第9話 重い犬が守りし箱
第9話 手紙に沿って①ー重い犬ー(http://sokkyo-shosetsu.com/novel.php?id=197630)改稿。
平日の午前中ということもあり、自然公園へと向かう車はスムーズに流れていく。ゆいさんにも僕に向けられた手紙を見せながら、この手紙の革新となる部分の質問を大西さんにぶつけた。
「大西さん、質問してもいいですか」
「なんだい?」
「この手紙の主についてです」
僕がそう言うと、前の頭上に備え付けられたミラー越しに、大西さんが困った表情を浮かべたのが見えた。二人の様子から、二人の共通の友人であることは察しがつく。
「それはだな…」
大西さんは、春川さんと目を合わせた。春川さんがうなずく。大西さんに代わり、春川さんがこちらを見て口を開く。
「それはね、私たちの口から言ってはいけない約束になってる」
その表情からは確固たる意志が伺える。
「約束。どんな約束ですか」
「ええ。東くん、あなた自身の目で見て、彼からの投げかけに答えを出していくことが彼の、そう、この手紙の主の思いであり、約束なの。だからこそ、彼が名前や身元を伏せ、あなたを呼んでいる。だから、彼自身に関する内容は、これから彼が提示してくるヒント以上は言えないの」
言いたいんだけけど、言えない。そんなどこかもどかしく、苦しげな表情が僕にも伝わってきた。
「そうですか。わかりました」
そこまでで、無理に聞こうとすることをやめた。
「よく考えてみれば、おおよそ三日間の旅をするのに、初日のしょっぱなからメタ的な情報を手に入れて推理していくことは、出題者の意向を無視することになりますし、面白みや真相にだ取り付いた達成感も薄まりますもんね。愚問でした」
「わかってくれればいいんだ。三日間、楽しもうじゃないか」
僕の言葉に二人は喜んでくれた。小高も同意してくれる。
「東の言う通り、自分で見つけて、手紙の主に到達することがお楽しみなんだろ。それまでは、一生懸命謎を解いて、ゴールを目指すのが、俺らの、そして東の使命ってことなんだろうな」
小高が俺の肩に手を置く。
「そうだね。楽しもう」
話題を変えてみることにする。
「では、質問の趣向を変えてみようと思います。もちろん、言わなくていいんですが、二人は今の段階で、この旅のゴールが何になるのか、もしくはどこになるのか、見当はついていたりするんですか?」
「そうだなぁ。見当がついているような、いないような…。微妙なところだね。これは言っていいのかわからないけれど、手紙の主は一筋縄ではいかないというか、トリッキーというか、きっと僕らが単純に考えるようなゴールを想定していないような気もするかなぁ。唯は?」
「そうね。広治君の言う通り、彼は一歩先を読む人だからなぁ。まだなんとも言えないかな。それでも、きっと面白いものを見せてくれると思う。二人はどう考えてるの?」
「そうですね。もし、最終的に手紙の主に会うことがゴールなのであれば、旅の中で彼の居場所や人柄に関するヒントが散りばめれられていて、それを手紙に沿って見つけていくという流れになるんじゃないかと考えていました。僕ら、昨日小高の家に泊まっていたときに少し考えていたので」
そういって、小高にバトンを渡す。
「そうなんです。ゴールの場所に関しても、お二人がこの街の人間であるということ、手紙の発見場所や、手紙に関する噂の流布が僕らのいた中学で流れ続けていたことから、この街のどこかだと考えてますね」
「なるほどね。さて、そろそろ到着だよ」
交差点に見える、青の道路標識には「自然公園」と表示され始める。目的地が近いということで、最初の手紙に書かれていたヒントについての話を切り出す。なぜなら、自然公園はとてつもなく広いため、見当をつけずに探し回ると、とんでもない時間がかかってしまうと予測できるからだ。そのため、入園する前にある程度目星を絞っておく必要がある。現段階で、手紙が三枚。「10の青春」という言葉が手紙の枚数とリンクしているのであれば、少なくともあと七枚はあると考えられる。加えて、僕への手紙において、「いろいろと回ってほしいところがある」という記述がある以上、この自然公園の中だけで完結するはずがない。
「そういえば。唯さんの手紙にヒント、ありましたよね」
僕が切り出す。
「重い犬が守りし箱、だったね。どういう意味なのかしら?」
「俺は、犬が重いということは、太った犬って思いました」
小高が言った。
「石のように重い犬ってことで、石像の犬とかどうかな?」
僕は、唯さん、小高の案を反芻し、連想できる言葉をつぶやいていく。
「犬の石像、彫刻…。どこかでみたような」
僕は記憶を辿る。最後に来たのは数年前にバーベキューで施設の利用をした時だった。その時に、どこかで犬のオブジェのようなものをみたような気がする。それとも、小学生の頃にあった遠足の時だっただろうか。
「オブジェ…。東。そんなもの、自然公園にあったっけ?」
「犬の石像といえば、狛犬が真っ先に思いつくけど、あったかしら?」
狛犬、という言葉が僕の記憶と紐付いた。
「小さい時の記憶ですけど、公園の中に神社があるじゃないですか、そこに狛犬がいた気がします」
そういうと、唯さんも思い出したようで頷いてくれる。
「ああ、居たかも。私も何となく覚えてる。小さい神社だったけど、確かに居た」
「となると、守りし箱は賽銭箱の可能性が高いね」
と大西さんが付け加えた。なるほど、それなら辻褄は合いそうだ。
「そうなりますね。じゃあ、最初はそこに向かいましょうか」
「そうだね。確か、公園の南口からが一番近かったかな。そこに行ってみよう」
公園の駐車場に到着し、駐車して車から降りたところで、唯さんが駐車場入口方向に目を向けていた。気になって声をかける。
「どうかしたんですか?」
「ほら、あそこに建物見えるでしょ?」
「ありますね。あれがどうかしたんですか」
「あそこは定食屋さんなんだけど、中学の時にたまに来たことがことがあって。さっき、犬の話が出てきたから思い出したんだけど、看板犬が居たの。ラッキーって言うんだけど、ラッキー元気にしてるかなって。ね、広治君」
「そうだな。もう十数年か。あの頃は子犬だったわけだし、元気にしてればいいんだけどね」
「後で会ってきたらどうでしょう。神社の帰りに」
「そうね。時間があったらにしましょう。今はこっちの方が優先事項なわけだし」
そういうと、唯さんは踵を返した。
「さ、行きましょっか」
とはいいつつ、大西さんの表情はどこか心残りを感じている様子だった。それは、ラッキーという犬自身に関するものなのか、それとも手紙の中の思い犬に関することなのか。僕にはそのどちらなのか読み取ることができなかった。
次に続く




