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06 尖兵


ティルを抱きしめ、飛び立ったスフィーラは視線を巡らせる。

先程まで彼女らが居た足場は“敵”の攻撃、緋色の光線により床面に拳大の穴を開けていた。

光線の元を辿ると、正面約50メルトの位置に“敵”がいるのが確認できた。

一見その姿は4本足の蜘蛛のようだ。

だがその全長は約2メルト。人とほぼ同じである。


「な、何ですかあれ! 魔モノ!?」


スフィーラの胸から顔を離し、振り返ったティルはその巨大な蜘蛛もどきを目にして声を上げた。


魔モノとは、生命に仇なす存在である。

知性を持たず、理性を持たず、他の存在を模倣し、他にない凶暴性を有する。

有害な黒いモヤに包まているという共通項はあるものの、その種類は多岐にわたり、一種一個体などとも言われる。

都市間を移動する旅人や商人を襲い、時には群で小さな村を滅ぼすこともあるため、忌み嫌われる存在である。

通常ならば魔モノが都市に進入できないように門と壁で都市は守られているし、魔モノの存在と接近を知らせる古代遺物により監視されている。

そんなものが都市の中に入り込んだのだとしたら、大事だ。


「違うよ」


そんなティルの懸念は一言で否定された。


「あれは、“緋目”の尖兵。魔モノじゃない」


そういってスフィーラは敵の手前にある足場に着地した。柔らかな着地だ。


『スフィーラ。前に一体、後ろに二体だ。今倒せば何とかなる』

「わかってる」


スフィーラは残ったスカートの左半分も手に取った。先程と同じようにそれもまた手のように変形した。

今度はそれを大きく展開させ、ティルを守るような位置で足場に刺した。


「いってくるよ」


そう言って軽やかに跳躍するスフィーラ。

彼我の距離は約30メルト。スフィーラはその距離を詰めるのではなく、あえて横に跳んでいた。

ティルとベリルに盾を残してはいるが、それも完全ではない。なるべく自分に注意を引くことで二人を守る算段だ。


「手早く終わらせる」


呟き、着地、跳躍。今度は正面、巨大な蜘蛛モドキに真っ直ぐ向かう。

近くにつれ、蜘蛛モドキの詳細が見えてくる。

彼女の言った通りそれは魔モノではない。それどころか、生物であるかも疑問であった。

“それ”はスフィーラの足と同じく、金属製の体をしていた。


小刻みに四肢を動かし、位置の調整を図る蜘蛛モドキ。

その胴に当たる部位は分厚い八角系をしており、その上には緋い光を明滅させる小さな部位と、大きな筒状のものがつけられた部位があった。

筒は先端をスフィーラの方向に向け、細かく動いている。

と、スフィーラが着地する直前、その着地点を狙って筒の先端から緋色の光線が放たれた。

先程足場を溶かした蜘蛛モドキの攻撃である。

スフィーラを狙ったそれは彼女に当たることなく再び足場を溶かすに止まった。

必ず動きの止まる筈の着地の直前、スフィーラはその巨大な手を振り回すことで重心を動かし若干の軌道修正を行なっていた。


「当たらないよ」


スフィーラは最後の跳躍で一気に蜘蛛モドキとの距離を詰め、巨大な手を熊手の形で力任せに振り下ろした。

蜘蛛モドキは四肢を動かし逃げようと試みるが既に手遅れだ。

ガンッという金属同士のぶつかる耳障りな音が響き、

蜘蛛はその体を床面に叩きつけられる。その衝撃で筒はその基部が折れ、四肢の一本が逆方向に折れ曲がる。それでも残り3本の足で耐え、何とかスフィーラの巨手から逃れようと動く。


「逃さない」


スフィーラは叩きつけた巨手を握り、蜘蛛モドキを持ち上げる。不意に抵抗がなくなり、足をバタつかせながら蜘蛛モドキは緋い光を激しく明滅させる。

ギギギ、と金属が歪み、擦れる音。

巨手が徐々に握られてゆく。

スフィーラはそのまま巨手を握り締め、圧に耐えかねた蜘蛛モドキはその体を崩壊させる。

緋く明滅していた光は崩れる際に消えていった。

体はそのまま床面に落ち、幾つかはそのまま花弁の上を転がり落ちていく。


「一体目!」


スフィーラは振り返り、後ろの二体の位置を探った。






残されたティルは、半ば呆然としながらスフィーラの動きを目で追っていた。

瞬く間に蜘蛛モドキの元へと向かい、一体を倒してみせたスフィーラ。人離れしたその動きに、なるほど自分が捕まるわけだと今更ながらに納得する。


『ティル君、この裏に隠れたまえ。これなら少しはもつ』


ベリルの言葉に従い、いそいそと左手の陰に隠れる。

そっと覗き見ると、スフィーラは既に次の敵に向かって駆け出していた。

花弁の上は斜面になっており、その上に疎らに足場が組まれている。動き回るのに快適とは言い難い。だが、スフィーラは不便を感じさせることなく滑るように、舞うように移動していく。


「ベリルさん、この手は、あの敵は、あなたたちは一体何なんですか?」


ティルは改めて質問する。情況が目まぐるしく変わり、疑問は増えるばかりだ。


「“緋目”の尖兵って、何だかゴヲレムみたいに見えますけど……」


遠くてはっきりとはわからなかったが、ティルにはスフィーラに破壊された蜘蛛モドキがゴヲレムの一部と同じもののように見えた。

ゴヲレム。決して動かない、解体して素材にするしか使い道のない天からもたらされたガラクタ。

そのバズだった。

そして、あんなに小さく歪な形のゴヲレムなど、彼は見たことがなかった。


『奴らは敵だ』


ベリルはそう端的に述べた。

短い言葉には一言で言えない複雑な感情が込められているように感じられ、ティルは言葉に詰まる。

ベリルを、ペンダントを見つめるが、その姿からは何も読み取る事は出来なかった。


『…ふむ、後ろの二体、一体は足止め、もう一体は逃げる意図のようだな』

「じゃああと一体を倒せば終わりですか?」


であれば直ぐ片付くのでは。と思い僅かに安心する。


『いや、今のうちに潰しておかないと、奴らは増えるぞ』

「な、なんか黒虫みたいな奴ですね……」


黒虫とは炊事場に出没する虫の事である。ゴミやら残飯やらに群がり齧っては糞を残していく害虫である。1匹見かけたら300匹いると言われるご家庭の嫌われ者だ。


『まぁ、そのようなものだ。全て破壊しなければ面倒なことになる』


ティルは再びスフィーラに目を向ける。

距離としては80メルト程度。彼女は至近の一体を走り抜けながら巨手で殴りつける。

ガァン、と言う音が響き、蜘蛛モドキの足が二本ひしゃげる様が見えた。

その蜘蛛モドキは正常に動けなくなったのか、痙攣する様に床面をのたうち回る。

スフィーラはそのまま疾走する。動けない一体を放置して逃げたもう一体を追う様だ。


「すごい」

『私の娘だからな』


ふふん、と自慢げな声を出すなベリル。

それがすごいことの根拠にはならないのでは、と思いつつ、ティルはもう一つの疑問を口にした。


「スフィーラさんは、本当にあなたの娘なんですか?」

『ああ』


その声に、何故か腕を組み満面の笑みを浮かべたおっさんの顔を幻視した。


『私の自慢の娘だ』





逃げた一体を追い、スフィーラは駆ける。

距離は約100メルト。

最後の蜘蛛モドキは狙い当てることを諦めたのか後退しながら散発的に弱い光線を放つ。

その全てをかわしながら、距離を詰めていくが、蜘蛛モドキの奥を見てピクリと眉を動かした。

20メルトほど後方。そこは花弁の端だ。

蜘蛛モドキはそこに向かって逃げている様に見えた。

この場の高さは約50メルト。普通に考えればその高さから落ちたモノが無事であるはずがない。しかし、奴らがそんな普通の考えで処理できるものではないことをスフィーラは知っていた。


「このままだと追いつけない」


呟きの通り、このペースだとスフィーラが追いつく前に蜘蛛モドキは花弁の端から落ち、逃走してしまう。

逃げられた場合の厄介さをスフィーラはよく知っていた。


「それなら、ッ!」


スフィーラは短い跳躍で光線を避け、その場に急停止。今までの柔らかな着地とは違い床面を削る様に速度を落とし、両の足をその場に踏みしてた。

突然の行動に、後退しながらも様子を伺う蜘蛛モドキ。

スフィーラは巨手の人差し指と中指を蜘蛛モドキに真っ直ぐ向け、息を整えた。


「いけぇっ!」


声とともに、二指の先端、爪とでも言える部分が打ち出された。緩い放物線を描きながらも高速で飛び出したその後ろには細いワイヤーが繋がっている。

爪は蜘蛛モドキの横を掠め、通り過ぎた所で急に軌道を変えてくるりと蜘蛛モドキの足と胴体上の筒に巻きついた。

足を拘束され、その動きを止める……いや、徐々に引き戻されてゆく蜘蛛モドキ。

蜘蛛モドキとスフィーラの綱引きではスフィーラの方に分があった。

ズリズリと床を滑る。筒をスフィーラに向けようとするが、こちらも拘束されているため狙うことができない。二度、三度と緋い光が放たれるが、何も捉えることなく虚空へと消えた。


「せぇ……のッ!」


スフィーラは十分に引きつけた所で巨手を振り上げた。その上向きの力はワイヤーを伝わり蜘蛛モドキを上空に持ち上げる。10メルトほど持ち上げられた所でスフィーラは爪のワイヤーを巻き戻す。空中で別方向に引っ張られ、耐えかねた足と筒はちぎれ飛び、明後日の方向に吹き飛ばされた。

自由になった爪はスフィーラの巨手の元の位置に戻った。

蜘蛛モドキの本体は回転しながらスフィーラに向かって落ちてくる。

彼女は拳を握り締め、タイミングを合わせてその拳を振り抜いた。

ぐしゃり、と音が響く。

潰れる外装、歪む骨格、ばら撒かれる内臓部品。幾つものパーツに破壊された蜘蛛モドキ。


「ふぅ、二体目。あと一体」


スフィーラは息を吐き、最後の一体に向かって疾走する。

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