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マフィアからのプレゼント 4

大変お待たせ致しました

書いては消して、加筆してを繰り返していたら9千字超えてました

まさかここまで来るとは……


前回に引き続き、今回も戦闘回です


「まったく……こんなところに来て幽霊狩り(ゴーストハント)をするはめになるとはなぁ」



 軽快な身のこなしで体勢を整え、マックスは静かに着地する。パサリ、と翻っていた上着が重力に従って垂れ、足元に触れる。

 思わず言葉を零したマックスの顔に、安堵の色が浮かんだが、それもすぐさま消える。瞬き一つで、その眼光は再び鋭くなり、視線は扉の向こうへと注がれていた。

 休まなくていいのか? などと楽観的な言葉を宣う頭をマックスは持ち合わせていない。敵はまだこの屋内に潜んでいるのだ。倒しきるその時まで、油断なんてしていられない。



 貼り付けている笑みを再び取り付け、落ちていたサバイバルナイフをしまって歩みを進める。悪役らしい笑みを消して、普段通りの顔に戻すのはこれが全て片付いてからだ。戦場では敵との読み合いが基本。ならば少しでも表情から悟られぬように笑みを貼り付けておく。それが、マックスが戦闘時に絶えず笑みを浮かべていた理由だ。



 その笑みが相手に情報隠蔽どころか、恐怖まで植え付けるような悪魔の笑みになっているとは、本人の与り知らぬところであるが



 マックスはドアの近くにそっと身を寄せ、背中を壁に押し付け、息を殺し、聞こえてくる物音と気配を読み取らんと全神経を集中させていく。すると、視界の端に一瞬だけ先ほどまで死闘を演じたゾンビの骸が映った。射撃体勢のままマックスの弾で被弾したため、そのまま後ろ向きに倒れ、大の字の恰好で床に転がっていた。被弾した手の甲と額には小さな穴が穿たれ、ダラダラと血が滴り落ちている。

 先程まで生気を感じられた──ゾンビに生気が感じられるというのもおかしくはある──が、今はそれも感じられず、無機質に横たわっているだけだった。



───弱肉強食が世の掟。油断していればああなるのは俺、か



 敗者の末路を目の当たりにし、心の中の覚悟がより強固なものとなる。

 死を直視したことがなく、漠然とした思いしか持っていなかったマックスの心は、謂わばゲルのようなものだった。形はあり、自壊せず、安定し、意思に沿った方向性を持ってはいるものの、切り崩そうと思えばできなくもない脆いもの。それが死を直視したことにより、変化をもたらしていく。

 外側からパキパキと音を立て、ゲル状から硬い鉱石のように。触れればそのまま押し込めそうな柔らかな感触は失せ、逆に跳ね返さんとばかりにビクともしない鉄塊の如く強固なものになった。どんな鋭利な刃物であっても、切り崩すことは叶わないだろう。



 ふぅぅぅ、と長い吐息を吐いて、そっと廊下を覗いてみる。

 窓などない廊下は部屋からの明かりしか光源がなく、部屋の付近しか視界が確保できない。見える場所とそうでない場所がはっきりしており、影の部分にはとても視覚を使えそうにはない。故に、視覚以外にも聴覚と気配察知を以て索敵をする。僅かにでも動くことで起こる衣擦れの音、床や壁を擦る音、大部屋から流れてくる敵意の中に紛れる刺客の気配。そういった己が身に牙を剥く存在を炙り出す。

しかし、反応はない



───後続の気配はなし、か



 ならば、躊躇う必要は何処にもない。

 戦闘音に引き連れられて加勢してくることを懸念していたが、それも杞憂だったようだ。

 マックスは弾切れとなったマガジンを捨て、懐から取り出した新しいマガジンと取り換える。カチン、と子気味いい音が鳴り、マガジンが装填されたと知らせてくる。


 だが、それは装填を告げる音とともに開戦の銅羅でもあった


 マックスは勢いよく部屋から飛び出す。されど音は最小限に。ドタドタと足音を響かせるのでなく、聞こえてくるのは上着が翻る音のみにして、廊下を駆け抜ける。愛銃は二挺ともその手で構えられ、まるで与えられる餌を待つ小動物のように、今か今かと獲物を待ちわびている。

 その様は、獲物を狙う狼の如く。愛銃(子狼)二挺(二匹)侍らせ、狩りをする狼のようだった。

 暗闇が蔓延る廊下を、狩り人は颯爽と駆け抜ける。



 ダンッ、と豪快な音とともに扉が蹴破られると、そこは月明かりが差し込む部屋。人一人いないはずのこの部屋で、音に反応した多数の左右一対の光点が、静かな夜を乱す不届き者(マックス)を出迎える。

 その様は、局所的に見れば醜悪なことこの上ないのだが、全体的に見ればある種壮観とも言える光景だった。



 段ボール各所から覗く貌は、先ほどの襲撃者と同じく部分部分が腐り落ち、中には立ち上がって徘徊するものもおり、段ボールを突き破って腕だけ生やした奇怪な恰好のものもいる。そんな亡者の容貌をした不気味なものたちが、月明かりによって創り出された影により一層怪しく映る。

 生者のみが存在するこの世界で、この一角だけが地獄と入れ替わっているかのように思えるほど、アンデットに溢れた光景が視界に飛び込んできた。



 その手のものが苦手な人にとっては発狂してしまう光景ではあるが、しかしマックスは動じない。口角を吊り上げ、猛る戦意を遺憾なく振りまき、戦いこそ生の糧と言わんばかりの獣性を以て声高らかに宣告を下す。



「冥土還しだ。もういっぺんあの世へ逝ってこい!!」



 その宣告はある種の死刑宣告か、それとも亡者への鎮魂の祝詞か。

 言うや否や、構えられた二挺の拳銃は破裂音とともに銃火を散らし、弾丸を撃ち出した。闇夜を走る弾丸は月明かりに怪しく輝き、銀閃となってひた走る。恐ろしく正確に放たれた弾丸の軌道に遮る物などなく、寸分違わずに敵に命中し、亡者を屠り去る。



「ヴォ…ア"ア”、ァ」



 眉間を撃ち抜かれたゾンビは断末魔の叫びをあげることもなく、ましてや最後の悪あがきすることもなく、あっさりとその生を終えた。魂の抜けた亡骸は重力に従ってその身を床に打ち捨てた。ぴくりとも動かない様子から、即死であることは誰の目から見ても明らかだった。

 重たい沈黙と、火薬のにおいが、部屋の中を満たしていく。



「オ……オ”オ”オ”ア”ア”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”!!!」



 仲間が成す術なく斃された様を見て、ゾンビの内の一体が沈黙を破る大声を上げた。いや、それは声と認識していいのかさえ曖昧なほどおどろおどろしいものだった。地の底から這いあがり、腹の底まで染み渡り、生者を蝕むかのような不気味で恐ろしいもの。

 だが、マックスにはそうは思えなかった。むしろ、聞こえてくるものとは裏腹に、必死に生を求める悲痛な叫びのように聞こえた。その違いに、マックスの頭に疑問が呈する。

 その疑問を助長するかのように、更なる事態が起こる。まるで己が被食者でマックスが捕食者であるかのように、食物連鎖において己よりもさらに上の階層に君臨する捕食者から被食者たる己が脱兎の如く逃げ出すように、多くのゾンビがマックスに背を向けて一目散に逃げ出したのだ。



 無論、それを逃がすほどマックスの精神は平和主義の日本の気風に引き摺られておらず、逃げ出すゾンビの背後から次々と撃ち抜いていく。疑問が浮かぼうと衰えることのない射撃センスはここにきても冴え、頭や心臓といった人体の急所を的確に狙って放たれた凶弾は、我先にと言わんばかりに部屋の中を疾走(はし)り、次々と獲物を屠っていく。



 撃ち抜くほどに血と臓物の生臭いにおいが部屋に充満していき、新居特有の匂いは戦場特有の戦香(におい)へと様変わりする。白い壁が、タイル模様の床が、ドロドロとした赤で彩られていき、薄暗がりではその様子がより独特な凄惨さを醸し出していた。

 これは戦闘などというものではない。この光景は、強者が弱者を喰らう一方的な殺戮だった。



 止まることのない一方的な蹂躙。強いから生き、弱いから死ぬ。それを体現した野生染みた原始的な光景。

 だがそれも、程なくして終わりを迎える。



「───ッ」



 背を向けて逃げていたゾンビを粗方斃し終えた途端、背中にゾッとする何かを感じ、マックスはその場からすぐに反転して真横に身体を投げ出した。数瞬、遅れてその場に無数の銃痕が刻まれる。断続的な破裂音と床を震わせる鈍い金属の落下音が部屋の中に木霊する。

 マックスは身体を丸め、床に着地した衝撃を最小限に抑えるとお返しとばかりに発砲する。しかし、マックスと事を構えている相手からはマックスが撃ち出す間隔よりさらに短く、連続したマズルフラッシュが煌めき、数の暴力がマックスを死地へ誘おうと猛撃する。



 それらを放つのは、当然ながら部屋の中にいたゾンビたち。その数は全体としては極一部と言ったところだが、そのゾンビが全員、手にソレを持っていたならば脅威度は跳ね上がる。



ベレッタAR70/90



 1990年以降にH&K社が世に送り出したアサルトライフルで、性能は言うに及ばず。現在はヨーロッパを中心として軍隊への制式採用に乗り出そうという声が上がっているほどだ。試験運用として紛争地帯へ送り込まれる軍隊へ配備されたこともあり、その反応は上々だそうだ。マフィア撲滅運動もすっかり鳴りを潜めたここ数年、各国で武装統一による協力体制を敷く意義もなくなりつつあり、そこに新たな市場を見出したのか、各武器製造会社が自分の会社で作り出した兵装を売り込もうと躍起になっているのだ。

 そして何より、ここはアトロシャス。武器の横流しや非正規販売など当たり前のように行われており、彼らの手にあるのもそういった経緯からだ。



「一人相手に過剰戦力じゃないかねぇ?!」



 そのいくつもの銃口から銃火が花開き、無数の弾丸が嵐のようにマックスへ射出される。猛然と迫りくる鉛玉の大群は、一見すれば蜂の大群に見えなくもないだろう。文字通りその身を捨て、一直線に特攻する死兵。

 しかしマックスも無防備に突っ立って的になるはずもなく、全力で回避しつつも両銃で迎撃をする。

撃っては避け、撃ち返しては避けられ、攻守は二転三転と入れ替わる。



 互角。押しも押されぬ一進一退の命のやり取り。亡者は更なる同胞を求めて凶弾を放ち、(マックス)は獲物を見定め食らいつく。双方の本質は悪であり、これは裏社会で行われる悪同士の共食いとも呼べる光景のだが、何も知らぬ者からすればその様から獣は亡者を地獄へ送り返す聖獣にも見えたことだろう。



 しかし、拮抗しているように見える光景でも、マックスの内心としては逼迫している状況であった。

 単純な量の違いだ。相手は何人もいて、それでいて予備の装備弾薬を持ち合わせているのに対し、こちらは単騎で、動きを阻害しない程度の量しか持ち運べない。軍用の装備を持っていれば、弾薬も多く持ち運べたのだが、あいにくとマックスは私服であり、そんな装備を持っていない。

 直ぐに弾薬が底をつくのは自明のことだった。



───さぁて、もう退くほど余裕はない、か



 物陰にスライディングの要領で滑り込み、心の中でボヤキながら最後のマガジンを銃に押し込める。これで、残弾は両銃合わせて計30発分。無駄撃ち一つ無視できないほどになった。



───いや、退けないのはここに来てからずっとか



 マックスの顔から狂気的で猛獣染みた笑みは崩れ、代わりに人間らしい自嘲的な笑みが浮かんだ。

 思い出すのは奇跡的な生還をしてから今までの記憶。獰猛な動物が跋扈するジャングルでのサバイバル、酒場での大男との対峙、アトロシャスの一大勢力である玉樹會との死闘、そしてボスである劉との共闘。

 まだ一週間も経過していないというのに、それでも一生忘れられそうにないほど脳裏に刻まれた濃密な記憶。それらは全て、退いていては生き残れないほど過酷なものだった。


 ならば、今回も同じではないか。


 退いたら終わり。残弾も僅かで、一度の失敗が死に直結する。

 歩いた直後に崩れ去り、そして歩ける道など一ヶ所しかない、極薄の薄氷を歩いているようなものだ。退いたらそこは、何も存在しない極寒の海。踏み外せば、薄氷諸共海へ身体が投げ出され、奈落の底へとまっしぐらだ。

 無事に生き残れる可能性など絶望的。だが、それも決してゼロという訳ではない。必ず存在するその極細の可能性の道を、マックスは──



───踏みしめて、生き抜いて、俺は安寧を得ようじゃないか



 不退転の覚悟を胸に秘め、マックスは颯爽と物陰から飛び出した。

 その敵影を見つけた途端、横向きに襲い来る鉛玉の猛雨が一斉にマックスへと襲い掛かる。雨特有のニオイの代わりに硝煙のニオイが鼻先をくすぐるも、マックスは気にした素振りも見せずに疾走する。



 段ボールの影から影へ。体勢を低く維持し、聞き取れるかどうか怪しいほどの極小の足音で這うように移動していく。その俊敏な動きは、狩りを行う獣を連想させた。

 駆け抜け様に火花と共に二つの弾丸が射出される。その弾丸は段ボールという遮蔽物の間を、まるで意思でもあるかのように掠りもせず一直線にすり抜けていき、その猛威を敵に身を以て知らしめる。その手に持つ凶悪な兵器を、そしてスコープごと覗いていた眼球を、正確無比に撃ち抜く。

 ドガシャンッ、と武器が一瞬にして金属塊に成り下がり、眼孔は視覚を得る場所ではなく只の空気の通り道になり、一体のゾンビを文字通り絶命させた。



 だが、それで銃撃が終わるわけではない。アサルトライフルを構えたゾンビは複数体。一体倒しただけでは止まってくれるはずもない。と言って、効果がなかったわけではない。たった一体だがされど一体。減った分だけ、弾幕の密度は軽減される。


 故に、大胆に行動できる


 段ボールという遮蔽物があれど、アサルトライフルの弾丸の貫通力を考えればそれは紙切れも同然。実際にこうして隠れられているのは、中身がちゃんと入っているからだ。同じ箇所を重点的に撃たれれば流石に貫通してしまうが、数発程度ならギリギリ耐え凌げる。

 しかし、ここはこうしたゾンビたちが潜伏していた段ボールも多く存在する。そしてそのゾンビ(中身)は外にでてしまっているわけで、それは遮蔽物として使用することはできない。



「───ッ」



 そう、遮蔽物としては(・・・・・・・)使用できない。

 だが、囮として(・・・・)は十分に使える。



 マックスはゾンビが入っていたであろう横倒しになった空の段ボールに近づくと、その直前で思いっきり踏み込んで跳躍する。可能な限り引き上げた身体能力はマックスの身体を容易に宙へ舞わせ、滑らかな動きで胸を反らせ身体の姿勢を床と水平に保つと、その下を重厚な銃弾の突風が吹き抜ける。

 段ボールの死角にしか移動していなかったことから、敵の射程は段ボールのある低めに集められていた。練度が低いのか、少々射線が外れていることもあったが、それでも一人減ったことでバラつきも少なくなっていた。だからこそ、この手が使えるのだ。

 だがこの手は、一種の奇襲であり初見殺しだ。二度目は警戒して弾幕を広く張り、敢行しようものならハチの巣にされてしまうだろう。



 しかし、よく考えてみて欲しい。

 この手は、奇襲であり初見殺しだ。

 初見殺し。つまり初見(・・)なら、殺せる(・・・)のだ。



 ならば、今、殺してしまってもいいではないか



「ハァッ!!」



 空中で両腕を広げ、身体を全力で捩じることで体軸を中心として回転運動を起こし、空中で独楽のように、垂直回転しながら舞い踊る。大道芸人やアスリートとでも呼べそうな身軽な芸当。しかしそこから放たれるのは、幾重にも渡って響き渡る甲高い破裂音と空気を裂き、獲物をも引き裂く必殺の魔弾。



 幾条にも描かれる銀の軌跡は、しかして敵に向かって一直線というわけではない。壁に、床に、はたまた天井にさえ向かっていき、射線が定まっているとは決して思えないような軌道に向かっている。



 ただのミス? 否、ここからが、魔弾の本領である



 別々のあらぬ方向に散っていったすべての銀閃は、その弾頭が激突した瞬間、反射をして軌道を変える。

 壁から天井へ、床から壁へ、天井から床へ、そしてあるものは敵の弾丸すら利用して。反射に次ぐ反射を繰り返し、複雑怪奇な軌道を虚空に描いて、その弾丸は意思を持つ獣のように、敵に向かって収束していく。真綿で首を絞めていくかのように、徐々に、徐々に、描かれる軌跡は狭まり、敵の逃走経路を潰していく。


 そして、遂に獣の牙が敵を捉えた


 気が付いた時にはもう遅い。いや、敵は気が付きすらしなかったのかもしれない。

 四方八方から、前後左右上下から、縦横無尽に飛び交う魔弾は一斉に敵に襲い掛かった。

 そこに一発たりとも無駄弾は存在しない。敵の額を、こめかみを、脳を、喉を、心臓を、肺を、腕を、脚を、そして武器を。計30発の弾丸が、牙を突き立て、己が身を以て食い千切り、食い破り、鈍い銀色を鮮血に彩った。夜闇に鮮血が舞い、ぶわりと血臭を一層色濃く臭わす。

 赤を纏った弾丸には、食らいつかんとした時の荒々しい勢いはなくなっていた。「嗚呼、やりきった」と、そう言わんばかりの穏やかな様子さえ垣間見え、その身を壁中へ埋め込ませ静止した。



 一瞬の惨劇。無慈悲な弾頭。

 獣の牙に食いちぎられた亡者たちは次々とその場に崩れ落ちていき、死屍累々の凄惨な光景を作り出した。閑静な住宅地の一角でこれほどの血みどろの殺人劇が繰り広げられていれば、亡霊などといったオカルトよりもよっぽど現実的で大衆の恐怖を煽るのではなかろうか。



「よ、っと」



 空中で舞っていたマックスは、その身を器用に前方へ回転させ、両足と左手の三点で身体を支え、ブレることなく着地した。月明かりを背に受け、ペロリ、と口元についた血を舐めとる仕草は本物の獣を連想させ、対峙するものを震え上がらせるものだった。



 そこから立ち上がり、マックスは歩みを進める。ちゃぴ、ちゃぴ、と血だまりを踏むたびに音が鳴り、波紋が生まれる。血濡れで歩くその様は、聖獣を思わせる神性さなどと欠片もなく、ただの一匹の獣畜生でしかなかった。そして悠然とした歩みが、ピタリと止まった。



 歩みを止めた先にいるのは、一体のゾンビ。胴と、手元を撃ち抜かれたことで息も絶え絶えとなり、戦意は喪失したが、それでも辛うじて生きてはいる状態だった。

 そのゾンビの胸ぐらをマックスは無造作に持ち上げる。相も変わらず醜悪な顔に眉をひそめるが、おもむろに取り出したサバイバルナイフで、あろうことかその顔を額から顎へまっすぐに切りつけ始めた。



 だが、聞こえてくるのは肉を裂くようなブチブチと言った耳障りな音でなく、布のような薄い何かをスゥー、と切るような音だった。

 そして切り終わったその皮膚から、ぺらりと薄いマスクを剥ぎ取っていく。

 


「ひっ……え、あ……?」



 現れたのは、年の瀬が40ほどの男の顔。恐怖故に深い皴がいくつも刻まれ、嫌な汗がだらだらと垂れていた。声も、人間のものへと戻っているようだった。皴のせいで実はもっと若かったりするのかもしれないが、マックスは気にしない。その顔半分だけ貌が割れた二面相の男にマックスはニタリと嗤い、男に話しかける。



「これはどういうことか…………キッチリ話してもらうぞ?」



 笑みを深くして語りかけてやれば、男の口から情けない声が零れた。






◆◇◆◇






 街の中央付近に位置するビル街から南西に少し離れた位置。それでも発展している様子がありありと窺える建物が多く存在区域の中で、一際大きなビルが存在する。周りがせいぜい10階建てだとすれば、そのビルだけが20階建てくらいの高さを誇っている。

 そのビルを誰も見紛うはずもない。そこにあるのは、玉樹會の支部である。

 そして、その最上階。どこの高級スイートホテルだと思ってしまうような豪華な部屋で、寛いでいる男が一人……いや、燃え尽きそうな男が一人、椅子に凭れ掛かっていた。30代というまだまだ現役世代でありながら、それ以上の風格と覇気を持ち合わせた存在であるはずなのに、この様子では見る影もなかった。



 玉樹會幹部 劉 伊健。

 数多の修羅場をくぐり抜けた敏腕の幹部は、たった今ある種命の危機に瀕していた



「書類が多すぎる……」



 それは忙殺。そして過労死。

 未だかつてない強敵を前に、劉の命は風前の灯火のごとく、弱弱しいものとなっていた。今のこの時間は再び仕事(戦場)に向かうための英気を養うためのものだ。

 夜景を眺めながら煽る酒は疲れ切った脳を微睡させ、リラックスさせてくれる。そして肺一杯に吸い込んだタバコの煙は、マズいにもかかわらず身体に妙な解放感を与えてくれる。仕事終わりは、これがなければやっていけない。

 と、そんな気の抜けた様子を呈する劉の部屋に、人影が現れる。



「……マックスの野郎から、兄貴あてに電話です」



 ノックと共に入ってきた部下が、電話を片手にそう言った。



「ククク……あいつも流石に幽霊が怖かったのかねぇ」

「ああ、そういうことですかい」



 劉の一言で何故マックスが電話をかけてきたかを察した部下たちは一斉にクツクツと笑い出した。これまで辛酸を舐めさせられてきた相手だ。怯えている様を想像して、いいざまだとでも思っているのだろう。

 そんな部下たちと一しきり笑った劉は、揚揚とその電話を受け取った。



「おう、どうした? マックス。まさか、寂しくなって俺の声が聞きたくなったか?」

『二度と余計なこと喋れないように首を掻き切ってやろうか?」

「初っ端から辛辣だなぁ。冗談に決まってるだろ」

『……まぁ、いいや。今回は仕事云々の話じゃあない。(ウチ)の亡霊騒ぎを解決したら面白い話が聞けたんだが、情報はいるか? お前のトコとも無関係どころかかなり関わってる案件なんだが』

「……へぇ、そりゃあ興味深いな」



 電話越しのマックスの声色が、一気に変わった。それが、決して軽視してはいいものでないということを、劉は直感的に感じ取っていた。

 緩んでいた雰囲気は一気に張り詰めたものに様変わりし、周囲の部下もこの電話の内容が重要案件であるということを肌で感じ取っていた。



『おう、それじゃあ話すぞ? 実はな───』



 その話が終わった後、部屋の中は慌ただしいものとなった。



19.3/11 最後の部分を加筆修正しました。

19.12/31 加筆修正しました。



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