勇者──1ラルード
魔王軍と争う人間にとって最も重要な意味を持つ場所が王都──文字通り王族が統治し、ありとあらゆる権力が集まっている場所。その王都を囲む様に6つの防衛都市が残っている、今回の侵攻で狙われたのはその北、北西、北東の3ヶ所。
王都に向かう距離が短く魔王軍から狙われるのは必然でもあった。そして、俺がやって来たのは南西に位置するラルード。防衛都市の中では王都から離れていて比較的魔王軍に狙われずらいため防衛能力が低い町。なぜそんな場所へ来たのか、理由は単純。この町に幼馴染みが居るからだ。
「うーん、来たはいいものの肝心のアイツが何処に居るのかわかんねぇや」
魔王軍に狙われずらいとは言ってもここは防衛都市。魔物の襲撃もあるし常に厳戒態勢を取っている。
幼馴染みは俺より少し早く16歳となっていてこの町の防衛にあたっている筈なのだが、防壁の上を見ても幼馴染みの姿を見つける事は出来なかった。
緑髪だし遠目からでも分かるけど残念ながら今は居ないらしい。
「確か戦線に出るには防壁で申請しないといけないんだったな」
申請は出来る時間が限られているから早めに申請しにいった方がいいか──そこまで考えた所で腹の虫がぐぅ〜とマヌケな音を立てた。そういえばラルードに到着してからまだ何も食べてない。
「……その前に飯にするか、腹が減ってたら満足に動けないもんな。うん」
と、言う訳で。まずは何か食える店探しだ、ラルードにはまともに来たことがなかったし少し楽しみでもある。
「ラルードの特産品は……確か肉と繊維物だったな。なら肉を食わないわけにはいかんでしょう」
動物の畜産が有名なラルード、新鮮な肉が毎日の様に取れるとなるとそれを消費する為に肉系列の屋台がそこら中にある。
「どれにしよっかなーと、串焼きもいいけど揚げ物もいいな。金もそんなにないし買うならどれかいっ──ご!?」
い、いってぇ……。主に鼻が。相手の頭が鼻に見事に当たった。前をちゃんと見て歩いてなかったのは俺だし完全に俺のせいだな。
「大丈夫ですか?僕の注意不足で……すいません」
「あ、あぁいや、俺も前見てなかったしすまない」
ぶつかってしまったのは俺と同じぐらいの少年だった。この辺りでは見ない赤髪でこの辺りの人では無いのが窺える。……まぁ余所者ってだけなら俺もそうなんだけどさ。
──ふと、少年の目が気になった。
目の前で佇む少年の目、特に変わったところの無いが……その目に俺は酷い既視感を覚えた。別段見た事がある相手では無い。それでもどこか、その両の目の持つ気配を知っているような気がしてならない。
「……?どうかしましたか?僕の事をそんなじっと見つめて」
「いや、この辺りじゃ見かけない髪色だと思ってな」
「あぁコレですか。珍しいですよね、ここからずっと南に行ったところにあった小さな町の出身なんですよ。そこだと赤髪なんてありふれてたんですけどね……」
「そうなのか……」
「そんな気にしないでくださいよ。もう何年も前の事ですから」
この少年も、俺と同じ居場所を失った人間だった。狙って聞いた訳では無かったが俺たちのような奴にこの手の話はタブーだったな。
「あ、そういえば急いでいたんでした。そろそろ失礼しますね」
「急いでたのか、それは時間を取らせて悪かったな」
「いえいえ、では、ご縁があったらまたお会いしましょう」
「あぁまたな」
赤髪の少年が雑踏の中へ消え見えなくなる。ご縁があったら……なんて言ったが名前も知らないし会うこともないだろう。
「……っと、飯食おうとしてたんだった」
もう探すのも面倒だしそこの串焼き屋でも──「あー!」──いいかと思ったけど聞き覚えのある声が聞こえてきたな。まさか向こうが俺を見つけるとは思わなかった。
声のした方を見てみると特徴的な緑髪の少女が走ってきていた。
「やっぱりアインだ!久しぶり!」
「久しぶり。って言っても最後に会ったの2ヶ月前だけどな。それと、迷惑だから町中で大きな声出すさないようにって何度も言ってる筈なんですけど?」
「あ、そうだった。ところでなんでアインがここに居るの?王都にいたんだったよね?」
事前に俺がラルードに来る事は伝えておいた筈だが……手紙が届かない事はまぁ、たまにあるから伝わっていないのはしょうがない。
「俺もここの防衛に参加しようと思ってな。セインも居るから丁度良かったし」
セイン・アタリネ。それが幼馴染みの今の名前だ。ちなみに今の俺の名前はセイン・ニール。2人ともファミリーネームは元々違うものだったが騎士団の人に引き取られた時にファミリーネームも変わり、今の名前になっている。
若緑色の髪は肩のところでバッサリと切られて簡単に整えられている。透き通る様な翡翠色の瞳を持ち、右目の縁に小さなホクロがある。
この町の防衛をしている人たちとよく似た革鎧に身を包み、左手首に槍のレリーフがあるブレスレットを付けている。それは俺の持つ首飾りと同じでセインの家族が遺した形見の品だ。
「そういや、なんでセインがここに居るんだ?街の防衛はどうした」
「今日は非番、働き過ぎだからたまには羽を伸ばせって言われちゃって」
「……相変わらずだなセインは」
セインは昔からそうだった、1つ目標をたてたらそれを達成できるまで突き進む。それ自体はいい事なんだが……セインは自分を省みない。どれほど傷つこうが、どんな困難があろうがひたすら真っ直ぐに。
「何度も言うけどそんな事を続けてたら……死ぬぞ」
「死なないよ、私にはやらなきゃいけない事があるから」
「まだ復讐を考えてんのか。実際に殺した相手を見たわけでもないんだからやめとけって」
「やだ。アインがなんて言おうと私は絶対に諦めないよ」
はぁ……頑固なのは知ってるけどやっぱり諦めてはくれないか。ま、そういうと思ってたから俺はこの町に来たわけで。
「セインとここで会えて丁度良かった。戦争の参加申請をしようと思ってたから案内してくれないか?」
「えー……休みなのに防衛隊長に会わないといけないの?私あの人苦手なんだけど」
防衛隊長……あれか、手紙に書いてた口説いてくるって奴。
「そう言わずにさ、防壁のどの辺りに入口があるかまでは分かんねぇんだ」
「……知らなかったんかい。しょうがないなー、付いてきて」
「助かるよ」
良かった、セインに会わなかったら見つけるまで探すはめになるところだった。セインとも会えたし案内もしてくれるから、時間の節約になるな。今日は魔法の練習を出来るとは思っていなかったし。
……あ、セインと会ったから飯食うの忘れてた。うーん、しょうがない、セインは休みだし申請してから食いに行こう。