第15話 星はどこだ
天文台探索回です。
館内に入ると、二階まで吹き抜けになった正面玄関が出迎える。早速、吹き抜けの天井に太陽系惑星のオブジェが、太陽を中心として同心円状に吊り下げられていた。
「このペースだと、十個ぐらいありそうね」
と唯さん。展示スペースの広さを考えれば、そのくらいあってもおかしくなさそうだ。幼い頃の記憶が正しければ、何箇所かの展示に太陽系の模型があったような気がする。
「それじゃあ、まずは各自見て回ろう。そこそこ広いし、十五分後にここに集合でいいかな?」
時計を見て大西さんが言った。広い場所だからこそ、時間を決めずにやみくもに探索するのはよくない。僕らは同意する。
「わかりました」
「では、十五分後に。もし、写真が撮れそうだったら撮ってきてくれると嬉しい。撮影はオーケーみたいだから」
三人がバラバラのフロアへと散っていく。
僕は一旦立ち止まり、パンフレットを見てフロアの展示を確認し、目星をつけることにした。見取り図には、自然公園で見たものと同様に、様々なコーナーが描かれている。展示フロアは、建物の一階と二階。長方形のフロアであるため、正面玄関の吹き抜けを挟み、それぞれの階で東フロアと西フロアに分断されている。
それぞれの展示に付随し、太陽系の惑星それぞれのヴィジュアルと解説がされていた。地球の歴史に関する年表とそのシアターコーナー。地球に降り注いだ隕石とクレーター、加えて流れ星についての展示。巨大隕石がキーとなる映画がブームだったことが記憶に新しい。江戸から現代にかけての天文学とその技術についての展示、火星探査計画、小惑星探査機、ロケット、人工衛星。本当に盛りだくさんの施設だ。
他の三人が向かっていない二階の西フロアで、太陽系が出てきそうな箇所は二箇所あった。僕はパンフレットを折りたたみ、階段を登り、二階の西フロアに向かう。
はしゃぐ子供。レポート用のバインダーを首からさげて、展示の前でペンを動かす少年。大きなテーブルのある場所でスケッチに勤しむ少女。子供と手をつなぎ、展示を見回る母子。合間を縫いながら、展示物を流し目で確認していく。それにしても、太陽系模型だけでいくつも展示があることに驚いた。ミニチュアサイズから、入り口天井の巨大なサイズまで、すでに四つは見ている。他の場所へと散っていった三人もいくつか目の当たりにしているのではないだろうか。展示の写真を撮り、太陽系のあった場所に印をつけ、時間となったところで正面玄関へと引き返した。
「どうだった?」
一番早く戻っていた大西さんが僕に尋ねた。
「本当に多いですね、太陽系。僕のところは四つでした」
模型展示、マップ展示など、二階西フロアでは合計四つの太陽系が見つかった。
「こっちも三つあった」
そんな話をしていると小高と唯さんも戻って来る。
「そっちは何個だった?」
「俺のところは二つ。でかいのがあった」
小高が手を広げて球体の大きさを示す。
「私のところも惑星図みたいなものが二つあった」
「本当に十個以上あるなんて」
これだけある太陽系の中から、該当する太陽系を見分け、星々を探し出す、という手段を、手紙の主は予想していたのだろうか。この場所を指定したとなると、その人物もこの場所へ来たことがあるだろうし、難易度が高くなってしまうことは想定できるはずだ。ということは、名も知らぬ星々を含む太陽系は、他の太陽系と見分けがつくよう、何らかの違いや加工によって差別されている可能性が高いはずだ。
「変わっているもの、例えば、他の太陽系と違った点なんかはありました?」
「うーん。特になかったかな」
「俺の方も特に変な太陽系…って言い方も変だが、なかった」
「困りましたね」
「場所、間違えちゃったかなぁ?」
「思い当たる場所はここしかないし、間違いではないと思うけど…」
唯さんと大西さんは見合わせ、頭をひねっている。
「それぞれの撮ってきた写真、見せてもらっていいですか?」
「ええ」
小高は、それぞれが撮影してきた展示物の写真の確認を始めた。
それぞれが見つけてきた太陽系の中から、他と明らかに違う太陽系なんて見つけられるのだろうか。でも、見つけられるからこのヒントにしたんだろう。では、どうやって該当する太陽系は差別化がなされているのだろうか。見た目や造形などのヴィジュアル面だろうか。それとも、何かしらの言葉の綾によるものか。そう考えながら吹き抜けの天井に設置されている太陽系のオブジェを見上げる。僕は改めて、ヒントをつぶやいてみた。
「太陽系に並ぶ、名も知らぬ星々の中に、か」
太陽系の中に、名も知らぬ星々が並んでいて、その中に手紙が隠されている。視界を動かし、天井の太陽系のオブジェに並んでいる惑星をそれぞれ順番に見回していく。その時だった。僕は違和感に気付いた。
「あれ、何でしょうね」
僕は吊り下げられた太陽系のオブジェの中のあるものを指差した。三人は僕の指先の方向を見上げた。
「どれだ?」
「あれです、あれ。二階の西フロア側。モワモワしたあれです」
どうして入館した時に気づかなかったのだろうか。なぜか木星と火星の間に星雲みたいなものが並んでいた。立ち上る灰色がかった入道雲に、ラメだろうか、キラキラしたものが振り掛けられている。加えて、大きさの異なる金銀の球体群が散りばめられて取り付けられていた。例えるならクリスマスツリーの飾り付けのように様々な色の金属球が取り付けられていた。
「あれはなんだ?」
あれじゃないか。
「火星と木星の間ですよね」
もしかしたら。僕はスマートフォンを取り出し、ウェブで先ほど車内で見ていた太陽系のページを確認した。
「小惑星帯のようです」
「小惑星帯?」
「火星と木星の間にある小惑星が集中している軌道領域らしいです」
一般的な太陽系の描写では省かれることが多いが、火星と木星の間には小惑星帯という軌道が存在し、数多くの小惑星が軌道に沿って回遊しているのだ。ページを確認すると数十から数百万の小惑星があるとされているため、最も大きいケレスと呼ばれるもの以外は、個別で名前が書かれている様子はなかった。
「じゃああれが」
「太陽系にある、名も知らぬ星々、でしょう」
「でも、天井から吊り下げられているのにどうするんだ? 下手すると、壊してしまうかもしれないぞ。それに、二階のフロアから近いとはいえ、手が届かないかもしれない」
そうなのだ。僕らが下手に触っていいものではないだろう。そうあぐねていると、大西さんが大丈夫だと言った。
「こういう時こそ、僕の仕事だね。実を言うと、ここの職員さんとは何度か仕事で面会したことがあるんだ。取り合ってみましょう」
「本当ですか!」
「交渉は慣れているからね」
ああ、市役所の。いつもお世話になってます。と互いに低く頭を下げ合う様子がどうにも役所仕事らしさを伺えてしまえるが、どうやら元々知り合いであるようで話はトントンと進んでいった。物腰の柔らかそうな定年ほどの館長らしき人物は、そのくらいは、朝飯前ですよと言い、僕らを案内してくれた。
吊り下げられた小惑星帯がゆっくりと二階の高さまで降りてくる。館長立ち会いのもと、手紙が入りそうな最も巨大な球体を手に取った。金属製のように見えたが、実際にはプラスチック製のメッキ加工されたものようで、手に取るととても軽かった。大西さんが代表し、ガチャガチャのカプセルを開封するように、半分に割ると、中から四つ折りの手紙の出現した。
「おお!」
「あった!」
館長をふくむ全員が驚きの表情を浮かべた。
「じゃあ、読み上げるよ」
大西さんが手紙を広げ、口を開く。
***
よかった。この手紙も無事に見つかったんだね。箱物はつぶれる可能性もあるから、少し心配したよ。懐かしいね。ここで観る星空は忘れられないくらい綺麗だった。
さて、次の手紙のヒントだ。
「海辺に眠るヒスイを拾い上げるように、海辺に眠る蔵書に二人と過ごした思い出が鍵となり、僕の欠片は拾い上げられる」
協力すれば、きっと見つけられる。頑張ってくれ。それじゃあ、また次の手紙で。
5、「青春」に価値をくれた、あの空を見上げて
***
「海辺、ヒスイといえば」
「あそこだろうな」
「ヒスイ海岸…ですね」
この街北東部の海岸は、砂浜海岸ではなく河川のような小石で敷き詰められた海岸で、ときにはヒスイの原石が打ち上げられることから、ヒスイ海岸とも呼ばれ、観光スポットとなっている。日本でもこのヒスイ海岸として新潟県の海岸とこの街の浜辺だけということもあって、夏場には海水浴客と並び、ヒスイを探しにやってくる観光客が多いことで知られている。
大西さんは時計を確認して言う。
「ともかく、少し時間がかかるから、移動しながら考えよう」
「そうね」
ここから北東部までは直接抜けられる道がないため、大きく半円を描いて向かうしかない。そのため、片道であっても一時間半程度かかることが想定できる。そのうえ、海岸となると、先ほどよりも探索範囲が広いため、探索に時間がかかるだろう。海岸線には街灯も少ないため、日没までの捜索になるだろう。海岸への到着が四時頃として、探索時間はおおよそ三時間ほどしか確保できない。
「今日は次の場所がラストになりそうだ」
「そうですね」
僕らは急ぎ足で駐車場に向かった。
次話に続きます