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10話

「ノルヴは......いつ知ったの? 僕が生きてたって」


 レアはおずおずとノルヴに質問する。

 それを聞くと、ノルヴは自嘲するように笑みを浮かべた。


「沖合であった戦闘の時、お前を見かけて初めて知ったよ......奇跡的に、お前の名が俺のとこまで届いてなかったんだ。お前は?」


「英雄の名前は流石に聞いてたけど、それが君の事なのかどうかの確信は持てなかった......だから、実質僕もつい最近、ってことになるねえ」


 ノルヴは、すぐ後ろに突き出した岩に背をもたれ、後頭部に両手を回す。


「お前とこうやって話す時がくるなんて、この十年間、思いもしなかったよ。あの火事の惨劇を見て、もう希望はないと思ったから......」


 彼と同じことを、レアも思ったらしい。気弱げに小さく笑った。


「そう......だよね......」


 そこで始めて、ノルヴはレアが落ち込んだ表情をしていることに気付く。

 彼が不審そうに顔を覗き込むと、レアは絞りだすように言った。


「ずっと、謝りたかった。ノルヴがそんな傷まで負ってるとき、僕は逃げる事しかできなかった。もしかしたら、助ける事だってできたかもしれないのに......」


 悔しげに唇を噛むレア。そして堰を切ったように言葉があふれ出す。


「それだけじゃない。いつも......今だって、関わらなくてもいいのにノルヴはわざわざ僕の事を助けてくれた。だけど僕は何もできない。感謝ばっかりして、何かノルヴの為にできたこと......一つもなかった。今は二人とも生きてることが分かって、こうやって話す事ができてるけど、今までずっと思ってたんだ」


「結局僕は、人に何もしてやれないんだって......十年前からずっと一緒に居るミストにも、恩返しみたいなことは何一つ......」


 その声は、震えていた。一言一言に、十年という年月の重さが含まれている。レアは、涙こそ流さないが、悔悟と無力感に肩を震わせていた。

 レアの姿を、ノルヴは暫しの間見つめている。といっても、レアに向けられているのは視線だけで、彼の双眸はレアの身体の向こうにある、どこか遠い所を見つめているようだった。


「なあ、レア」


 震えを止めるように、ノルヴはレアの肩に手を置く。

 気づいたレアは、彼の顔を見た。ノルヴはしゃがんでいる格好なので、丁度見上げる形になる。


「俺が、何でお前を龍騎士に誘ったか知ってるか?」


 首を横に振るレア。


「ノルヴが龍騎士にあこがれてたから、とか?」


「違う。俺は、お前に笑ってほしかったんだよ......」


 ノルヴが言った答えに、レアは奇妙な顔をした。

 それを見て、ノルヴは苦笑いしながら頬を掻く。


「まあ、ガキの頃の、今となっては意味の分かんねえ理屈なんだけど......あの狭い村で虐められてるお前でも、空の広さとか、龍の大きさとか、そういうのを知ったら笑ってくれるんじゃねえかなって思ったんだよ。お前、いつ何をされるかわかんない感じだったから、ずっと怯えたような顔してただろ? だからさ。それに、お前、ちょっと勘違いしてるぞ?」


 一旦口を閉じ、ノルヴは笑みを浮かべる。

 軍に入ってから一度も見せた事のない、心の底からの笑顔だ。


「俺が龍騎士に興味を持ったのは、お前のお陰なんだ。こういうとお前は面白くねぇかもしんないけど、自己満足でも、誰かの役に立てたり、誰かを助けたりするのって気分がいいんだってのを知ったんだよ。別にお前が弱いから助けてやろう、じゃなく、単純に誰かを助けたかったからなんだ。だから、軍に入る事を決めた。傍から見れば、殺し合いをする仕事だっていう人もいるだろうけど、俺には、誰かを守るために戦う、カッコいい仕事だって思えたんだ。それに今の俺があるのだって、お前のお陰だ。あの火事の時、俺はお前を助けようと動かなきゃ師匠にも出会えてなかったかもしれない。だからさ......」


 ノルヴは、がっしりとレアの両肩を掴んだ。


「別に気に病むんじゃねえよ。俺がしてるのは、わかりやすい助力で、お前が俺にしてくれたのは、自分じゃわからねえ助力だった、それだけなんだ」


 彼の声色は、普段の冷淡なものからはかけ離れていた。

 驚いたような目で、ノルヴの顔を見ていたレア。


「ほんとに......?」


 思わず口から洩れたのは、そんな言葉だった。彼がいつも抱いていた、罪悪感にも似た想いを、目の前でノルヴは一蹴したのだ。

 力強く、ノルヴは頷く。

 レアは口を開きかけた。だがその口から言葉が発せられる前に、激しい振動が二人を襲う。


「なんだ?」


 周囲に目を向けながら、ノルヴは立ち上がった。

 地面は、地震などとは少々違った揺れ方をしている。下から突き上げる感じ、というのは地震のそれと全く同じだが、揺れの中心が地面の奥深くではなく、彼らからあまり離れていない、地表近くにある。

 洞窟を形成する、乳白色の岩が砕けてパラパラと落下してきた。


「とりあえず、入口のほうまで避難しといたほうが......」


 緊迫した声色で、レアがノルヴに言う。

 ノルヴは頷き、自分たちより少し奥に寝かせていた龍二匹のほうをみた。どちらも既に目を覚ましていて、こちらに尾を向けている。揺れの中心を睨んでいるようだ。

 二人が動こうとした時、突然揺れが止まった。

 不気味な静寂が洞窟内に充満する。

 暫く何も離さずに、周囲を警戒するノルヴとレア。


 静寂を切り裂くように、岩が砕ける轟音がした。龍達の、更に奥の地面が陥没し、大きな穴が開く。

 一瞬静まり返った後、穴の中から鼓膜が破れそうなほどに大きな咆哮が聞こえてきた。

 思わず耳を塞ぐ二人。龍達は、穴から離れ、二人の傍まで後退してきていた。


「......まさか、龍か?」


 轟音の中、ノルヴは呻きながら言う。

 彼の言葉を証明するように、穴の中からは、通常の何倍もある大きさの龍が現れた。光源はランプだけで、見えるのは龍のシルエットのみで、何色をしているのかすらわからない。

 穴から半身を出した龍は、咆哮をやめる。そして唸ったかと思うと、直後口からブレスを吐き出した。色は、黒でも赤でもない。まるで雪のような純白だ。しかも自ら光を放っている。霧のようなそれは、ノルヴらに襲い掛かるでもなく、天井付近の空間に充満した。

 ブレスが照明の役割を果たし、洞窟全体が明るくなる。

 全貌を見た時、ノルヴもレアも驚愕で声を失った。

 純白の龍が、巨大な穴から半身を覗かせ、こちらを見ているのだ。周囲の岩が、くすんだ白ともとれる乳白色をしているので、龍の白さはより一層際立っているように見える。


「こ、こんな色の龍って、居るんだっけ?」


 混乱しつつ、レアがノルヴに聞いた。


「いや、龍の色は黒と暗赤と紫だけ! 白なんて見た事も聞いた事もないぞ......でも目の前に居るからなあ......」


 筋の通らない事を言うノルヴ。

 驚愕に顔を染めた二人を、巨大な白龍は睥睨するような目つきで見下ろしていた。

 その時、白龍と比べると、まるで模型のように思えるノルヴとレアの龍が、信じられない行動をとる。

 二匹の龍が、頭を垂れるような挙動をしたのだ。

 目の前で次々に起こる事象に、ノルヴもレアも声が出せなかった。

 しかし、驚愕の連鎖はそれで終わりではなかった。


「人が、二人いるようだな」


 巨大な白龍が、はっきりと、喋ったのだ。

 明るくなった洞窟は、再び静まり返る。

 ノルヴらは、呆然自失といった感じで白龍をただ見上げていた。


「どうした、喉を無くしたか?」


 まるで二人の反応を楽しんでいるかのように、白龍は目を細める。


「りゅ、龍、か?」


 やっとノルヴが放った言葉は、それだけだ。他に浮かぶ言葉が無かった。


「お主らの目に映ってるものが事実。私が龍に見えるのなら、それが事実だ」


 白龍の声は、荘厳な響きをしている。この龍がそうなのかどうかはまるで分らないが、王の風格、というようなものが感じられた。


「喋れる龍なんて、存在したの......?」


 今度はレアが言う。

 すると白龍は、少々苛ついた声を上げた。


「お主らが見えている通りだと何度も言わせるな。まあ、ここ何百年の間私を見た者はいないから、その反応も致し方なし、か。この洞穴に人が入ってきたので何事かと出てきてみれば、なるほど、戦で負傷したのか」


 言いながら、白龍はレアの龍にチラリと目線を向ける。対龍弾による負傷に気が付いていたようだ。


「なるほど、アルムをここまで加工できるようになったか。矢張り人間は面白い......普通の龍ならば数日でアルムの影響かから抜けられる。それまで、ここに居ようということだな?」


 白龍は、目線を龍からノルヴらに移した。


「ここは、お前の巣なのか?」


 やっと落ち着いてきたノルヴが、白龍に聞く。

 頷くような動作をする白龍。


「別に遠慮することはない。お主ら人間の世では、私は居ないも同然の存在だ。ここでもそう振舞うのは道理に外れた事ではない。食料も、この森ならば獣がそこら中に居るだろ――」


「いやいや、そんなことよりも......」


 あと少しで終わるとおもわれた白龍の言葉を、ノルヴは遮った。


「お前は一体何なんだ。巨大で、言葉を話せる龍なのはわかる。だが新種というには俺たちの事を知りすぎてるだろ。もし過去に人間とお前が何らかの形で関わってるんなら、なんで俺たちはその事を知らないんだ」


 この数分間で湧いた疑問を、ノルヴは一気に吐露する。彼が口を閉ざすと、反響を残して洞窟は静まり返った。

 ノルヴが危惧していたのは、能力が未知数であるこの龍、もしくはその同種が知らないところで人の手の内にあることだ。そうなると、戦闘時敵軍に誰も見たことのない龍が存在している、なんて状況が起こりえない。そしてそれは、戦争において圧倒的に不利な状況にある、ということにもなる。

 彼の言葉を聞いて、白龍はグルリと喉を鳴らした。


「なるほど、多少賢いようだな......話せぬこともないが、聞くか?」


 白龍の言葉に、ノルヴは頷く。

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