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12話

「あー......疲れた......」


 地面に降り立つや否や、ミストは地面に倒れこんだ。目の前には、彼の部下数名が立っている。


「無事に戻られて何よりです」


 部下の内の一人が、感極まった声をミストに掛けた。勿論ミストはそんな雰囲気など無視して、ぐったりと地面にうつ伏せになっている。


「全く、攻撃を受けた時はどうなることかと思ったよ......レアが落とされて動揺してたんだなあきっと」


 彼もまた、先の戦闘で敵の攻撃を受けていた。龍は行動不能の深手を負い、数日たった今やっと戻れてきたのだ。


「あ、そのレアなんですが......」


 ミストの言葉で、部下はレア生還の報告を思い出す。ミストに伝えると、彼の顔は一気に明るくなった。ガバリと立ち上がると、報告を告げた部下に掴みかかる。


「本当?! 本当なの?!」


 襟を掴まれながら、部下の男は頷いた。

 するとミストは奇声を上げ、全てを放り出して基地へと突撃していく。

 部下たちは引き留めようとするが、徒労に終わってしまった。


「......帰ってきたのか」


 呆然と基地の入口を見つめる部下たちの背後から、突然声が聞こえる。

 直前まで気配すら感じられなかったために、彼らは皆肩を震わせた。振り返ると、そこにはノルヴが立っていた。

 突然の英雄登場に、皆たじろぐ。


「ノ、ノルヴさん。どうしてここに......」


 ミストの部下の一人が彼に聞いた。

 ノルヴがレアと共に基地に帰還したのは、三日前の事だった。その時は戦闘から丸一昼夜経過したところだったので、ミストが帰還したのは戦闘から四日後ということになる。

 彼はどうやらミストに見つからない、物陰に隠れていたらしかった。


「あの男に用があったんだ。それと、あの人を出迎えに、な」


 そう言いつつ、ノルヴは空を振り仰いだ。

 他の者も、同様にする。

 彼らは、一匹の龍がこちらに向かってくるのを見た。

 龍の色は紫。風と土埃をたてながら着地する。

 乗っていたのは、副騎士長ガルドだった。


「ふ、副騎士長!」


 慌てて敬礼をするミストの部下達。

 ノルヴは龍から降りてきたガルドに駆け寄る。


「師匠、今さっき帰着していました」


「わかった」


 短い言葉を交わす二人の表情は、かなり険しい。そしてそのまま、二人は基地の中に入っていく。

 残された一兵卒数名は、何が起こっているのかをさっぱり理解できなかった。


――


「レア! 生きてたんだね!」


 訓練場にて、レアを見つけたミストは彼に抱き着く。あまりの勢いに、レアの口から蛙がつぶれたような声が漏れた。


「ちょ、ちょっとミスト......」


 涙目の顔を自分に押し付けているミストに、レアは困惑している。


「部下の君が死んだら僕の責任でしょぉ? 親友の死を一生引きずるのかあってすっごく絶望的な気分だったんだよ?」


 最早親に甘える子供だ。

 こうなったら暫くは離れてくれないだろうと、レアは無理やり彼を引き剥がしにかかった。腕力がそこまで強くない為、彼は少々手間取りつつも、なんとかミストを押しのけることに成功する。


「ミストこそ、生きててよかったよ。僕の後で落とされたって聞いてたから......」


 話された勢いで床に転がったミストに、今度はレアが話を切り出した。

 あまりに俊敏な動きで、ミストは体勢を立て直す。


「そうなんだよ! 龍が対龍弾でやられちゃってさあ。回復を待ってここまで戻ってくるのがどれだけ大変だったか......そういえば、君はよくこんなに早く戻ってこれたねえ?」


「ノルヴが、助けてくれたんだよ」


「英雄くんが?!」


 久しぶりに人と話すからなのか、ミストは異様にテンションが高い。

 あまり突っ込んでほしくない事を聞かれたレアだが、巧く受け流すことに成功したようだ。そして、レアは自分が落とされて以降の事を、嘘を交えて説明しようとした。


 しかし、それは小銃を構える音によって中断させられる。


 自分の背後から聞こえた音に、レアは驚いて振り返った。


 そこに立っていたのは、ノルヴだった。銃口は、床に座るミストの額を捕らえている。


「うぜえ、いい加減口閉じろ」


 嫌悪感丸出しの言葉を、彼はミストにぶつけた。


「ノルヴ、何を......」


 何が起きているのかわからないレアが言った直後、部屋の外から誰かの足音が聞こえてくる。

 入ってきたのは、副騎士長ガルド。


「巧妙な嘘は真実になる......か、巧く嵌めるのに成功していたようだな、ミスト」


 低く、威圧感のある声で、ガルドは語る。

 言葉の間に、ノルヴはミストの背後に回った。銃口を彼の頭に密着させる。

 そして言った。


「密偵は、お前だな」


――


「密偵って、どういうこと? 何があったの?」


 密偵と名指しされているミストを覗くと、この場で密偵の事を知らないのはレアだけだ。当然の如く、混乱している。


「お前がレアだな? 俺の弟子の親友、であってるな」


 ガルドがレアに聞いた。

 彼は頷く。


「こいつの正体を暴くんだ、お前も知っておいたほうがいいだろう......十年前、この国に密偵が侵入した」


 状況の説明を始めたガルド。その後をノルヴが引き継ぐ。


「俺が別の用で騎士長と南鉱山の錬金術村に訪れた時に発覚したんだ。十年前――俺とお前が離れ離れになる少し前――に、その村で男が立てこもり事件を起こした。その要求が、この国への潜入の補助だった」


 ノルヴに銃口を向けられているミストは、抵抗一つせずにじっと話を聞いていた。


「つ、つまりそれが密偵、ミストだと?」


 レアが言う。

 それを否定したのはガルドだった。


「その真犯人は俺だ。俺は元々アドリア国の大臣家の子なんだが、覇権争いの延長で家族もろとも処刑されることになりかけた。だから術師の村を襲撃してまでこの国に入ったんだ。だがな、俺が独自に確保していた情報網に、俺の命を狙った密偵が、俺とあまり変わらない時期にこの国に入った可能性があるという情報が入った。それがそいつだ」


「アドリアが俺とレアの村を襲撃したのは、お前を潜入させるためだったんじゃないのか? 村一つが壊滅すれば、その村に誰がいたのかまるでわからなくなる。村の住人だった俺たちでさえ、村人全員を覚えていたかどうかは怪しい。だが流石に狭い村で、一度も顔を見た事がないのは違和感を覚える。だから『村から離れた森の中で暮らしていた』と言ったんだろ? それにだ」


 一旦言葉を切るノルヴ。

 彼の顔を、ミストは見上げた。


「お前、どうしてあの事件がアドリア国軍によって起こされたと知っていたんだ? 湾岸基地の資料室で、お前、俺に言ったよな?」


「あの襲撃は、あまりにも不可解過ぎてまだ首謀した国を断定でいていない。更に言うと、当時シュピネーとアドリアは友好国だった。黒幕を断定的に言えるのは、密偵本人だけだろう」


 ノルヴとガルドは、畳みかける。

 話が終わると、ミストは嘲笑した。


「口滑らせてさえいなかったら、バレてなかったってことだよねえ? 疑いくらいはかかってたかもしんないけど」


「ミスト、本当に......?」


 説明を聞いても信じられない、といった様子で、レアはぼそりと言う。

 そんな彼に、ミストは視線を向けた。


「そうだよ。俺っちはアドリア国特命潜入部隊隊員だ......ちょっと英雄くんいいかい?」


 突然ノルヴに話を振ったミスト。

 警戒したノルヴは改めて銃口を突き付ける。

 それを見て、ミストは両手を上げた。


「ちょっとちょっと、こんな状況で反撃なんかしないって。勝機の無い行動は嫌いなんだよぉ?」


「黙れ、銃口突き付けられて、はいそうですかとお縄になる密偵がどこにいる」


 ノルヴから敵意むき出しの視線を浴びて、ミストは皮肉っぽく溜息をつく。


「俺っちは手をふれないし、動かないから、ホルスターごと銃を外してよ。それでいいでしょ?」


 彼の言葉を聞き、ノルヴは彼の銃を奪った。勿論、警戒は最大限保ったままだ。


「とりあえず、洗いざらい話してもらおうか」


 ミストの銃を放りながら、ノルヴは冷淡に言う。


「分かってる。俺っちは、君たちが突き止めたように南鉱山裏一帯が炎上する騒ぎに乗じて、この国に入ったんだ。その時レアを助けたわけだけど......まあ、正直に言えば『それっぽさ』の為に偶然見かけた子を助けただけだったんだ」


 その発言を聞き、チラリとレアの表情を伺うノルヴ。

 レアは、衝撃に体を貫かれた様相で、棒立ちになっていた。


「で、その目的は処刑と国から逃げた男、ガルドを殺害することだった。勿論俺っちも無能じゃないから、あんたの居所はすぐに突き止めたよ? でも随分と巧く警戒網を張られてたから、中々近づけなかった。仕方がないから、レアを引き連れて軍に入ったんだ。それから先はまあ、レアも知ってるし、話す必要はないかなあ。諜報じゃなく抹殺が目的だったから、この国の情報は一切流してないよ。信じるかどうかは別だけどね」


「だとすれば、何故軍に入って以降の十年間、俺に手を出さなかった? お前は、その素振りすら見せなかっただろ」


 ごもっともな疑問を、ガルドが投げかける。いくら警戒されていたとはいえ、十年間で一度も隙がないなどということはありえない筈だ。ガルドは何度も実戦に繰り出している上、恐らくミストらと同じ戦場に立ったこともある。ガルドは十年で副騎士長という高位に上り詰めていたが、そうなると警戒以前の問題で、近づくことも難しくなってしまう。

 そんなことはわかっている、と言った風に、ミストは肩を竦めてみせた。


「何でだろうねぇ。国から何度も何度も催促されてたけど、その気になれなかった、って感じなんだよなあ。多分......」


 一旦言葉を切ると、彼はレアの方を向く。


「あんまり才能ないけど、誰かの為になりたいっていう人一倍強い意志がある誰かさんを、いつの間にか放っておけなくなったから、じゃないかなあ」


 驚いたような表情になるレア。


 その時だった――

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