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勇者──プロローグ

赤、あかあか

俺の記憶の中でいちばん古く、1番脳裏にこびり付いている記憶。その日の朝までいつも通りの日常があった筈の村は炎に包まれて家が、木が、人が燃えていた。

炎と、地面に倒れ伏している家族や友達から流れた血で地獄としか言い様がない光景が俺の前に広がっていた。


当時6歳だった俺と、もう1人、生まれた時からずっと一緒だった幼馴染の少女だけが、村から出るなという言いつけを破り、山の中に居たため、その惨状に巻き込まれなかった。

村の入り口で、立ち竦む俺の手を少女が強く、握りしめながら震えていたのを今でも憶えている。何も分からず、ただ村が燃えている事だけは嫌でも理解し、俺も震えていた。


燃え盛る炎の海と化した村の中を俺と少女の2人は、家族だけは無事かもしれない、そう、この惨状からではありえもしない可能性に縋って家があった筈の場所まで歩いていた。

進む途中、燃えた木の臭いと、皆の燃える悪臭と血の臭いが混ざり、気持ち悪い程強烈な臭いが村中を支配していて、何度も吐きそうになった。

そして、家があった場所に辿り着き、俺たちは首から上が無くなった無惨な死に方をしている家族の姿を見つけてしまった。


『お父さん……!お母さん……!』


何度声を掛けても、どれだけ身体を揺すっても首から上が無いのに生きている筈もなく、両親が2度と目覚めることはないんだと、人の死を理解していなかった俺でも何となく分かってしまった。

それは少女も同じようで、少女は両親の隣で泣き崩れていた。俺は、何故か涙を流す事が出来なかった。今泣いたら駄目なような気がして、ひたすら我慢していた。少女が泣き止むのを待っていた時、ふと、周りを見回しても姉の姿がない事に、当時の俺はようやく気が付いた。この時、もう少し早く気が付いていたら、結果は変わっていたのかもしれない。


『お姉ちゃんが居ない……どこに居るの……?お姉ちゃーん!無事なら返事してー!』


『……!アイ……ン……?そこに……居るの……?』


姉はあの惨状の真っ只中に居ながらも、無事だった。燃えさかる家の中から声が僅かに聞こえ、少しだけ空いた扉の隙間から金色の髪が見えていた。


『お姉ちゃん!』


『こっちに来ちゃ駄目!』


姉を見つけて近付こうとした俺に、姉は制止をかけた。俺は咄嗟に、その言葉に従ってしまった。


『もうすぐ……ここも崩れる……。こっちに来たら……アインも巻き込ま……れちゃう。アイン……よく聞きなさい……。アイン……大きくなって……私や、お父さん……たちの復讐なんて……考えないで……。アンタには、そんな事似合わない……から。強く、なりなさい……皆を、守れるぐらい……2度と、こんな事が……起きない……ように。せめて、幼馴染の……1人ぐらい……守れないと……後で殴る……からね……。それと……』


『お姉ちゃん……?どうしたの……?』


『アイン……これを……、アンタに、上げる……私の形見、として持っと……きなさい。1つしか……ないんだ、から……無くさ、ないでね……』


姉は途切れそうな声でそう言って首飾りを、家族の唯一の形見を俺に投げ渡すと、それを待っていたかのように、限界を迎えた家が崩れ落ちそこに居た筈の姉を押し潰してしまった。


『お姉ちゃん!』


姉はよく俺を叩いてきてはいたが、いつでも優しかった。叩くのも俺がイタズラをしたのを叱ってのものだった。父さんも、母さんも、厳しかったけど愛情を込めて育ててくれていたんだと、今となっては分かる。もっと皆で暮らしていたかった、けど、それはもう2度と叶えられることはない。


それからは記憶があやふやで、気が付いたら甲冑に身を包んだ人たちが燃え果てた村にやって来て、俺たちを保護してくれていた。

保護をしてくれた時に、何人も俺たちに『家族を守れなくてごめん』と繰り返し謝っていた。

後で知ったがこの時の俺たちは火で煤だらけになり、両親たちの血で身体中が血にまみれていたらしい。2人とも、何かを握りしめていて、絶対に見せようとはしなかったと、あの時に居た人が教えてくれた。



─────


「……ふぅ、こんなもんかな」


今日はあの惨状が起きた日から丁度10年、16歳になった俺は貴族しか持っていないような綺麗な鏡の前で身嗜みを整えていた。鏡に写るのは一般的に売られている質素な服に身を包んだ自分の姿。金色の髪にあの時の光景を彷彿とさせる赤い瞳、少し目つきは悪いが顔立ちは整っている方だと個人的には思う。

そして、忘れてはいけない1番大事な物。姉が遺してくれた、赤・青・黄・緑・紫・金・白の7色に輝く輝石の花が施された、首かけ型のアミュレット。世界に2つとして存在しないアミュレットを首から下げ、服の下に隠す。


あの時、姉が遺してくれた形見であり、今の俺にとって一番大事なものである。


今この世界は魔王と呼ばれている人物と王権を巡って争いを繰り広げている。俺たちの村が襲われたのは戦争が起きたまさに最初の日、あの日が戦争の始まりだった。突然起きた対立戦争に対策がある訳もなく、戦争が始まってからの10年間、種族的な優位がある魔王軍と呼ばれる者達に為す術もなく、人は領地を次々と侵略されていき、遂には王都とその周辺の町のみとなっていた。


そんな一方的に戦争に転機が訪れたのは僅か数日前、魔王軍が侵攻していた3つの町に突然現れた人物たちが居る。

それぞれ剣、弓、魔導書を手に魔族と戦った彼らは見事魔族の何体かを倒す事に成功した。それを受けて魔王軍は撤退、初の勝利となった。


この世界にはある伝承が伝わっている。その伝承曰く──


「魔王に寄って人間が屈しようとする時7人の勇者が現れ、必ずや人間を救うだろう」


と。その伝承通りなら残りの勇者は4人。まだ現れていないのか、戦わないだけなのかは知らないが、大事なのは魔王軍に勝てるかもしれないという点。この好機を逃さないよう、兵の募集をかけ始めている。

そして、16歳となった俺は戦争に参加資格を得た。誰か1人でも助けられるようにと鍛え続けた魔法を役立てる為、家族の仇をとると言った幼馴染みを少しでも助けるため、俺は残り少ない防衛線の1つであるラルードへ向かう事にした。


「うし、準備完了っと!……それじゃ、いってきます」


身支度を整え終わり10年間借りていた家を出る。恐らく2度と戻っては来ない家に別れの言葉を残しラルードへ向かう道へと進路をとる。

何が起きるかは分からない。もしかしたら簡単に死んでしまう可能性だってある。それでも、俺は──姉さんとの約束を守る為に前に進む。

それがどれだけ辛い道だと分かっていたとしても。

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