第3話 開錠される未知
第3話 地下への一歩(http://sokkyo-shosetsu.com/novel.php?id=180726)改稿。
数日も経たず、僕らと教頭先生の予定のすり合わせがなされた。どうやら校長先生からの許可はすんなりと下りたようだ。
予定当日の放課後。これから旧校舎の地下室へと向かう。教頭先生と合流し、新校舎と旧校舎をつなぐ、渡り廊下へと歩いていく。旧校舎では一部に入室制限があるものの、基本的に誰でも入ることができる。利用用途としては、不足する選択科目の教室、吹奏楽部員など部活動中の個人練習など。僕らも週に一度、旧校舎で数学の授業を受けていたりする。
渡り廊下を進み始めると空気感や香りが混濁し始めた。淡から濃へ。空気の密度が徐々に変わり、呼吸に力が入る。人が定常的に使わない場所の空気は、質感をはらんでおり、重力が歪むような感覚をもたらしてくれる。旧校舎は木造のため、廊下を歩くたび、呻いているような甲高い軋音が響く。新校舎とは対照的に、時の流れ、特に風化や劣化というような感覚を抱かせる。
「なぁ、東。俺は知らないんだけど、地下室ってどこにあるんだ?」
小高が僕に尋ねる。
「僕より動き回ってるのに知らないんだ。確か、旧校舎の職員室の奥に倉庫があって、そこから立ち入り禁止なんだ。その倉庫の床に地下に進む扉があるんだ。その扉は地面に設置されていて、上に持ちあげる形だったと思うよ」
倉庫の場所について詳しく語った僕に対し、教頭先生が疑問を抱く。
「東君、よく知っているね。旧校舎の倉庫にも鍵が掛かっているのに、どうしてそんなことまで知っているんだ? …まさか」
どうやら、教頭先生に忍び込んだのではないかと疑いを掛けているようだ。しかし、僕はそれを否定した。
「先生。疑惑をもたれているようですが、あくまでも大掃除の際に、手伝うように言われて入っただけですからね。合法的ですよ」
「そうか。それは失礼」
「へぇ。どんなのか、早く見てみたいもんだな」
小高が嬉しそうに、期待に満ちた表情を浮かべている。
しばらく木造の廊下を道なりに進み、「職員室」と書かれた、少し黄色がかったプラスチック製のプレートを発見した。
「ここですね」
「そうだ。君たちも知っているだろうが、今は用具置き場として使われている。部屋は、その奥だ」
中に入る。室内では、滞留する埃が斜陽に反射しており、赤い雪のようにきらめきながら浮き沈みしていて、スノードームの中にいるようだった。空気が非常に淀んでいるため、小高は一、二度咳をした。
「ここ、換気したりしないんですか? 俺、埃とかハウスダスト、ダメなんです」
眉間にシワを寄せながら、小高は自分の袖口で口元を覆った。
「すまないね。ここの換気は学期末の大掃除のときだけなんだ」
「通りで空気が悪いわけですね」
大量の椅子、机が積まれており、巨大な迷路のようだった。狭い通路を隊列で進み、目的の備品室へとたどり着く。
「ここだな」
教頭先生が解錠し、ドアをゆっくりと開く。すると、ドライアイスの煙が漏れ出るかのように、室内の床埃が低く滞留する。
「うわっ。ここも酷いですね。アレルギーになっちゃいますよ」
小高は目を細め、大袈裟に口元を覆いながら言う。こうなることがわかっていたのだから、マスクぐらい持ってこればよかったのに。考えるより行動が先行するタイプの彼なら仕方がないか。
備品室には、鉄製の棚が設置され、チョークや黒板消しといった消耗品の箱がガラスの戸棚の中に並んでいた。きっと中身は空だろう。備品室の広さは、普通の教室を半分にしたほど。加えて、複数の棚が並んでいること、三人で入っていることもあり、圧迫感を感じる。
「ほら、あそこだ」
教頭先生が指をさす。中央奥の床。見るからに頑丈そうな赤い扉が横たわっている。扉にはチェーンが掛けられており、いかにも重そうだ。もしかしたら鋼鉄製かもしれない。僕たち三人はガタイがいいわけでもないため、持ち上がるだろうかとう不安を感じていると、教頭先生がおもむろに口を開いた。
「先代の教頭先生から伺っていたが、ここの地下室は戦時中、防空壕代わりに作られたそうだ」
「防空壕、ですか。日本史とかで耳にしましたが、実物は初めてです」
伝聞でしか知らなかったないものを実際に見られるというのは新鮮で、なんだか胸が踊る。僕のテンションが上がる一方、小高が生唾を飲む音が聞こえた。武者震いだろうか。
「私も入ったことが無いのだが、扉を開くと地下に続く階段があり、地下には教室四つ分、いや五つ分だったかな、その位の空間があるらしい。…さて、ここからが未知の世界だ。二人とも、覚悟はいいね?」
教頭先生が表情を引き締め、僕たちを見た。が、小高が急に弱音を吐いた。
「…もしかして、ここから先って真っ暗なんですか?」
そういえば、小高は暗所恐怖症と前に聞いたことがある。通りで、おとなしくなったわけか。
「確か、電灯があるはずだ。ただ、最近は誰も入っていなかったらしいから、つかない可能性もある。一応、懐中電灯は持ってきてあるが、あまり光量は期待できん」
教頭先生がそう言うと、小高の表情はさらに青ざめていく。
「じゃあ、先頭お願いします、先生。俺、ホント暗い所ダメなんで」
「大丈夫。僕も懐中電灯持ってきてあるから」
「本当に大丈夫か?」
僕も小高を励ます。チェーンをほどき、教頭先生が鉄の扉の南京錠を開ける。
「生徒に危険があった時に責任は取らなければならないからな。そのつもりだ」
と、勇ましい言葉をくれた。
「さ、開くぞ。」
教頭先生は右の持ち手に、僕らは左の持ち手に手を掛け、金属の摩擦音を上げながら、赤い扉を持ち上げる。埃が舞い上がりながら、地下への階段が姿を現していく。一寸先は闇。一度階段を下れば、二度と戻ってこれないような雰囲気が立ち込めている。
「…でましたね」
さすがに僕も生唾を飲むことをこらえきれなかった。
「うわ、底見えないぞ…」
「さーてスイッチは。…あった」
教頭先生が階段脇のスイッチを入れる。階段を並走する形で、電球の列がほのかに階段を照らした。明滅するものの、最低限の光量は確保できている。どうやら、三階分ほどの高さを下る必要があるようだ。とたんに、小高が安堵からかため息をついた。
「安心するのはまだ早いぞ。これからが本番だ」
「あ、ああ」
「明かりもついたことだし、行こうか。足元に気を付けるんだぞ」
「はい」
僕らは一歩ずつ、地下へと足を踏み入れた。
次に続く。




