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魔王――プロローグ

 きっかけは、些細なことだった。


 スラム街に住む僕たち家族は、その日の食料を調達するため、都市部の方へと繰り出していた。


「父さん、オレが肉を盗ってくるよ!」


 スラム街とは比べものにならない賑わいと清潔感に溢れる都市に着くなり、長男のルシフェル兄さんが自信に満ちた声でそう言った。


「ルシフェルが? 大丈夫か?」


 しかし、父さんがそれを快諾することはなく、目を丸くして懐疑的な眼差しを注ぐ。

 当然だ。都市部において、物を盗むということ自体、店の店員が警戒しているので難しく、とりわけ肉なんて、およそ都市部に住む連中でも気軽に手を出せない代物を盗むことなど、至難の業なのだから。

 

 皆、それを分かっているのだろう。父さんのみならず、母さんも、他の兄弟も当惑の様子をみせ、


「やめておきなさいよ」


 長女のアスモデウス(以下、デウス)姉さんが、長い漆黒の髪を靡かせて、代弁する。


「うっせ。大体、ビビってたって仕方ねーじゃねぇか。オレはもう、ゴミ箱に入った魚なんがごめんだからな」


「うっ、確かに……」


 意気揚々と宣ったのにも拘わらず、信用してくれない家族を心外に思ったのか。ルシフェル兄さんは拗ねたように唇を尖らせ、次男のマーモン兄さんが、同調を示すかのような、うめきを洩らす。

 かくいう僕も、ルシフェル兄さんの言葉に釣られて、なにも収穫出来なかったときに、決まって食べる羽目になるゴミ箱にぶちこまれた魚を想起し、その想像を絶する臭さと不味さを思い出し、渋面を刻む。

 

「だっろー? デウスだって、嫌だろあの魚」 


「……まぁね」


「なら決まりだ。久々に肉、盗るぞ」


「じゃあ、ルシフェル兄。ボクも手伝うよ」


「お、いいねマーモン。デウスはどうする?」


「あたしは、魚を盗るよ」


「いいね、いいね。今日はパーティーだぜ」


 いつのまにやら、反対だったはずの空気がルシフェル兄さんに流される形となっていて、マーモン兄さんが乗り気で、デウス姉さんは渋々、賛同する。


 え、いいの? 思わぬ展開に、僕は父さんをみるが、父さんは止めることなく、よしと膝を叩く。


「じゃあ、肉はルシフェルとマーモン。魚はデウスと俺。ベルフェは野菜。まだちっこいベルゼとレヴィは母さんと一緒に果物を盗ってきてくれ」


 果たして、なぜ齢14と13の兄さんたちが肉を盗るのをよしとしたのか。

 まだ、6歳の僕には理解できなかったが、きっと父さんなりの考えがあるのだろう。

 そう解釈して、僕は父さんの指示に従う。


 「うっしゃ、行くぜマーモン!」


 「待って、ルシフェル兄!」


 「それじゃあ、行ってきます」


 父さんの指示を聞くや否や、六人兄弟の上三人が、一目散に街の中へと駆けていく。


 「おい! デウス! ったく、反抗期かぁ? ベルフェ、行くぞ!」


 「うん、パパ!」

 

 見る間に遠ざかっていく兄さんたちに、父さんは呆れのため息を吐きつつ、次女のベルフェゴール(以下、ベルフェ)姉さんを伴って、兄さんたちのあとを追っていく。


 あとに取り残されたのは、僕と母さん、それから末っ子で妹のレヴィ・ア・タン(以下、レヴィ)だけだった。


「それじゃ、母さんたちも行こっか」

 

 さながら、嵐の如く去っていった家族を見送って、母さんがゆったりとした調子で言う。


 僕はこの、母さんの穏やかなところが大好きだった。


 「そうだね」


 「はい! かーさま!」


 それに、僕は頷き、レヴィは舌ったらずに、どこかのお姫様を真似た口調で応じ、ゆっくりと街へと向かうのだった。


 

 

 結果からいえば、盗みは成功だった。

 

 誰も、店員に捕まることも、見咎められることもなく、無事に各自担当の食材を盗み出し、みんなこれ以上のない幸せな気持ちを胸に、帰路に就いていた。


「だっから言ったろ? オレにかかれば肉ぐらいどうってことないってよ」


「ルシフェル兄凄いぜ! ボクなんて、店主に話しかけて気を逸らすことぐらいしか…」


「なにいってんだよ! マーモン! それがなきゃ、今頃オレがこの肉みたいに火炙りにされてたぜ」


 手にした、程よく脂の乗った肉を夕日にかざし、ルシフェル兄さんとマーモン兄さんが成功の余韻に浸る。

 その後ろでは、無口ながらも自分が盗れた魚を満足そうに眺めるデウス姉さんがいて、傍らにはニコニコと微笑みながら野菜を抱えるベルフェ姉さん、ベルフェ姉さんを褒める父さんがいて。

 

 オレンジ色の夕日に照らされる、そんな家族の様子に、僕は更なる幸福感を覚える。


 たとえ、お金がなくたって。みんながいれば。切実に、そう思ったときだった。


 手を握っていた母さんの足が、止まった。


 「母さん?」


 「かあーさま?」


 自然、僕とレヴィが訝しむように呼びと、母さんのヘイゼルの瞳が西の方をみてることに気が付き、何の気なしに追う。


 するとそこには、この都市の近衛兵である二人の騎士が、ダークエルフ族の子供を殴り飛ばしていて。耳を澄ますと、子供の慟哭と、騎士二人の叫び声が聞こえた。


 「や、やめ………」

 

 「あぁ!? 聞こえねーなおい! なんで、テメエみてーなバケモンが、人間様の街に来てんだよ!」


 「とっとと死ねや!」


 「ご、ごめんなさ……」


 「だぁから! 聞こえねえーって!」


 ギャハハハ。涙をこぼし、必死に謝るダークエルフの子供のことなん無視して、近衛兵が下卑た哄笑を上げる。


 瞬間―――、


 「やめなさい!」

 

 普段、穏和な母さんから飛び出たとは思えない、凛とした制止がかけられた。


 「あ?」

 

 近衛兵は、ダークエルフ族の子供を殴る手を止め、億劫げに振り返る。そして、母さんの姿を認めると、目付きの悪い三白眼を、より鋭くさせ、


 「なんだよ、女」


 「その子が何をしたかは知らないけど、謝っているんだから、許してあげなさい」


 「は? なんで? つか、なんだよおまえ。えっらそーによぉ。……って、そのきったねー身なり、おまえスラム街の奴だろ!」


 剣呑な雰囲気を醸す近衛兵など、ものともしない母さんに、近衛兵は不機嫌気にガンを飛ばし、うるさく叫ぶ。


「ごみ溜めにいる連中が、気安く声掛けんなよ!」


 それから、そんな理不尽なことを口走る共に、近衛兵の一人が母さんを殴る。


 「母さん!」


 「かあーさま!」


 鈍い音を立てて崩れおる母さんに、慌てて僕とレヴィが駆け寄ろうとするが、もう一人の近衛兵が僕たちを蹴り飛ばすことでそれは叶わない。


 「がっ……!」


 「い、いだぁぁい」


 腹にくる衝撃と、遅れてくる痛みに、僕は目を白黒させ、レヴィは泣き叫ぶ。


 「だぁっー! うるっせぇな畜生」


 そのレヴィの泣き声が癇に障ったのか、近衛兵が舌打ちをして、レヴィに近づく――そのときだった。


 「うちの妻と娘になにをする」

 

 これ以上にない、怒りをたぎらせた父さんが、近衛兵の前へと立ちはだかった。


 「てめぇが、こいつらの旦那兼父親か。わりーな。こいつらが悪さしたから躾してんだ」


「悪さしてんのは、どっちだよクソ野郎が」


 臆面もなく嘘をつく近衛兵に、父さんは罵り、一触即発の空気が立ち込める。が、近衛兵はすぐさまおっと、といって、母さんの近くにいるもう一人に合図を出す。直後、


 バギリ、と母さんの腕の骨が折られ、母さんの悲鳴が響く。


「―――っ、リリス!」


「おっと、動くなよ。動いたら、あの女の命はねぇぞ。テメエらも動くな」


 叫ぶ父さんに、近衛兵は脅しをかけ、いつでも奴らを押さえられるよう、辺りに身を潜めていた兄さんたちにも釘を刺す。


 流石は、腐っても騎士。勘は鋭いようで、近衛兵は兄さんたちが動けないのを確認してから、母さんへと近寄る。


「さてと、女。なんで邪魔をした? このガキは人外種だ。バケモンだぜ? そんな奴をいたぶって、なにが悪い」


「人外……種だからってなん……なの? その子が子供なことには変わりないし、なにより命なのよ? 止めるに決まってる」


「いのち? あー、いのち、命ねぇ。ダハハハ。こいつには、んなもん、勿体ねーんだよ。大体よぉ、テメエらスラムの連中も同じだ。きったねーとこ住んで、くっせー服着て、人から盗ったもんを食う、ゴミクズだ。生きてる価値ねーよ。その抱えてるもんだって、盗ってきたもんなんだろ? 生憎よぉ、それはスラム対策用に毒が練り込んであるもんでさぁ。まさか喜んじゃった?」

 

ごめんねー、近衛兵はそういって、


「んじゃ、死ねよ」


底冷えする声音で無慈悲に告げて、腰にささる鞘から剣を引き抜き、


「やぁぁぁめろぉぉぉぉ!!」


 誰のかも分からない制止を振りきって、剣を母さんに突き刺した。




 時が止まった。


 そんな錯覚が生まれるほどのを間を置いて、父さんが天を穿つかのような咆哮を放ち、黒い炎が揺らめく。


 「――――ぁぁぁぁぁぁああああああアアアア!!!」


 音が消えた。世界から色が失われ、モノクロの世界に僕ひとり。紫の稲妻が駆け抜ける。


 

 気付けば、近衛兵は死んでいた。真っ赤な血を垂れながして、真っ黒な炎に焼かれて死んでいた。


 ―――父さんが、殺したんだ。


 朧気な記憶なのに、どうしてだろう、僕は直感的に悟り、血に濡れた父さんが、言う。

 

「壊そう、こんな世界。あんなに優しかった母さんが、こんなクズに殺される世界なんか、ぶっ壊そう。そして、創るんだ。母さんみたいな、優しい人が犠牲にならない世界を」


そのためには、


「人間を滅ぼす。こいつらみたいに、世界を狂わす存在を殺そう。そうすれば、きっと創れるはずだ」


そのためには、


 「俺が、王になる」


血のように赤い、燃える空を仰いで、父さん――魔王サタンはそう言った。

 

 

 

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