに反抗しようとした者もいたが、そういった者がいてもなんら不思議ではない。

 彼の干渉は相手の心域に及び、領域に存在する『警戒心』という感情を強引に押しやり感じなくさせるのだ。だが、その感情はなくなったわけではなく、追いやられただけだ。外部からの力に抑圧され続けたところに心の均衡を破るような激情が生まれれば、抑圧された感情は一気に解放される。その結果、全ての元凶(ユーリ)に対して衝動的な行動に走る。

 しかしそれを抑え込める手立てを始めから用意しているユーリにとって、それは脅威でも何でもない。いつも通り封じ込めて、実験素体(モルモット)にすればそれで終わりだからだ。



 そして今回依頼をだしたマックスと言う人間は、その中でも最高の素体だった。並外れた運動神経にキレる頭を持ち、それでいて冷静さを失わない胆力。

 肉体構造、そして精神構造、それらを是非とも暴いてみたい逸材だった。



 しかし蓋を開けてみればどうだろうか。

 研究所前で会った時はいつも通り油断した様子。かと思ってみれば、通路では悪寒を覚えたと言うではないか。そもそも警戒心がなければ、悪寒なんてものは生まれない。実は油断した様子を装っていたのではないか、とも考えたが、そんな器用な真似をできる人間はいないはずだ。



 思い過ごしか、とも考えたが、その甘い考えを後悔した。



『一応聞くが、実力行使でも従わせようってんなら相手になるぞ?』



 マックスの発したこの言葉が、全てを表していた。間違いなく、ユーリの力は一切効いていなかった。

 その原因は間違いなく、マックスの纏っていた純黒の、この世全ての悪意を凝縮し、濃縮したような濃密なヘドロに似た異質なナニか。そして全ての干渉を無に帰するアレ(・・)を見た瞬間から、本能が近づいてはならないと警鐘を鳴らしていた。



 そしてあろうことか、彼はピシャリと拘束用装置の場所を看破してしまった。場所を特定されているならば、起動させたところでマックスにとって対策は容易だろう。行動の『起こり』を認識させない早撃ちを可能とするマックスの腕だ、起動し、発動するまでの間に全てを無力化させてしまのだろう。



アレに歯向かうのは得策ではないと、本能が叫んでいた。



「うぅむ……アレに手を出すのはマズいとわかっているのだが、しかし暴きたいという探究心があるのもまた事実。ふむ、どうしたものか」

「いやいやいや。これ以上の下手な干渉は彼を敵に回しかねないから、控えた方がいいんじゃかなぁ。彼、結構操縦のセンスあるようだし、今後とも試作機の試験搭乗者になってもらった方が僕らとしても安全な気がするんだけど?」

「だろうな。私もそれには賛成だ。それに───」



 宥めるような口調のオクトーに、ウーナスが同意する。そしてコツコツと足音を立ててウーナスが向かうのは、マックスの乗っていた試験搭乗用のバイク。

 そのモノアイが組み込まれた先頭部を、彼は慣れた手つきパカリ、と開けた。



「───こんなものにされるなど、彼が黙って従うはずもないだろう」



 そこから覗くのは、緻密に組み上げられた機械──ではなかった(・・・・・・)

 そこにあるのは、あるべきはずのそれらしい機械はなく、代わりに薄緑色の液体の入った試験管が置かれていた。そして、その中に浮かぶのは配線コードに繋がれた被験者たちの末路(人間の脳)



 今回の実験、その目的は一新した制御機能のテストだ。そこに嘘偽りはない。

 だが内容を具体的に上げるとすれば、その制御機能を司るコンピュータを、高度な知能を持ち合わせる生体CPU(人間の脳)に置き換えた場合にどうなるか、というテストが目的だ。



 ユーリの言った通り、人道を犬に食わせたかのような外道な実験内容だ。



「だよねぇ。この街のゴロツキどもならいざ知らず、あんないいデータ叩き出す人は適度に友好関係を保っておいた方がこっちとしてもいいんだけどねぇ。今後ともご贔屓に、ってさ」



 オクトーの言葉に、ユーリは「うっ」と声を上げた。研究者の本分が彼こそ、命を賭して研究すべき対象であると彼に語りかけるのだが、頭では彼も分かっているのだろう。彼にこれ以上下手にちょっかいを出すのは損失の方が大きくなると。



揺れる心の天秤。カタ、カタ、カタ、と揺れ続ける天秤は徐々に揺れが収まり出し、しかしどちらに転んでもおかしくはない状況。一秒か、一分か。それ以上にも感じられる長い間を経て───天秤は遂に傾いた。



「ハァ……では、今回は彼のことは諦めるとしよう。私は依頼料の件を含めて、スポンサー(・・・・・)に連絡してくるとしよう」



 ユーリが口にしたのは、諦めの言葉。その言葉に次いで溜息を一つ零したユーリは、未だ名残惜しそうな顔をしながらも、それを忘れようとそそくさとドックを後にする。結論を出したとはいえ、やはり長い間を擁して絞り出した答え。未練は残っているのだろう。



「それじゃ、僕も研究室に戻ろうかな。まだやり残したことがあるし」

「では、私もそうするとしようか」



 ユーリに続くように、オクトー、ウーナス両名もドックを後にする。

 だがその途中、ウーナスが何かを思い出したようにオクトーに語りかけた。



「そう言えば、トリアナは大丈夫なのだろうか?」

「何? ひょっとして彼女のことが心配なの?」



ニヤニヤと揶揄うようなオクトーの表情にムッ、としつつもウーナスが真面目に返す。



「いや……只管にマックスの機嫌を損ねなければいいと思っただけだ。アレの対応次第で今後、彼に依頼を出せるかどうかが変わってくるからな」

「あぁ……うん。トリアナも大丈夫だとは思うんだけどねぇ……うん。伊達に年食ってないし、自制も効くんじゃない? あ、でも元がアレ(・・)だし、しかも最近ご無沙汰だろうし……あれぇ? 本当に任せて大丈夫だったかな?」

「……思春期やら発情期やらは、本当なら当に終えているはずなんだがな。こればかりは弊害と捉えるべきだろうな」



 思い出した案件が予想以上に問題案件だったようで、オクトーの顔に焦りと不安の両方の気持ちが綯交ぜになった表情が浮かぶ。しかしその数秒後には、彼らはいつも通りの顔に戻っていた。彼らの中で、結論がでたのだろう。



「後は何事もないことを祈るしかないか」

「そうだねぇ、そうする他ないからねぇ」



 結局のところはトリアナ次第。その認識を共有した二人は互いに頷き合い、ようやくドックを後にするのだった。



 ……この時二人は知らなかった。トリアナは既に色仕掛けを仕掛けており、フラれていることに。しかし彼女はそれでも諦めずに、先ずは友好的な関係を築くことから始めようと画策し、既に根回しを済ませ、マックスからの信頼を少なからず勝ち得ていることを。






◆◇◆◇






 ガコン、という音と共に、独特の浮遊感が身体に押し寄せる。俺とトリアナの二人を乗せたエレベータは、地上に搭乗者を送り届けるべくグングンと昇っていっている。

 その中にいる俺たちの雰囲気だが──意外に悪くはない。



「こいつには助けられたよ。礼を言う」



 そう言って俺が右ポケットから取り出したのは、一枚の紙きれだ。そこには急いで書いたのであろう、ところどころ読み取りにくい走り書きでこう書かれていた。



『ヘルメットは危険。注意して』



 それが何を意味しているのか。その答えは、隣に胸を張って立っているトリアナ全てだ。



「ふっふー。もぉーっと私を褒めて貰っていいのよ? ほらほらー、なんたって私命の恩人なんだし」

「へいへい。助かりましたよー」

「なんか軽くないっ?!」



 トリアナが豊満な胸を上下に揺らしながら何か言っているがスルー。

 今は『マックス』という仮面を外しており、ほとんど素面に近い『俺』という仮面をつけている状態だ。これは俺がまだ学校に通っていた頃、正確には一月と少し前まで付けていたものだ。何故、トリアナという第三者がいる状況なのに『マックス』という仮面を外したかと言えば、これがトリアナの命を助けた対価として示した条件だからだ。



 彼女と二人きりの状況では、余計なフリをせず素の状態であること。

 助けてもらった対価としてはいささか特殊な申し出だったが、他言無用を絶対条件に俺はこの申し出を承諾した。ただし、仲間ではないトリアナに対して、俺の譲歩はそこまでが限界だ。素面を晒せと言われているが、本当の素面は晒さない。あくまで、限りなく近いものまでが限界だった。他の連中に比べれば信用はできるが、線引きというものは必要だった。

 トリアナもそれがわかっているのか、あまり深くは聞いてこない。正直、その配慮はありがたい。



「にしても、上手いこと電撃の余波が当ったのは幸いだったな。コレ(・・)の発動は正直命がけだったぞ」



 そう言って、ヒラリと手に持った紙切れを裏返すと、そこには大人の親指大の大きさをした小さな機械が張りつけられている。その近くには『電気を流せ』と殴り書きがされていた。

 


 これが、俺から首輪を外した正体だ。

 トリアナ曰く、電流を流すことで起動し、指定された機器系統の、特に制御機能を完全にダウンさせる代物らしい。

 これにレールガンの電流の余波が当たって起動したからこそ、俺のヘルメットは枷としての機能を失ったのだ。これの存在に気付かず、聞かされるまでは直接ヘルメットに当たったと思っていたが、それ以前にトリアナが動いて枷を外す手はずを整えていたらしい。聞かされた時はそりゃあ驚いた。



「オクトーのとこからクスねて正解だったわね。あそこ、使えるもが多いくせにアイツの飽き癖のせいで死蔵になってるもの多いのよねー。今回もその一品だったりするのよ」

「それ、大丈夫なのか?」

「ま、本人もあなたをモルモット扱いしたくなさそうだったし、いいんじゃないかしら。………………それよりも、それ、いい加減外さなくていいの?」



 先程から気になって仕方がなかったと言わんばかりのトリアナが、ツー、と俺の顔を指差す。だがそれが意味しているのは俺の顔ではなく、それを覆っているヘルメットだろう。

 トリアナはずっと疑問に思っていたんだろうが、こっちもこっちで用心しておかなきゃいけない案件があるんだよ。と言っておいた。それでもその意図が読めなかったから、こうして聞いてきたんだろう。

 っと、丁度いいところでエレベータが地上に到着する。そうしてゆっくりと扉が開かれ、徐々に日光が狭い空間の中に差し込まれていく。そんな中で、俺はトリアナの問いに何でもなさそうにこう答える。



「ああ、これか。これはな───」



パァンッ、パパァーンッ!!



 言葉半ばにホルスターから拳銃を引き抜き、発砲。それは開け放たれた扉の向こう側、そこに銃を持って(・・・・・)立っていた男の眉間と心臓を正確に撃ち抜いていた。

 その男の表情は驚愕に塗り固められ、何で撃たれたのか理解できないような様子だった。

 しかしその疑問に答えるものはここにはおらず、男はそのまま重力に逆らわずに倒れ込み、エレベータ前を血の池に沈んでいった。



「───こういう時のためだよ」



 そう言って、俺はホルスターに拳銃を収め、今度こそヘルメットを外した。久々に直に吸った空気が、開放感のおかげかやけに美味しく感じる。空気ってこんなにおいしかったのな。



「……その人、彼らの仲間かしら」

「だろうさ。この入口、他の建物からは一切見られないようになってるからな。不意討ちで来るならここだと思ってたんだよ」

「……そこまで読んでたの?」

「『読んでた』というより『想定してた』だな。そうでもしなきゃ、ここじゃあ生き残れねぇだろうよ」



 そこまで驚くことじゃねぇだろうに、という言葉を飲み込んで、トリアナの驚いた表情を横目にしつつ俺はそう告げた。人間は何かを達成した瞬間こそ、最大限の隙を晒すと言われている。不意討ちをするなら、これはまたとない機会だろう。俺はそこで不意討ちされることを想定して、備えていただけだ。結局ヘルメットは不要になったが、いざって時はこれで頭を守ってもらうつもりだったのだ。一応、目の前にあるドラム缶の山から姿を晒した場合の狙撃も視野に入れていたが、この風の強さじゃあ、ライフルで狙撃なんぞできやしやないだろう。

 というわけで、これでヘルメットは完全にお役御免である。



「んじゃあな。今度依頼する時は、もっと全うなモノにしてくれよ」

「……えぇ、そうね。所長には、私含めて言い聞かせておくわ。依頼の時は、また依頼書として手紙を出させてもらうわね」

「ああ、それを聞けて安心したよ」



 トリアナにヘルメットを投げ渡しつつ、俺は踵を返してその場を後にした。海から見える景色は、依頼開始時点よりも随分と様変わりしており、波もしけり、風も一層強まっている。サイクロンが来るのも時間の問題だろう。これは早く戻る必要がありそうだ。



───ああ、そう言えば………



 と、そこで、目の前の海と、先ほどのトリアナとの言葉でふとあることが頭を過った。

 それは一週間と少し前のこと。家を購入し、纏まった金額が手に入って落ち着きが出たところで、俺は一通の手紙を出したのだ。その相手は、俺が小学校の頃から付き合いのある一人の人物。こんな俺に、モノ好きにも関わり続けた一人の幼馴染。

 そいつに手紙を出したのを思い出したのだが、国際郵便ならそろそろ届いてもいい頃合いだろうか。



「あいつ、今頃何してるかな……」



そんな俺の呟きに答える者はおらず、吐き出した言葉は荒れ狂う海風にかき消され、空の彼方へと消えていった。



如何でしたでしょうか。

少しずつ物語の根幹部分の種明かししていくのは楽しい一方で、

なかなかどこまでの情報量を晒していいのか迷う部分がありますね笑

今後とも努力していく所存ですので、この拙作をよろしくお願いいたします。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ