第13話 僕らの回顧
食事の最中、二人は手紙を発見した日から、今に至るまでを回顧する。
「なんだか楽しそうね。はい。おまたせ」
そんな話をしていると、奥さんがお盆を手にやってきた。ざるそば。丼もの。鯖の味噌煮定食。鳥の唐揚げ定食。それぞれが盆を前にすると、我慢できなかったようで無言で箸を進め始めた。頭を使ったときの食事はどうしてこんなにも染み渡るのだろう。おいしさに恍惚とする。満足感が伝わり始めた数分後、唯さんが口を開いた。
「そういえば、二人は大学生よね?」
「そうっすね」
「何を専攻してるの?」
唯さんは交互に僕らを見る。先に目があったのが小高だったため、小高から話をした。
「じゃあ、自分から。聞きなれないかもしれないですけど、自分は図書館情報学を専攻してます」
小高が照れくさそうに言った。
「へぇ、なかなか聞かない分野ね。一体どんなことを学んでいるの?」
「ざっくり言うと図書館に関する技術運営や、情報の蓄積や利用に関する問題だったり。もう少し広く見ると、人の知的活動を対象とした学問ですね」
「とてもわかりやすく教えてくれてありがとう。何か、なりたいものがあるの? 司書とか」
確かに、図書館と聞けば司書だったり、博物館の館長のような専門的な役職がイメージできる。
「司書になりたいとか、そういう具体的なプランがあって今の学部に入ったわけじゃないですね。大学を決めるにあたって、地元が好きだから残ることは決めてたんですけど、なにやりたいかイメージできてなかったんです。でも、中高と振り返ってみた時に、俺や東がこの手紙を、つまり、当時、学校に隠されていた未来を記した手紙を探した時、楽しかったなって思い出が印象的で。それで、古い書物とか、そういう情報を記したものをうまく活用したり、郷土資料を大切に扱っていく方法なんかを学ぶのも悪くないなって思ったんです。それで、たまたま図書館情報学っていう分野を知って、地元に運良くあったのでそこに決めました。将来もそういう方面に進もうと考えてる感じっす」
「へぇ。しっかり考えられてるじゃないか」
「まだ、勉強してるだけなんですけどね」
恥ずかしげながらも、自分の歩みや思いをしっかりと語る様子は、友人ながらかっこいいものだなと感じた。ついで僕の番が来た。
「東君は?」
「僕はですね…」
僕はあの日からの記憶を回想する。
手紙を発見したあの日を境に、僕らは日常に戻っていった。それから数日間はお祭りの翌日のような、どこか力抜けてしまった感覚で、しばらく気だるさの残る日々を過ごした。そんな日々もつかの間、気づくと次の進路までのモラトリアムを送ることになった。
当時、将来なんて先のことを考えず、ただ平穏に生き、高校も一番近いからという理由で選択したため、何か大きな決断をしようにも決断する材料がまったくなく、大学も近くでいいんじゃないか、ぐらいの気持ちで高校生活をひっそりと過ごしていた。そんな時だった。僕の進路を決めた、大きな出来事が高校二年の秋に起こる。それは、ある昼下がりのことだった。目の前を歩いていた人が急に倒れ、意識を失った。
「AEDとか、授業でしか使ったことがなかったので。もう、死ぬ物狂いでした。何が何でも、助けなきゃって。救急車が来るまで、蘇生の手段をやれる限りやった甲斐があってその人は助かったんです」
駆け寄って声をかけたものの、意識はなく助けを呼ぶ声をあげた。耳を近づけ呼吸の確認。そして首元と腕に指を当て脈を確認する。覚えている手順を行いつつ、僕は声をあげながらも、仰向けにし、気道の確保を行う。声を張り上げた甲斐もあり、近所のマンションからおばちゃんがやってきて、事態を説明しAEDの手配を頼んだ。しかし、ここで問題に気付く。倒れたのは若い女性だったのだ。蘇生術を行う際、胸元に開いて心臓マッサージやAEDを用いる必要があるため、僕のなかの理性が最後の最後で倫理や道徳を突きつけてきた。僕は人を救うための例外と言い聞かせながらも、もうどうにでもなれというふっきれた気持ちで女性に対して、心臓マッサージと人工呼吸をおこなった。AEDなども経験者が周りにいないということもあって、僕が施すということになった。どうやら、鼓動が戻った様子で回復体位に直し、声をかけ続けていると、救急車が到着した。救急隊員に引き離す際にもらった一言が忘れられない。
「よく、がんばってくれた。君は命を救ったんだよ」
焦りと緊張と使命感で保っていた強い気持ちが、そこで涙となって崩壊したことを今でも覚えている。高校生男子ともあろうものが、大泣きし、隊員を困惑させてしまったが、周りからは賞賛をもらった。
「それがファーストキス、だったんだよな」
と、小高が囃し立てる。顔が熱くなったが、僕は話を続けた。
「まぁ、それは一旦置いといて。お見舞いに行くと、とても感謝されました。助けた女性は大学生ということで、少し照れながらも親近感をもって接してきれました。僕が今進路で悩んでいる旨を話すと、自分がどのようにして今の進路を選んだか、語ってくれました」
彼女は、小さい頃はとても病弱で、入院していたらしい。相部屋にはおじいさんと、おばさんと中学生くらいのお兄さんと一緒で、この親も友達もいない環境に、ふと言葉を漏らした。
「どうして私だけ、みんなと一緒に遊べないの。もうずっとこのままなの…」
彼女は泣いてしまった。まだ幼かったということもあって、ヒステリックに喚き散らしてしまった。おじいさんやおばさんがなだめる中で、中学生くらいのお兄さんが言葉をくれた。
「大丈夫、また遊べるから」
その強い言葉、自信に満ちた表情が彼女の記憶には焼き付いている。
「本当?」
「辛いことが辛いままなことはないんよ。誰かが変えてくれないんだったら、自分が変えることだってできる。もしかしたら、自分で病気を治す方法を見つけることだってできるかもしれない。きっと、一緒に戦ってくれる仲間にも出会えるさ」
その言葉がきっかけで、自分で病気を治してやろうと決めた。それから、薬の進展や、体調が安定して無事に退院することができた。それから将来は医者になろうと勉強をはじめ、大学は医学部に進んだ。その間、薬で病状を抑えられていたが、今回、再び命の危機にみまわれてしまった。
「救ってくれたこと、本当に感謝してもしきれない。本当にありがとう。私はね、これで二度救われたことになるの。だから、今度は私以外の人間を救ってあげたい。だからこそ、必ず医者になるの」
「彼女から聞いた言葉がとても印象的で、聞いているうちに、僕も病気で生きる時間を迫られてる人たちを助けたいなって。おかげさまで成績が良かったので、今は医学の勉強をさせてもらっています」
それから僕は外に出る決心をし、こうして現在に至っている。
「東はこう見えて成績がいいんです。静かに過ごすのが好きなやつなんですが、それがきっかけだと思いますが、三年生に入ってからは学年で十番以内の常連になってました」
「こう見えてって、失礼な」
「これでも褒めてるんだからな。それに、この話題。それだけじゃないよな?」
小高は笑う。
そうなのだ。僕にとって大きな出来事が起こった。というより、付随した。
「その方が、今の彼女なんです」
二人は目を見開き、慌てふためく。大西さんは驚きのあまり箸を落とした。
「なに、その運命めいたストーリーは!」
「すてき」
僕も、この出来事に運命を感じている。誰しも選択の材料は必要な時にやってくるのだな、と。
「六つも上を落とすなんて、こいつ、見た目によらずやりますよね」
「さっきから俺の評価低く見積もりすぎてないか」
「冗談、冗談。褒めてるんだって」
小高は笑いながら小突いてくる。正直、自分も恥ずかしいのだ。顔を伏せながら、小高を小突き返した。
「いい話を聞かせてもらったよ」
「お幸せにね」
「え、えぇ」
僕は後頭部を掻きながら、表情の固まった照れ笑いを浮かべた。
会計は、それなりに稼がせてもらっているからと、大西さんがおごってくれた。財布の押さえ込ませる動作がとても素早く、参考になった。
「何から何まで本当にありがとうございます」
「いいや。こっちも、こんな楽しいことに巻き込んでもらってるからね。むしろ、こんなもんじゃ足りないぐらいだよ」
「そうね。夕食は私が持つからね!」
唯さんも嬉しそうにガッツポーズをとった。
「それじゃあ、行こう。天文台へ」
次につづく




