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影、蒼天に舞う  作者: 藤色うさぎ
5/12

舞姫、路地裏にあり

城下はどこにいてもにぎわう声が絶えず、そしていつ振り仰いでも城の屋根が見える場所だった。コトリにとっては慣れない光景だが商売人たちにとっては空と変わらぬ存在らしく、ちらちらと城を見上げる少女はどの店に入ってもすぐに不馴れな事が露見してしまった。行き交う人で溢れる道を、李徽とはぐれないように慎重に進むだけで疲れてくる。

(わたし、ここで生活できるのかしら)

人に踏み固められた土には葉も生えそうにない。雪などとうの昔に解けてしまったようで、北鈴の冷たい空気が恋しくなった。

「どうする。これからあんたが使いそうな場所は大体案内したと思うけど、屋敷に向かうか?」

李徽が気遣うようにコトリを振りかえる。夕方までは時間がありそうだが、疲れが溜まってきたコトリには有り難い申し出だった。

「うん。そうしようかな。……ねぇ、李徽。影って、この城下町でも仕事をしてるの?」

「勿論。最近は郊外の結界が手薄になってるのは聞いたか?本当ならあれも城下担当の影か、あるいは術家の神官が補強する。あとは……城の中だな」

そういって武骨な指が天を示す。釣られて顔を上げれば、そこには城壁が立ちはだかっていた。どこまでも続きそうな強固な壁は点在する武官たちに守られ、石のように冷たい印象を与える。「この中に?」と怪訝な顔をしたコトリに、李徽は誇らしげに頷いた。

「鈴の加護をうけた城内こそ、影の中枢にあたると言われている。詳しいことはわからないが、国の真ん中にいたほうが何かと便利なんだろう。勿論、各地に派遣される影のほうが多いし、城内勤務が出来るのは限られた影だけらしいけどな」

「影って、そんなにいたのね。北鈴じゃ一度も会ったことなかった」

「……毎年沢山の若者が集まるが、全員が影になれるわけじゃない。そして、選ばれた全員が一年後に生きているとも限らない。それだけだ」

陰る横顔に、コトリは口を閉ざした。カモの言葉が思い出される。影は、もしかしたら武官と同じ戦士なのかもしれないと、その横顔からぼんやりと感じた。

「さて、いくか。影の屋敷はすぐそこだ。城に近いから、一人で迷うこともないはずだ」

「ありがと。李徽。あなたみかけによらず優しいのね」

「うっかり追い剥ぎに遭いそうな田舎娘を放り出すほど無情じゃないよ」

にかりと一笑してみせた李徽につられて、少しだけ頬が緩む。今日、ここにきてなにか得たものがあったかと問われたら、この太陽のような青年と出会えたことだと答えるだろう。大きな背を追って数歩駆け出す。唯一、李徽の欠点を挙げるとしたらこの足の早さくらいだろう。長い足と一緒に歩くには、コトリは小柄過ぎたのだ。

「待って、李徽……」

路地に入ろうとして立ち止まった李徽の服を掴む。顔をあげようとして、不意にコトリの足が宙に浮いた。

「きゃぁ…」

気づけば李徽に抱き抱えられたまま、近くの家と家の隙間に二人のからだが滑り込んでいた。ようやく見上げた李徽の顔は険しい'武官'の顔をしていて、コトリの心臓が嫌な音をして鳴った。と同時になにかがぶつかり合う音が耳を打った。男の呻き声と罵声。逃げる女の悲鳴が遠ざかっていく。喧嘩だろうか。家の陰から様子を伺う李徽に抱きついたまま、そっとコトリも顔を覗かせる。最初に目にしたのは、長く緩やかな曲線を描く美しい髪だった。栗色をしたそれは、舞うように回転してちょうど二人の真横に舞い降りる。隙間に身を潜めていた二人をちらりと一瞥したその髪の持ち主は、コトリが息を呑むほど美しい瞳をした少女だった。年はコトリと同じ頃だろうか。育ちの良さそうな風貌で大人しそうな印象を受ける少女はさながら令嬢のような愛らしさを備えていた。


その手にある長棍を見るまでは。


「そのまま隠れてなよ」

無声音でそう伝えた少女は、再び髪を踊らせて跳躍した。慌てた李徽が、身を潜めていたことも忘れて飛び出した時には、打ちのめされた破落戸とそれを見下ろす愛らしい少女を見ることになったのである。



「はは、ごめんごめん、巻きこんで。なんか、僕のことをみて追い剥ぎしようも思ったらしくてさー。馬鹿だよね、この棍が目に入らぬか!って感じなんだけど、まぁ人気のいない路地に誘い込んで始末するつもりだったんだ。いやー武官さんが私服で警備してたとは運がよかった!あとは頼んでいいんだよね?僕、正当防衛だからね?」

愛らしい少女は、その鈴のように響く声で顔と全く似合わない言葉を紡ぎだしていた。黙って歩いていれば深窓の姫君だっただろう。だが、棍を振り回し、くるくるとよく喋り、自称「僕」の令嬢など、物語の中でも聞いたことがない。夢だろうか。夢と信じたい。ひきつったままの顔で、李徽とコトリは曖昧に頷いた。

「怪我とか…してないの?」

「僕が怪我?ないない。天下のクリハ様がこんなチンピラ相手にヘマしないってば。ああ、ごめん。僕はクリハ。16歳。よろしく」

「こ、コトリです。同じく16歳。北鈴の出身です」

勢いよく出された手を握れば、元気よく上下に振られる。勿論、その間もクリハの口は止まらなかった。

「同い年かぁ、よろしく!ほんとだーその布、北鈴の藍染めじゃない。なになに、武官のお兄さんと観光?あ、逢い引きとかだった?」

「ち、違うの。真っ赤な他人なんだけど…」

「1日歩いて真っ赤な他人は辛いかな、コトリ……」

「ご、ごめんっ」

二人のやりとりに声をあげて笑ったクリハは、「訳ありっぽいね」と詳しくは聞かないでくれた。

「クリハは、ここの出身?」

「元はね。でも帰ってきたのは久しぶりだったかなぁ。意外と変わってなくてつまんない」

役人の子かなにかなのだろうか。地方赴任のさいに家族ごと移動してくる官吏は北鈴にもあった。だが、続いたクリハの言葉に、二人は思わず顔を見合わせることになる。


「僕は、影になるために帰ってきたんだ。影は、僕の夢だ」

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