第11話 ラッキー・アンド・ディスカバリー
第11話 ラッキー&ディスカバリー(http://sokkyo-shosetsu.com/novel.php?id=221632)改稿。
入り口ゲートまで戻って来る。日差しは高く、斜に光線が降り注いでいた。陽炎が湯立つようにゆらめき、額から玉のような汗が頬をつたう。
駐車場を挟む対岸の定食屋「お食事処 比良坂」。僕らをいざなう手紙の答えが目の前の建物にあるのだろうか。僕らは入り口へと歩いていく。外観は長方形の黒瓦の平屋建て。純日本家屋といった感じだ。敷地を囲うように、幾つもの幟が立っており、営業を示すものからカレーやラーメンを提供していることまで分かる。玄関の暖簾をくぐり、順に中へ入った。
大西さんが先陣をきり、ぞろぞろと室内に流れていく。室内を見渡す。最初に目線に入ったのは、視線と同じ高さにある、黒の縁取りの四角い壁掛け時計。天井に付けられた薄型テレビ。定食屋特有の、壁に並んだメニュー表。それから、カウンターに並べられた招き猫やタヌキ、割り箸。足元にはビール瓶の入ったカゴも見える。室内は、揚げ物や煮物のものであろう、甘さや香ばしさの混ざった香りが漂っており、どこか懐かしさを感じた。
「こんにちわ、奥さん」
大西さんがカウンター向こうに声をかける。長いカウンターテーブル奥の厨房では、頭にバンダナを巻いたエプロン姿初老の女性がいた。こちらに気付き、包丁を置くとこちらに歩み寄ってきた。
「いらっしゃいま、…あら、広治君じゃない! それに、唯ちゃんも。久しぶりね」
二人とは顔見知りのようで、奥さんは嬉しそうな表情を見せた。
「ご無沙汰してます」
「お世話になってます」
大西さんと春川さんは軽く会釈をする。僕らも合わせて会釈した。
「後ろの二人は見ない顔ね。学生さん?」
「はい。かわいい後輩ですよ、僕らの中学校の」
大西さんが微笑みながら答える。
「え、二人とも同じ中学校だったんですか!?」
小高が目を見開き、表情筋を大きく動かす。
「聞いてませんでしたよ~」
僕も心の内で驚きこそしたが、これまでの二人の会話ぶりから幼い頃からの友人であろうこと、手紙が届く間柄であったので、なんらかの繋がりがあることが想定できたということもあり、顔には出なかった。
「あれ、言ってなかったっけ? 僕らも同じ中学の同級生だってこと」
大西さんがさも当たり前であったかのように笑う。
「そういえば言ってなかったかも。ま、とりあえず東君、小高君。あいさつ!」
ゆいさんが僕らの肩に手を置く。
「そうっすね。じゃあ俺から」
小高が一歩前に立つ。
「小高って言います。こっちの県立大学に通ってます。よろしくお願いします」
すばやく四十五度の礼をした。
「東優生です。地元はここなんですが、今は外の大学に出ています。よろしくお願いします」
僕も軽く礼をした。奥さんは僕らを順番にみて、よろしくね、と優しく声をかけてくれた。癖なのかどうかはわからないが、奥さんはしっかりと僕らを目を合わせ、挨拶をしてくれた。そのシワが刻まれた笑顔には温かいものを感じたが、一方で奥さんの瞳はどこか凛とした芯の強さを感じ、何かを確かめるよう僕らの内面を覗き込んでいるような気がして、少しぞわっとした感じた。
「私は、比良坂 花子。二人が小さいときから夫と切り盛りしてるの。よろしくね」
「よろしくお願いします」
挨拶を交わしたところで、大西さんが比良坂さんに本題を告げる。
「実は、今日は別件でして」
申し訳なさそうに、加えて神妙な面持ちで大西さんが奥さんに告げた。
「あら、一体どうしたの?」
「ラッキーに会いに来たんです」
「なんだ、そんなこと。ちょっと神妙な顔をしてたから、身構えちゃったじゃない」
カウンターに肘をつく奥さんは呆気にとられて吹き出し、笑いながらカウンターテーブル奥を指差した。
「ラッキーならいつもの場所。もう年みたいでねぇ。おじいちゃんよ。尻尾だけは元気に振るから会ってきてあげて。喜ぶから」
「たまに会いに来てはいたんですけどねぇ。時間が経つのは早いですね」
大西さんが後頭部を掻く。
「そうよねぇ。でも、二人も立派に育ってくれて、私も嬉しいよ。美男美女といったところね」
「恐縮です」
「ありがとうございます」
二人は照れながらも嬉しそうに微笑んだ。
「じゃあ、私は注文入ってるから」
僕らは年季の入った木製のカウンターテーブルを抜けて、右に折れる。そこには、毛玉の散らばった紅のカーペットの上に伏せる、老いたゴールデンレトリバーが鎮座していた。
「久しぶりね、ラッキー!」
彼がラッキーのようだ。すぐに春川さんがラッキーの元へと駆け寄る。しゃがんでラッキーの首もとを優しくなでると、金の尻尾は左右にゆらゆらと揺れた。
「最後に会ったときよりもまた大きくなったな」
大西さんも再会を喜ぶ。大西さんは背中を撫でながら、カーペット周辺を見渡す。
「さて。手紙のヒントの『重い犬』はラッキーのはずだ。となると、『守りし箱』は、このカーペットの下にあるはずだ」
「下に収納スペースがあるってことですかね」
カーペットの隅をちらりと持ち上げながら、小高が言った。
「となると、ラッキーには動いてもらわないといけないですね」
僕はカーペットを俯瞰し、ラッキーの大きさとカーペットの比率を見た。やはり、ラッキーの大きさからして、動いてもらわないわけにはいかなさそうだ。
「ああ。ここは看護師の唯の活躍どころだな」
大西さんが春川さんに目配せをする。春川さんは頷き、ラッキーに向かって囁く。
「ラッキー、ちょっと動いてくれないかな?」
ラッキーと眼を合わせる。いつも以上に優しく、暖かなその囁きは、看護士の貫禄といったところだろう。ラッキーは理解したようで、ゆっくりと立ち上がり、尻尾を振りながら、カーペットの外へと歩き出し、少し離れたところでお座りをした。
「おお、ゆいさんすげぇ…!」
中学生のごとく眼をキラキラとさせ、小高はクギ付けになっている。
「さすが。介護もやってるだけあって、お願いの仕方がうまいな、唯は」
大西さんも感心した様子で、腕を組んで大きく頷いた。
「さて。カーペットをめくってみよう」
大きさで言えば、二畳もないくらい。ほこりが立たないよう、暖色のカーペットゆっくりとめくりあげていく。すると、中央に小さな四角形の扉が姿を現した。みたところ、何かの止水栓のノズルが格納されている蓋に見える。
「これで、中に箱があれば…」
大西さんが取手を掴み、扉を開く。小さなスペースの真ん中にはノズル。そこからそれるように、オルゴール箱や宝箱を髣髴とさせる、小さな装飾された箱が見つかった。
「あ、あった!」
小高は興奮し、声を上げる。
「正解みたいね。よかった」
春川さんも安心した様子だ。
「開けてみましょう」
僕が開封を促す。大西さんは化粧品のコンパクトを開けるように、両手で箱をゆっくりと開けた。中には二つ折りの、少し黄色がかった便箋が入っていた。
「ビンゴだ」
大西さんが小さくガッツポーズをした。
「見てみましょう」
僕たち四人は顔を近づけ、広げられた紙に見入る。そこにはやはり、今まで入手した手紙と同様の筆跡で書かれた文章が走り書かれていた。
次に続く。




