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2話

 ノルヴと騎士長レリスが、一見デートに間違われそうな行動をしている頃、アドウェルは、帝国軍本部の廊下を一人歩いていた。

 彼の顔は不機嫌そのものだ。その理由は、騎士長の部屋の前で彼がノルヴに放った言葉が如実に物語っている。

 何故自分が、何歳も年下で、兵役経験も浅いあの男と同格に扱われなければならないのか。

 そんな事を、廊下のタイルと靴が奏でるコツコツという音をバックに、延々と考えていた。

 今アドウェルが向かっているのは、訓練場だ。そこには彼より少し階級が低い者たちがいる。気を紛らわす為に部下を扱こうなどと考えているわけではないのだが、彼が何か考え事をしている時は、自然とそこへ足が向いてしまうのだった。

 廊下の突き当りに差し掛かった。アドウェルの考え事は未だに続く。

 そして廊下の角からそっと頭部に突き付けられた銃口にも、彼は気が付かなかった。


「タァーン」


 そんな声と共に、銃が発砲時の反動を模して跳ね上げられる。

 アドウェルは軽く肩を震わせた後、自分に向けられている銃の持ち主をジト目で睨みつけた。声がして、やっと物思いから戻ってきたらしい。


「なんですか、副騎士長」


 彼の視線の先には、大柄な男がいた。


「ボケっとしてる騎士様を、起こしてやっただけだ」


 つまり、ふざけていた、という事らしい。

 アドウェルは、一層視線の湿度をあげる。

 彼の様子を見た男は、豪快に笑った。


「おいおい、戦場じゃねえんだから、こんぐらいのユーモアがあってもいいじゃねえか」


「ここが帝国軍本拠地の中枢付近で、あなたが副騎士長ガルド様じゃなければ存分に笑ってやりましたよ。今虫の居所が悪いんです。もういいですか」


 言葉を裏付けるように、彼の声色には苛つきが混じっている。

 それを見て、ガルドと呼ばれた男は溜息をついた。


「またか......お前の機嫌が悪いときゃ、大体あいつ絡みだと相場が決まってるが、図星か?」


 肩を竦める事で、返答の代わりにするアドウェル。

 彼の行動をみるに、ガルドの言うあの男、というのはノルヴの事らしい。


「才能だけの若造が、調子に乗らないわけがないでしょう。調子に乗るのも、調子に乗らせるのも見ていて反吐が出る」


 その物言いに、ガルドは再び大声で笑った。


「俺からみりゃ、おめえも十分若けぇんだよなあ。ま、口出しはしねえでおくよ。それより、一つ旨い話があるんだが、どうだ?」


 ガルドの言葉に、アドウェルは眉をひそめる。


――


 アドウェルらは、話題の中心人物が悪漢に取り囲まれているとは思ってもいなかった。

 そしてその数分後。


「おお、おい、おま、お前! 一体何者なんだよ!」


 ナイフを持ち、三人の中でもリーダー風を吹かせていた男が、思わず後ずさった。その顔には、明らかな狼狽が浮かんでいる。

 彼の目には、一瞬で気絶させられた彼の仲間二人が映っていた。


「何者も何も、ちょっと腕に覚えのある一般人ですが」


 飄々と男の問いに答えつつ、ノルヴは男の持つナイフを裏拳で弾き飛ばした。

 一瞬で空になった右手を見て、男は小さく悲鳴を上げる。

 そしてノルヴは、両手を構え上がら言った。


「まだ続けます?」


 声色に混ぜられた威圧を感じ、男は考えるまでもなく逃げだす。その背は、頼りないこの上なかった。


「お疲れ様です。流石、師譲りの格闘術ですね」


 ふうと一息つき、レリスはノルヴを労う。彼女はただ傍観していただけなのだが、それでも神経を緊張させていた。まずないであろう万一に備えていたのだ。


「ありがとうございます。まだまだ師匠には敵いませんがね......というか、結局こうなるんだったら、大通りだろうがどこだろうが、面倒なのには変わりないみたいですね」


 さして疲れた様子のないノルヴ。軽く手を振ると、何もなかったかのように歩き出した。


「それで、先ほどの話の続きですが」


 レリスが切り出した。彼女はまだ、ノルヴが提示する条件を聞いていない。

 それを聞いて、ノルヴは何のことかを察した。


「はい。俺の過去を教える代わりに、資料庫にある機密資料を見せてください。十年前のある事件に関するものです」


 彼の提示した条件は、かなり奇妙なものだった。思わず眉を顰める。


「あなたになら、ある程度の機密は明かしてもよいですが、一体なぜ?」


 彼女の問いに、ノルヴは一瞬の間をおいて答えた。


「道中、俺の生い立ちと一緒にお話しします」


 そしてそのまま、ノルヴは少し速足になる。

 レリスはそれについていった。


――


「到着しましたね」


 レリスは、目の前に広がる光景を見ていった。

 木々が乱立する森の中、滑らかな煉瓦れんが作りの建物が幾つか立っている。ここは帝国南の鉱山の中腹、通称術師の村と呼ばれるところだ。

 彼らが今居るのは、建物の中でも一際大きいものの前。そこに村を取りまとめる者がいるようだ。

 扉の前に立つノルヴ。


「とりあえず、とっとと用事を済ませてしまいましょう。恐らく訳ありなので、時間がかかるかもですが」


 そういって、扉をノックした。

 すぐに中から鍵が開けられ、扉が開かれる。

 中に居たのは、やや痩せ気味の、中年の男。目には眼鏡をかけていて、いかにも研究者といった風体だ。

 彼はノルヴと、その後ろに居るレリスの顔を見た瞬間、顔を青ざめさせ、扉を閉じようとした。

 そうはさせまいと、ノブを掴んで引っ張るノルヴ。

 扉は、閉まる直前で止まった。


「わ、悪い、帰ってくれ。あんたらにはどうしても協力できない」


 男は慌てたように言う。ボソボソとした、根暗そうな話し方だ。


「だったら、何故協力できないのか言ってください。そうしたら、我々も納得して帰るかもしれないじゃないですか」


 ノルヴが言い返す。

 その言葉に、男が小さく唸るのが聞こえた。

 しばらくく扉の引っ張り合いが続いた。少しすると、痺れを切らしたノルヴが一気に扉を引っ張る。

 開かれた扉に引っ張られ、男が外に出てきた。


「さあ、理由を言ってくださいよ」


 更にノルヴが問う。

 男は、少々怯えているようだった。

 ノルヴの後ろに居たレリスが、一歩前に出る。


「我々も、何もなしにこう何度も尋ねたりしません。状況が状況です。協力できない理由を話す協力を、してくれませんか?」


 数秒の間、何か葛藤していた男だが、諦め、もしくは決心がついたらしく、一つ大きな溜息をついた。


「分かりました、お話しします......ただし、我々には何もしないでくださいよ?」


 そういって、男は二人を家へと招き入れる。

 二人は、男の最後の言葉に眉を顰めながら、部屋に上がり込んだ。


 室内は、壁や床が外装と同じ灰色の煉瓦で作られており、暗い印象を与える。丁度帝国軍本部と同じような感じだ。

 客室のようなところに案内され、椅子を差し出される。二人は大人しくそれに従った。


「あ、ああ、ご挨拶が遅れました。私、ここら一体の研究者を纏めているノーブルと言います。早速本題なのですが......」


 ノーブルは、戦々恐々とした様子で声を潜め、テーブルから身を乗り出す。


「話すからは、私たちを守って貰えるんでしょうね?」


 その様子に、二人は顔を見合わせた。


「それは、事情を話してもらわないと」


 少し困った顔で、レリスが言う。

 彼女の言葉に、ノーブルは納得した様子で体を戻した。


「実は......もう十年も前の事になるのですが、この村で一人の遭難者を助けた事があったのです。記憶喪失だとか、そういう事を言っていたので、山を下りられるようになるまで、ここで面倒を見たんですね。大体五日とか、そのぐらいで彼は全快したのですが、その後事件が......」


 一旦言葉を切るノーブル。その後の事が一番言い辛いらしく、その先を言おうとせずに、口をつぐんでしまった。


「事件?」


 先を話せと促すように、ノルヴが彼に聞く。


「その男が、元々村にあった武器を持って、本の家に立てこもったのです。ああ、本の家というのは、そこの窓から見える建物の事で、研究資料の殆どを保管しているところですね。つまり我々にとって命以上に大事なものなので、彼の要求に答えるしかなかったのです。そしてその要求というのが......」


 ノーブルは、そこで少し間をおいた。


「その要求が、『俺をこの国の王都、及び軍に侵入させろ』と......」


 それを聞いた瞬間、ノルヴとレリスの表情が凍り付く。男の一言が内包する意味を悟ったのだ。

 この国、というのは言うまでもなくシュピネー国の事。そしてそんな事件を起こさなければ王都に入れない理由はただ一つだった。


「つまり、密偵、ということですね?」


 強張った声で、ノーブルに聞くレリス。

 核心を言われた事で、彼はより一層顔を青ざめさせる。

 それを見て、ノルヴの目に一瞬光が走った。


「その時、これを言えばこの村を襲撃するとでも言われたんだろ?」


 驚いたように目を見開くノーブル。


「よ、よくそれがわかりましたね」


 おどおどとした声に、驚きが混じっている。

 ノルヴは、軽く肩を竦めた。


「お前の態度を見てりゃ大体察せるぞ」


 そして、レリスが慌てて立ち上がる。


「兎に角、この情報は急いで国に上げなければなりません。それとノルヴ、私が軍に戻っている間、この村で待機してください。密偵の言葉は、一旦信用するしかありません」


 そう言って、懐から石を取り出した。紫色をした鉱石で、港襲撃時にノルヴが耳につけていた装置にも使用されているものだ。

 石にレリスが衝撃を加えると、石は淡く光を放つ。


「どうしました、騎士長」


 野太い男の声が、石から聞こえてきた。それは、副騎士長ガルドのものだ。


「今南鉱山の錬金村に居ます。少々不味い事になったので――」


「それは奇遇ですね、こっちもかなり厄介な事になってますよ」


 レリスの言葉を遮るように、ガルドが言う。

 とりあえず、先にガルドに話をさせるレリス。


「今沿岸基地から応援要請がありました。どうやら海上での戦闘に少々手こずってるらしく......」


 それを聞いて、レリスは歯噛みした。戦況が読めない以上、騎士長であるレリスが軍の本部にいつまでもいないわけにはいかない。そしてそれは、軍内でもトップクラスの実力を誇るノルヴも同じだった。

 逡巡してから、彼女は石に向かって口を開く。


「わかりました。時間をかけたくないので、ノルヴの龍と、数名の兵をこちらに寄越してください。事情は、戻ってから伝えます」


「了解」


 ガルドの短い返事が聞こえた直後、通信は切れて鉱石の光が消える。

 そしてレリスは、ノーブルの方を向いた。


「今、ここを守る兵を数名要請しました。安心してください。情報提供、感謝いたします。それからノルヴ」


 彼女はノルヴに、それ以上の事は言わなかった。

 だがノルヴは、レリスの言わんとするところを察して目で頷く。


 それから数分して、ノルヴの黒龍が村に飛来した。

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