戦客万来Ⅱー4
日が空いて申し訳ないです
長く続いた通路の奥。ようやく行き止まりになったと思ったその場所は、通路の構造からしても一段と見栄えのするドアだった。ドア枠は他のドアに比べて一回り大きく、それに見合う装飾が施されており、ここは研究所内でも重要な部屋なのだろうと容易に窺えた。
さて、中身はどうなっているのか、と思っていた所で、プシュンッ、という音と共にドアが開かれた。
眩い光が視界に広がる。通路とは対照的な、白い景色だ。
サングラス越しだからこそ、強烈な明度の差に視界を奪われることなく室内を見渡すことができたのだが、どうやら研究室や実験室などではなく、ブリーフィングルームのような部屋に案内されたようだ。部屋の内装も、研究室のように不要なものを最低限まで削ぎ落した寂しいものではなく、部屋全体を見渡せる光量の照明の下、白とクロッカスの上下二色に分けられた壁に加えて一定間隔で調度品の観賞植物などが置かれており、デザインもちゃんと意識された造りをしていた。
部屋の中央には計二十人は座れるような長大なテーブルが鎮座しており、中央には各座席よりも若干低い位置に巨大なコンソールがある。各座席に小さく仕切りがあり簡易的な個別ブースのようになっているものの、何かメモをするためのスペースというものはなく本当に手を置くぐらいのスペースしかない。
そしてその座席には、最初からメンバーを集めていたのか既に3人が席に着いていた。俺が部屋に入ってきたと見るや友好的に手を振る者。舌なめずりをする者。さっさと始めてくれ、と特に関心を示さない者。三者三様の反応が返ってきたが、取り敢えず手を振ってきた人物には同じく軽く手を挙げて返答を返す。
ユーリをチラリと窺うと、座席に座るようにジェスチャーで返された。席まで指定はないだろうが、かと言って適当なところに座るというのも心象が悪い。なのでユーリを含めた四人から丁度等しい距離にある座席に腰を下ろした。
……約一名からムッ、と不満げな表情を送られたような気がしたが何もなかったようにスルーしておく。
流石にここで誰か一人に親しくなんてしねぇよ
「さてさて、これで全員揃ったことだし、先ずは簡単な自己紹介といこう!」
ぐるり、とメンバーを一望したユーリが声を張り上げる。「イェーイ」とそれに応えるメンバー二人は、きっとノリが良い方なのだろう。もう一人は相変わらずノリが悪いのか、それともこれ自体に興味が薄いのか、どちらか判断はつかないが我関せずを貫いているままだ。
「はいはーい! 先頭は私でいいかなー?」
ピシッ、と手を挙げた女性研究者が元気のいい声を上げた。
椅子を退けて立ち上がった所を見るに、身長は150cm半ば程。年齢はここにいるのだから二十代くらいなのだろうが、童顔のせいか実年齢よりも若く見えてしまう。ボブカットにされた髪は手入れを度々怠っているのか枝毛がいくらか垣間見え、大きめの丸眼鏡をしていることでクリリとした目が一層大きく見える。
後はそう……元気よく立ち上がったことでぷるん、と揺れる大きなメロンが二つ
研究者には、食生活が不摂生で偏ったものばかり食べているイメージがあったのだが、彼女は例外で、健康的な食事を摂っていたからこの果実を手に入れることができたのだろうか、それとも不摂生な食生活にもかかわらずにここまでの果実が自然と育ったのだろうか。
仮に後者ならば、今尚人目に隠れて育成に励んでいる女性たちが不憫に思えてならない
───……これ以上はやめとこう。この事象の研究成果如何では世界の女を二分する大戦が勃発しかねない
心の中だけで首を振って、余計な雑念を払い落す。
「それじゃ、私からいくわねー。私はトリアナ・グラス。気軽にトリアナって呼んでくれると嬉しいわ。私は主にデザインとか特殊効果とかの研究をしていて、積極的に何か大きな物を作ったりはしないかしら。あっ、因みに趣味はアニメと漫画鑑賞! よかったら今度君の好きなアニメとか教えてよね!」
溌剌とした高い声に、人の好く笑み。行動の端々に子供っぽさが抜けきらない無垢さを感じる。自然と陰鬱な雰囲気も取り払ってくれそうな人だ。集団の中にいたならばリーダー的な存在になったり、場を明るくするムードメーカーの役割りをしそうなタイプの人だ。
「じゃ、次は僕だね。僕はオクト―・ハイデルセン。呼び方は君に任せるよ。基本的には機械系統のCPUといった演算機能や、制御機能についての研究と開発をやってる。……って言っても、研究がメインだけどね。ちなみに映画鑑賞が趣味で、SF全般バッチ来いだよ。もし気が合うようなら僕のオススメのやつ貸してあげるよ」
トリアナに続き、自己紹介をした糸目の男──オクトーはニィッ、と子供染みた笑みを浮かべた。
赤毛の目立つ髪はヘアバンドで纏められて後ろに流されており、特徴的な糸目は形が変わっていないものの、声色からしてたぶん奥にある目は歓迎の色をしているんだと思う。線が細くて、それでいて背が高い。所謂長身痩躯な体型。運動する分の筋肉が発達しなかったから、その分を身長を伸ばすことに費やしたような体躯をした男だ。年はおそらく20代後半くらいか。自分の興味関心のあることに貪欲に取り組む代わりに他のことに関心を向けないようなタイプな気がする……と思ったが、研究者は大概そんなものか、と思い至ってこの考えを捨てた。
「……では、私が最後か。私はクラム・ウーナス。名前で呼ばれるのは好かんから呼ぶときはウーナスでいい。専門分野は脳科学だ」
そして最後に自己紹介をしたのが、この男。齢は40~50代で、このメンバーの中でユーリに次ぐ年長者だ。クセのあるくすんだ金髪が波打ち肩甲骨まで伸ばされ、前髪から覗く青眼が俺を捉えて離さない。肌には年相応に皴が刻まれているが、衰えを見せない眼力がまだまだ現役として働けると訴えかけてくる。渋いテノール声をしているが、不思議とよく耳に届く声だ。声が低すぎると相手が聞き取りづらいというのはよく聞く話だが、ウーナスの声はそれがまったくない。
性格については……まぁ、さっき言った研究者気質が当てはまるのだろうか。単に試験機のテストパイロットでしかない俺に興味が沸かないからか、逆に観察対象として見ている所為で他に気を回す余裕がないのか、随分と素っ気ない態度をとっている。
「さて、この場で紹介するメンバーはこれで終わりだ。私はもう自己紹介をしているから、後は君だけだよマックス君。さぁさ、時間は有限なんだ。早い所自己紹介は終わらせてしまおう」
パン、パン、と両手を叩いてユーリが急かす。
いくらでも俺に関する噂は飛び交っていることだし、事前に得た情報から俺がどんな人物か把握して推測でも立てていると思っていたのだが……まぁ、噂のほとんどが尾鰭が付いて回っている所為で、俺は信憑性なんて欠片も感じていないから丁度いいか。
そもそも大衆から情報を集めて求める事象の統計データを出す手段の中で、経験談や噂といった類のものは信憑性は最底辺のゴミレベルだ。
何故ならそこには、どんな要因が重なってその事象が引き起こされたのか、何が引き金になって起きたかなどが明確にわからない。
ましてや人の口伝て。そこには当人たちの主観が多分に含まれているから、調査の段階で間違ったことを口走る人も多い。アテにしていては誤情報が多すぎてまともなデータが集められる訳がない。
因みに現在広まっている俺の人物像にまつわる噂と言えば……
『次から次へと三大勢力に喧嘩を吹っ掛ける戦闘狂』
『戦闘力だけでなく、大勢力をも味方につける策略家』
『『アイラちゃん親衛隊』に真っ向から喧嘩を吹っ掛ける胆力の持ち主』
『某国の最新技術によって生み出された戦闘型アンドロイド』
ざっと洗い出しただけでもこれくらいだ。全くもってどうしてこうなったのか……とため息を零したくなるほどには誤情報に溢れている。というか、もはや俺が人間ですらないという類の噂まで流れている始末だ。
もうちょっと穏やかな噂の一つや二つでも立てば気が楽なのだが、この噂を真に受けると俺は相当外部に敵を作っているということになる。
想像もしたくないがこれが元で争いになったならば目も当てられない。どれくらいかかるかはわからないが、これはどうにかしなければな───
とそこまで思って、思考が割とどうでもいいことに逸れていっているのに気がいて、慌てて意識を現実に向けた。今は自己紹介の真っ最中。自分にお鉢が回ってきたというのに、変に時間を取って全員を待たせるというのは些か忍びないというものだ。
言われた通りに自己紹介を終わらせてしまおう、と思って、俺も座席から腰を上げる。
「んじゃ、トリはオレだな。知っているとは思うが、マックスだ。この街に来て何度か派手にドンパチやってるが、別に殺しに悦を覚えたジャンキーでもないから安心してくれ。操縦についてはそれなりに自信はあるが……宇宙船まで操縦しろ、と言われたら、流石にお手上げだから勘弁してくれ」
おどけたように肩を竦めてみれば、クスクスといった笑い声が漏れた。
反応したのが誰とは言わないが、きっと例のノリの良い二人だろう。こういった茶目っ気のある人間の方が、彼らにとっても付き合いやすいかと思ったのだが、お気に召したようで何よりだ。笑いながら「そんなことはない」と俺の冗談を笑い飛ばしてくれれば上出来だ。
「アッハハ。流石にウチにそんなものは、ねぇ?」
「うんうん。君はウチをなんだと思ってるのかなー?」
「そんなの、言わなくてもわかるでしょー」
「「アッハッハッハ」」
と思った俺の思惑は、第一歩目を踏み出した途端に瓦解した。
俺は冗談半分で言ったつもりなのだ。断じて事前に入手していた企業秘密を不意打ちで暴露したとか、牽制目的で自前の情報収集力の高さをチラつかせるとか、そんな意図はさらさらない。あのエレベータや通路の構造からそれくらい造ってそうだなぁ、と頭に思い浮かんだことを言っただけで、断じて完成させていることを知っていたわけじゃない。そこは俺の下らない冗談を笑い飛ばして否定する場面のはずだ。
というか、ここで否定しないということはつまりはそういうことなのか……?
「はいはい! 全員終わったなら自己紹介も程々にしてそろそろ本題に入るとしようか。今回の試験運用の細かな内容は、試作機のデータを見ながら説明していくから」
ユーリの宥めるような声を聞き届け、不安と焦燥に駆られていた心をどうにか落ち着かせる。仮にも相手は依頼主。通路の一件で誤魔化しはできたものの少なからず心象を悪くしたに違いない。ここは更なる不信感を相手に見せないようにグッ、と堪えておくことが依頼達成と信頼獲得への最善手だと自分に言い聞かせる。
他三人……主に二人のことだが、彼らも仕事の話に入るとわかった否や、雰囲気がガラリと変わった。具体的に表情や仕草といった表面上の変化は見られないのだが、纏う空気が一変したのだ。例えるなら休日の真っ昼間までパジャマ姿でいるダメ人間から、プレゼンのある日に会社へ向かうスーツ姿のサラリーマンになったような、そんな変化だ。端的に言えば、やる気スイッチが入ったと言ったところか?
そんな俺の思考などどこ吹く風。サッと周りを見渡して本題に入れる空気になったことを確認したユーリは、手元でゴソゴソと何か操作を始めた。何をしているのかは生憎と角度的な問題でここからでは到底見えず、俺は窺うような視線を向けることしかできない。
まぁ、さっきはデータを見ながら、と言っていたからプロジェクターの準備でもしているのだろうか。そんなことが頭を過ったと思いきや、いきなり室内の明かりがフッと消えた。
無論、停電などではなく人為的なもの。やったのはおそらくユーリだ。
予想通り、プロジェクターからスクリーンへ映像を投射するために光源を消したのだろう、とありきたりな言葉を思った俺の目の前に、件の試作機のデータが映し出された。
薄暗い室内に映し出された、試作機のデータ。他の光源がない分、必然的にそのプロジェクターから映し出される映像が全ての光源になるため、細部のデザインまでよく見える。
風の抵抗を減らすための滑らかな流線型。突起のように飛び出した鋭角のパーツに、敢えて露出させた電力供給のチューブ。武骨なデザインの中にも何処か心をくすぐられるような仕様に仕上がっていた。
この場では全体のデザインとデータだけの開示のようで、必要がなかったのか機体に色までは添付されていなかったが、代わりに全体像が見えるように映像はゆっくりと回転しており、端々にはその部位ごとのデータスペックが事細かに綴られている。出力と、それに伴う稼働可能範囲。かかる負担から可動できる時間。素人目でも見たとしても、相当綿密に組み上げられた機体なのだろうと容易に推測が立てられた。
その光景に、思わず息を呑む。
言葉も出ないとは、まさにこのことだろう。背筋やら頬を汗が伝うも、全くそれに構っていられないほどに俺の意識はその光景に向けられていた。
デザインのインパクトもさることながら、コンソールの中央にヴォンッという音と共に浮かび上がったデータの映像が一等目を引く。ライトブルーの光によって形作られていた輪郭が奥行まで忠実に再現しているため、全員がその場から座った状態で身体を捻らずに見られるという配慮は、映像を人数分投映しなくてもいいという無駄の削減のためか、はたまたこの状態にあるという浪漫を求めた結果なのか。
……いや、きっと後者なのだろう。
研究者という者は得てしてそういう生き物だ。作りたいと思ったから作った。興味があるから解明してみた。そんな好奇心に駆られて未知と浪漫と憧れを目指してひた走るのが彼らの生き様であり在り方なのだ。
だからそう、この目の前の技術だってその浪漫を追い求めた果てに手に入れた技術であり、幾多の山場や壁を乗り越えた末の努力の結晶なのだろう。
しかし、しかしこれはいくらなんでも……
───ホログラム技術って、何世代も先の技術じゃあなかったか……?
未来技術の片鱗どころか、今の先端技術と呼ばれるものを鼻先で笑い飛ばせるようなガチのSF世界の技術を前に、俺の麻痺し掛けた脳はそんなことくらいしか考えられなかった。
◆◇◆◇
概要の説明が終わり、トリアナがマックスを連れてブリーフィングルームを出た後。
その後ろ姿がドアの向こうに消えたのを確認したユーリが、懐から取り出した電話で誰かに連絡を取った。
『───』
「……ああ、私だ。手はず通り、依頼の説明を終えてこれから試験運転をするところだ」
数コール後に、繋がった電話の向こうへユーリが語りかける。纏う空気も、表情も、口調も、何もかもが会議の時よりかけ離れていた。先ほどよりも随分と冷たく感じる声色が、淡々と要件だけを相手に伝えていく。まるで、意思を持たない機械のように。
「何、別に匿ったりはしないよ。こちらもデータが欲しいんだ。そのためには、機体を動かしてもらわなきゃ困るからね」
『───!──、────』
「分かってくれたようでなによりだ。では、後程そちらに送り出すから、後は精々そちらで頑張ってくれたまえ」
ピッ、と電話を切ったユーリの表情は、驚くほどに冷たい。まるで無機物のように、生物みすら欠如した、冷血な瞳。
視界に入るもの全てを実験動物としか見ていないような、決して人に向けて良い類の視線ではなかった。
「正直、君らの因縁などどうでもいいんだよ。復讐も敵討ちも、対価として良いデータを出してくれれば、後は勝手にやってくれ」
人の好い、という言葉ほど、今のユーリに似つかわしくない言葉はないだろう。
彼の猫の皮を剥いで露わになったのは、どうしようもないほどにどす黒く、人道という光りが挿し込む余地のない、狂気的なまでの研究欲だけなのだ。
只々未知という名の美味を追い求め、例え対象がそれで壊れようとも貪欲なまでに貪り喰らい、喰い尽くす。
それが彼の、常道を逸した外道の研究者という人間の全てを表す言葉なのだ。
「だけどまぁ、噂の彼までがアレとは驚きだったな。私のコレは便利と言えば便利だが、万能とは程遠い。……アレでは良いデータが取れるかどかは運任せになりそうだが……まぁ、取れる分はしっかり取っておくとしよう」
ボヤキとも取れる意味深な言葉が何を意味するのか、それがわかるのはもう少し先の話
ラストに違和感の正体を小出しに……全貌はもうちょっとお待ちください




