戦客万来Ⅱー1
「ああ、クソッ! 毎度毎度、俺を殺しにかからなきゃあ気が済まないのかよアイツらはッ?!」
ダンッ! と札束の入った封筒を机に叩きつける。その弾みでパサァ、と中身のドル紙幣が机の上に滑り出すが、そんなのお構いなしに鼻息を荒げてソファにドカッ、と座る。
ただ座っただけで解消できるほどのちっぽけな苛立ちの炎どころではなく、今尚立ち昇る業火は時間経過とともにさらに燃え上がりそうだったので、気休め程度になれ、とその場にあったグラスを煽った。
俺がどうしてここまでイラついているかと言えば先ほど完遂した依頼が全ての元凶だ。
元々依頼してきたのはこの街でも中堅に位置するギャングの一派で、確か『ウルフ・ハウザー』とか言ったか? そこの奴らが依頼に来たのが一昨日のこと。どこかそわそわとして辺りを気にする素振りが何度も見られたが、クライアントの事情を詮索するのはマナー違反なのでスルーしておいた。
で、肝心の依頼内容というのが自分たちのシマで堂々と麻薬の取引をされているからその現場を襲撃して主犯を晒してくれ、とのことだった。
俺はこの段階で、既に不安察知センサーがピコン! と反応した。
単純に思ったのは堂々とシマ荒らされているなら自分たちで相手を排除しろ、だ。ギャングだろうがマフィアだろうが自分の領分を侵されたならキッチリと自分たちで落とし前つけるのが筋というものだ。そこで外部に頼るとか自らの威信を損ねかねない。
ではそれがわかっていた上でどうして依頼を出したのか。考えられるのは相手は自分たちでは到底太刀打ちできない、もしくは恐ろしく尻尾をつかませない相手の二択。
どちらにしろ嫌ーな予感がしまくりだったが、前金含めてかなりの額を積まれたので依頼は受けることにした。
そしてクライアントから渡された情報と、自分の足を使って丸一日かけて割り出したいくつかの取引場所の中から候補を絞り、ヤマを張って張り込んでいたら見事ドンピシャ。物陰に隠れていたところから30~40m離れたところに、スーツケースを持った黒づくめの男と私服に身を包んでいるが鍛えているのがよくわかる連中がやってきた。
しかし、驚くべきはそいつらを率いているリーダーが女であることだろう。
女にしては高い身長。すらりと伸びた手足に、ショートカットにした珍しい銀髪。切れ長の目には強者特有の自信に満ちた色が映り、ぶれない体幹は彼女が訓練されていることを容易に知らせる。男たちのどこか畏まった態度からわかるが、要は実力で他の屈強な男たちを黙らせてきたのだということが見て取れのた。警戒するに越したことはなかった。
持ち物的には黒づくめの男が受け取る側、私服の奴らが渡す側。それを確認し終えて、彼我の戦力差と強襲のタイミングを見極め、奴らの横っ腹に鉛玉で強襲を仕掛けようと覚悟を決めた所まではよかった。
そう、そこまではよかったんだ。
静かにホルスターから拳銃を引き抜き、窓越しに銃口を奴らに向けたその瞬間───
女と、目があった
切れ長の目から放たれる、猛禽類を思わせる鋭い眼光。獲物を見定めた瞬間細まったその金眼は、確かに俺を捉えた。
これが偶然だと思えたならどれだけよかったことか。
隠れてやり過ごそうか、という考えが浮かんだ途端にその考えも瓦解した。
『ネズミがいるぞ! 総員、丁重にお出迎えしろ!!』
夜闇に響く澄んだ声に、僅かに訛りが入った発音の英語。
忘れもしない。俺がこの街に訪れて名が知れるようになったビッグイベント。
ラスボスと鎬を削り合っているファイナルステージ中に乱入し、何故かラスボスと共闘して逃げ延びるという訳の分からない事態に発展させた裏ボス。
『フォラータ・アルマ』幹部 カルラ・A・スペランツァ
またの名を、イタリア軍特殊任務遂行部隊隊長 カルラ・A・スペランツァ大佐
元、などではなく紛れもない現役の軍人である。そして彼女が率いている筋骨隆々のガタイの良い男たちも当然同じ隊の部下である。
その声を聞いた瞬間、顔から表情が抜けたような気がしたのだが絶対に気のせいではなかったはずだ。
一度目は逃げ切れた。しかしそれは劉という味方がいた状況だったからであり、断じて俺一人で切り抜けた訳ではない。奴らはマフィアであり、そして軍人でもある。『敗け』という言葉の意味が、俺らの思っているよりもずっと重いはずだ。そんな連中に二度目が通じるなどと欠片も思っていないし、向こうも二度目を許すつもりもない。
じゃあ、どうするんだよ。という話に帰結するんだが、これはもう残された手段でなんとかするしかなかった。
即ち、クライアント売り飛ばして見逃してもらう
相手の正体さえ掴んでしまえばクライアント側がどういった考えの連中か、その思惑まで予測はできた。恐らくだが、元々向こうが交渉の場にしていたところを横から奪って自分たちの麻薬を売り込もうという算段だったのだろう。しかし自分たちでは軍隊相手に立ち向かえないから、最近名を上げだした俺を傭兵として頼ったということだ。噂だけでも戦力としては申し分なく、依頼料を弾んだとしても先行投資だと思えばお釣りが来る、と考えていたからあの額だったのだろうか?
一応、逆のパターンも考えられるけど、それはあまりないかなと考えている。何せあの辺りは確か『S.R.H』の勢力圏にほど近い場所だ。いくら軍隊といえど堂々と敵の前で取引などしないはずだ。
まぁ、流石に俺もこの街のヒエラルキーのトップに位置する奴らに喧嘩売るつもりなんて微塵もないし、そもそも俺はこの街で平穏無事に過ごしたいのだ。好き好んで死地に飛び込む戦闘狂なんて設定は俺は『マックス』に入れていないし、そういう状況に極力陥らないように立ち回っているのだ。
だから持てる交渉術をフル活用して、上手いこと俺を追っている素振りを見せつつ奴らに証拠隠滅をしてもらう話になんとか漕ぎ着けた。
どうせ向こうはアジト破壊の段階で俺が自分にとって不利な噂が立つのを防ぎたいという思惑は透けて見えているだろうが、向こうも向こうで邪魔しに来た連中を見せしめにできるから双方に利がある、という部分を理解してくれただろうから良しとしよう。
それで、話は何とか双方合意を取り付けたはよかったものの……その後が問題だった。
奴ら、演技とかそういう手加減一切抜きで俺を殺すつもりだったのだ。
でなけりゃあロケットランチャーに飽き足らず戦闘ヘリまで使わねぇよ。
花火は上に打ち上げるものだろうが。断じて上空から地面に向かって撃ち下ろすものじゃあねぇぞ……!
そんなリアル鬼ごっこround2 があったのが昨日の夜のこと。
おかげで今日は街中でまた俺の噂が持ち上がった。どんな内容かは俺が外に出れば人通りの多い大通りでモーゼの如く道ができていく内容だと言えばわかってくれるだろうか。
畏怖されて余計なちょっかいが減るのはいいんだが、なんか俺を見る目がだんだん人間から人外を見るような目に変わっていったのは気のせいだよな……?
そんなこんなで午前中に食料の買い出しに行った先で店主に人でない何かを見るような形容し難い表情で出迎えられて内心ナイーブになりながらも過ごしていた矢先、突如として来客を知らせるベルが鳴った。
如何にも拡大解釈されたであろう噂が煙の如くあちこちで立ち昇っている日なのに、ここに訪れるということは余程物騒な案件なんだろうか? と思ってドアを開けた俺を出迎えたのは、今まさに話題沸騰中の例のあいつだった
『こんにちは マックス。ご機嫌いかがかしら?』
『……昨日の戦闘で大分気が削がれているんだが』
『それは重畳』
『喧嘩売ってるのか? いや、売ってるんだな? 買うぞ?』
笑顔の端から悪意駄々洩れじゃねぇか。
反射的にヤツの額目掛けてヘッドショットしなかった俺は十分に理性的だと言えるだろう。昨夜殺しに来た相手がいきなり目の前に立っていたら誰でもそうなる。それも友好的な笑みを浮かべながらも後方でちゃんと狙撃手がスタンバっているあたり、その内に秘めた殺意の高さが窺えるというものだ。
しかし、そんな絶賛敵対関係中の俺の下に訪れたのは、マフィアらしいといえばらしい動機であって……
『クライアントだったグループが壊滅したのは残念だったわね?』
『ところで、報酬ってちゃんと支払われたのかしら?』
『そう…支払われてる訳ないわよね』
『よければ私たちで払ってあげてもいいけど?』
『温情? バカな事言うのね、アナタ。これは正当な謝礼よ。敵対しているマフィアの拠点の情報に飽き足らず、こっちも高度なデモンストレーションができたんだもの。それに見合う分の報酬を出さなきゃ筋が通らないわ』
筋を通す。なるほど、確かにそれは裏に生きる者。ひいては集団において重要なものなのだろう。裏目に出ることはままあれど、筋を通すことは行動の指針として的確であり、味方からは信頼を置かれやすい。下手に利を求めて暗躍するよりも精神的な抵抗は少ないし、そのため仲間が心置きなく全力で行動できる。
そしてそれは部外者にも言えることで、筋を通さないことはしない、ということが分かっていれば相手との関係は図りやすい。
……のだが、全ての人間がその信条に則って心から行動できるかと言われればNOと言う外なく……
『本当なら拠点襲撃した後の攻勢でアナタを完全に潰すつもりだったんだけどねぇ。それも失敗しちゃったし……』
『おいこら聞こえてるぞ。ていうか、あの後急に殺意が跳ね上がったと思ったらやっぱそういうことかよ……!』
これである。
内心でどう思っていようとも行動指針に沿っているからまだマシと思えるが俺は忘れない。戦闘ヘリによる上空からの攻撃で俺の意識を上に向けさせ、足元への警戒が疎かになったところでワイヤートラップを仕掛けてクレイモアで爆殺するという悪辣な戦法をとったことを。
閑話休題。
それがあって、冒頭に戻るわけだ。命狙われた相手から「いい経験積めたよ、ありがとう」と言われて謝礼を渡されてもどう反応すればいいのか果てしなく微妙なところだったが、奴らも筋を通したいことと、今のところこちらも貰って不利益を被ることはないだろうという判断の下で受け取ることにした。釈然としないけど。
因みに受け取った金額は1万ドル。ちょっと多すぎないか? と思わなくもないが、この金額は尊い犠牲となった元々の依頼者からの報酬額がそれくらいだったからそうしたのだ。
「ハァ……取りあえず、依頼は終えたからいいとして──ん?」
心中に渦巻いていた黒い感情を溜息一つ吐き出して、思考を切り替えようとした矢先、ポストの中に一封の封筒が入れられているのに気が付いた。
無論、アイツらが来るまではここにいた訳だし、それまでは入っていなかったと記憶している。となると、これはアイツらがここに来てから、俺がここで考え事をしているまでの間に入れられたものとなる。
厚さからして爆発物が仕込まれていることは考えられない。誰からのものだろうか、と疑問に思いつつ、その封筒の封を切り、中を確認してみると───
「これは……」
俺は取り出したソレを見て、呆然と佇むしかなかった。
◆◇◆◇
マックスの事務所から少し離れた位置にある街道に、一台の車が停まっていた。
そこに4人の男女が現れ、その車に次々と乗り込んでいく。一人は女性で、肩口までで短く切り揃えられた銀髪は日光に照らされて輝くような色合いを醸し出しているが、その前髪から覗く表情がその輝きを台無しにしてしまっていた。
「私たちを二度も退けた相手、ね。面白いのが出てきたじゃない」
「大佐、顔が悪い人のものになっていますよ」
「そもそもの話、私たちって悪い人じゃない?」
「………確かに」
「それは言い返せませんなぁ」
怪しい笑みを隠そうともしない女性───カルラの言葉に、部下の男たちから「違いない」と笑いが零れる。
するとそこへ、運転席に座る男から声がかかる。
「向こうは向こうで、何やら勘違いしてくれていたようですが?」
「でしょうね。前の依頼人が私たちから取引場所を奪うつもりだ、と判断していたような口ぶりだったし」
「実際は逆なんですがね」
「ま、今回はそれで助かったし結果オーライじゃないかしら?」
今回、マックスは一つ勘違いをしていた。
それは依頼人の言い分が全面的に正しかったこと。元々彼らが取引場所として使っていた区域に、後から横取りをしてきたのは彼女らの方だ。
整った装備、悪辣なまでの作戦、そして圧倒的な地力の差を以て、抵抗してきた者たちを殲滅したことで抵抗がほぼほぼなくなり、堂々と取引をするようになった矢先に送り込まれたのがマックスだったのだ。
彼らからしてみれば、最後の希望とばかりに縋った相手に裏切られたのだからやるせなさは察して図るべし。
そして、マックスが勘違いすることになった一番の理由。それは……
「それもそうですか。確か今回潰したところは『S.R.H』の傘下でもそこそこに大きい組織だったはず。奴らのシマのすぐそばまで勢力圏を広げられて、傘下の組織の一つを潰されたとなれば、そろそろ向こうも出てくるのではないですか?」
「骨のある相手にそこそこ訓練に付き合ってもらったし、アナタたちもそろそろ戦争がしたいわよね?」
「それはもちろん。命令があればいつでも出れますよ」
「狩りよりも、戦いの方が血が滾りますからね」
「戦いの醍醐味はやはり集団戦ですからなぁ」
「流石、頼もしい限りね」
彼女らは他が思う以上に、好戦的であるということ。障害となり得る相手なら避けるのでなく排除しよう、という思考に傾きやすい集団なのだ。『S.R.H』の勢力圏ギリギリで取引していたのは彼らを釣り出すためであり、それを理由としてマックスが選択肢を排除してしまった時点でそれが間違いだったのだ。
今尚顔にギラついた笑みが浮かべられている様は、そこらの獣よりも尚恐ろしい。
「あぁ、因みに、私がここに直に来たのには別の意味があってね」
そんな中唐突に、カルラの口から零れた言葉に全員が目を見開く。
今回の訪問はマックスに述べた理由だけとしか聞かされていなかった彼らにしてみれば、それは初耳の情報だった。すかさず、その先を促す。
「と、いうのは?」
「あぁ、あの建物の周りに最初から張っていた連中のことですか? 邪魔だったので排除しましたが」
「ええ、そう。たぶんあいつら、昨日潰した連中の仲間じゃないかしら」
「残存兵、ということですか?」
各自、思いつく理由をそれぞれ述べていくが、カルラは首を横に振ってその考えを否定していく。
「いいえ、前から攻勢をかけて弱体化させていったから数も残っていないはずよ。昨日の拠点にいたのが全部じゃないかしら?」
「と、なると横繋がりグループですか。潰した相手の事務所を見張るとは、よほど親しかったグループなのでしょうか?」
「そうなると、あれ……小官は何やら思いついてしまったのですが……もしやそのグループは大佐を含めた我々がここに来たことで、マックスが我々の依頼で仲間を潰したと思っているのでは……?」
助手席に座っていた男が、恐る恐るといった様子で思い至ったことを述べた。
いや、流石にそれは、と思った面々だが現状をしてその考えしか思い浮かぶことがなく、それを覆すような意見が出てこない。
もしそれが当たっているのであればそれは勘違いであり、それが元で他所からマックスと彼女らの関係が誤解されたならば、マックスはいらぬ争いに巻きこまれるということになる。特に、今彼女らが事を構えようとしている『S.R.H』からは確実に狙われるだろう。特にそんな関係はないのに。
恐る恐る、男たちはカルラに目をやる。
「あら、よくわかったわね。一人くらい今の様子を報告しているだろうし、上はそう判断するでしょうね」
怪しく笑う口から告げられた現実は、どこまでも無情だった。
途端に、男たちの目に同情の色が混じった。
「……襲撃されても完全にとばっちりですね、それ」
「依頼を途中破棄したんだから、そのくらい罰があってもいいんじゃないかしら」
「我々相手に単騎で正面から挑もうと思わなかったあたり、判断はまともだったと思うんですがね……」
「依頼を放棄してもしなくても、アトロシャスの三大勢力のどれか一つと戦わなくてはいけないとは……」
好戦的な彼らをしてそのように言わせしめるマックス。哀れ。
「さてさて、これでどうなるかしらね……」
薄く弧を描くようにして笑う口元を隠すこともせず、カルラは車窓から見える景色に目をやった。
どこか遠くを見るように、薄く閉じられた瞼から覗く金眼は、これから起こり得る未来でも見ているのだろうか。
それは誰一人わかることはなく、4人を乗せた車はアトロシャスの街並みに消えていった。
まーた何かに巻き込まれそうなマックス。
劉とは違ってカルラはマックスの内側を踏み込んで考えたことはないので、彼女は平然とマックスに厄介事持って来たりします
これも主人公特権だから致し方なし。頑張れ、マックス