第6話 帰郷
第6話 帰郷(http://sokkyo-shosetsu.com/novel.php?id=183843)改稿。
…というわけだ。到着予定時間に駅で待ってるから、そこで落ち合おう。教頭先生とも連絡は取れている。心配するな。俺たちはもう二十歳になった。世間から見ても、大人というわけだ。物事の分別も付いた。安心しろ。ちゃんと俺もお前に同行する。じゃあ、待ってるからな―
そう締めくくられた小高からの手紙を折りたたみ、新幹線の車窓をぼんやりと眺めた。やはり、まだ現実味が湧いてこない。それでも僕は、これから待ち受ける展開に、あの日の決意をもう一度確認することで、決意に嘘偽りがないのか自分に問いただしたかった。
新幹線を下り、地元へ続く路線に乗り換える。ここからは乗り換えもなく、あと数十分と経たずに郷里へ到着する。
電車に乗ってからは早かった。見覚えのある遠景。懐かしさと安心感に包まれ、気づくと最寄り駅への到着を知らせるアナウンスが聞こえた。僕は慌てて荷物をまとめ、下車する。
列車が去っていく。ここまで続いてきた線路を一瞥する。遠くには陽炎が立ちこめ、ゆらゆらと赤茶色がかった線路をゆがませていた。ぬるい風が僕を抜け、遠くから蝉の鳴き声が響いてくる。熱線が照りつけるアスファルト。塗装の剥げた駅看板。人気のないロータリー。僕が十八年間過ごした故郷への到着の合図だった。
改札口は未だに自動化されておらず、駅員が額に汗を流して切符を回収していた。在来線のリニューアルが数年後に予定されているが、その頃にはもう少しまともな駅舎になっていてほしいものだ。駅内の待合室のドアを開けると、一変して涼しい風が僕を吹き抜ける。外とは対照的に効きすぎるエアコンが、僕の感覚を狂わせた。待合室を見渡す。いた。僕は胸をなでおろした。見覚えのある顔が、そこで待っていてくれたからだ。僕は少し早足で小高のもとへと向かった。
「ただいま」
自然と出たその言葉が、帰ってきたことを改めて僕自身に認知させた。
「おう、おかえり。待ってたぞ」
その声は数年前と違わず、安心感を与えてくれる。
「二年ぶり、だな。高校卒業して以来」
「そうだな。早いもんだな。大学生活っていうのは」
高校生活は、あれほど毎日が長く、苦しいものだったはずなのに、大学に入ってからはあっという間だった。時間の流れが一気に加速したように感じる。それは小高も一緒らしく、二年ぶりに会ったとはいえ、体感とのずれに不思議を感じる。
「ホントにそうだ。高校生活とは比べ物にならないな」
小高は地元の大学に進学した。加えて、前回の帰省も変則的な日程だったため、会うことができなかった。だが、情報社会の発達により、電子機器を介した連絡を取り合っていたということもあったため、顔を合わせていなかったことで生まれていた違和感はすでに消え去っていた。
「どうだ、大学の方は。地元離れてみると、やっぱり違うもんなのか? 俺は出たことが無いから分からないけど」
「そうだな。ぜんぜん違う。世界の広さ、とか。いろんな価値観があるんだなって学べた気がする。いろんな仲間と出会えたよ」
「それは良かったな」
僕の顔を見て、小高は嬉しそうな表情を浮かべた。
小高の自家用車に乗り込み、手紙の保管を依頼した教頭先生の自宅へと向かった。道中、僕たちは高校生活や現在の状況など、互いがこの2年間で感じたことなどをを交わした。
駅から南へ。車でおおよそ三十分弱。幹線道路を曲がり、郊外から少し離れると田園風景が広がる。遠くには山脈。のどかな景色の広がるこの地域は、まさに日本の良きだ風景だ。
大きな門を構えた邸宅に到着し、僕らは砂利の敷き詰められた駐車場に車を停める。車の音に気づいたようで、玄関から教頭先生が顔を出した。僕らが中学に通って居た時よりも白髪が増しており、少し丸くなった、という印象を受けた。
「よく来たな」
「お久しぶりです」
僕らは一礼し、握手を交わす。
「さぁ、入ってくれ」
奥の和室へと案内される。縁側の向こうには綺麗な庭あった。ぬるい風にゆれる風鈴の涼しげな音色。回転数を落とし、首を振る扇風機。掛け軸。まるで、祖父母の実家に帰省したかのように感じられた。僕らは漆塗りの長方形のテーブルを囲み、座った。奥さんが麦茶と茶菓子を出してくれた。
教頭先生は奥の間から戻ってくると、手にA4サイズの茶封筒を携えていた。テーブルの上に中身を取り出して広げる。
「さて、これがあの時の手紙、本物だ。一応、万が一のためコピーは取ってあるが、そうならずに済んだな」
保存状態はよく、当時見たそのままの色合いだった。教頭先生がいかに厳重に保管してくれていたかが分かった。
「持っていていただいて、ありがとうございました。とても感謝しています」
「なに、かまわんよ」
教頭先生は手紙を僕に手渡してくれた。
改めて手紙を読み直してみる。手紙に記載されていた日付。あの頃はとてつもない未来のように感じられていたはずなのに、今見るととても親近感を覚える。目と鼻の先まで時は流れたのだ。
僕を待ち受ける10の青春。その日まで期限として与えられたモラトリアムは吹き去った。
「で、だ。君たちの決心は変わらんのか?」
僕らは見合わせる。予言の紙を探したあの日。教頭先生と地下へと下った時。手紙に関して議論した場所。行くと決心した時。走馬灯のように記憶が駆け巡ってきた。とうとう青春が来たのだ。僕が、小高の瞳に見たように、小高もまた僕の瞳にみているのだろう、曇りのない、その意思が。
「行ってきます!」
僕らは強く宣言した。教頭先生は大きく頷き、僕らの肩を叩いた。
「気をつけて行ってくるんだぞ」
いよいよだ。僕の、僕たちの。青春が、始まる。
次に続く。




