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8話

「え......こ、これは......」


 その光景を見て、ノルヴは狼狽した。

 訓練場からノルヴが出た途端、銃声が響いた。あまり感覚を開けずに、二回も。

 駆けつけてみると、石造りの廊下の真ん中にレリスが立ち尽くしていた。彼女の手には小銃が握られており、銃口からは硝煙がでている。

 レリス着ている衣服の背中、左肩甲骨のところに穴が開いているのが、ノルヴの目に入った。そして、彼女の前にはアドウェルが倒れている。

 ノルヴの声に気が付き、レリスは彼のほうを振り返った。その顔は、悲しみに満ちている。


「彼が、私に向けて発砲しました。防御の為、私は彼の手元に発砲して銃を弾き、気絶させました」


 起こった事を話すレリス。しかし、それでもノルヴの混乱は収まらない。


「どうして、こいつが騎士長に発砲を......あ」


 倒れているアドウェルを見下ろしながら言ったノルヴが、何かを見つけた。

 屈んで、アドウェルの懐から何かを取り出す。

 それは、通信石だった。


「......俺たちが使っているどの通信石でもない......ってことはこいつ」


 ノルヴが導き出した予測に、レリスは既に到達していたらしい。表情を変えずに頷いた。


「外部の者と連絡を取っていた、と考えると、彼が密偵、あるいは密偵の傀儡になっていた可能性があります」


 不意に、何人かが彼らの元へ来る音が聞こえてくる。銃声に気づいた兵のようだ。


「彼を拘束してください」


 やってきた兵数名に対し、レリスは一言だけ言った。

 速やかに、アドウェルは運ばれていく。

 その場には、レリスとノルヴだけが残った。


「......撃たれたところは?」


 暫くした後、ノルヴはレリスに聞いた。レリスの服に開いた穴が銃創だと気づくのに、少し遅れたのだ。


「通常弾だったので助かりました」


 服をめくるレリス。


「防弾服......いつも着ているんですか?」


 通常の服の下にあるそれを見たノルヴは、半ば呆れたように息を吐いた。

 彼の胸中を察したレリスが肩を竦める。


「試験で使用したものです。あまり耐久性が優れず、採用には至りませんでしたが、捨てるのももったいないので、何となく着ていたんですよ」


 蜘蛛の交配による防弾服専用繊維の制作。シュピネー帝国が進めている事業の一つだ。

 言い終えた後、レリスは黙り込み、うつむいた。


「これだけの失態......本当に、最悪ですよね......騎士長として......」


 その姿を見て、ノルヴは声をかける事が出来ない。


「最近、随分と顔色が優れないようでしたが」


 一見話を反らしたようにも思えるが、彼の発言は、レリスを気遣ってのものだった。

 思うところがあるらしく、レリスは目線を泳がせる。


「開戦直後の緊迫した状況だというのに、密偵が入っていたり、裏切りものが出てしまったり、私の力不足が浮き彫りになるばかりで......」


 彼女が語っている事は全て本当の事である。それを痛感していたノルヴは、フォローすることが出来なかった。

 逡巡した後、口を開く。


「起こった事に引きずられるのは、らしくないと思いますが」


 それを聞き、レリスは唇を噛んだ。


「表に出すのは禁忌としていましたから......本当は、最初からずっと......」


「史上初の女性騎士長......なるほど、世間、軍内の目も厳しいってことですね」


 ノルヴの言葉に、レリスは顔に落とす影をより一層暗くする。


「龍に乗れない女が、本当に騎士長になってよかったのか......と常にどこかで感じていました。陸上戦や補佐騎乗での実績があり、それが正式に認められていたとはいえ、やはり......」


 その声は、震えていた。

 涙は、流れない。それは彼女にとって武人としての死を意味していた。

 無言の時が流れる。

 レリスが言うように、龍は女と契約することはできない。つまり女性が龍騎士になることはありえないのだ。世間一般は、軍に入るの者は決まって男だという認識である。

 今騎士長を務めている女が、何故騎士としてここにいるのか。それを彼女は、ただの一人として話したことはなかった。

 彼女の様を見て、ノルヴは溜息をつくように息を吐く。


「騎士長、今の状況を考えてください。密偵を潜入させ、組織上層部内での互いの結束も疑わしい。それは確かに貴方を中心とした軍中枢の責任です。しかし今は、かの国との闘いを始めた、この国の歴史上でも前例がないほどに大切な時でしょう。ここで騎士長が、国内に対しての失態の所為で、国外、戦での失態を重ねてしまうのが本当の最悪ではないのですか?」


 その言葉遣いは、彼にしては珍しいほどに丁寧だった。


「途中何が起ころうと、勝利したものが善となるのが、戦争ではないですか。過去の失態より、これから負けない為の事を大切にしてください。貴方は今この瞬間も、シュピネー帝国軍騎士長でしょう」


 言外に、ノルヴは密偵に関する一連の騒動についても、彼女を叱咤している。まだ完全かつ最悪の失態ではないのだから、と。

 不器用ではあるが、軍人にしては上出来の言葉だった。

 レリスは、見開いた眼でノルヴを見つめる。

 無機質な窓から、陽光が筋を描いて刺し子で来た。二人の立つ場所が、瞬く間に温かな光に満たされる。

 一瞬顔を伏せ、再び顔を戻すレリス。顔を上げた時、その目の色は一変していた。


「すみません。らしくないところを見せてしまいました」


――


 その一件から一夜明けた後、ノルヴは西鉱山基地へと向かう事となった。本来であれば、彼は今頃湾岸基地にいて、そこから直接向かう筈だった。よって隊列は組まず、一人での出発となる。


「動いている事態は、もう止められません。私は残り、指揮を執りながら密偵について調べます。この戦闘が終わるまで、密偵の件は忘れていてください」


 龍に騎乗したノルヴを見上げ、レリスは言った。


「当然です」


 ノルヴの返答は、やはり素っ気ないものである。しかし彼は逡巡した後、レリスを見下ろした。


「この戦闘、湾岸基地の兵も参加するんでしたよね」


「そうですが」


「わかりました」


 返事を聞いてすぐ、ノルヴはゴーグルを降ろした。

 離陸する直前だったが、レリスは再び口を開く。


「彼には、合えたのですか?」


 ゴーグルでノルヴの目元はよく見えないが、彼の目が見開かれる気配がした。

 黒龍が翼を広げる。


「もしかしたら、俺は非常に弱くなるかもしれません」


 そう言い残すと、彼は蒼穹に飛び立っていった。


 離陸上場は、固められた茶色い地面が広がっている場所だ。殺風景ば場所に一人残されたレリスは、黒龍の影が遠ざかるまで、そこに立ち尽くしていた。


――


「やぁやぁ、二日ぶりだねぇ、英雄さん」


 能天気な声が聞こえた瞬間、ノルヴは苦虫を噛みつぶしたような顔になった。

 本部から出立してから数時間、西鉱山基地に到着したノルヴに、ミストがちょっかいをかけてきているのだ。

 ノルヴの表情を無視し、ミストは話を続ける。


「まさかこんなにすぐ、英雄と一緒に戦闘に参加できるなんて思わなかったよ。よろしく頼むよぉ?」


 そう言って、ノルヴの肩に手を回した。

 乱暴にその手を払いのけるノルヴ。


「うざい」


 辛辣で重い一言が、彼の口から発せられた。ノルヴの性格上、この男が好きではないのは言うまでもない。

 思わず、ミストは腹を抱えて笑う。


「まあまあ、そんなぴりぴりしないでよ。楽しみにしてるよぉ」


 ノルヴの背を叩き、彼を追い越していくミスト。

 彼の背中を、ノルヴは暫くの間睨んでいた。


 ふと、背後で物音がする。

 振り返ってみてみるが、そこには、殺風景な廊下が続いているだけだった。

 それと同時に、鐘の音が聞こえてくる。出撃の時間が迫っている事を知らせる鐘だ。

 ノルヴは、気持ちを切り替える為に軽く息を吐き、外へと向かう。


 離着陸場についてすぐ、彼は白い髪を持った一兵卒を目にしたのだが、何も行動することはなかった。


「これより! 国境付近にある森林上空での戦闘へと向かう!」


 そう叫ぶのは、今回の作戦を取り仕切る上官。

 シュピネー帝国領への大規模な侵攻作戦を、アレニエ国軍が開始しようとしている情報が齎されたのは、つい先日の事だった。今西鉱山基地にいる者の殆どが、その防衛、及び敵戦力に打撃を与える為のこの作戦に参加することになっている。数にして二十数騎。通常の隊が十騎にも満たない事を考えると、かなり大規模なものだ。しかし敵の軍勢も同等の数という情報も入っている為、多勢を差し向けるのに躊躇はない、といったものである。


 そして、作戦開始時刻丁度。

 黒、赤、紫の三色が入り乱れた龍達が、一斉に大空に舞い上がった。

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