第2話 校舎に埋まるなら
第2話 鍵を手に(http://sokkyo-shosetsu.com/novel.php?id=180319)改稿。
その日。僕は何気ない日常を、とりわけ授業を受け、過ごしていた。このまま一日が終わってしまえば、覚えてなどいないであろう、そんな何気無い午前の授業をいつも通り終えた。
教頭先生からの話を聞いてから数日。小高はさらに燃え上がっているが、依然として有力な情報は得られていないようだ。そのうち燃えつきて灰になるのも時間の問題だろう、そう僕は考えていた。それに伴い、残雪のように僕の中にかすかに残っていた期待が淡く融けはじめた何気ない昼休み、校内放送が掛かった。
「31ホーム。東君、小高君。至急、職員室まで来てください。教頭先生がお呼びです」
アナウンス自体は放送部員のようだったが、自分の名前が呼ばれたことで体がピクリとする。今回の調査の一件で一時的に知名度が上昇しているとはいえ、普段は一般大衆なのだ。何かで受賞したりしたこともない自分が突然呼び出しを受けるというのは少し背中に冷や汗が走る。
そんな小市民らしさはさておき、呼び出し主は教頭先生ということで、もしや、と僕は小高に視線を向けた。どうやら向こうも察したようで、表情が引き締まっていた。一方、事情を察していないクラスメイト達は、お前ら何かしたのかよと言わんばかりに、ニヤニヤしながら僕らにからかいかける。僕らはそれを否定し、教頭先生に頼み事をしていて、話し合いの機会を設けてもらっていた、などと嘘にならない範囲の嘘をついた。
お昼時ということもあり、放課後の職員室とは違い、いつもならまばらなデスクにも先生方が腰を下ろしていた。放送のこともあってだろう、教頭先生のデスクに向かうまで、通路の先生たちがちらりと好奇の視線を向けてくる。少々怯える僕とは対照的に、小高は誇らしそうに胸を張って先を歩いている。まだ、内容がわかってないのにそこまで大きな態度がよく取れるな、と思いながらもデスクに到着した。
「悪いな、急に呼び出したりして」
教頭先生は苦笑いを浮かべながら僕らに詫びをしつつ、湯気立つ湯呑みを一口すすった。
「いいえ、構いませんよ。で、僕ら二人を呼び出したってことは、例の話ですか?」
小高が、ストレートに教頭先生に尋ねた。
「そうだ。ここじゃ目線も気になるだろう。奥の部屋に行こう」
職員室の奥。小さな会議室に通された僕たち二人は教頭先生に促され、向かい側の長椅子に座った。どうやら来客用にも使われるようで、職員室の乱雑で込み入った様子とは対照的に、質素でものも少なく快適な印象を受ける。おまけに、ソファーはふかふかで、教室の生徒の椅子があまりに貧相なものに感じられた。
「先日、尋ねてくれた時に名前を聞いておいてよかった。君たち二人に見てもらいたいものがあるんだ。今朝、学校あてに届いた」
そういうと、教頭教頭は胸の内ポケットから封書を取り出し、中身を広げた。どうやら二枚綴りの手紙のようだ。入学式や卒業式で来賓が壇上で祝辞を述べる様子に近いかもしれない。教頭先生は両手で開いた手紙を読み上げ始めた。
「内容を読み上げよう。
あれから十年と少し経った。加えて五年前にも予告した通り、前回、紙を校内に回してから五年が経過した。結局、未だに予言の紙を見つけたものは居ないようだ。そこで今回、経歴の一番長い、教頭にヒントをさしあげる。予言の紙は『校舎に埋まっている。そして、その場所は教頭、もしくは校長の力が要る』。以上から探し出してもらいたい。健闘を祈る。
…私、もしくは校長の力がいると書かれているんだが、君たちはどう思うかね? 校舎内で思い当たる場所は無いか?」
そういいながら手紙を僕らに手渡してくれた。文字はワープロで打たれたようで、よくみる字体だ。
「手紙にはいくつかのヒントが隠れています。一つ目のヒント。『校舎に埋まっている』。これは、今まで流れてきた噂にも含まれている内容です。もう一度、改めてヒントとして埋まっていることを告げたのは、強調する意図があると推測できます。そして、もう一つのヒント「その場所は教頭、もしくは校長の力が要る」。これは教頭先生以上の人間ということは、管理職などの権限を持った人間の力が必要であるということでしょうね」
小高が言う。
「そう読み取れるね。私のような管理職のみが出来ることが絡んできそうだ」
「教頭先生。校内の教室や、部屋の鍵ってあるじゃないですか? あれって、校長先生や、教頭先生クラスじゃないと使ってはいけないモノってあるんですか?」
「鍵か。私たちでなければ使えない鍵、というのはあまりないな。…そうだな、いま思いついたものだと、校長室の鍵や、重要なものが保存されている倉庫といっただな」
「旧校舎に関しては?」
「そうだな…。基本的には、私たちが管理すると言う形にはしているが」
ここで僕が思いつく。なるほど。だから、この噂で旧校舎がキーワードで出てこなかったのか。
「ひとつ、ひらめいたのですが」
「どうした、東?」
「もし、この手紙が今は外部の人間、たとえばOBだったりするとしましょう。どうして、今でも埋まっている、と思うと思いますか。新校舎に移り変わっているのに」
「確かに。新校舎ができることは噂の流布当時には決まっていなかったから、決まってもない場所に埋めることは不可能だ」
「あ! そうか。旧校舎にあるからだ」
「そう。きっと彼らも新校舎ができてることも知っているはずだから、埋まっているのは旧校舎。加えて、校長先生、教頭先生がの権限が必要であるということは、旧校舎の立ち入りに制限がかかっている場所である可能性が高いです。それも、理科準備室といった、新校舎に備品を移動させていないであろうと考えられている場所、ありませんか?」
「ひとつだけあったな」
「どこです?」
「旧校舎には地下室があってな。そこは我々でなければ開けられないようにしている。あそこは、まだ私も入ったことが無いな」
「それだ。そこであれば、長い年月を経ても残っている。そのうえ、地下であれば、埋めるという表現が的を得ていることになる!」
小高が嬉しそうに立ち上がる。
「そこなら、今の文に合致すると思うんです。行ってみませんか?」
ここに僕らを呼ぶくらいだ、教頭先生も気にかかっていたのだろう。
「そうだな。校長に許可を取ってみよう。ただし」
「ただし?」
「私が引率する。生徒に危険があっては責任問題になるからね」
そう教頭先生は言うと、シワ深い表情がさらにシワ深く、しかし柔らかく歪んだ。
「やったー!」
少し大声で、半ば叫ぶように小高の声が響き渡る。きっと、部屋の向こうの先生方はこちらの部屋を見たことだろう。僕は人差し指を口元に当てながら、静止する。
「す、すみません。つい、テンションが上がってしまって」
「よし。じゃあ、日程が決まったら連絡する。それまで待っていてくれ」
「はい」
こうして、僕らは旧校舎地下室の探索をすることとなった。
次に続く




