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5話

「......ええ、そちらの資料室にも、ここにあるのと同じものがあります。管理する者には伝えてあるので、調べるのなら、自由にしてもらって構いません」


 レリスは言い終えると、通信を切った。通信の相手は、沿岸基地にいるノルヴだ。

 現在彼女がいるのは、軍本部にある資料室。軍における様々な記録や資料が、全て纏められている場所だ。そしてその手には、十年前に起こった奇襲事件の資料を持っていた。


「どうだ? 何か分かったか?」


 突然声をかけられたレリス。振り向くと、そこにはガルドが立っている。


「いえ......やはり錬金術村の一件はどこにも残っていないみたいです。それ以降志願して軍に入った者の資料も見てみましたが、やはり数が膨大で......」


 レリスは若干弱気な声で言った。

 それを聞いて、ガルドも唸り声をあげる。


「確かに、そうだよなあ......因みに聞くが、密偵の存在について、それが裏付けられそうな心当たりはあるのか?」


 一旦資料に目を落とし、考えるレリス。


「マルガリトム港の奇襲については、敵方の状況を見るに、事前にばれていた線は薄いです。それに、事件が起こる前からずっと交戦状態が続いているルボル国との戦況も、この十年で特に動いたところはありません。そう考えると、密偵が我が軍で何をしたかったのか、それすらも不明、ということになりますね......」


 ガルドは、何かをもごもごと呟いた。何を言っているのか、レリスには聞き取れない。


「あ、いや、気になさらずに」


 彼女の不審げな視線に気づき、ガルドは慌てて言う。


「騎士長! おられますか?」


 またも、部屋の中に新しい声が響いた。

 レリスが返事を返すと、現れたのはアドウェル。


「アドウェルではないですか。どうしましたか?」


「ノルヴを沿岸に行かせたというのは本当ですか」


 彼女の発言が終わるかどうかといったギリギリのタイミングで、アドウェルはまくしたてた。焦っているのか、起こっているのかよくわからない表情だ。


「え、ええ。暫くは海戦が続く筈なので」


 それを聞くと、彼は歯噛みした後、一言いって部屋を出ていった。

 残されたレリスをガルドは、少しの間ポカンとした表情になる。


「何がしたかったんでしょうか?」


「さ、さあ」


――


 同刻、沿岸基地の内部ではあるが、ノルヴとは離れた場所を、一人の一兵卒が歩いていた。

 彼の名はレア。月光のような白い髪を持つ、兵にしては物静かな印象の青年だ。その表情から、大いなる不安を抱いているのがうかがえる。


「......おーい。上官の前を素通りしてるよー」


 背後から、そんな声が聞こえた。声色で、誰が居るのか察したレアは、顔を強張らせながら振り向く。


「......す、すみません。ミスト隊長」


 慌てて会釈をしたレア。

 ミストと呼ばれた男は、それを見て悪戯いたずらっぽい笑みを浮かべる。


「そんなにかしこまらなくってもいいじゃん。俺たち十年来の知り合い、いや友達だろぉ? ここには誰もいないんだし......って、どうしたの?」


 砕け切った口調で、レアに肩を組みながら言ったミスト。しかしレアの表情を見て、様子が変わる。

 一方のレアは、後ろめたそうな様子で、ポツリと呟いた。


「ノルヴが......」


 その名を聞いて、ミストは納得がいったように手を打つ。


「ああ、俺っちが君を助けたとき、君が言ってた名前だねぇ。最近出てきた英雄と同じ名前だけど、なんかあったのぉ?」


 レアは、大きく溜息をついた。


「今日の海戦の援軍でその英雄が来てたんですが、どうやら同名の別人じゃなかったみたいで......」


「うっそー!」


 彼の言わんとすることが分かったミストは、思わず大声を上げる。

 耳の近くで叫ばれたので、耳を抑えるレア。


「凄いよね? それってつまり、十年前に生き別れた、もう生きてないと思ってた親友が、偶然同じ軍に入ってたってことなんでしょ? でしょ?」


 興奮しながらまくしたてるミスト。彼は思わずレアの肩を掴んで揺さぶっている。


「感動の再開のチャンスじゃん。何で話しに行かなかったの?」


「い、いや、なんだか......」


 レアはそう言い、顔を伏せた。

 先を促すように、レアの顔を覗き込むミスト。


「十年も経って、色々変わりすぎてて......あっちは、誰もが羨望の眼差しを向ける英雄になってますし」


 まるで後ろめたいものを告白するように、レアは言った。

 それを聞き、ミストは呆れたように声を上げる。


「はあ? 渋る意味がわからないんだけど」


 レアも、ミストの言う事は理解できているらしい。だが浮かない顔のままだ。

 これ以上言うのは野暮だと思い、ミストは一言言ってその場を後にした。


――


「......こっちにも残ってたのか」


 棚に積み上げられた無数の資料を見ながら、ノルヴは呟いた。

 彼が今いるのは、沿岸基地資料室。先程レリスと通信を交わした時に、この部屋の存在を知らされたのだ。王都にある本部も、今居る沿岸基地も、どちらも帝国軍の重要な拠点である。しかしノルヴは、本部からの任務につくことが殆どで、沿岸基地に駐留したことは、全くといっていいほど無かった。


 ――故にレアの存在に気づくことがなかったのだが


 不意に戦闘中の光景が脳裏に過り、ノルヴは顔を強張らせる。何を考えているのかは、読み取れない。

 暫く俯いていたが、自分が何をしに来たのかを思い出し、顔を上げた。

 棚の中から、目当ての情報が載っていそうな資料を取り出し、捲る。彼が探しているのは、十年前に故郷が襲撃された事件についての情報だ。レリスとの会話から、あまり有益な情報は残されていなさそうな様子だった。しかし少しでも自分の身に起こった事を得られるのなら、という判断だ。


 襲撃は、深夜だった。偶然目を覚ましていたのは、ノルヴとレアだけ。他の者は、皆業火に焼かれた。無論その中には、ノルヴやレアの両親や、親しい者も多くいたのだ。はじめ村に火の手が上がったとき、彼らは懸命に他の者を助けようと村中を駆けまわった。しかし次々と投下される爆弾と、迫りくる火の手に、自らが逃げざるをえなくなってしまう。それは即ち、非力故の見殺し、ということだった。

 資料を繰りながら、そんな物思いに耽るノルヴ。あまりに集中していた為に、資料室の扉が開かれた音に気が付かなかった。


「こんにちは、英雄さん」


 背後から声を掛けられ、ノルヴは勢いよく振り向く。そこには、彼の見た事のない顔があった。


「......誰だ」


 基地内部なので、敵である事はまずありえない。しかしノルヴの声色には、かなりの威嚇が含まれている。彼の性格の所為せいだろう。

 睨みつけられた男は、彼をなだめるめるように手を振った。


「突然話しかけてごめんよぉ。俺っち、ミストっていうんだ......レアが所属する隊の隊長をしている男さ」


 ミストの言葉を聞いて、ノルヴは瞠目する。


「......矢張りあれは、レアだったのか」


 思わず口からこぼれた呟きに、ミストは軽く笑った。


「やっぱり見かけてたんだ。俺っちもさっきあいつから話聞いてさぁ、ちょっと興味湧いたんだよね。色々話聞かせてくれよ」


 彼の馴れ馴れしい態度は、彼本来のものらしい。だがノルヴはあまりいい印象がないようで、ミストをいぶかしんでいる。

 それを見て、ミストは肩を竦めた。


「駄目ぇ? 実を言うと、十年前の事件であいつを助けたのは俺っちなんだよね。だから、この十年間あいつが何をしてきたのか話せるよ?」


 ミストの話を受け流す体勢で、資料に目を戻しかけていたノルヴ。だがその動きが止まった。


「お、反応したねえ」


 ノルヴの反応を読んでいたミストは、それを愉しむかのようにニヤリと笑う。


「てめえ、殴られてえのか」


 完全にミストの掌中しょうちゅうなのが気に食わないらしく、ノルヴはミストを睨みつけた。


「そんなに怖いするなって。折角話してあげるんだからさあ」


「......わかった」


 不機嫌に返事をするノルヴ。目線はミストではなく、資料へと落とされていた。

 依然ニヤニヤとしたまま、ミストは一冊の資料を手にとる。特に意味があるわけではなく、偶然目についたものを手に取っただけのようだ。

 そして、語り始める。

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