第5話 僕の意思
第5話 決心(http://sokkyo-shosetsu.com/novel.php?id=183501)改稿。
気付くと僕は疲労感から俯いており、教頭先生と小高が激論を交わしていた。
「ですから、先生。絶対行った方がいいと思うんです。むしろ、行かないほうがもやもやして気持ち悪いですよ!」
小高の語気が段々と荒くなってきている。
「しかしだな。危ないとは思わんかね。見ず知らずの人間に会いに行くのだよ」
表情を曇らせ、ヒートアップする小高をなだめるように言った。
「よく考えてください。会いに行くのは、二十歳になってからです。今よりも確実に物事に対する分別や思慮、加えて教養も身についています。体つきだって、今よりもたくましくなっているだろうし、いざとなったら止める、逃げるなんていう選択肢もとることができます!」
旧校舎地下で見つかった、僕への手紙。急転した出来事に、どこか現実ばなれした雰囲気が拭えずにいる。実際、こうして三人で話し合いをしていたはずが、二人を第三者的立場から遠望しているようにすら感じているほど、自身に降りかかった出来事であることが信じられずにいた。自分の考えが、結論が、頭の中に浮かび上がってきている。それなのに、なぜだろうか。言う決心がつかない。
「東、お前はどう思ってるんだ? おい、東。聴いてるか?」
小高が肩を揺らす。僕の意見を言うよう求められた。
「僕?」
「ああ、お前の意見だよ。教頭先生は行かないほうがいいって言ってる。俺は行った方がいいって思ってる? お前の名前が書かれてるんだ。お前の意見を尊重したい。お前はどう思ってるんだ?」
「僕の意見か…」
僕は一度、手紙を手に取って見た。
考えがまとまっていないと言えばウソになる。ただ、教頭の話では、関わらないほうがいいのではないかというような話だった。僕は、この手紙を否定的に捉え、切り捨てるべきではないと思っている。なぜなら、長い間、噂として流れていただけでなく、隠した人間も、長い年月にわたって学校側に探すよう催促しているほどだからだ。ヒントまで送りつけて探させたものがこれだったということは、少なくとも、僕に対して、絶対に探し出してほしかったということだろう。
僕の唇、両手の指先は震えていた。きっと小高は、僕がこの手紙の内容を真剣に受け止め、手紙に記載された日に会いに行こうと考えている、と思っており、僕が肯定するのならば、間違いなく乗ってくる。しかし、もしトラブルに巻き込まれてしまうとしたら…。
僕は手紙を凝視する。本当に、手紙から手に入れられる全ての情報を得ているのだろうか。判断するに足りうる十分な情報が提示されているのだろうか。今一度、手紙を眺める。二人は、僕の様子を覗き込みながら待ってくれていた。そして、少しばかりの推測を得たところで僕は口を開いた。
「…手紙を見てて、いくつか思うところがあるんです。そこから話でもいいですか、教頭先生?」
「ああ、話してくれると助かる」
「文章の内容も大切ですが、まず、筆跡、筆体を見てください。全体的に弱々しい筆圧だと言うことが分かります。それも、多分性格とかじゃない感じの。それなのに、なぜか、僕に来るよう書かれている日の、〈八〉と、〈九〉だけが、とても力強く書かれています。これは一体何なんでしょう? まるで、ここだけ別の人が後から書いたみたいになっています」
「確かにそうだな。まるで、先に出来上がった本文にあとから加えたようだ」
「はい。次に、会うことになるであろう人物に関しての疑問です。大西という人物の名前がが書かれているのに、手紙自体を書いた人間の署名が無い。これは、書いた人間が"大西という男”と書き表していることから、手紙を書いた人間が大西という人ではないことがわかります。これも、僕にはよく分かりません。最後に僕と書かれているところから、手紙の主は男であろうことがわかりますが、それ以上の情報を得ることができません」
「大西という名前を出したのは、こちらから確認するための合言葉だったりするのかもな」
「そうだね。大西が偽名の可能性はぬぐえないかもしれない。一方で、この手紙の主が指定する人物であることから、大西も僕のことを知っているの可能性は高い」
「では、無関係の人物ではないかもしれないと?」
「ええ。僕自身は大西という人物に心当たりはありませんが、向こうが一方的に知っているのかもしれません」
「なるほどな」
「そして、言い回し。この文を読むと、手紙の主は、ここに書かれている”旅”には同行しない可能性が高い」
「"大西という男が待っている”。"回ってほしい”。"ちょっとした旅になるだろう”、あたりだな。手紙の主が当日に関与しない可能性は高そうだ。どうしてだろう」
「彼の役目はこの手紙を書くこと、内容を伝えることであって、ここに記載されている八月十日に何かをする役割ではないから、だろうね」
「つまり、相手たちには幾つかの役割がある、つまり二人以上の人数がいるということか」
「そうなります。手紙の内容に関しては以上です。それから、一番の謎。この手紙がなぜ、あんな地下室にあったのか。少なくとも、ああいう風に頑丈な鍵がかかった部屋は、学校関係者しか知らないだろうし、上層部の人間しか鍵の所在も知らないと思うんです。そんな場所に置かれているということは、どういうことを指すか。きっと、この手紙を置いた人間、もしくは書いた人間は学校関係者の中でも、立ち位置の高い人間だったんではないでしょうか。そんな気がします。
以上の情報から浮かび上がる人物像、そして手紙の目的の危険性を判断すると、
生徒、先生、はたまた過去在籍した人物、誰が書いたか分からないにしろ、悪事を働くために僕に向けられた手紙ではない、そう考えます」
「ということは、つまり」
教頭先生は僕の目を見る。
「行きます」
僕の言葉に教頭先生は数秒間、沈黙した。
「そうか…。君がそこまで言うなら仕方ない。確かに、小高君の言ったように、二十歳ということは君たちも大人だ。今行くわけじゃないし、まだ時間がある。今下した判断が、二十歳になっても正しいままかどうか、それは私にもわからない。でも、今の君が下した判断に、間違いはなかったと思う。あと、数年ある。よく考えて行動してみるといい」
本人の意思を尊重してくれたのだろう。僕は感謝の意を述べる。
「ありがとうございます」
「ただし、」
「ただし?」
「この話は、その日まではこれっきりにしよう。もちろん、実際に手紙が見つかったということも。学校中が騒ぎになる可能性もあるし、変な噂が尾びれについても学校としても困ることになる。だから、君たちと私だけの話にすると約束してほしい。できるかね?」
僕と小高は顔を見合わせ、頷く。
「はい」
「よし。では、これで終わりだ。時が来て、何か協力する必要があれば、協力を約束する」
「ありがとうございます」
僕らは帰路につきながら、この一連の出来事を想起する。
「…もし、本当に行くことになったらさ」
「俺もついていく。当たり前だろ!」
小高が親指を立てた。
「そうしてもらう方がきっと良い気がする。さすがに僕一人だと心細いし」
実際、行くと判断したとはいえ、約束された日までは遠い未来なのだ。明日明後日のことじゃない。行くにしても、準備を怠るのは舐めすぎている。手紙にも、ある程度準備するよう指示があった。きっと、それには心の準備も含まれているんじゃないかと僕は思う。
「そういえば。手紙、先生に預けてよかったのか?」
「ああ。その方が絶対いい」
そう。僕らが見つけた僕への手紙は教頭先生に預けることにした。僕らの管理では失くしかねないということ、その日が来る前まで手元に置いて、心に刻み続けていることが心を圧迫するのではないかと考えたからだ。書かれている前日に取りに行くことを約束し、僕は教頭先生に手紙を託した。
「…何が、待っているんだろうな」
小高がポツリと呟く。
「10の青春。そして、その一つ目。青春には期限がある。何を意味するんだろうな?」
小高は尋ねる。
「期限にも色々あるよ。青春が始まるまでの期限なのか。それとも、終わるまでの期限なのか。手紙の内容から察するに、両方のような気がするけれどね。この手紙の主が僕に課す青春の始まりまで、つまり20歳までの時間的な期限。そして、その青春が終わるまでの期限。両方をさしているのかもしれない」
加えて、与えられた期限までのモラトリアムも青春だ、という言いまわしなのだろうか。
「なるほどな。つまり、もう最初の青春は始まっている、と」
「…そうかもしれないね」
僕はこの葛藤を、すなわち、未来に待つその青春を、この日からずっと心のどこかに抱き、ただひたすらにその日が来ることを待ち続けた。
次に続く。




