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魔王――1雷光

 日差しが、眩しい。


瞼を押し上げて、まず真っ先に僕はそう思った。


「……はぁ」


 嘆息。一見、穏やかな朝のように思えるが、なにぶん日陰者としての人生を歩んできただろうか。太陽の光は僕にはどうしようもなく鬱陶しく、気分を鬱屈とさせられる。


 ―――二度寝をしよう。


 だから、だろうか。僕は未だわだかまる眠気に押し負けて、折角開いた瞼を再度、閉ざしてしまう。


 闇。うっすらとかかる眠気。そして、鳥の囀り。


 寝につくには持ってこいの要素を備えた中、僕は眠りの海へと沈む――そのとき、


 「ベルゼ様、起きてください」


 チュンチュンと、どこかともなく聞こえるスズメの囀りを裂いて、ささやかな、しかしそれでいてどこか呆れを含んだような、涼やかな声が僕の意識を眠りの海から引きずり上げる。


 「ん、う……?」


 瞼を擦り、声を辿ると、枕元には、メイドの給仕服に身を包み、背中からコウモリの翼を生やした、赤髪の少女がいて。


 少女――ラミアート・ヴァンプは、まるで血に濡れたかのような、真紅の瞳でジト目を作る。


 「ベルゼ様、また二度寝をしようとなさっていましたね」


 「あ、いや、その……晴れの日の朝は憂鬱でさ……。つい」


 「お気持ちは分かりますが、いい加減、ご自分で起きてください。もう、子供ではないのですから」


 「ごめん……。気を付けるよ」


 調子こそ淡白なものだが、ラミアの怒りを汲み取ることは容易で、僕は素直に頭を下げる。


 すると、ラミアは幾らか表情を和らげ、お願いしますと言って、

 

 「皆様、朝食を取られておられます。お早く」


 起床を促してくる。


 抜かりないなー。僕は、そんな若干手厳しいラミアに苦笑しつつ、ベッドから這い出る。


 「おはよう」


 それから、遅まきながらに挨拶をすると、ラミアは特に表情を変えることなく、おはようございますと返してくる。


 「それでは、寝巻きをお脱ぎください」


 「……あー、ラミア?」


 「はい」


 「その、なんていうか、毎度毎度いってるんだけどさ、服ぐらい自分で着れから…」


 「なりません。あなた様は、我が魔王軍が長、魔王サタン様のご子息、第三王子ベルゼブブ・ヒエロニムス様にあらせられます。そして、私はベルゼ様のご奉仕をさせていただく、メイド。これぐらいは、させてください」


 「いや、でもほら、ラミアは女の子だろ?」


 「関係ありません。ですが、もしもベルゼ様がどうしても嫌だと仰られる場合には、無理にはしません」


 なんというか、規律に囚われ過ぎている、生真面目な彼女をいかに説得するか。あの手この手を使うと、ラミアは引き下がるのもやぶさかでさない、といったようなことを言う。


 ―――いつも、淡白で冷淡な彼女にしては、珍しくすがるような上目遣いをして、だが。


 ずるいなぁ。心なしか、潤んですら見える彼女のルビーの瞳を前に、僕は弱る。そんな顔されたら、断れないって。


 「えっと、やっぱり……お願い」


 「はい、かしこまりました」  


 完全に僕の負けだ。降参するように項垂れると、ラミアは頷き、僕の寝巻きのボタンに手をかける。


 その際、満面の笑みを浮かべていたようにみえたのは気のせいだろうか。


 そう訝しみ、顔を覗きにかかるが、下を向いてしまっているため確認することは出来ず、ボタンを外し終えて顔をあげたラミアは、いつもの冷徹さを覚えさせる表情を宿していた。


 「上着を終えましたので、次は下を」


 「う、うん」


 やっぱり、毎日されていることなのに馴れない。まぁ、17歳、なんて多感な時期に女の子に服を着せてもらっているんだから、当然といえば当然か。


 それから、時折肌に触れるラミアの冷たい指にひゃう!? なんて、魔王軍の王子らしからぬ奇声を上げたり、ドギマギしながらも、なんとか着替えは終了。


 謎の疲労感に苛まれながら、僕は王族の証であるマントを羽織る。


 「やっぱり、これダサくない?」


 姿見を覗き、写し出される自分を指差して、尋ねてみる。


 「そうでしょうか? とてもお似合いで、素敵ですよ」


 「え、そう? 僕にはどうにも……」


 てっきり、肯定されると思っただけに、太鼓判を押されると僕は困惑する。


 これを羽織るよう、義務づけたのは父さんだけれど、父さんのセンスは分からない……。


 二、三回クルクル回ってから、首をひねっていると、ラミアが催促してくる。


 「ベルゼ様。食堂へ」


 「あ、うん。そうだね」


 応じ、僕はラミアに伴われる形で食堂の前へと赴く。


 この、七年前に建てられた城、アポカリプスは魔王となった父さんが築いたもので、規模は大きく、移動するのも一苦労である。


 元スラム街出身としては、なかなか馴染めなかったが、だいぶ馴れたな。


 この、ドデカイ扉にも。


 眼前に立ちはだかる、骸骨の意匠が施された趣味の悪い扉を見上げて僕は呟き、その一方でラミアが扉を開く。


 ギィィと軋み、扉が開かれると、全長15メートルにも及ぶ長テーブルを囲み、食事を取る家族の姿があった。


 「おはよう」


 声を掛けると、いの一番に反応したのは金色に輝く髪をボブカットにした、末っ子の第三王女、レヴィ・ア・タン・ヒエロニムスだった。


 「あ、ベルゼ兄様! おはようごさいます!」


 一体、どうして朝からそんなに元気なのか。思わずその秘訣の伝授を請いたいぐらいに声を弾けさせ、レヴィはあどけない顔に無垢な笑顔を咲かせる。


 「あ、ベルくん。おはよう」


 次に挨拶を返してくれたのは、緑がかった金髪を腰まで垂らした第二王女、ベルフェゴール・ヒエロニムス。母さん譲りの穏和な物腰に、僕も穏やかな気持ちになるのを感じる。


 「あ、ベルゼ起きたー? おっはー」


 続いて、挨拶してきたのは、目を覆い隠すほど長い黒髪が印象的な、第二王子、マーモン・ヒエロニムスで。

 マーモン兄さんは相変わらず、ヘラヘラとした軽薄な笑みを貼り付けて、ヒラヒラ手を振ってくる。


 「遅いぞ、ベルゼ」


 と、マーモン兄さんの態度とは打って変わった鋭い声が聞こえ、慌ててみると、そこには黒曜石めいた艶のある黒髪をロングにした、第一王女、アスモデウス・ヒエロニムスで。


 デウス姉さんの咎めるような言葉に、僕は居ずまいを正して、謝罪する。


 「すみません。二度寝をしてしまって……」


 「二度寝? まったく、弛んでるな」


 「ごめんなさい」


 「まーまー、いいじゃねぇか。朝っぱらからそう怒んなよデウス。シワ増えんぞ」


 流石は、男よりも漢気に溢れたデウス姉さん。どこまでもストイックな姿勢に、だらしない自分を恥じていると、助け船がやってくる。


 その、助け船こと第一王子、ルシフェル・ヒエロニムスは逆立てたプラチナブロンドの髪を撫でつけ、デウス姉さんの顰蹙を買う。


 「なんですって?」


 「ほら、まーたカッカする。なんでそんなに怒ってんのお前。生理かなんか?」


 「なっ!? 兄さんにはデリカシーってものがないなの!?」


 「いや、オレはあくまでお前のためを思ってだな……」


 あまりにも無神経なルシフェル兄さんの発言に、無論デウス姉さんは激昂し、それに気圧されたのか。


 珍しく、ルシフェル兄さんが首をすぼめて、拗ねたように唇を尖らす。


「やめないか、二人共」


と、朝からそんなしょうもない兄弟喧嘩をしていたときだった。


汚れ一つ、シワ一つたりともない純白なテーブルクロスが敷かれた長テーブルの最奥から重い、腹の底に沈むような、低く威厳に満ちた声音が仲裁を施す。


みると、我が魔王軍の旗印である茨の王冠を被った餓者髑髏の真下には、漆黒の髭を蓄え、裏地が真紅の黒マントを羽織る男性がいて。


僕はすぐさま謝罪をする。



「申し訳ありません、父上。挨拶が遅れました」


「それは構わん。私がいっているのは、ルシフェルとアスモデウス。お前らだ」



「す、すみません 」

 

「あー、悪かったよ 」

 

ギラリと光る父さん――魔王サタン・ヒエロニムスの眼光に射すくめられ、デウス姉さんは慌てて謝り、それとは反対にルシフェル兄さんは悪びれる様子もなく応じる。


そんな兄を、父さんはひと睨みし、鋭い光を滾らせた赤い瞳を、僕へと戻す。


「ベルゼも、気をつけろ 」


「はい」


頷き、僕は朝ごはんが並ぶ食卓へとつく。


今日のメニューは、パンとグエルラビットのシチュー、エアリーフのサラダとなかなかに豪勢で、僕は物珍しさにへぇと驚嘆の声を漏らす。


「エアリーフなんて、どこで手に入ったんだ? 」


答えたのは、父さんの傍らに控え、この料理を調理した、オーク族のシェフ、ラグだった。


「流石はベルゼ様。お目が高い。これは先日、サタン様が侵攻なさった、人間どもの領地、スカイラルにしかない特産品でして」


「なるほど」


ラグの説明に、僕は相槌を打ち、早速とばかりに青々と色づくエアリーフを口に放り込む。


途端、シャキシャキとした歯ごたえと瑞々しさで口の中が満杯になり、僕は目を細める。


昔、王都の店にアホみたいな高値で売られてて、自分には縁のないものだと思ってたけど、まさか食べれる日が来るとは。


なんて感慨に浸って、食事を進め、静かな朝食を終えた頃、一息ついたのを見計らったようなタイミングで、父さんが口火を切った。


「……さて、お前たち。我々はついに、ここまで来た。王都まであと少しのところまで来ている」


「……」


「ここまで、よくやってくれた。感謝する」


そう言って、父さんは僕たち兄弟を見回し、次いで僕たち兄弟の世話係である連中を見渡し、だが、と継ぐ。


「最近、良からぬ噂を耳にした 」


「良からぬこと……? 」


「あぁ」

 

父さんの意味深な台詞に、デウス姉さんが反芻すると、父さんは首肯し、やがてこんな言葉をこぼす。


「――勇者」


「……っ!」


「つい先日、王都周辺の町にマーモン隊が攻め入ったところ、マーモン隊の何名かがそう思われる奴に殺された。だな? マーモン」


「そーそー。剣持った野郎にやられた」


「だがそれは、マーモン隊だけではない。デウス隊、ルシフェル隊においても同様の報告がなされている 」


「そ、それじゃあ……!?」



「あぁ。人間たちは私たち魔王軍に対抗するべく勇者なるものを創り出したのだ。そこで、ベルゼ」


「は、はい」


「お前にその調査を頼みたい。先に、リリアを情報収集へと向かわせ、王都近辺の町、ラルードにいるとの報告があった。お前は、リリアと合流し、勇者を見つけ次第、報告及び抹殺をしろ」


「わかりました」


魔王直々に命令をもらい、僕は姿勢を正してこれを拝命する。


なぜ、僕なのか? なぜ、戦術を組み立てるのに長けた、デウス姉さんでも、戦況の把握に長けたルシフェル兄さんでも、指揮が上手いマーモン兄さんでもなく、僕なのかなんて野暮なことは聞かない。



なんでかって? 単純だ。


僕が――魔王軍第三王子、ベルゼブブ・ヒエロニムスがこの六兄弟の中において、最強だからである。


息を吸う。久びさの任務だ。少し緊張する。でも、ワクワクもしている。


勇者。一体どんな奴だろうか。強いのだろうか。強いといいな。


僕は淡い期待を胸に抱き、同時に僕の気持ちの昂りを示唆するかのような、紫の雷が、ばちりと爆ぜた



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