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「エネルゲイア×ディビエイト」スピンオフ

勇者という名は、

作者: 加藤貴敏

満員である傍聴席の人達は固唾を飲む。その訪れた静寂に、今か今かと期待を込めて。裁判長は裁判官の1人が持ってくる書類を受け取り、隣席の裁判官が傾けてみせたパソコンに目を向ける。落ち着き払った態度で小さく頷く裁判長に、傍聴席の記者達がまるで徒競走のスタートラインにでも立ったかのように浮き足立つ。

「それでは判決を言い渡します。本件の裁判官並びに裁判員全員による承認、警視庁による承認、インターネットによる100万の一般署名、そして本件の裁判長による以上3つの承認の認証をもって恩赦法第8条の2に則り、主文、被告人に対する殺人罪による刑を免除する」

すると被告人、荊木(いばらき)勇士(ゆうし)は静かに頭を下げた。すでに記者達は法廷を出ていっている。外での騒ぎようは容易に想像出来よう。外に限らず、傍聴席だって静かに沸いているし、裁判長自身もその表情に安堵を伺わせるほどだ。

「ではこれにて裁判を閉廷します」


警視庁捜査一課、特殊能力及び超能力テロ対策係。通称特テロ。最近になって急増した超能力者達への対策として作られた班で、SAT内で特テロの為に編成されたチームを直接要請出来る権限を持っている。しかし特殊部隊ですら最早手に負えない超能力者による犯罪に対し、政府は「恩赦法第8条」に新たな法律を追加した。

恩赦法は内閣がこれを行うと決定した事に、天皇が認証して行われるもの。しかし「超能力テロ」と呼ばれる傷害、殺人事件は増え続け、それに対して“英雄視される超能力者”によるテロリストへの殺人事件も増えている。英雄視される超能力者でも殺人は殺人として逮捕されるが、その事案に対しては世論による反発は激しく、終いには“超能力を使った危険な抗議テロ”まで発生する事もある。そこで政府が作ったのが「恩赦法第8条の2『民意による刑の免除』」

警視庁による承認、100万人によるネット署名があれば、内閣と天皇の介入を待たなくても最高裁が行う事が出来る。大赦や特赦ではなく、あくまで有罪を受け前科が残る、刑の免除として、英雄視される超能力者を保護するものであるが、これにより英雄視される超能力者はよりヒーローとして世間に認知される事となった。巷ではこれを勇者法とも言ったりする。


警視庁の特テロ刑事である北村(きたむら)は後輩の森阪(もりさか)と共に裁判所を後にした。そりゃ中には“にわかヒーロー”だって居る。恩赦法8の2が作られた当初は一事不再理を狙ってわざと勇者法を基にした裁判を要求する者も居たが、そこは警視庁によって“悪意の有無”が捜査され、100万人の民意だけでは安易に刑を免除出来ないようになっている。今は以前よりも勇者ブームは大分落ち着いた。ヒーローに対する世間の見方も少しずつ良くなり、そして今日もまた1人、ヒーローが誕生した。

「北村くん、最近の中じゃ荊木さんは1番ヒーローっぽいよね」

「うん」

「判決前の荊木さんの陳述、きっとマスコミが大々的に取り上げるよ」

100万人もの署名が集まるという事は、それだけでもう裁判が始まる前からファンが居るという事が分かる。そうなれば例えまた殺人で逮捕されても、十中八九勇者法が適用される。車に戻りながら北村はふと、とある事件を思い出していた。

それは1番古い“荊木案件”。荊木を逮捕して余罪を捜査し、初めて犯人が分かった「焼殺事件」。それは2ヶ月前に遡る。殺されたのはスーパーの店長で、犯行場所は被害者の通勤路の途中にあるガード下。通報を受けて警官が向かうと、そこには所々焦げてはいるが、“とても焼死体には見えない”遺体があった。検死結果は心臓が激しく焼け、消滅した事による出血死。つまり、内臓だけが焼かれた焼死体だった。後にその案件は特テロに回されたが、“例によって証拠不十分”により犯人の特定は不可能とされた。

荊木勇士の裁判の公判前、北村は森阪と共に「スーパー店長焼殺事件」の聞き込みに向かった。後任の店長の下、スーパーは平常通り営業していて、北村は通報者である店員の蒲田(かまだ)涼子(りょうこ)に警察手帳を見せて時間を取らせた。

「店長が出勤して来ないので、家に向かったんです。その途中で、遺体を見つけて」

「蒲田さんは、『炎魔大王(えんまだいおう)』を知っていますか?」

伏し目がちだった蒲田はまるで「えっ」というような素振りで北村に振り向いた。

「・・・はい」

「暗殺請け負い人として世間では炎魔大王という名で知られていた荊木勇士さんと、面識はありますか?」

「いえ、まさか炎魔大王があの荊木さんだったなんて、逮捕された時知りました」

「亡くなった塩木(しおき)さんには前科がありましたが、例えそういう人でも、炎魔大王は依頼が無いと人は殺しません。塩木さんが抱えていたトラブルとかご存知ないですか?」

明らかに暗い表情の蒲田、それに加えて何かを言おうとして止めるという迷いも見せる。

「あのぉ、もしかして、蒲田さんとの間に何かあるんですか?」

森阪の持ち前の柔らかい口調に蒲田は顔を上げる。表情や素振りで、図星なのだろうと北村は勘づくが、森阪と同じく蒲田が喋り出すのを待っていた。するとむしろそんな柔らかい2人を前に、蒲田は心を開くように観念した顔色を見せた。

「塩木には、ストーカーされてました。店でのパワハラに始まって、エスカレートしていって。でもある時、これ以上やったら警察に突き出すって言ったんです。するとストーカーはしなくなったんですけど、何日か後で、私の妹が塩木にレイプされて」

「それで、炎魔大王に依頼を?」

「・・・はい」

「警察には通報しなかったんですか?」

「しましたよ!でも・・・妹がひき逃げに遭って死んじゃって、証言する人が居なくなって、塩木が否認したらもう何も出来なくて、だから」

「そうだったんですか。何でその時に依頼の事言わなかったんですか?」

「妹の事とか、静かにしておけるならその方が良かったから。でも塩木も死んだから、少なからず、今は落ち着けてます。もういいですか?」

「最後に1つ、他に荊木さんの余罪について知りませんか?」

すると途端に蒲田は怒ったように鋭い眼差しを見せた。その一瞬で、北村は蒲田からヒーローへの依存心のようなものを見た。

「余罪って、人を助けた事が罪なんですか?」

「でも、殺人は殺人ですから」

「それじゃあ今の法律がおかしいんですよ。荊木さんに余罪はありません、だってあの人はヒーローですから!」

そう吐き捨てて蒲田は店に戻っていった。見えない厚い壁のようなものを感じていた。それは罪を咎める使命を背負った警察官としては恐らく抱いてはいけないものだろう、そう思いながらも、それでも北村は同情の眼差しで蒲田の背中を見ていた。


裁判も終えて荊木勇士が釈放され、まるで樹液に群がる虫のようにマスコミ達が騒ぎ、一般人だってスマホのレンズを向けていく情景を通り過ぎ、北村と森阪は警視庁に戻っていった。特テロはまだまだ、良い意味での寄せ集めチームというイメージが拭われておらず、チーム専用の部屋が設けられるもそこは元倉庫だった。とは言え今はお掃除もお引っ越しも終え、仲間も増えて立派な班だ。

「戻りましたぁ」

「次の勇者案件来てるよ」

帰ってきた早々、そう言った夏川(なつかわ)が指を差した方に目を向ける北村と森阪は、北村のデスクに置かれた特テロ行き案件調書に足を向かわせた。ここで言う勇者案件、それはまだ勇者法に適用されていない殺人案件。

「いやぁ聞いてよ森阪ちゃん。とんだ偽装勇者でさぁレオとかいうの。ホント自警団居なかったら死んでたよ」

「ハズレでしたねぇ」

夏川のバディ、桐山(きりやま)と森阪が世間話ばりに喋っている横で北村は案件調書に目を通す。被疑者の名前は「シグマ」、現在身元不明、刃物で心臓が刺されたような傷跡の遺体の近くにはシグマの記号が残されているのが特徴。何故特テロに回されたか、それは犯行現場が土の上にも拘わらず、被害者の周りに被疑者と思われるゲソ痕がまるで無いから。それから北村はカラースプレーで壁にシグマの記号が描かれた証拠写真を手に取る。

「荊木ってどんな奴だったの?」

パソコンで何やらカチカチしながらの桐山の質問に、森阪は荊木の余罪の事を喋り出す。


スーパー店長焼殺事件の10日後に起こっていた2つ目の焼殺事件「暴力団幹部焼殺事件」。ヒーローというものが現れ始めると、“既存”の暴力団員への襲撃事件も増え始めた。今や普通の人間は暴力団なんてやっていられない、暴力団員と言えばもうほとんどが超能力者だ。しかしそれでも、暴力団員は的になりやすい。

北村と森阪は開店前のキャバクラ店に入った。調書では被害者の暴力団員、柳生(やぎゅう)剛太郎(ごうたろう)は陰ながらそのキャバクラ店を支配していて、売り上げをせしめるのは無論、キャバクラ嬢を脅して無理矢理犯すなどの悪行にとうとう我慢出来なくなり、キャバクラ嬢の1人が炎魔大王に暴力団員の殺害を依頼したとある。受付のボーイに警察手帳を見せ、通報者であり、当時の捜査官に炎魔大王への依頼を認めたキャバクラ嬢のハルを紹介して貰うと、ハルはもう事件の事など忘れ去ったといったような態度を2人に見せていた。

「今更何ですかぁ?」

「炎魔大王こと荊木勇士さんが逮捕された事はご存知ですか?」

「そりゃあ、あれだけ報道されたし。人殺しの依頼だけなら罪に問われないんでしょ?何よ今更」

「いえ、ただ荊木さんの余罪を確認して回ってるので」

「証拠不十分なんじゃないの?」

「はい。でも状況証拠だけでも固めておかないと」

「ふーん」

「荊木さんと面識はありますか?」

「あの事件まで炎魔大王が誰かも知らなかったんだから、会えないでしょ」

「そうですか。他に荊木さんの余罪について何か知りませんか?」

するとハルは露骨に嫌そうな表情をしてみせる。その表情は初めてではないと、北村は蒲田の事を思い出した。

「悪者殺して何が罪よ」

「でも、あくまで刑の免除だけで、有罪は有罪なので」

「でも証拠不十分なんでしょ?捕まらないんだから、そもそも罪じゃないでしょ」

「まぁ・・・」

「悪者だけ死んで誰も捕まらない、だからヒーローなのよ」

例え自首しても、証拠不十分なら裁判は起こせないし、“法律上では罪として扱われない”。頭の良い超能力者は証拠不十分を狙っているが、“悪人ではない”のだから無闇に人は殺さない。だけど、確実に人は殺されている。それが、勇者案件の最も難しいところ。勇者法はそんなヒーローを炙り出せるという利点にもなっているが、そもそもそれでは、殺人を食い止める事は出来ない。


北村と森阪は岡元(おかもと)大也(ひろや)という超能力者と共に「シグマ案件」の犯行現場に居た。警察との連携を正式に認可された超能力者による自警団の1人。有事の際は無論、特テロの初動捜査時にも超能力者が同行する。これは単に守って貰うというだけではなく、円滑な情報共有の為でもある。遺体があった場所は小さな空き地で、土を踏まなければ進めない奥にあった事から、やれ殺した後で浮かせて置いたとか、被疑者が宙に浮けるとか、憶測が交錯する。

「刃物を浮かせたとかは?」

「オレみたいに?」

森阪は問いに割って入るように応えた岡元に、ハッとしたような顔を向ける。

「そういう事が出来る人は知り合いには」

「まあ単純に犯行可能ってんなら色々居るけど、そもそもやるなら前もって言うだろうし」

「そうですよね」

岡元がそう応えると北村は外れた期待を飲み込んで遠くを見渡す。透明人間でなければ防犯カメラには映る。

「そう言えば岡元さん。荊木勇士さんとは知り合いですか?」

「いや、噂の炎魔大王はオレもあの事件見るまで誰か分からなかった。ずっと1人でやってきたんだろうな。でも顔が割れたからこれからスカウト競争だ。どんな奴なんだろうな」


「暴力団幹部焼殺事件」から5日後に起こっていた焼殺事件の現場である団地の中の公園に北村達は来ていた。「高校生焼殺事件」の被害者はイジメグループのリーダーである事、中学生への殺人や強姦で逮捕された有名人である事が狙われた理由ではないかと調書にはある。無論マスコミは名前を出さないが、警察以上にその悪ガキが誰かなんて事はこの団地では知れ渡っている。

北村はとある家のインターホンを押し、出てきた主婦に警察手帳を見せる。

「突然すみません。警視庁捜査一課特テロの北村といいます。今良いですか?」

「え・・・はい。何ですか」

「荊木勇士さんの事でお伺いしたいんですけど、皆原(かいばら)晶人(あきと)さんが亡くなられた当時、荊木勇士さんを目撃してはいませんか?」

皆原に息子をイジメられていた主婦、佐久間(さくま)真子(まこ)は目を丸くするが、それは皆原という人間を思い出して嫌気を抱くと同時に終わった事件の話という落ち着きも伺わせた。

「皆原が死んだのって夜中ですよね?そんな時に外になんて出ないので 」

「噂とかでも、何か聞いてませんか?」

「私は聞いてませんけど、向かいの3号棟の503の小松(こまつ)さんなら知ってるかも知れません、長男の武真(むま)くん、バイトが終わって家に戻るのが夜中の1時ぐらいだって聞いた事あるので」

皆原に次男を殺された小松宅のインターホンを北村は押し、出てきた主婦、奏美(かなみ)に警察手帳を見せると、奏美は2人を家に招き入れ、そして出されたお茶を2人はズズッと一口啜った。それから学校から帰ってきて部屋に居た武真が2人の下にやって来る。

「見たよ?バイト帰りに。でも皆原を殺した瞬間は見てないけど。死体があったっていう公衆トイレの方から歩いてくる炎魔大王と擦れ違った」

「その時はやっぱり、炎魔大王が荊木勇士さんで、犯行の後だって知らなかったんだよね?」

「うん。でも、見かけない感じだったし、それに・・・」

3人の眼差しを見渡し、口ごもる武真だがだからといってそれは戸惑いだけであり、北村と森阪はとある1つの小さな予想を過らせながら静かに武真を見つめる。

「オレが、炎魔大王に依頼したから、もしかしたらそうかもと思って、話しかけたんだ」

「話したの !?その当時に」

「うん」

「じゃあ炎魔大王が荊木さんだって知ってたんだね?」

「うん」

「その時はどんな話をしたの?」

それから武真は語り出した。いつものバイト帰り、街灯しか明かりのない時間帯、武真は前方からこちらの方へと歩いてくる1人の誰かを目に留めた。それは、炎魔大王に依頼してから3日後の事だった。

「炎魔大王?・・・ですか」

近付いて武真は初めてその人が男だと分かったが、暗闇の黒がそのまま重たさを感じさせるその沈黙は、駆け上がるような悪寒を走らせた。

「悪いけど、内緒にしてて貰えないかな?有名になりたくてやってる訳じゃないから」

全く想像もしてなかった柔らかい物腰は逆にまた沈黙を呼んだが、武真はそれからすぐ、頭を下げた。目の前に居るのは、弟を殺したクズを殺してくれた、ヒーローなのだ。

「ありがとうございました」

「・・・うん、でも僕は、僕に出来る事をしただけだから」

それから武真はその日の会話はそれだけだったと続けた。

「実は、炎魔大王に依頼したの、1回だけじゃないんだよね」

「その日以降の炎魔大王の案件は水道橋でのものと、暴走族のリーダーに関するものだけど」

「その、神田川の方」

「武真くんは、神田川の事件に関係してるの?」

「ううん、まぁ話した事ないクラスの女子も被害にあったし、危ないって思って」

水道橋付近での神田川沿いにて発生した「無差別殺傷事件」。犯人は超能力者である大学生、五味(ごみ)竜司(たつし)。そんな事件を知り、武真は炎魔大王に依頼し、そして五味をマークしていた。匿名で自ら五味に手紙を送り、五味が起こした事件の現場に呼び出して。

「どこだよ、くそ」

夜も更けた頃、自ら起こした事件現場に立ち、呟く五味。そんな五味を、武真は物陰に隠れて眺めていた。そこに荊木勇士がやって来ると、五味は“近付いてきた待ち合わせ人と思われる者”に気が付き、歩み寄る。

「さっさと金よこせよ、逃がしてくれんだろ?・・・・・・あぐぅっ!」

まるで発作でも起きたように見開いた目を血走らせ、呻き声を洩らす五味は苦しみながら自身の胸を強く握り締め、そしてその場に倒れ込んだ。その光景は夜空に押し潰され、とても静かなものだった。

「ねぇ、どうやったの?後ろ姿で分かんなかった」

「ただ念じるだけだよ」

荊木勇士は自分と同い年だったと分かり、それから武真は荊木と一緒にファストフード店でコーヒーを飲んでいた。“ヒーロー”は何も筋肉ムキムキな大男でも、ましてや大人でもなく、普通の高校生でしかも雰囲気だって全然怖くない。

「何で有名になりたくないの?」

「だってマスコミとか家に来るんだよ?」

「あそっか」

「悪い奴が人知れず居なくなればそれでいいでしょ」

「そうだね。何で依頼しないと動かないの?」

「そうじゃなきゃテロリストと同じじゃない?」

「そっかぁ」

「僕はあくまで、敵討ちを代わってあげたいって思ってやってるだけだから」


武真から聞いたそんな話を岡元にもしながら、北村と森阪達は防犯カメラに映っていた「シグマ案件」の犯人の歩く姿が最後に確認出来た住宅街を歩いていた。その先頭を進む警察犬のマックスはとあるアパートの敷地に入り、やがてとある一室の前で腰を落とすと、北村とアイコンタクトを交わした岡元が立ち代わり、そのドアを叩いた。

「警視庁から来た特テロだ。開けてくれ」

しかし岡元の呼びかけに反応はなく、落胆の沈黙が流れたものの、その時突如マックスが吠えた。その体がビクつくほどの緊迫にとっさに顔を向けると、そこにはアパートの敷地に入ってきた、こちらの方を見て固まっている男性の姿があった。“一目散に逃げる事はせず”に困惑したように固まっている男性との間に妙な沈黙が流れるが、再びマックスが吠えたところで男性は後退りする。

「ちょっと待て」

北村は首を傾げた。警察と、それに協力している事を示す腕章を着けた超能力者が居る中、超能力者に歩み寄られても男性は走り出す事はしない。

「あの、岡元大也さん、ですよね?」

「え」

「俺、ファンなんです」

「・・・そうか。あんた、そこの家のもんだろ?」

「そう、ですけど」

岡元は振り返り、北村と目を合わせる。まるでボディーガードが本題を話すのを促すように。

「101号室の氷室(ひむろ)さんですか?」

「・・・はい」

「ここから300メートルほど行った所にある、国道の方に向かう途中にある空き地で起きた殺人事件の現場から、警察犬を使って臭いを追いました。氷室さんが、殺人現場に居た事、間違いないですね?」

何やら岡元を気にしながらではあるが、氷室はそれでも“犯罪者らしい悪態”を伺わせない大人しい頷きをしてみせた。

「・・・という事は、氷室さんが、被害者を殺したという事ですか?」

「はい。だってあの人、3年前アキバで銀行強盗した奴だったから」

「一先ず、警視庁までご同行して下さい」

それから警視庁の取り調べ室の中で、椅子に座った氷室は捜査一課の刑事と向かい合った。捜査一課の刑事に質問され、氷室は名前、住所、殺人行為の確認を応えていくが、北村と森阪は取り調べ室には居るもののまるで見学者のように立ち尽くしている。そもそも特テロは超能力者による事件に対して捜査から犯人の逮捕までを行う係で、その後は各課に引き渡すのが通例となっているから。

「超能力者か?」

「いえ、違います」

「どうやって足跡を残さなかった」

「靴底を、シリコンでカバーしました」

「他に余罪は?」

「ありません」

「動機は何だ」

「憧れてたので、炎魔大王に」

筋肉質なベテラン刑事は溜め息と共に肩の力を抜き、その超能力でもない1人の若者を呆れたような眼差しで見つめる。ヒーローに憧れて、そんな理由は最早珍しくない。まだいいのは、そんな人達は少なからず“悪者退治”をしようとしているところだ。

「炎魔大王である荊木と、面識は?」

「ありません、でも会わなくたって、周りがファンばっかりだから、自然と俺も、そんな感じに」

窓の向こうからサイレンが聞こえてきて、北村と森阪は窓の下を見た。何やら厳かな雰囲気に他の刑事も気だけは向ける中、北村達が警視庁を出ると、真っ先に目に留めたのはSAT隊員によって警察車両から運ばれてくるブルーシートを掛けられた遺体だった。追いかけてきたマスコミもカメラを向けてくる中、パトカーから出てきた特テロの係長、須藤(すどう)とそのバディの蔵部(くらべ)に北村達は歩み寄る。

「先輩、あの遺体は」

「犯人だ」

「でも先輩の抱えてた案件って複数犯じゃ」

「複数犯に見せかけていただけだった。異なる能力を複数持っていたんだ」

「SATだけで制圧したんですか?」

「いや」

須藤の振り返った先に北村も目を向けると、その先にはマスコミの相手をしている超能力者の杉原(すぎはら)橙治(とうじ)が居た。

「杉原さん」

「いやいやあ、また有名になっちゃったなぁ。北村刑事、抱えてる案件で助っ人欲しいなら手伝うよ?ちょうど暇だから」

「今は大丈夫です。さっき岡元さんと勇者案件のホシを挙げたので」

「何だぁ大也さんかぁ。その案件ってどんな奴?無名の能力者ならスカウト出来る」

「それが能力者じゃなかったんです。炎魔大王のファンだっていう人で」

「おぉ、レアなパターンだなそれはまた。憧れかぁ、まぁ炎魔大王はちゃんとしたヒーローだしなぁ、そういうの出てきても不思議じゃないかぁ」

「もう荊木さんのスカウトには動き出してるんですか?」

「そりゃあそうさ。あの『ブルーボマー』を殺ったヒーローだからな、競争率は高いだろう」

荊木勇士による4つ目の焼殺事件「被疑者焼殺事件」から3日後、とある超能力者テロリストの存在が世間に知れ渡った。その名は「ブルーボマー」。


警察と超能力者が駆けつけた時にはすでに、惨劇だった。東京大学の敷地内で起きた突然のテロ。木や看板、人間さえも、辺り一面焼け焦げていて、そこには1人の男の笑い声が響いていた。有無を言わさず男は突然“青い星”を警察、そしてやじ馬にばら撒いた。危険を察知はしても逃げ切れなかった数人はソフトボールほどの青い星の爆発に巻き込まれていく。死の恐怖という名の、線香花火のような青い光熱が悲鳴を轟かせ、そこらじゅうを焦がしていく。

超能力者、木崎(きざき)は否応なしに転がってきた人の腕を目に留めた。悲鳴さえ上げられず、震えている腕の無い女子大生を通り過ぎ、木崎は全身をオレンジ色の光で飾った。走り出す木崎に青い星が襲いかかり、爆音と共に舞い散る青い光熱が木崎を覆い隠すが、オレンジ色の突風が吹くと青い光熱は熱波となって周囲に消え行き、木崎は無傷をテロリストに見せつけた。その瞬間にSAT隊員の1人がライフルを撃ち放つが、テロリストはまるで“左胸を突き押されただけかのように”足を踏ん張り、反射的に青い星を投げ返した。

「やめろ!」

そんな怒鳴り声が上がり、木崎の放ったオレンジ色の光がテロリストに向かって吹雪の如く降りかかるが、警察官達はオレンジの吹雪から飛び抜けた一筋の青い光を見ていた。それは、木崎の胸を貫いていた。そして誰もが何を言う前に、木崎は爆発した。テロリストは笑い声を上げたが、気が付くとすでに誰もがテロリストの姿を見失っていた。

ブルーボマーのニュースが街頭ビジョンのどこかしこに流れている。怪しい人を見かけたら110番と共に超能力者テロリスト達の手配写真の看板は街に馴染み過ぎて最早インテリアだ。東京大学でのテロから3日、まだブルーボマーは姿を現していない。

「炎魔大王って、仲間居たんだね」

「情報収集担当だから戦わないけどね、木村(きむら)さんだよ。僕の友達の武真」

ネットカフェの完全個室にて、武真は木村という女性に会釈した。大学生くらいの見た目、見るからにここに住んでそうな生活感と、お世辞にもシャキッとしていないような清潔感の無さは、少なからず近寄りがたさを感じずにはいられない。

「友達連れてくるのは良いけど、私の事、言いふらすなよ?」

「あ、はい。能力者なんですか?」

「そうだよ?あんたは?」

「違います。でも、なれるなら、なりたいです」

「武真は、僕が殺した奴に弟を殺されてるんだ」

「あー。じゃあ鉱石欲しいんだぁ」

「え!?持ってるんですか?」

「今は無いよ?知り合いに頼めばすぐ取り寄せられるけど」

「そうなんですか!?」

「でもその弟を殺した奴は死んだんでしょ?なら力を求める理由なんてないじゃない」

「それは・・・」

「まさかこれ以上自分みたいな被害者が出ないようにとか?」

「・・・はい」

しかし木村はまるで小バカにするようにニヤけ顔で目を逸らし、パソコンの画面をタッチ操作で遊んでいく。

「木村さん、ブルーボマーの居場所掴めた?」

「いやぁ全然。その前にさ、5人目の標的、片付けちゃってよ」

「うん」

「炎魔大王への依頼サイトって、木村さんがやってたんですか」

「まあねー。あ、そうだ勇士、炎魔大王、2人にしてみる?」

「え!?」

武真と荊木が同時に声を上げるが、木村は変わらずニヤけ顔で、戸惑う2人を何やら楽しそうに見つめる。

「どんな作戦?」

「まさかここにきて、炎魔大王が2人居るなんて誰も思わないでしょ?そうなったら手強い相手でも倒せるようになるし」

「手分けすれば沢山悪い奴が殺せるって事ですか?」

「何言ってんのよそういうのを浅知恵っていうの。2人居るからこその影武者でしょ?」

「・・・影武者?ですか」

「武真、木村さんは炎魔大王の作戦係だから。言う通りにしてればいいから」

「そうなんだ」

「そういう事ぉー」

後日、人気の無い深夜、武真は路地でたむろしている柄の悪い人達を見据え、歩いていた。柄の悪い人達は当然、仲間でもない1人の男に目を向けていく。パーカーのフードを深く被ったその怪しい男を前に、ふと1人の悪漢が立ち上がった。

「お前、もしかして――」

その悪漢は半笑いで口を開き、他の目はその悪漢に対して各々心当たりを伺わせる。

「――炎魔大王か?」

「あ?」

「何だぁ!?」

すぐさまゾロゾロと、炎魔大王のターゲットであるその悪漢よりも前に出てくる男達を前にしても、武真は口を開かず“その怪しい存在”を見せびらかす中、その悪漢は敵意やら闘志やらを燃やすように悪どい笑い声を吹かした。

「上等だクソ・・・返り討ちし――」

武真は倒れている男達を前にして、木村の言葉を思い出していた。

「もし、目の前に居る人とは関係ないところから攻撃が出来たら楽勝じゃない?」

武真は静かに、まるで死神のようにスーッとその場を後にする。そして翌朝、武真は自宅で“暴走族のリーダーである男が死亡した超能力殺人のニュース”を観ていた。アナウンサーは、暴走族のリーダー以外の4人は全身火傷だが命に別状はなく、死んだリーダーは炎魔大王の殺人方法と一致していると報道している。

「じゃ行ってくる」

「行ってらっしゃい。ほら武真、早く食べちゃってよ」

「・・・うん」


「シグマ案件」の犯人も無事に逮捕出来、北村は須藤達と共に特テロの部屋に帰還すると、そこには夏川と桐山の他に庶務の女性が居て、その女性はフレンドリーな桐山と笑い合っていた。

「あ、須藤係長、案件調書、置いときましたからね?」

「あぁ」

須藤と擦れ違い様に出ていく庶務の女性から、北村は案件調書を手に取る須藤に目線を移し、腰に来るねぇと微笑むのが癖の蔵部を横目にしながら差し出された案件調書を受け取る。

「北村くん、勇者案件?」

「ううん、今回はテロ案件みたい」

「そっかぁ。須藤さんの方は勇者案件?」

「いや、こっちもテロだ。そっちの進捗はどうなんですか」

案件調書を見ながら、北村は須藤の目線をふと追い、須藤にフラットな表情を見せる夏川を見る。

「組員の特定は済んでるから、後は作戦を固める詰めの段階だな」

「単独テロリストよりもテロ組織の方が危ないですからねぇ」

そう呟いた森阪に、桐山は何やらからかうような微笑みを見せる。

「森阪ちゃん今度の制圧作戦来る?」

「えぇっ何でそうなるんですかぁ。もう私、組織対策は懲り懲りなんですからぁ」

「北村、炎魔大王のまとめ調書書いた?」

「あ、はい。これです」

北村が炎魔大王に関しての調書を夏川に差し出すと、調書をパラパラと目を通し、普段から表情を須藤のように張り詰めたり森阪のように柔らかくしたりする事のない夏川はこれまたフラットな顔色で小さく頷いた。

「5つ目の案件、前の4つとは違うんだな」

「そうなんですよ」


北村と森阪は荊木勇士による5つ目の焼殺事件「暴走族リーダー焼殺事件」で殺された麻生川(あそかわ)羅雄(らお)の、手下だった者達の1人が入院している病室に居た。炎魔大王からの襲撃に遭って未だに入院している、それほどのダメージなのだろう。

「まるで爆発したみたいにいきなり火柱が上がって気付いたら羅雄さんだけが死んでたという調書に間違いはありますか?」

「ねぇよ。ったくあのクソガキ」

「あの時はまだ、炎魔大王が荊木勇士さんだとは知らなかったんですよね?」

「あぁ」

2人の刑事は顔を見合わせる。証拠は無いが、今まで炎魔大王は殺人以外の法律に触れるような事はしてなかった。たまたま殺人以外の犯罪を犯してなかっただけなのかは分からないが。余罪確認を終えて北村達は病院を後にし、車に戻る。

「事実確認終わったからもう調書作って終わり?」

「最後に荊木さん本人にも確認しないと終わったとは言えないよ」

「でも証拠不十分だし、自供してもしなくてもいいんじゃしないんじゃないの?」

「そうかなぁ。でも行くだけ行ってみよ、荊木さんの自宅」

荊木勇士が住む一軒家の前にはやはり記者達が、いつでも公判の際の被告人の出頭で荊木が外に出てくるのを撮れるようにと待ち構えていた。インターホンを押すと、スピーカーからは荊木勇士の母親が応対してきて、警察と言うと家に招いてくれたものの、そのスピーカーから聞こえる声はとても“いつものように客を応対するような声色”ではなかった。玄関先に荊木勇士の母親、沙耶(さや)が全体的に疲労したような態度でやって来て、2人はそれからダイニングに案内されると、そこには荊木勇士も姿を現した。親子2人に刑事2人、そこには重々しい気まずさが流れていく。

「今日は事実確認で来ました。勿論黙秘出来ますので。では最初は」

「あの」

「はい」

「最初はって、テロリストを殺した以外に、まだ何かやってるんですか?」

「まぁ、一応状況証拠は揃ってますが、勇士さん本人が否認すれば証拠不十分で立件は出来ません。それに認めたとしても、自供だけでは裁判は起こせないので、これも証拠不十分で罪としては扱われません」

「罪としては扱われませんって・・・」

「不起訴になって法律で裁けなくても、自供したとなれば、やはり、殺人は殺人なので」

沙耶は青ざめた顔で勇士を見るが、それとは裏腹に勇士は深刻そうではあるが不良のような悪態は微塵も見せず、かといって良心の呵責に苛まれるような“罪人面”でもない、まるで罪と分かってても犯人を射殺した軍人のような眼差しをしていた。

「勇士・・・他に殺人なんて、嘘でしょ?」

「刑事さん、どこまで調べたの?5つ全部調べたの?」

「え、5つって・・・」

「うん」

「別に僕は、全部の事件を否認するつもりはないよ」

「じゃあ、スーパーの店長の塩木、暴力団幹部の柳生、高校生の皆原、大学生の五味、暴走族リーダーの麻生川、5人の殺害は認めるんだね?」

すると荊木勇士は頷き、沙耶は目を見開き、口を押さえた。

「5人も、殺したなんて・・・勇士」

「だって、否認したら、被害者達が浮かばれないから」

「勇士さんが殺した5人がやった犯罪による被害者、だね?」

「うん」

「1つ気になる事があるんだけど、5つ目の事件、前の4つとはちょっと違うよね?前の4つの被害者は1人ずつなのに、5つ目は負傷者を出してる。あれはどうして?」

「暴走族だから、全体的にやろうと思って、でもあくまでターゲットはリーダーだから、周りは殺さずに、警告っていう風にすればいいって」

その一瞬、荊木勇士はほんの少しだけハッとしたような素振りを見せ、北村はその一瞬を目に留める。

「炎魔大王って、勇士さんだけじゃないの?」

「でも、実行犯は全部僕だから」

「他のメンバー、教えてくれる?」

「え・・・・・・捕まえるの?」

「仲間が居るとなると、組織として認識して調書を作らないといけなくて、そうなると協力者は共犯者って事になるから」

「でも、そもそも証拠不十分なんでしょ?」

「いや、そこは個別の罪として捜査されるよ」

「じゃあ・・・黙秘する」

「・・・そっか」

刑事2人が家を出ていった後、荊木勇士はふとテレビを見る。高校生だから名前は出ないが、今まで誰か分からなかった炎魔大王が逮捕され、その正体が高校生だと明らかになった、そんな事が特集されていた。そんなテレビを見ながら、荊木勇士は木村と武真にも捜査の手が及んでしまう事を不安に思っていた。“あれから”武真も、“炎魔大王になっていた”から。


ブルーボマーによる「東京大学襲撃事件」から数日後、武真は荊木勇士と共にショッピングモールを歩いていた。流石土曜日だけに人は多いが、武真も荊木勇士も、その眼差しは“買い物客のもの”ではない。

「武真、リラックスはしないと逆に怪しまれるから」

「うん。でも、木村さんがここにブルーボマーが出るなんて言うし、ていうか勇士は何でそんなにリラックスしてられるの?」

すると荊木勇士は自慢げに微笑む。

「ベテランだからね」

「うはっ。ブルーボマーって顔はバレてるし、出たらすぐ雰囲気的に分かるよね?」

「でもああいう系はいきなり襲うから、気づいた時には何人か死んじゃってるかも」

「んー、敵の居場所とか、そういう事分かる能力者でも居ればいいのに」

「でもまぁ、ほとんどの人は、何とかなるから」

どこかはぐらかすようなそんな言葉を返してきた荊木勇士に、武真が目を丸くした時、遠くから悲鳴のようなものが聞こえ、それは瞬時に見えない空気を逆撫でした。すぐに荊木勇士は小走りして、武真もそれに続いていくと、向こうからは沢山の人達がこちらの方に逃げてきた。しかし2人が倒れている数人の下に来た時にはすでにテロリストらしい人の姿は見えなくなっていて、忙しなく辺りを見渡していた武真はその時ふと、倒れている子供に必死に呼び掛けている、血だらけの女性の傍に居る荊木勇士を目に留めた。親と思われるその女性は頭から流れる血で顔を汚し、焼けた服から赤い腕を晒し、気絶している女性の息子だと思われるその子供はうなじから腰に掛けて、焼けた服から赤々と焦げた皮膚を剥き出していたが、武真は“それ”を見て、呆然としていた。

「りゅうちゃん!」

真っ先に感じたのは“暖かさ”だった。荊木勇士と、その親子、更には他にも焦げたりして倒れたりしている数人を含め、その場は突如“暖色”に包まれ、そして怪我人の体に透けた炎が灯された。子供が燃えだし、更には自分の怪我した部分も燃えだしたその女性は血相を変え、子供にそう呼び掛けるが同時に、“怪我は焼失していった”。武真はただ、暖色が消え失せた後の、怪我人の居なくなったそのふとした静寂を眺めていた。服が焼けてはいるが、怪我も無く意識を取り戻した子供を抱き締め、女性は泣き顔で荊木勇士を見上げた。

「ありがとうございます!」

周りのやじ馬達はざわついている中、武真は颯爽と、何となく逃げるようにその場を後にしていく荊木勇士を追い掛けた。

「持ってる力、1つじゃなかったんだね」

「武真もそうした方がいいよ。その方が、よりネット署名が集まりやすいからね」

「え、その為?」

「いやいや、そういう効果もあるよって事。それにどうせなら別々の力じゃなくて、融合させた方がイメージもまとまるし」

「なるほど。ブルーボマー、どこ行ったかな」

「東大の時はもっと派手だったし、こんな程度でやめるとは思えないし、きっとどこかには居るはず」

しばらくして駐車場に出てきた武真達だが、すでにテロという緊迫感は薄れていて、2人はやじ馬に紛れてパトカーやら少し破壊された店を確認していく警察官を眺めていく。

「勇士、現れなかったね、ブルーボマー」

「うん、引き際とか、そういう事考える奴だったのかな」

武真達が木村の“拠点”に戻ってくると、木村は何やら楽しそうにパソコンを見せびらかしてきて、画面には炎魔大王の依頼サイトではないサイトが開かれていたが、その掲示板では炎魔大王に期待を寄せる書き込みが多く残されていた。

「ブルーボマーを殺ってくれって書き込み、結構増えてるんだよねぇ。これならブルーボマー殺してもネット署名は心配なさそうだよ」

「でも、指定自警団の人達だってきっとブルーボマー捜してるよね?」

「指定自警団って?」

「警察に認可された能力者チームだよ」

「へー。え、ここもそうすればいいのに」

武真のそんな言葉に荊木勇士は木村に顔を向け、木村はウキウキして同意するようなものでも、否定的なものでもない、しかしどこか落ち着かない表情を伺わせる。

「考えてはないけど。でも有名になったら何かと面倒だし、必殺仕事人的な感じでもいいかなってさぁ。それに自警団になると、例え悪人相手でも警察に黙って殺せなくなるから」

「そうなんですかぁ」


テロ案件調書に書かれていた事件現場、国立代々木競技場第二体育館沿いの大通りに、北村と森阪は岡元と共に居た。調書では被疑者は“その場を水浸しにして人々を手当たり次第に濡らし”、計42人を負傷させ、1人を殺害したとある。それからその通りにある売店で働く年配の女性に、北村達は警察手帳を見せた。

「突然すみません警視庁捜査一課特テロの北村です」

「特テロ?」

「超能力テロ担当という事です。先日の『水のテロ』での事で来ました」

「ああ、はいはい」

「先ず調書の確認なんですけど、騒ぎが聞こえてきて、見たら雨でもないのにずぶ濡れの人達が逃げてきたという証言でお間違いないですか?」

「そうそう、そしたらもう、まるで配水管でも破裂したんじゃないかっていうぐらいに大勢がずぶ濡れで」

「犯人は代々木公園の方に逃げたんですよね?」

「そうだよ?」

「それっきり犯人見てないですか?」

「あたしは見てないよ」

「他に気になる事とか、ありませんか?」

「いやぁ、あそう言えば昨日小耳に挟んだんだけど、その犯人、代々木公園で見掛けたって、お客さんが言ってた」

「それはいつ頃ですか」

「えっと、昼過ぎかな」

テロとは言え、ただ水を掛けられただけで、唯一の殺害された被害者も死因は転んで頭を打って気絶した上で水を飲んだ事による溺死で、罪状は過失致死に近いものとなる為か、あれからもうそれほど水のテロに対する恐怖や緊迫感は無い、そう思いながら北村は代々木公園に足を踏み入れていく。

「岡元さん、荊木さんはスカウトに応じたんですか?」

「いや、仲間内だけで必殺仕事人みたいにやりたいんだと」

「そうですか」

「だから指定自警団も基本的には考えてないってさ」

「それって荊木さん本人が言ったんですか?」

「あー、いや?荊木はただの実行者で、そもそも炎魔大王ってのは作戦参謀と実行者が別に居るチーム名なんだとよ」

「公判前、荊木さんに会ったんですけど、仲間の事は黙秘しました。岡元さんは荊木さんから警察には仲間の事言わないで欲しいとか言われました?」

岡元は一瞬だけ、ふと何かを思い巡らすように目線を流していったが、その素振りは何も警察への不信や反骨心でもなく、かといって炎魔大王を擁護しようといった感情を伺わせるものでもない。

「言われてはないが、そうなら行くってか?」

「やっぱり、組織リストとして調書作らないとなので」

「まぁ・・・いいか。じゃあこっちからアポ取ってやるよ」

「ありがとうございます」

「もう実際有名になっちゃったけど、それでも目立ちたくないって、荊木くんってやっぱりいいヒーローになれるかもね」

場を和ますような森阪の言葉に、北村は岡元と顔を見合わせながら“炎魔大王の最大の案件”を思い出していた。それは“いいヒーロー”という言葉を考えさせられる案件。


ブルーボマーの行動は予測出来ない、そんな噂が能力者や警察の間で広まっている中での渋谷のスクランブル交差点で突如上がった“青い火柱”に、能力者や警察はいつもより緊張を感じているように“消えない火柱”を囲っていく。やじ馬の中には武真と荊木勇士も居て、静寂を突くように、凡そ30メートルほど燃え上がる火柱が突如先端から細かい“青い星”を噴火させて周囲の全てを襲うと、そこは一瞬にして悲鳴と熱気が充満する地獄と化した。傷を治す能力者達は忙しなく動き回り、攻撃出来る能力者達が青い火柱に向かっていくが力及ばず、やがて岡元が前に出るとやじ馬達から歓喜が沸き、武真は岡元の背中に宿る“希望”を垣間見た。しかし火柱と岡元が向かい合うその緊迫感が大衆の目を引いた直後、火柱は再び噴火した。先程よりも広範囲に渡る青い星は岡元のすぐ横も通り過ぎ、その光熱は希望を削ぐほどの“どうしようもない惨劇”を沸き立たせていく。

「炎魔大王ォォ!!」

青い火柱から聞こえた叫び声に、その場のほとんどが顔を向けていく。

「出てこい!炎魔大王!」

その直後、火柱はまるで怒りを表すように青い星を噴火させ、光熱が大衆を襲う中、その場にはちらほらと炎魔大王という声が上がり出した。警察の応援が駆けつけ、やじ馬と火柱とが更に離されるも、噴火した青い星は無情に人々へその手を伸ばしていく。武真が荊木勇士を見ると、顔を見合わせてきた荊木勇士は何か意を決したような重々しさを伺わせた。

「麻生川をやった仕返しだ!出てこい!」

「・・・勇士、麻生川って、あの暴走族のだっけ?」

「うん」

「麻生川とブルーボマー、知り合いだったのか。どうする、行く?」

「でも、出ていったら顔バレるし」

人々のざわめきがまた少し違うものになったのをふと感じて武真達が火柱を見ると、それは少しずつ風船のように膨らんでいっていて、その沈黙がそのまま大きくなる恐怖を体現するような緊迫感の中、1人の男性が颯爽とやじ馬を飛び越えてきたものの、その瞬間にどこからか放たれた一筋の閃光が男性を襲った。

「杉原!」

撃ち落とされ転がるが、そのまま起き上がった杉原に岡元が駆け寄る。

「ブルーボマーだけじゃない!どっかに居るはずだよ」

「くそ、今にも破裂しそうだってのに」

岡元と同じようにその場の数人もとあるビルの屋上に目を留めたところで、数人と同じように岡元はビルの屋上に立つ不審そうな人影に指を差した。

「あれかも知れねぇ、杉原行ってくれ」

「あぁ」

赤い光の羽を生やした杉原が空を飛んでいったところで、武真は丸々と膨れ上がった火柱に亀裂が走るのを見た。とっさに武真は“イメージ”した。直後、大衆は悲鳴に呑まれた。

「くそぉおおっ!」

“一瞬”止まった爆風に反応して岡元が両手を突き出すと、青々と暴れる爆風は透明な壁に囲まれるようにその勢いが殺され、大衆に歓喜が沸くが直後、岡元は一筋の閃光に突き飛ばされた。大衆の脳裏を絶望が支配したその時、青々とした大爆風は赤い炎の壁に遮られた。諦めと共に群れる魚のように散り広がる大衆から、両手を突き出す荊木勇士が浮き彫りになると、大爆風を止めるただ1人の高校生ほどの少年に、人々はある言葉を呟いた。

「・・・・・・炎魔大王?」

そんな人々のざわめきになのか、青い火柱は途端に火力を弱め、そしてフッと火柱が消えたそこからはブルーボマーである男が現れた。すると直後、まるでブルーボマーと荊木勇士だけを囲い込むように、炎の円がうっすらと青く灯った。

「ヒーローごっこは終わりだクソガキぃ!」

青い星が荊木勇士を襲うが、赤い炎が壁となると青い光熱は風と風とがぶつかり合うように崩れ、薄れて消えていった。

「ごっこじゃない!僕はヒーローだ!」

ブルーボマーの表情を体現するように立て続けに青い星は放たれていき、まるで闘技場かのように2人を囲む青い炎の円の外では大衆と共に武真も炎魔大王を見守っていく中、青い星や槍状の光は尽く“赤に呑まれて”いき、大衆はその度歓声を上げていく。

「ただの自己満足だろ?どうせ人を助ける為にヒーローになりたい訳じゃねえんだろ?」

「そんな事ない!」

「殺人は殺人なんだよ!ヒーローぶってんな」

「麻生川だって犯罪者だろ!お前だって人殺しじゃないか」

「・・・チッ。黙れよクソが」

「勇者は守る人じゃない。勇者は、罪を背負っても人の為に戦う人の事だから」

「ハッ・・・ご託並べても、ここで死ねばカスだからな!」

直後にブルーボマーは素早く横に手を突き出して大衆の方へと青い星をばら撒き、荊木勇士は反射的にその方へと目線を向けていくが、武真はただ真っ直ぐ、その隙を突いて駆け出すブルーボマーを目に留めていた。とっさに、武真はイメージした。直後、ブルーボマーは自身の胸を掴んだ。

「なっ!・・・」

大衆に撒かれた青い星は岡元によって止められていて、行けと岡元が叫び、そして荊木勇士が手を突き出すと、ブルーボマーは赤々と燃え上がる炎に焼かれ始めた。大衆に歓喜が沸き、苦しそうにもがきながら、人の火だるまが転がっていく。

それから動かなくなったのを確認して荊木勇士は炎を消し、しっかりと顔は分かる焼死体を前にする中、そこに刑事達と武装警官達が近寄ってきた。たった今人を殺した超能力者である荊木勇士が顔を向けると、警察官達は緊張したように身構えながらも、犯罪者に対する時のような毅然とした態度を見せつけていく。

「君が、炎魔大王だな?」

須藤の問いに、荊木勇士は静かに頷き、これから逮捕されるそんな姿を、武真は大衆に紛れて見つめる。

「抗えば直ちに発砲する。殺人の現行犯を認めるな?」

「・・・はい」

大衆の目という名の携帯電話のレンズたちは荊木勇士に1人歩み寄り、手錠を掛ける須藤を捉えていく。そして大人しく須藤に連れていかれ、パトカーに乗せられてその場から去っていく荊木勇士を、武真は呆然と見送っていた。

ヒーローはただ悪者を倒して終わりではない。逮捕の次は、裁判がある。後日、マスコミはニュースを流した。炎魔大王こと荊木勇士は逮捕直後、取調室で「勇者法裁判」を要求したと。勇者法裁判が要求された際、一事不再理狙いだけの“偽善者”を生まない為、警察が最初の関門となる。検察官に送致する前に性格や態度、言動や情状から交友関係までを考慮し、本当に悪人ではないと判断された場合にのみようやく送致される。送致されるとまた更に検察官によって被疑者の人柄などが考慮され、2重の熟考により勇者法に適用されるべきかを判断され、起訴に至る。裁判形式は原則即決裁判となり、公判期日前の3日間のみ、ネット署名を受け付け、被告人は公判まで自宅待機となる。ネット署名が受け付けられる日になると再びマスコミが沸くのは言わずもがなだろう。


代々木公園のキレイな池沿いをゆっくりと歩いていた時、北村はふと池の一点を見下ろす岡元に目を留めた。子供らしく池に魅了されるような雰囲気ではなく、かといって思い詰めるような感じでもない、それはどこか、獲物に狙いを定めた獣が見せる“一瞬”かのようだった。そんな時、岡元は池に指を差した。しかし誰が何をする間もなく、“池が突き上がった”。水が落ちる音に北村と森阪の“迷惑そうな声”は潰されたが、岡元の冷静な怒鳴り声が掛けられると池は鎮まり、スライムのように池から出てきた水の塊は男となった。

「やだぁ、びしょびしょだよ、もー」

「岡元さん厳しくお願いします、公務執行妨害ですから」

「あぁ、大人しくしろよ?」

警視庁に戻り、特テロの部屋で揃ってタオルを被る北村と森阪。

「えっ、水のテロ、犯人中学生だったんだ」

「それで本人はただ水をぶちまけたかったみたいで、でもそれで人が死んだ事は反省してるみたいでしたよ?」

「ふーん。自供して反省してるなら少年院送りにはならないかぁ」

森阪と桐山が世間話ばりに話しているのをいつものように聞き流しながら、北村はまたいつものように新しい案件調書を手に取る。それから後日、北村達は岡元と共にとある団地の中の公園に居た。そこは武真が住む団地であり、炎魔大王の勇者法裁判後、岡元づてに武真が実は炎魔大王の仲間だと聞かされてから初めて武真と会う待ち合わせ場所。やがて武真が北村達の前に姿を見せた時、北村は荊木勇士の余罪確認で初めて武真に会った時の事を思い出した。同時に警戒心を伺わせる武真に、北村は微笑みを見せる。

「岡元さんから聞いてると思うけど、今すぐ逮捕する気はないから、少し話を聞かせてくれるだけでいいからね?」

「何で、オレだけ?」

「荊木さんはもう有名だし、ここに居たら武真くんが炎魔大王の仲間だって噂されちゃうでしょ?」

「・・・話って?」

「じゃあ先ずは、いつから、炎魔大王の仲間に?」

「ブルーボマーが出てきた頃」

「どうして仲間になろうと思ったの?」

「オレだって、悪者を倒したいから」

「仲間って事は、もしかして武真くん、能力者だったの?」

「能力者になったのは炎魔大王の仲間になってからだよ」

「そっか」

以前会った時より、警戒心と少しの後ろめたさのようなものを伺わせる武真だが、それでも能力者になった理由は悪者を倒したいからという事に、北村は内心で安堵と諦めを感じていく。

「武真くんは、荊木さんの裁判見に行った?」

「そりゃあ行ったよ」

「武真くんは、ヒーローというものをどう思う?」

すると武真は空を見上げた。ヒーローとは言え“人を殺す”のだ。子供だからといってしっかりとした考えがなくては警察官として賛同など出来ない。ましてや“何となく”とか、ただヒーローが好きだからとかでは、決して容認出来ない。そんな意味を込めた質問だよと、北村は“黙って”武真を見つめる。

「オレも、ちゃんと裁判しなきゃって思う。やっぱり、ちゃんと罪を自覚出来なきゃダメなんだろうなって」

報道による助長も含めてか、炎魔大王こと荊木勇士に対する勇者法適用に賛同する署名が100万を超え、そして公判を迎え、荊木勇士が出頭して法廷に姿を現してきたのを、武真は北村の質問と共に鮮明に思い出していた。


裁判長から人定質問がされ、荊木勇士は氏名や住所から国籍まで、被告人が荊木勇士本人である事を応えていき、それから起訴状が朗読され、それに対して被告人が異論が無い事、つまり自分は有罪だと認めるという段取りが無事に過ぎる間にも、法廷は“悪人を望む刺々しく重たい圧迫感など無い”雰囲気に、音もなく期待感を膨らませていく。ブルーボマーこと後藤(ごとう)ディエゴの罪状も含め、被告人の犯罪事実の証拠が語られるが、そもそも「超能力犯罪」では証拠はほぼ出ない為、法廷にはブルーボマーと炎魔大王との戦いの映像が流れるだけで証拠調べは終わった。それからまた、傍聴席の人々、特にマスコミの人々は期待感を募らせる。マスコミにとって、1番大事なのは“勇者の言葉”だ。

「被告人、最後の陳述は恩赦法第8条の2の適用を判断するにあたって重要な材料になります。本来執行されるべき殺人罪による刑を免除される事について、意見を述べて下さい」

「・・・僕は、人を助ける為に人を殺した事を反省しません。何故なら、反省したら、身勝手な悪意によって殺された人達が浮かばれなくなるからです。だけどそれは罪を自覚しないという事でもありません。僕は、殺人には2種類あると思ってます。1つは無駄な殺人、もう1つは意味のある殺人。例えばテロリストが無差別に人を殺すのは悲しみや憎しみを生むだけですが、そういう事をしたテロリストを殺した時、生まれるのは悲しみや憎しみだけでしょうか。法律は公平や平等を重んじます。それは必要な事ですが、善と悪が平等にされるのはおかしいと思います。たかが殺人だと、全ての殺人、または犯罪を一括りにする事こそ、現実逃避だと思います。だから僕は、人を助ける為に、正当化される殺人はあっていいと思います」

「・・・・・・以上ですか?」

「はい」

満員である傍聴席の人達は固唾を飲む。その訪れた静寂に、今か今かと期待を込めて。裁判長は裁判官の1人が持ってくる書類を受け取り、隣席の裁判官が傾けてみせたパソコンに目を向ける。落ち着き払った態度で小さく頷く裁判長に、傍聴席の記者達がまるで徒競走のスタートラインにでも立ったかのように浮き足立つ。

「それでは判決を言い渡します。本件の裁判官並びに裁判員全員による承認、警視庁による承認、インターネットによる100万の一般署名、そして本件の裁判長による以上3つの承認の認証をもって恩赦法第8条の2に則り、主文、被告人に対する殺人罪による刑を免除する」

すると被告人、荊木勇士は静かに頭を下げた。すでに記者達は法廷を出ていっている。外での騒ぎようは容易に想像出来よう。外に限らず、傍聴席だって静かに沸いているし、裁判長自身もその表情に安堵を伺わせるほどだ。

「ではこれにて裁判を閉廷します」


人を殺すって、どういう事なんだろう。人を殺す事が悪い事なら、どうして父さんと母さんは“楽になった”と言ったんだろう。「弟さんが皆原に殺された」と警察が家に来た時、母さんは泣き崩れ、幸太(こうた)の葬式が終わった頃には父さんから表情が無くなっていた。そして父さんは、必ず殺してやると呟いていた。でもその前にオレが炎魔大王に依頼して、皆原は死んだ。ニュースで「皆原が死んだ」と報道されると、母さんは仏壇の前でまた泣き、父さんはそんな母さんの背中をさすり、同じように泣いていた。

「それでオレが炎魔大王に頼んだって言ったら、お陰で楽になったって。それから父さんも少しずつ笑うようになったんだ。刑事さん、ドラマでよく犯罪の上にある幸せなんてないって言うけど、あれ嘘だよ。勇士が皆原を殺してくれてから、母さん普通に戻ったもん」

「そっか」

「だからオレも、勇士みたいになりたいんだ」

北村達が帰った後、武真は勇士と共に木村の拠点に居た。勇者法裁判の後、暗殺依頼がまた増えた、北海道から沖縄まで。それは同時に、テロリストや憎しみしか生まない犯罪者が沢山居るという事。

「こういうのって、木村さんが出張費出してくれるんですか?」

「え?」

「そりゃそうだよ。僕達高校生だよ?」

「んー。まぁ、仕方ないかぁ」

「木村さんて、ネットでどれだけ稼いでるんですか?」

「まぁ月4、50万かな」

「え!いいなぁ。そうだ、オレもさ、やっぱり裁判したいからさ、次はオレにやらせてよ」

「僕はいいよ?木村さんターゲットは?」

「じゃあこいつで」

ただ暗殺するだけじゃ、簡単に言えばやっぱり半人前なのだろう。罪を自覚するというなら、やっぱり勇者法裁判してこそ一人前なのかも知れない。そうして武真は人気の無い深夜の公園で、ターゲットの遺体を見下ろしていた。法律とかじゃなく、自分が人を殺したという自覚を噛み締めていた。物陰で見ていた荊木勇士とその場を後にしていく中、武真は震える手を握り締めていた。

親も寝静まった頃、ゆっくりと玄関は閉められ、武真は静かに布団に戻るが、翌日の朝食時、武真は夜中に密かに出ていった事が普通にバレていたと、母親の問いに戸惑った。「どこ行ってたの?」という母親の問いに、父親も神妙な面持ちで武真を見る。

「まさか不良とつるんでるのか?」

「違うよ。・・・オレ、炎魔大王の仲間になったから」

すると父親は“あの時の眼差し”を一瞬甦らせ、その凍りついた空気は一瞬にして“あの震え”を思い出させたが、武真はふと、それでも自分が落ち着けている事を自覚した。

「武真、人を、殺したのか?」

「だって、必殺仕事人だもん、炎魔大王は。でもオレも、ちゃんと裁判して罪を自覚して、ちゃんとヒーローになりたいんだ。幸太なら、応援してくれるよ」

ほんの少しだけ、幸太の話を出す事にズルさを感じたが、両親は何も言わないので、武真はとりあえず食パンにかぶりついた。

「同じように、家族を殺された人を助ける為だって?」

「うん」

「・・・・・・そうか」

そう応えると、父親はコーヒーを啜った。それから登校中、同じように登校していく人達も見えるようになった頃、武真は同じクラスの女子に目を留める。いつもこの付近になると見えてくる女子であり、片想いしているのかと聞かれたら、否定出来ない人。その時ふと思い出したのは、人を殺した瞬間だった。話しかけようと思った途端に足が重たくなったが、あっちから顔を向けてくると、相田(あいだ)ジュリアは何食わぬ顔でこちらの方に近付いてきた。

「ボンジュール」

「いや、相田さんアメリカと日本のハーフじゃん」

「パリ旅行の為に練習してるんだー。聴くだけのやつ」

「ああ。いつ行くの?」

「いつか行くの」

「そっか。相田さん岡元大也のファンだよね?」

「今はミントちゃんかな」

「オレ・・・会ったよ、岡元さんに」

「サインは?」

「いや無いから」

自分は能力者であり人殺しであり、炎魔大王であると、もし打ち明ける時が来るならそれは一体どんなタイミングなんだろうと、ふと変な想像をしてしまいながら武真は校門を抜け、下駄箱前で靴を脱いでいく。きっと勇者法裁判をして有名になったら、相田は自分を避けるようになるのだろう。そう言えば、勇士は普通に登校して、何も騒ぎは起こらないのだろうか。

「実はさぁ」

昼食後の屋上で唐突に話しかけてきた相田に、武真はドキッとすると共に、また少し恋しさと虚しさを募らせる。

「武真の事、小2の時は好きだったの」

いつもいつも、話題が唐突な相田だが、今回もまた随分な“枕言葉”だと、武真は逆に相田の瞳に目を奪われる。

「でも何か、どんだけ積極的に接しても振り向いてくれなかったじゃん?」

イマドキ女子のからかいか、それともちょっと美人だからって余裕を見せつけてるのかと、何故かむしろ警戒心が沸く。

「オレの、思春期の覚醒、中学入ってからだしなぁ」

「あたし小学校卒業したら3年間アメリカ居たし、擦れ違っちゃったね」

「え・・・うん」

「でもこっち戻ってきて高校入ったら武真が居てさ、超びっくりしたんだよね」

「そっか」

「あたしさぁ・・・実は、能力者なの」

「・・・は、ごほっ、おほっ、え!そうなの!?」

「その、それでも良かったらだけどさ、そろそろ付き合って欲しいんだぁ」

「えーと・・・オレもさ、3年振りに相田さん見かけてから、ずっと可愛いなぁって思ってたよ」

「あら、どこが?」

ニヤける相田に、武真は警戒心など忘れたが、だからといって“台本のような流れ”ではない事に、何だかすんなりと“挨拶が終わった後”かのような雰囲気に、むしろ逆に内心浮き足立ってしまう。

「え?そりゃあ顔もスタイルも、全体的に。て言うか、オレも」

「えー外見だけぇ?」

「いや、声も?あとはフレンドリーなところとか、キレイな髪とか。て言うかさ」

「じゃあとりあえず来週、水族館ね」

「あ、うん。・・・あのー、相田さんて」

「えぇ?ジュリアって呼びなさいよ~」

「ああうん。ジュリアは、炎魔大王の事どう思う?」

「炎魔大王?ああ、あれかぁ。そう言えばあの人も高校生だよね、うーん。・・・タイプではないかな」

「そういう事じゃなくてさ、人を殺す能力者について」

「ヒーローなら・・・いいかな」

相田が見上げた空を武真は追うように見上げる。安堵を感じさせると同時に、忘れかけてた罪深さと法廷の情景をはっきりと浮き彫りにさせたその曇天に、武真はふと人を殺した瞬間を思い出した。

「・・・そっか」

ライオンがヌーやインパラを殺す事は自然の摂理であり、それは善悪で測れるものじゃない。そもそも“殺すという行為”は、そういう領域にあるものなんだろう。だったらやっぱり、全ての殺人を同じように否定するのは逆に頭が悪い事で、“本当に悪意しかない殺人”だけを裁く方が、“よっぽども正義らしい”。あ、こういう感じで、裁判の陳述で喋ればいいかな。


読んで頂きありがとうございました。

この小説で殺人を推奨するものではないという事くらいは言わずもがな過ぎるとお分かり頂けるかと思いますが、それでも少なからず“いい世の中”というものはどういう事かを、この小説を通して考えるきっかけになればと思います。


ありがとうございました。

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