戦客万来Ⅱー2
アトロシャス南部には、街で最大の貿易港である貪欲で強欲な港がある。
海運、空運に陸運と全てにおいて要所とされるこの場所は運送業界からしてみれば喉から手が出るほど欲しいほどの聖地であり、必然的に港や空港といった場所は一際活気に溢れている。外部から流れてくるもの、流していくもの。それらが行き交う場所には当然運ぶ者と売る者、買い求める者がいるわけで、そういった場所には善悪問わず人が集まってくるのだ。
しかしそれとは別に、南部の海岸線付近にはアトロシャスの住人ならばほぼ誰でも知る場所がある。それを知らなければ、そいつは新入りかモグリのどっちかだと言われるほどの場所だ。
だが、それを聞いてその場所を目にした者は皆一様に首を傾げるばかり。これが街の住人なら知っておかなければならない場所なのか? と疑問符を浮かべざるを得ない。
有名なら何か理由があるのだろうと思い、そこが貿易港以上にこの街に益を齎す場所なのかと聞けば、知る者は全員顔を顰めて首を横に振る。『そんなわけあるか、むしろ害悪でしかない』と言いながら。
そして改めて聞いてみる。では、一体全体そこは何なのか、と
そして聞かれた皆が、異口同音と答える
『怪物兵器製造工場』と───
◆◇◆◇
「昨日の今日で、なんでまた面倒そうな依頼に行かなきゃならんのだろうな……」
周囲に気づかれないよう、そっと溜息を吐きながら人通りの中にできた空白地帯を歩く。
周囲から向けられる恐れの視線を一身に受け、見かけ上は事もなしに堂々と歩いているようで、その実、メンタルをガリガリとすり減らしながら進んでいく。
カルラと話しをしてからそう時間は経っていないにもかかわらず、こうして出歩いているのは単にポストに入っていた依頼書が原因だ。
……いや、確かにそう言った依頼方法は遠慮して欲しいと言及した覚えはないが、それにしても21世紀のこのご時勢に手紙の投書によって依頼してくる連中がいるとは思わなかった。普通は電話での依頼か直接面と向かっての対談依頼じゃないのか? と思った俺は悪くないはずだ。
因みに投書されていた依頼書の内容をその場で確認してみたが、思いの外内容はシンプルでわかりやすいものだった。前回の依頼のように何か画策してこちらに情報を伏せていたり、すり替えていたりといった様子は見受けられず、何を意図しているのかが前面に出された内容だった。
ちなみに、依頼料はかなり高額
一見すると、かなり美味しい話だと思える。わかりやすいがために、何をすればいいのか想像しやすく、ゴール地点が明確である。それでいて報酬が高額ならば、受けることに抵抗を覚えにくだろう。頼まれたなら、依頼を受ける者は後を絶たないはずだ。
だが、よく考えてみて欲しい。
ここは悪の巣窟アトロシャス。人道や倫理をゴミのように道端にほうり捨てた者が集う街だ。そんな場所で、ここまで美味い話が本当にあるのだろうか?
誘い文句で釣り、のこのこやってきた哀れな生贄に絶望を突き付ける。こんなのは聞いていたのと違う、詐欺ではないかっ! と声をあげて叫びたくとも、決して噓の内容は書かれていないがために泣き寝入りした。そんな話は、ここでなくとも星の数ほどある。
綺麗な華には棘がある、という諺があるように、見かけ上は白くても裏が真っ黒だなんて話はよくあることなのだ。
だからこそ、このシンプルさの裏には絶対何かあると思っている。
いくつかある可能性の中で一番怖いのは、この依頼が偽造されたものだった、というケースだ。
依頼に見せかけて俺を呼び出し、指定した場所に来た瞬間を狙って全方向から銃撃を浴びせてハチの巣に、なんてことが起きたらたまったものじゃない。それなりに身体は鍛えているし機動力には自信があるが、逃げ場も反撃の糸口もないんじゃあ手の打ちようがない。そのまま無様な肉塊に成り果てるのがオチだろう。
ここ最近、なまじ名が売れ始めているからこそ、それを潰して自分たちの名をあげようと企む者も少なくない。その可能性が否定できないからこそ、この依頼は受けるのは正直怖かった。
依頼を断ることは俺の裁量次第なのだが、これでも依頼を一回放棄──というよりはクライアントを敵に売った身だ。流石に連続して依頼を反故にするのも評判に関わる。
保身に走るのは間違っちゃいないが、それで敵から舐められるようなら話は別だ。
腹をくくって、その最悪の事態を想定して備えるしか道はなかった。
依頼主と顔を合わせてもいないため、その実態がどういったものか判別できないからそういった備えをしたはいいんだが、その偽造の可能性が限りなく低いんじゃあないかと思える理由もある。しかし、それを過信し過ぎるのもよくはない。
幸運なことに、つい先ほど依頼料は支払われたばかりということで懐は温まっていた。指定された場所に向かう途中、ロットンの武器屋で弾薬の予備や近接戦用のナイフに加え、いざという時の手榴弾やスモークグレネードを買っておいた。
いくらか余裕はあったとはいえ、なかなか痛い出費となったかがここは目をつむるしかない。
それを思い返して、無意識に腰回りと懐に入れた品々を感触で確かめていると、ヒュウッ、と一陣の風が吹いて髪を揺らした。それはこれまでの乾いた空気でなく、潮のにおいが混じっていた。
それは、海が近いことを意味している。
「ああ、意外と進んでいたみたいだな」
思っていた以上に、距離を進んでいたようだった。見渡してみれば、海の住人と言っても通りそうな、こんがりと焼けた肌に潮の香りを漂わせているガタイの良い男たちが増えていた。言うまでもなく、水夫だろう。
停泊した船の荷下ろしを終えて、一休みがてらに足を運んできたといったところか。
パサリ、と懐に入った紙が風に当てられ音を出す。入っているのは件の依頼書だ。そして、偽装依頼の可能性が低いんじゃないかと思う一番の理由でもある。何度も飲み下すように読んだものではあるが、もう一度、何の気なしにそれを取り出して確認してみた。
▲ ▲ ▲ ▲ ▲ 搭乗クエスト ▲ ▲ ▲ ▲ ▲
縦横無尽! 荒れ狂う暴れ馬を乗りこなせ!
クエストLV ★★★★
メインターゲット: 報酬金 $20,000
試験機に搭乗し、十分な稼働データを採取する
サブターゲット: 報酬金 $3,000
生存と改良点の提示
目的地
アトロシャス沿岸部 インサニティ通り6番地
依頼主:創作熱心な技術者
依頼内容
技術の進歩は日進月歩。いや、秒進分歩と言っても過言ではない!
その日、その時を自堕落に過ごしている間に、世界の何処かで新しいものが次々と生み出されていく。ならば、一技術者としてどうしてそれを黙って見ていられるというのか。いや、そんなことはできない!!
そしてその技術の進歩には、実験や試験運用は欠かすことのできないものだ。私はつい先日、新しい試験機を造ることに成功した。だが、あいにくと操縦できる技術というのは持ち合わせていない。
そこで、君の出番というわけだ。私に代わり、私が手ずから創り上げたこの子を動かしては欲しいのだ。アトロシャスで名を挙げだした新進気鋭のその実力を、是非とも私たちのために活かしてはくれないだろうか?
目的地にて、私は君を待っているぞ!
▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲
俺は、こんなふざけた内容の依頼書を現実で初めて見た気がする
……のはずなんだが、この文章の書き方にどうも見覚えがある気がしてならない
確か昨年の一月頃に日本のゲーム会社が売り出し、そして海外でも発売が開始されてしばらく経った今でも世界中で爆発的に売れているアクションゲーム。
自分の好みにキャラメイキングして、そのキャラに好きな服を着せるために巨大なドラゴンを狩るミニゲームをひたすらにやり続け、時に仲間と協力し、時に黙々と独りで進め、時に全プレイヤーの共通の敵であるセンサーと判定に発狂し、涙を飲みながらもそれらを試練として潜り抜け、お目当ての素材と資金をコツコツ集める大人気ゲーム。
そのミニゲームを受けるためのクエストが確かこんな感じだったはずだ。
いや、確かに依頼とクエストって同じ意味だけど、そのクエストを俺のポストに投書するって……
「クエストボードならずクエストボックスってか? 一体いつから、ウチのポストはそうなったんだよ……」
その呟きに答えてくれる者は、誰もいなかった
そんな俺をせせら笑うかのように、ビュゥ、と風が吹いた
◆◇◆◇
相も変わらず照り付ける日差しの中、海風がヒュウ、ヒュウ、と音を鳴らす開けた場所で、とある建物を前にして俺は佇んでいた。きっと今、俺の頬は引き攣っているに違いない。
「ここで間違いないんだよな……?」
ようやく辿りついた俺を出迎えた建物を目にした俺は困惑を隠せず、思わず依頼書の番地と現在地を何度も見比べて確認を取る。
そこにあったのは、一軒のトタンでできた家だった。
見渡す限り、人の喧騒とはかけ離れた雑草だらけの平地の中にポツンと佇む建物。屋根の一部は突風でも受けたのか大きく捲れ、壁は何か大きなものがぶつかったように激しく凹み、あちこちが海風に晒されて酷く錆び付いている。その周囲には大人の腿くらいはありそうな丸太が何本か寝かせられており、入口のすぐ横にはボロボロになった木製の木箱が三つ置かれていた。素人である俺の目で見ても、明らからに年季が入っているとわかる建物だ。
街の中心部とは打って変わった建物の様相だが、ここは財力と戦力が全てものを言う世界。先進国の首都並みの高層ビルもあれば、発展途上国で見られるボロい建物もチラホラ存在する混沌とした街だ。外見だけでどうこう言うつもりはない。
しかし、それではない理由で、俺に困惑と動揺を与えている代物が目の前にあった。
錆びれたトタンの一部。そこに目に付きやすいようにぶら下げられていた看板に、茶色く錆び付いた中でもわかる黄色の色調の文字でこう書かれた。
『ユーリティファス技術研究所』
……知らないはずはない。
命からがら帰ってきた連中の話から明らかになった実態に一部だけでも、挙げられる罪状は拉致監禁、殺人、薬物投与、人体実験etc と日本じゃ死刑確定の犯罪歴のオンパレード。
あの三大勢力であっても迂闊に近づくことはない、と呼び声高いカースドスポットにして訪れた者を須らく死に至らしめるとまで言わせる悪い意味での有名スポットだ。
この話はここに来て初日にカールから聞かされていたので、よーく覚えている。
『いいか? 例えどんなことがあろうとも、奴らに目を付けられないことだ。連中のヤバさは、下手すりゃ三大勢力を凌ぐとも言われている』
『何がヤバいって? そりゃあ連中、全員頭のネジがぶっ飛んでることだ。見境ないっちゃありゃしねぇ』
『この街の連中なら皆頭に入れていることだが、絶対に連中に関わるなよ? いいか? 絶対にだぞ?』
───とか言われたけど、思いっきり関わっちまってるんだよなぁ
回想を経て出てくる言葉はそれしかない
仮にも俺を気遣って言ってくれたことだ。その忠告を無下にした覚えはないし、その名前が出て来たらすぐに手を引くように心がけてきた。こっちから直接的な接点は作ったつもりもない。というよりも、それ以外に命のやりとりが多すぎてそんな暇は欠片もなかった。
だが、俺は失念していた。下手な横やりを入れられないよう名を上げること自体に問題がある訳ではない。が、今回は名を上げたことが災いして、一方的に向こうに俺の名が知られてしまったのだ。
───ハハッ……こりゃあ腹括るしかないか
どうにもこうにも、これまでやってきたことのデメリットが出てしまったというだけなので手の打ちようがない。思わずというか、自然と笑いがこみ上げてくる。
もうこうなったら出たとこ勝負だ。依頼内容的に妙な薬剤投与の可能性はなさそうだし、希望的観測に基づくなら個人用の小型の乗り物の試験搭乗だと当たりをつけている。だって依頼されているのは俺一人だけだし。
怖いのは何処ぞのSF映画みたいに人の脳だけを搭乗させて兵器を操縦する、という人権と人道をそこらの犬に食わせたような狂気的な研究の成果だったりするが、その時は捕まる前に建物を全壊させてやると心の中でそっと誓いを立てる。
「すぅ、はぁぁぁ…………よしっ」
ゴンッ、ゴンッ
木製とも、そして光沢のある金属の音とも違う、どこかくぐもったような音が俺の耳を打ち、遅れて屋内で反響した鈍い音が聞こえてくる。軽く叩いただけでもパラパラとあちこちの錆びや埃が振り落とされ、あまりの煙たさに思わず顔を顰めた。
一瞬の静寂
申し訳程度に聞こえてくるのは、微風に吹かれて雑草が立てる音くらい。不在か? と思った矢先、突如としてすぐ脇の木箱がガサゴソと音を立て始め……
「ヘイッ!! よく来たなボーイ!! 私がこの研究所の所長であるユーリティファスだ!! 気軽にユーリとでも呼んでくれたまえ!!」
そんな静寂を突き破る声と共に現れたのは、白髪混じりのぼさぼさの髪に白衣を身に纏ったThe.研究者 とでも呼べそうな人物。木屑が大量にぼさぼさの髪や白衣に付着しているのを意に介さず、俺の困惑を他所に「ハーーッハッハッハッ!!」と年齢に合わない高らかな笑い声をあげている。
そんな様を見て、俺は一言思う。
なんか、濃いのが来たなぁ……