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9話

 龍騎士隊同士の戦闘は、混戦となる場合が多い。龍の背には大砲のような巨大かつ重量のある火器を搭載することができない為、騎手が装備している二丁の小銃、或いはライフル銃での銃撃が主となる。無論戦闘中に空中静止している龍などはまずいない為、彼らが狙うのは基本的に動体だ。射撃の難度はかなりのものだが、兵は皆その為の訓練を常にしているので、十対十の戦闘の場合でも、平均して三騎程度が撃墜される。また戦闘の大半がこのような流れになるので、体術に関しては技術を得とくしている者はさして多くない。ノルヴなどは体術に関してもかなりの強さだが、それは彼の特種さの根拠になっている。


 シュピネー帝国とアレニエ国、双方の軍に武力的な差は殆どなかった。戦場は広大な森林の上空、数百メートル四方に広がっている。そこかしこから銃声が聞こえていた。森、といっても熱帯雨林のお化けのようなもので、龍騎戦が行われる高度一〇〇〇メートル付近に届く樹木が多数自生している場所だ。高さが同程度の木が密集しているので、緑の海が波打っているように見える。

 ノルヴの顔と龍は、敵国にも難敵として知れ渡っているらしい。彼には特別敵の攻撃が降り注いだ。速度特化の赤龍にも多く追われているが、それすらも機敏な動きでいなし続けている。


「流石に多いな」


 若干の苛立ちを込めて、ノルヴは呟いた。

 同時に急上昇。龍の身体全体が地面と垂直になる。その事によりノルヴの騎は急激に失速した。

 彼の背後をとっていた赤龍二騎が、ノルヴの機動に対応しきれず、彼の下を通り過ぎていく。

 龍の顔の向きを下に変えて高度を下げると、ノルヴは完全に敵二騎の背後に回る位置取りになった。

 間髪入れずに対龍弾を発砲。どちらも見事、赤龍二騎の後方に命中した。

 負傷させた敵には興味がないと言わんばかりに、ノルヴは高度を上げる。すぐ傍にノルヴのいる高度と同じくらいの高さの木が密集している地点の横を通り過ぎた。

 木々の裏側で、シュピネー軍二騎とアレニエ軍二騎が戦闘をしているのが視界にはいる。互いに激しい銃撃を交わしていた。

 それを見て一瞬目を細めると、ノルヴは敵騎の方向に進路を変える。

 旋回しつつ、相対していたシュピネー騎に向けて連続で発砲していた騎は、ノルヴの接近に一瞬反応が遅れてしまった。騎手がノルヴに気づくと同時に、龍の左腹部へ弾丸が当たる。

 ノルヴが撃墜させた騎は三騎。圧倒的な数だった。

 そしてシュピネー軍の龍は十八、アレニエ軍の龍は十六と、数の上での優勢が広がっている。


 状況を見る為にノルヴは戦闘の中心から一時離脱した。

 広い戦闘域を見回し、油断はできぬが優勢であるその状況を確認する。


 同時に、彼は目を見開いた。

 ノルヴが見たのは――


――


 たった一人で数騎の龍を撃墜していくノルヴは、やはり常識外れの強さを持っている。通常の兵ならば、味方の数騎と小隊を組み、相手を迎え撃つのが定石なのだ。

 レアも、そんな小隊の一員として戦闘に参加していた。

 彼が居るのは、四人編成の小隊だ。指揮はミストが執っている。

 現在は、敵の小隊と混戦を繰り広げていた。敵の小隊は三人編成。


「二手に分かれるよ!」


 通信装置から、ミストの声が聞こえた。その一言を合図にしてミストとレア、そして残りの二人が別々になる。

 敵三騎は、少し離れつつも絶対に離散しない距離を互いに保ちつつ、少し上の高度を飛ぶレア達へ攻撃していた。機関銃を持つ兵が一人いる為、戦況は少々危ういものとなっている。

 ミストらが分かれたのをみて、敵騎は一八〇度向きを変えながら高度を上げた。

 レアとミストは縦列に並び、旋回しつつ高度を下げる。

 丁度空中ですれ違う形になった。

 二人は同時に発砲する。

 放たれた四つの弾丸が、敵騎の移動を予測した場所に飛んでいった。

 三騎の敵騎のうち一騎の赤龍の顔が、弾丸の方を向く。開かれた口から、炎と赤い煙の中間くらい、といった感じの見た目をした息を吐いた。高熱を帯びたそれは弾丸の勢いを殺し、落下させる。

 ブレス、と言われる龍の特性の一つだ。

 攻撃が防がれ、ミストが舌打ちする音が通信装置から聞こえる。

 直後再び銃声。

 対龍弾がブレスを吐き終えた敵騎に当たる。

 ブレスの下側に回り込んでいたレアが放ったものだ。


「撃墜!」


 レアが通信装置に叫ぶ。

 その後別れていたもう二騎が、残っていた敵騎を撃墜した。

 四騎は、再び隊列を組みなおす。

 数秒もしないうちに、新手が現れた。今度は黒龍二騎。

 ミストが通信で行動を伝えると、隊列を組んだまま敵騎に向かっていく。敵騎のほうもこちらを標的としているようで、旋回しつつ銃を連射していた。

 丁度空中で円を描くように、互いに旋回しながらの銃弾の応報が交わされる。

 数秒の拮抗が続いた後、敵方の銃撃が止んだ。未だ旋回は続いている。奇妙なタイミングだった。

 直後咆哮が、あらぬ方向から聞こえてくる。

 瞬時に危険を察知したミストは急旋回した。他の班員もそれに続くが、レアだけ一瞬反応が遅れる。

 咆哮は、別の敵騎が発したものだった。色は黒。

 黒色の煙霧がその口から放たれる。黒龍のブレスだ。

 レアは、それをもろに食らってしまう。


「レア!」


 吹き付ける霧の中、レアはミストの声を聞いた。

 そして銃声。

 敵騎の対龍弾が、レアの乗る龍に当たった。

 黒龍の放つブレスは、龍種が体色ごとに持つ特性を、他色の龍以上に引き下げる。レアの乗る龍は、暗赤。速さに特化した龍だ。ブレスを食らい、異常に速度が落ちたところを狙われた。

 対龍弾を複数受けたレアの龍は、呻きながら高度を落としていく。

 少しすると枝葉が龍やレア本人の身体を打ち付けた。

 レアは、完全に気を失う。


――


 大規模な戦闘は、数時間後に幕引きとなる。

 結果、アレニエ国軍は戦闘に参加した殆どの兵を失うという打撃を受けた。しかし勝利したシュピネー帝国側からしても、少なくない犠牲を払っていた。完勝とは言い難い結果である。

 事後報告が、レリスのもとに届いた。報告を担当している兵が、彼女の部屋で紙面を読み上げる。

 芳しくない結果を無表情に聞いていたレリスは、手渡された戦死者・行方不明者のリストを見て、思わず立ち上がった。


「ノルヴが......?」


 彼女の手に持つ資料の中に、確かにノルヴの名が記されていた。


「は、はい。ですが、少々奇妙な状況で......」


「奇妙?」


「私も目撃していたのですが、彼は自分から龍を落とした......というか、地上に用があった風な......」


 曖昧な物言いに、レリスは眉を顰める。思わず追及しそうになるのだが、それで詳しい事が分かるのなら最初から言っている筈だと思いとどまった。


「......わかりました。その行動の真意がどうであれ、今この場に居ない以上戦死者として扱います。惜しい戦力でしたが。報告、ありがとうございます」


 敬礼をすると、兵は部屋を出ていく。

 一人残ったレリスは、再び資料に目を落とした。

 すると、ノルヴの名の付近にある名前を見つける。


「まさか......」


――


 レアは、風のうねる音で目を覚ました。

 体を起こして周囲を見回してみる。

 どこか洞窟の中の中のようだ。外からの光は届かず、どこに何があるのかもさっぱりわからない。

 雨の降る音が聞こえてくる。洞窟の深いところではなく、比較的浅いところにいるようだ。

 周囲を見回しながら、現在の状況を確認していくレア。対龍弾を何発も食らい、確実に死んだものと思っていた自分が、何故こんなところに居るのか。どれだけ考えても、さっぱりわからないようだ。

 ふと、何かが動く物音がする。

 彼のすぐ傍、左斜め後ろ辺りから、その音は聞こえてきた。

 用心しつつ、レアは振り返る。体を支える為に地面に手を突いた。

 手に何かが触れて、彼は一瞬動きを止める。何か布のようなものが、体の下に敷かれているのが分かった。

 持ち上げて、よくよく見てみる。

 龍騎士が来ている上着だった。


「起きたのか」


 無表情な声が、先ほど音のした場所から聞こえる。

 そして、マッチをする音。

 光に照らされて浮かび上がったのは――


「ノルヴ......隊長」


 思い出したように、敬称をつけるレア。

 それを聞いて、ノルヴは一瞬瞼を痙攣させた。


「別にいい......ここは戦地直下の洞窟の中。戦争も軍も関係ない場所だ......」


「う......うん......」


 気まずい、というのが、二人に流れている空気を表現するのには最適な言葉だろうか。

 互いに親友との再会を喜ぼうという気は大いにある。しかし齢七から十七の間に、互いが変貌したものは大きかった。顔も、体躯も、声も、全くではないにしろ、少なからず変わっている。


「その......何を言ったらいいか......とりあえず、ありがとう。助けてくれて......結局、再開したと思ったらまた助けられちゃったね......」


 言葉に詰まりながら、レアは言った。最後の言葉を言った時、彼の顔に影がさす。

 位置的にレアの表情の変化に気が付かなかったノルヴは、ランプを持って立ち上がった。

 その気配に気が付いたレアが再び彼の方に視線を向ける。

 洞窟の少し奥に歩いて行ったノルヴは、立ち止まると床に横たわる何かにランプを近づけた。

 横たわっていたのは、二匹の龍。片方は黒で、もう片方は暗赤をしている。付けられていた防具が、取り外されて横に積み上げられていた。


「お前の龍は、対龍弾を複数食らっている上に、落下時の負傷も少なくない。雨を避けてこの洞窟に入ったときはまだ歩けていたが、それが限界だろう。そして俺の龍も、残念ながらお前を救出する際に負傷した......どうする?」


 レアの発言を殆ど無視したような発言だ。しかし今の状況では最優先で決めなければならない事で、数瞬後にレアはそれを理解する。


「ここの正確な場所はわかんないけど、多分数日あれば徒歩でも基地に辿り着ける距離......でもこの天気で、しかも森や山を抜けるのは厳しいから......龍がある程度回復するまで、ここで待機するのが一番なんじゃないかな」


 少し考え、自分の考えを語るレア。

 どうやらノルヴも同感だったようで、大きく息を吐くとレアの前に戻ってきた。そして二人の間にランプを置いて座り込む。


「互いに異論がないようだから、そうすることにする......久しぶりだな。レア」


 ノルヴが初めてレアの名を呼んだ時、やっと二人の顔がランプの光に照らされる。

 彼の表情は、レアが想像していたよりも少しだけ、明るかった。

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