第10話 Weight/Remember
第10話 小径の先に(http://sokkyo-shosetsu.com/novel.php?id=200550)改稿。
僕たちは自然公園のゲートをくぐる。東西に四キロ、南北に三キロにわたる広大な森林地帯を持つこの公園は、年中を通し、四季折々の植生を楽しむことができ、夏場は子供向けプールやアスレチック、サイクリングなどで賑わいを見せる一方で、秋には紅葉、冬には園内マラソン、春にはお花見や野鳥観察などのイベントで名が知れ渡っている。今日も、八月の盛夏ということもあって、ゲート周辺では多くの家族連れが入り口付近でも散見され、ある子供は麦わら帽子にビニールで出来た浮き輪をまとって跳ねていたり、またある親子連れは地図を片手に、どのアスレチックへ行こうかと話し合っている。
木々でできた日陰に入ると、先ほどまでいた駐車場とは比べ物にならないほど涼しさを感じ、夏の森も悪くないなと感じた。僕らも園内の拡大マップが設置された掲示板の前まで歩み寄りつつ、職員から受け取ったマップを広げ、神社を確認した。
「名前は本田城神社というらしい。城と名前がつく通り、昔、この公園には本田城という城があったようで地名として残っているみたいだね」
大西さんが巨大マップを指差しつつ、手元のパンフレットを参照しながら行った。
「パンフレットにも紹介されているみたいですし、ある程度、神社周りの整備や剪定、そうじがなされていそうですね」
四つ折りのパンフレットを広げると、真ん中二枚は地図、左右一枚ずつに地図に書かれたスポットの写真と簡単な紹介文が書かれていた。
「神社をスポットとして地図に載せているってことは、公園側もオススメしているってことだし、それなりに人が来るってことだよな。ってことは、神社に手紙が残っている可能性は低いかもしれないな」
小高が不安そうに言った。
「確かに。目の前の道や、路側の植物の手入れもちゃんとされているし、掃除も行き届いているみたいね。ってことは、スポットの手入れもきちんとしてると考えられそうね。もしかしたら。何かの悪戯で書かれたゴミと思われちゃったり、フリーペーパーだと思われて捨てられている可能性もありそうね」
唯さんも同じように考えているのだろう。少し心配そうな表情で大西さんを見た。一方、大西さんはニコニコしており、
「そこに無かったら、そこじゃないって僕は思うけれどね。唯、よく考えてみなよ、あいつがそうなる可能性があることを考えていないと思うか?」
自分のことでもないのに自信に満ち溢れる様子がどっしりとした声色から伺うことができた。
「そんなに自信を持つ理由って何なんですか?」
僕が大西さんに尋ねた。確かに、手紙の主の書いた文面を読んでいると、どこか自信というか、安定感を抱くことができる。加えて、手紙に書かれていた大西さん、唯さんに対する指摘、というより予言に近いだろうか、それ関しても的を得ていたということもあって、あったこともなく、手紙の主のほんの一面に触れただけなのに、なんだか期待してしまうのは確かだ。そんな僕の思いに加え、大西さん、唯さんはそれぞれ理由を口にした。
「本人の人格的な部分かな」
「やっぱり長年の信頼かな」
僕らを見て、大西さんと唯さんは言った。その笑顔、喜びの表情には偽りもなく、信用していいんじゃないか、そう感じざるをえなかった。
しばらく森林浴をしながら少し歩くと、木製の方向案内には、神社まで残り数十メートルという表示がされ、矢印の方向には小径が続いていた。
「狭いですね」
その小径は針葉樹林の間を縫うように作られており、幅は大人がすれ違う際に、確実に肩がぶつかってしまうほど狭く、照明もないこともあって若干仄暗い。
「スポットって言ってる割には、整備があまり施されていないな」
小高が不満げに言う。
「でも、整備したら自然公園らしさがなくなるから仕方ないでしょ」
と僕。
「私はなんだかパワースポットってほうのスポットみたいで結構この雰囲気好きかも」
と唯さんは言った。確かに、周辺に広がる苔の絨毯には裂け目や掘り起こされて土が露出している場所もなく、ところどころから木漏れ日が差し込んで、スピリチュアルな雰囲気を醸し出している。最低限の道の整備以外は自然に手をつけられていない様子がまじまじと感じ取ることができた。
小径を抜けると、少しひらけた空間が出現し、目の前に神社があった。左右に雄々しく構えた狛犬とは対照的に、本殿のほうは、一般的にイメージされる巨大な構造物というよりは、祠というべきだろう。自然を最低限しか整備しないという意図からか、社がキュッとコンパクトに建てられている。一方で、朱色に金メッキで飾られた派手さを、黒色の立派な柱が雰囲気を引き締めることで、調和のとれた荘厳さを醸し出しており、僕らは愕然とした。ここ数年のうちに塗り直しがなされていそうだ。
「いたずらをされそうな雰囲気はないが、これじゃあ、隠せるところが少なすぎな気がするな。…本当にあるのか?」
小高が言った。
「とりあえず探してみよう。それぞれ分かれて」
大西さんと唯さんは二人は賽銭箱付近、僕らは狛犬付近をみて回る。真新しさを感じる本殿とは対照的に、コケが繁殖し、狛犬は緑の獣と化している。
「昭和五十年…わりと古いな」
小高のつぶやきが聞こえた。狛犬と台座は別々に造られているようで、台座と狛犬の間にはわずかな空間がある。その隙間を覗き込んでみるも、何か手がかりになりそうなことや、何か手紙や物体のようなものが挟まってはいない。ぐるぐると回りながら調べていると、後ろから大西さんの大きな声が聞こえた。
「みんな、集まって!」
大西さんの居る、賽銭箱の方へ向かう。大西さんは体を下げ、懐中電灯を箱と地面の隙間を照らしていた。
「紙、あったんですか?」
僕と小高はしゃがみ込み、大西さんの照らしている賽銭箱の底を覗こうとした。
「いや、紙は無かった」
「じゃあ、何があったんですか?」
「ちょっと見て。照らすから」
そう言われて、僕は賽銭箱の隙間を覗く。もともと賽銭箱は底面とボルトで固定されているらしく、若干汚れや枯葉が散らばっていた。
「ほら、奥の方を見てみて」
賽銭箱ではなく、コンクリートの床の方には、なにやら細長いシールのようなものが、二枚貼られている。それは、昔の旅行者が旅先の神社仏閣で貼っていたようなものにみえる。
「千社札だ!」
同じことを小高が考えていたようで驚きながら言った。
「参拝記念に貼るやつだ。なんでこんなものがあるんだ?」
「それよりも、なんて書いてあるの?」
しゃがみこむことのできない唯さんが待ち遠しそうに尋ねた。
「”Do you remember”」
「the weight when you held it?」
僕と大西さんは一文ずる読み上げた。
「名前じゃないのか」
小高は千社札とばかり思っていたようで、名前が書かれていないことから不思議に感じているようだ。一方で、大西さんと唯さんは、その文に何か心当たりがあるらしく、すっと憑き物が落ちたように納得した表情を浮かべていた。
「これも、手紙の主のヒント、なんですね」
僕は、質問というより確認するように大西さんに言う。
「そうだね」
「どういう意味なんです? この文の示すことは」
小高が尋ねる。
「わかると思うけれど、訳すと『抱えた時の重さを、君たちは覚えているかい』ってことになるね。つまり、僕らは重い犬を抱えたことがある」
大西さんの発言に唯さんは頷いた。
「それと、私たちは勘違いしていたみたい。手紙にはその犬が箱を守っていることが推測だ、と彼が言っているのだと私たちは解釈していたけど、そうじゃなくて、犬が重くなっていることが彼の推測だったみたい。つまり、何が言いたいかというと、私たちが昔、抱っこしたときは子犬で、いまは成犬に育っているから重くなっているってことなの」
「抱っこした思い出、子犬の成長。思いと重いもかけているのかもね」
「もしかして、その犬って…」
僕らには、その犬がどこにいて、どの犬なのか。すでに心当たりがあった。
「…さっき、入口で見つめていたあの場所にいる犬、ですか」
「そう。あの定食屋さんだよ」
大西さんの目はなんだか輝いており、子供のようなワクワクした雰囲気をまとい始めていた。
「面白くなってきたね。さすが、あいつだ…」
大西さんが木々に覆われながらも青青とした空を見上げた。
「…ちゃんと思い出も振り返らせてくれるってことか」
大西さんがふと漏らしたその言葉は、まるで湧き上がった感慨や喜びが心から溢れてきたようだった。
「よし。時間も限られてるし、いきましょ! ラッキーのもとへ」
唯さんも声色をあげ、嬉しそうに歩き始めた。
次に続く




