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影、蒼天に舞う  作者: 藤色うさぎ
7/12

鈴、影の前に鳴る

見習いの朝は早い。

それは影だけではないだろう。そうは分かっていても、日も昇らないうちにどぉんと太鼓が起床を知らせると、コトリは少しだけ不機嫌に起きる。それぞれの机の前に敷かれた蒲団には、まだ日の光も射していない。身支度を済ませれば、点呼と朝食。そして“訓練”が始まる。


「ねぇコトリ。昨日の話、本当だと思う?」

クリハがそう尋ねてきたのは朝の訓練が終わった時だった。疲れた頭で、昨日の?と返す。基礎鍛練が中心の訓練は軍に入隊したような内容だ。それをそつなくこなしていくクリハを見ていると、彼女が本気で影を目指していた事を実感する。まだ走り回る元気を残しているクリハは、にやりとコトリに笑いかけた。

「昨日、紅姫が言ってたじゃない。毎年、影の候補者の中に本物の影がいるってやつ」

「査定のためにって?カモくんでしょう」

「絶対ちがう。カモは隠れてないじゃん」

たしかに、と水筒を煽りながらここ数日のカモを思い出す。コトリが到着した夜、ついに候補者が出揃ったということで影選定までの過程が発表された。しばらくは朝の訓練と適性確認、そして座学を繰り返して影としての本格的な訓練に参加するかの判断が下されるという。その場に立ち会っていたカモは、あれほど小柄なのにも関わらず、異様な存在感を放っていた。ぽかりと空いた空洞のように、そこだけ人の目を引いた。候補者たちもちらちらと黒衣を纏うカモを気にしていたようだが、カモは興味も無さそうにぼぅと立っていた。

それ以後もカモの姿はしばしば目撃されていた。たとえば適性確認の時。たとえば座学の部屋。その姿はまさに“影”。

「昨日といえば、配属地の希望が聞かれたけれど、クリハは希望があるの?」

カモの印象を打ち消したくて、コトリは話を摩り替える。影になれるか否かも分からないうちから問われても、コトリにとっては雲を掴むような話だ。案の定、クリハは大きな目を挑戦的に輝かせた。

「当たり前じゃん」

その先を問いかける前に辺りが一段とざわついた。少女たちが顔をあげると、どうやら訓練所として使っている中庭の入り口から、浮わついた空気が風のように伝播してきているようだ。

人だかりに近付くと、二人に気付いたきつね目の少年が片手を上げて少女たちを呼び止めた。

「鈴の使者のお出ましだって」

鈴と聞いて、コトリは何気なく胸元の小さな赤い袋を弄った。この国に於いて……特にここ城下町に於いて、鈴がどういう存在かはこの数日でよくわかった。影の象徴であると同時に王族への忠誠の証。そして金の鈴には自らを王族であることを表す力があるという。かつて建国を助けた龍の王が初代国王に授けた事から始まるという鈴の伝説は、北鈴の辺境よりもよっぽど根強く信じられているようである。

つまりは鈴の使者、すなわち王族ゆかりの人間が視察に来たということだ。

「なんでわざわざ使者だなんて…」

「そりゃ、影になれば王家直属の部隊になるわけだし、この中の誰かが王宮配置になるかもしれないし」

きつね目の少年、葉月は人だかりの向こうをみやり、「きた」と声を上げた。

「鈴の紋章ひっさげてる。ありゃ王家の血筋だな」

あっさりといいのけたこの少年は、長く城下に暮らす由緒正しい学者の息子だという。たしかに落ち着いた様子は周りの少年たちとは違うと言えるだろう。ひときわひょろりと長い葉月は、それだけ言うとどうでもよさそうにその場をあとにしようとする。だが、誰かが前に出ようとしたのか。押し退けられた葉月はよろめいて近くの木に頭をしたたか打ち付けた。いい音がして葉が舞い落ちる。涙目でしゃがみこんだ少年に、今まで黙っていたクリハが我慢しきれないとでも言うように大笑いをしはじめた。

「か、変わってない……!葉月の不幸を呼び込む体質……!」

「笑うなっ、クリ…ハ!」

「大きな不幸にはならないけど、毎日毎日小さな不幸を溜め続けるってみんないってたの、今も変わらないんだ」

「うるさい」

3人で人だかりを避けて葉月についた葉を落としにかかる。クリハと葉月は昔からの幼なじみだったようで、今では少年たちの中で唯一、彼だけがコトリとクリハに声をかけてくれる存在だ。相変わらず他の候補生たちは少女たちを無視し、いないかのように扱う。(いや、扱いもしていないか。)その理由を、まだコトリは理解しきれていないのだ。

「どうするの。ここから離れる?」

コトリが問いかけると、クリハが涙目で頷いた。

「そのほうがいい。どうせ後で紹介されるさ」

それに、と少女はきつね目の少年を見上げた。

「葉月がこれ以上不幸を被っても可哀想だしね」



講堂にユウによる一同集合の合図が響くと、バラバラと若者たちは建物の中央に集まった。影として最も重要といる適性訓練は、魔を討つための術式を学ぶ場で、現役の影たちが直々に指導に当たる。中には勿論カモもいたが、どうやら集合がかかったのは候補生だけのようで、コトリが気付いたときには遠く後方に佇んでいた。

「諸君、本日は鈴の使者が来訪されました」

ユウの柔らかな声が、若者たちを向いて静かに佇む一人の青年を紹介した。小さな鈴の音に、未だざわついていた若者たちの声がぴたりと止む。多くの羨望の眼差しの先には、精悍な顔立ちの青年が頬笑む。無条件に相手の警戒心を解いてしまう柔和な物腰は、王族ゆえなのかそれとも人柄なのか。人の顔立ちには疎いコトリとクリハでさえ、ほおっと息を吐いた。そう。美しいと思わせる何かが青年には備わっていた。

「私は第五皇子 鈴宮。どうか、固くならずに聞いてほしい。巷では影の評価は二分されると聞く。それは残念ながら朝廷でも同じだ。だが、我々鈴の証を持つものは等しく諸君らの働きに感謝の意を表しよう。いずれ歩みだす影の皆がいるからこそ、鈴は鳴り響き輝けるのだ。さぁ、今日は存分にその無限の可能性を私に見せてほしい」

結わかれた黒髪が肩口からさらりと零れる。鈴宮皇子が下がった事で、若者たちはばらばらと担当の影たちの元に戻っていった。ここで若者たちは札や獲物を手に、魔を討伐する術式を学び実践する。その様子を視察していくつもりらしく、鈴宮ユウと談笑しながら広い講堂を回り始めていた。

「どうせなら、目立つことしない?」

クリハがぽつりとこぼす。

冗談じゃない、と隣の少女を見やれば、口許に笑みを浮かべながらも、その目は真剣に鈴宮を追っていた。冗談でも羨望でもない、感情のない大きな目が、ひたむきに皇子の影を見つめていた。

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