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戦客万来Ⅰー1

なるべく早く投稿するとか言っておきながらこの様、誠に申し訳ありません

さて、言い訳云々は置いといて、ここから新しい話に入ります。


 亡霊騒動から既に約一週間が経ったある日、俺の事務所には何人もの男たちの姿があり、閑静な住宅地にしてはよくわかるほどの喧騒に包まれていた。と言っても、銃声や爆発音が断続的に続く生々しい喧騒とかではなく、活気のあるといった具合での喧騒だった。



「おう、坊主! これはこっちでいいか?」

「ああ、そっちはそれでいい!」

「これはここでいいか?」

「それはもうちょっと奥に置いてくれ!」

「はいよ」



 今日はこの前の襲撃で破損したり使い物にならないくらいに汚れた品を再発注し、事務所に運んで配置してもらっている。手ひどく幾つも銃痕ができた壁の補修は終わっている。無論、全額玉樹會の負担で。

 前回とは異なり、今回は俺が現場に立って直接配置を指示しているため、部屋の中は言葉の応酬が止むことはない。



 しかし、こうして改めて振り返ってみると、ここ一週間近くの間でこの喧騒が一番賑やかで平和的なものではなかっただろうか。この街に来て、銃声もなく、快晴の下でこうした日常らしいやりとりをしたのがこれが初めてだと思うと無性に涙がこみあげてくる。

 俺の求めていた平穏というのがいかに尊いものだったのか。日本では当たり前のように甘受できていたものが、一体どれだけ幸福なものだったのか。俺は今、身を以て実感していた。



 例え仮初の安息であったとしても、一夜の夢のような短いものであったとしても、生を脅かす存在がないということが齎す安心感や充実感は抗いがたいもので、まるで泉のようにとめどなくポコポコと湧きだし、安心感という名の水で俺を包み込んでいく。ふわふわと、水中を心地よく揺蕩う感覚が骨の髄まで染み込み、このまま身を委ねていれば溺死してしまいそうにも思えた。

 安らかに、そっと俺を包み込むそれらが俺の取り付けた仮面と素顔の間に入り込み、仮面を静かに遊離させようとしてくる。

 その奥から、素顔が現れそうになって───



───ッ。……何やってるんだ、俺は



 抗いがたいそれらを強引に振り払い、外れかかった仮面をしっかりと嵌め直す。

 油断などしていてはいけない。人前での俺は『俺』ではなく『マックス』なのだ。

 人前で『俺』という素顔など見せてはいけない。

 今、親し気に話している相手が、次に会った時に銃口を向け合う関係になることだって想定しておかないといけないのだ。

 安心感と充実感に満たされた底なしの泉へ沈みゆく身体に喝を入れ、水面に向けて浮上する。それでも俺を捉えようと纏わりつく水を何とか振り払い、遂に水面へ到達する。

 そうした時には、もう心を揺るがすものは無くなり、いつも通りの強靭な意思がしっかりと身体に根付いていた。

 そして綻びそうになっていた口元を、グッと抑える。



「おーい、坊主! こっちはどうすればいい!」

「ああ、今行く!」



 振り返った俺の顔にあるのは、完璧に取り繕った『マックス』の仮面。危うくもとれそうになった仮面が人前で外れないようにしっかりと注意して、俺は声のする方へ歩みを進めていった。

























因みにこのあと、何度か外れそうになったのは全くの余談だ






◆◇◆◇






 時刻は昼前。

 人数もいたせいか、予定よりも早く配置は完了した。

 南側にある採光用の大きな窓の目の前には執務用の大きめのデスクが置かれ、その目の前には接客用のソファとテーブル、西側の壁には書類整理用の棚が複数鎮座しているものの、開店すらしていないためその棚は空っぽだった。この棚が埋まるかどうかは俺のこれからの働き次第である。

 他にも鑑賞用の植物や、シンプルながらもお洒落な調度品が互いに干渉しないように配置されており、派手過ぎず、誇張し過ぎず。シンプルで落ち着きのあるデザインをした事務所の姿がそこにはあった。



「よぉーし、これで全部だな」

「ああ、思った以上に作業が早く終わって助かった」

「なぁに、ウチの馬鹿ども(・・・・)がお前さんに迷惑かけたんだ。これくらいはやっておかないと、示しがつかないってもんだ」

「ヒュ~。仁義ってやつか? 殊勝な心掛けじゃあないか」

「違う違う。そこらへんを手抜きにしておくと、ウチの会社の信用問題になるんだ。信用がなければ仕事は依頼されない、そういうこった」

「……この街だと、誠意を見せなきゃ文句()よりも先に銃弾や爆弾()が飛んでくるからじゃあないのか?」

「…………さってと、仕事が終わったし帰るかっ!」

「露骨に話を終わらせにかかったなコイツ……」



 片手で額の汗を拭ったガタイの良い壮年の男と馬鹿なやり取りをしていると、周りから「ハハハハ……」と笑い声が漏れてきた。笑う声色がどこか引き攣ったものになっているような気がするのだが、きっと気のせいなのだろう。


……冗談で言ったはずだが、まさかそんな訳ないよな?



「……うし、お前ら! 仕事終わりに一杯付き合え!」

「おいおい、まだ昼間じゃ───」

「おっ、いいな!」 「仕事の後はやっぱり酒だよな!」

「うぉぉおおお!!!酒盛りじゃぁあ!!」



 沈みかけた空気を一掃するかのように、リーダー格のこの男が声を大にして叫び出した。

とは言え、時間帯は太陽が真上に来ている頃。そんな時間から飲みに行くというのはいかがなものか、と苦言を呈しようとした途端、ドッと周囲が沸いた。

 まるでリーダー格の男──アッシュが放った言葉がマッチの火で、投げられた先がガソリン池であったかのように、周囲の男たちが一斉に沸き上がった。ここで水を差したところで停められるような軟な火でもなさそうだし、ここでは好きに燃え上がらせた方が吉か、と苦言を喉元に押しとどめる。



「もち、奢りっすよね?!」

「え”っ……」

「何ぃぃぃっ?! そいつはいいな!! おい、野郎ども! 今日はアッシュの奢りだってよ!!」

「え、おい、ちょっとまっ──」

「そうと決まれば話が早い、アッシュを連れてくぞ!」

「「「「おう!!!」」」」

「なんで仕事以上にいい連携してやがるテメェら! おい、こら、離せ! 離せぇぇぇぇぇ!!!!!」



 両脇をガッチリとホールドされ、断末魔のような叫び声をあげてズルズルと引き摺られていくアッシュの様を、俺は離れた位置から見守るしかなかった。



 そして聞こえる声も遠ざかっていき、ガチャリ、とドアが閉まる音が聞こえた時には、部屋にいるのは俺だけとなる。

 途端、この部屋が一気に静かになる。聞こえるのは俺の静かな息遣いと、空いた窓から入ってくる心地よい風音くらい。

 気を張って索敵をしてみるも、敵意らしきものは感じられない。盗聴・盗撮機器の有無も確認したことから、今のところはここは安全地帯であることになる。



「ふうぅぅぅぅぅぅ……」



 それがわかったためか、途端に長い長い溜息が溢れ出す。

 両肩がガクッと落ち、溜息と共に緊張していた筋肉が一気に弛緩する。知らず知らずのうちに、俺は必要以上に緊張していたらしい。これも、一時的とは言え人前で仮面が外れかけたせいだろうか。

 だが、今ならば、外しても構わないだろう。何せ、ここは安息の地だ。

人目がないことを再度確認し、サッと『マックス』の仮面を外す。



「何はともあれ、暫くはゴロゴロできるかなぁ」



 グゥッ、と一つ伸びをして、俺はそう呟いた。

 初めて得た平穏だ。これくらい羽を伸ばしても、誰も文句は言わないだろう。






◆◇◆◇






「……逃げ切れた、よな?」



 ぞろぞろと階段を降り、最後尾まで降り切ったところでアッシュがポツリと呟いた。

 その声色からは何かを窺うように感じられ、心なしか顔色も優れない。先程までの溌剌とした雰囲気は、嘘のように霧散していた。

 いや、実際、その溌剌とした雰囲気さえ、中身の伴わない空元気だったのかもしれない



「はぁぁ…、生きた心地がしなかったぜ」

「まったくだ」

「ったく、隠そうにも敵意か殺意の塊が漏れてるっての」



 最後の一人が零した愚痴に、それぞれが頷く。

 今日、アッシュたちがこの場に来たのは他でもない、件の襲撃事件の償いのためだ。

 襲撃には会社の人間の内、何人かが関与しており、実際に参加した者はその場でマックスに殺害され、間接的に関与した者も先日、玉樹會の人間にしょっ引かれていった。

 どうなったかを深く詮索するようなことはしない。藪をつついて蛇を出すようなことをしては、命がいくつあっても足りはしない。皆、我が身は可愛いのだ。

 会社としてはこの失態に対する償いとして、無償で荷物の運搬・配置をすることを決定し、今日それを実行したのだ。



 顔合わせの時は、敵意をむき出しで銃口を突き付けてくるかもしれないとアッシュたちは戦々恐々したものだが、実際にそんなことはなく、配置の最中でもマックスは常に顔色を変えず、気さくで話しかけやすい人柄を体現したかのような表情で彼らに接していた。例えその身に秘めているのが軍隊規模の戦力であるとしても、平時で関わるのなら酒を飲み交わすくらいはしてもいいかと思える程度に人間性は欠落していなかった。どちらかと言えば親しみやすい方だとも思っていた。



 だが、それは表情だけを見た場合に過ぎない。

 同じ空間にいたからこそ肌で感じ取れたのだが、マックスはその人の良い表情を全く変えていないのにも関わらず、その雰囲気は豹変と逆戻をずっと繰り返していた。



 対話している最中であっても、その雰囲気は徐々に変化していき、まるで身体の中から何かが殻をこじ開けて出ようとしているかのように、マックスの表情が浮き上がり、その奥から得体の知れない何かが零れ出ていたのだ。

 実際にはそんなものが目に見えることなどなく、錯覚でしかないのかもしれない。だが、少なくともあの場にいた全員が実際にそう思ってしまうほどのものだったのだ。



 ドロリとしたどす黒いもの。様々な悪意を凝縮して煮込んだかのようなソレは、空気に触れればそこから真っ黒な瘴気を振りまいていた。それの正体は、何なのかはわからなかったが、自分たちに対して決して良くないものであるとアッシュたちは直感的に思った。


 そしてそんな凶悪なものを、アッシュたちは殺意と敵意ではないかと思った。


 現在、該当することといえば、それぐらいしか考えられない。自分たちは襲撃に関与していないとはいえ、無関係とも言えない間柄なのだから。



 だが、そんな零れだす悪意の塊を、マックスは強引に蓋をして押し込めようとしていた。

 中身が漏れ出そうとするタッパの蓋を上から押さえつけ、中身がこれ以上漏れ出さないようにしていたのだ。その応酬は、幾度となく繰り返された。



 それ故に、マックスの雰囲気の変化は留まることはなかった。

 押さえつけているのが残虐な一面を抑制する理性によるものか、それとも狡猾に堪えている風体を装っている本性によるものかはその場では判別できなかったのだが、それが原因でマックスの本心がどちらよりなのか、アッシュたちは測りかねていた。


 悪ではあるが筋は通す人間か、気の赴くままに猛威を振りまく獣か


 前者なら、少なくとも殺される心配はない。後者なら自分たちに未来はない。この場で殺されるだけだ、と言う具合の心持ちだった。

 しかし、そんな危うい微運動を繰り返していた心の天秤を一瞬にして傾ける発言が、マックスの口から放たれた。



『この街だと、誠意を見せなきゃ文句()よりも先に銃弾や爆弾()が飛んでくるからじゃあないのか?』



 マックスからしてみれば半分ジョークのつもりで発したことだが、アッシュたちからしてみれば不意に投げかけられた最終警告に聞こえた。

 仮に、ここで Yes とでも言おうものなら、「誠意が感じられないから殺す」と殺害の口実を与えてしまうことになる。それが、当たり前だと認知させてしまったのだから、躊躇などしないだろう。No と言った場合にどうなるかは予想はつかないが、ロクでもないことになりそうだと薄々察していた。



 だが、ここで問題なのは彼らの回答ではない。その質問をしたことそのものにあるのだ。


 マックスはこちらを殺す意思もある


 直接的な言葉ではなかったが、それを聞いたということはそういうことなのだろう。

 故にアッシュたちはそのマックスの思惑に思い当たった瞬間、一斉に逃走へと行動を開始したのだ。

 一糸乱れぬ見事な連携。長年付き合いがあるだけに行えたものであり、息の合った動きを始めとして、悟らせないような大はしゃぎと、それを疑られない話題振り。そして少々強引な逃走も誤魔化すためのアドリブ。

 全ては最速で逃げ切るための、必死の寸劇であった。



 そして、功を奏した───実際には懸念した思惑など微塵もなく、それに伴う危険も微塵も存在しないのだが───結果、彼らは無事に立ち去ることができたのだった。



「さってと、最後はそれ(・・)を置いて、仕事は終わりだな?」

「そうだな。さっさと置いてしまうか……よいしょっと!」



 そうして、アッシュが指示を出せば、同僚が担いでいた幅50cm、高さ120cmほどの木製の看板が、地面に脚をつけた。脚先(あしさき)からてっぺんまで、真っ黒に塗りつぶされ、そこにはマックスが経営する万屋の名前と店のロゴが、黒地に映えるシンプルな白のカラーで描かれていた。



道化(Crown)(or)魔王か(Clown)、ね。───お前さんはどう考えても、魔王の方だろうに……」



 ふっ、とアッシュの口から微かな笑いが零れる。だが、それは誰にも聞こえることなく、風に運ばれていった。



































「ほう、ここが件の万屋か」



 アッシュたちが立ち去ったそのすぐ後。入れ替わるようにして、看板に男の影が差した。


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