彫刻家
彫刻家は鑿を振るう。
その人物はじぶんがいったい何をしているのかわかっているのだろうか?
神々をも畏れぬ傲り高ぶった行為だと知ったうえでのことか?
いや、
神々はただ、ただ、
高みから見下ろすだけだ。
よほど興味を惹かれない限り手を出したすことはない。
だから、
彫刻家が誰の反発を買うのか、
そのことじたいに神々は関係ない、と言っても過言ではない。
ただ、ただ、
人間同志がそれぞれ応酬しあう感情のキャッチボールならぬ、
ぶつけあいをニコリともせずに見下ろしている。
ボールはひとつではないし、
遊びで使うそれと違って、大小の、尖った針がいくつも刺さっている。
それをもろに肌を直撃すればただでは済まないだろう。
人間なれば、
青い血が滲むだろう。
当りようによっては、お互いに動脈を破って噴出させかねない。
神々の棲みかとはどういう場所か?
周囲を見回してみるがいい。
色といえるものは、ただ一色。
白しかない、
雲の上の住居。
そこから一柱の神が地上の、
ある一点を見下ろしている。
一柱が目を付けたのは、
ひとりの彫刻家だった。
鑿を振るうという行為が発する物理的な音は、
誰も止めることができない。
人に迷惑をかけることを恐れるというよりは、
むしろ、一人を愛するその人物は、
だから森の奥に住居を構えるしかなかった、
夜中にしなければならないことがある。
その人物は、昼は夢の世界で彫刻について学び、
夜になると置きだして、学んだことを実行する。
そういう生活を長いこと続けてきた。
まるで特殊な宗教的な儀式のように、
星が降る夜でなくては、
彫刻家を行為に集中させるのは難しい。
夜のとばりが落ちると、むくりと寝具から起きだして石と向かい合う。
彫刻家は神々の視線を気にしている故か?
そんなことはない。
彼が鑿を振るうに当って、
神々の助けなしに、
正確に、
頭に浮かんだ通りにちゃんと掘れているのか、
それを確認する術はないからだ。
彫刻家は盲目だった。
夜だけ、
神々の助けを得て視力を得ている。
じつは神々というのは正しい表現ではない。
光を感知する器官を貸し与えたのは、
とある一柱だったからだ。
そのうえ、
隻腕である以上、彫刻家としての仕事が難を極めるのは誰でも理解できることだろう。
彫刻家は三点セットを仕事道具と呼ぶ。
木槌と自らと、そして、鑿、
その三つがうまく、かつ有機的に結合して、彫刻という芸術活動が展開するのだ。
それぞれ持ちうる能力を発揮しなければ、
自らの内部に発生した光を、
彫刻というかたちで、
人々も目に見えるようにすることはできないだろう。
自らとは、
一柱の神が貸してくれる目のことを意味する。
観衆の視線のことは、
やはり気にならないといえば、
嘘になる。
ここには誰もいないが、
自分の目は常に光っている。
眠らない限り、
あるいは完全に行為に集中しない限り、
そいつはいつも自分を見張っている。
監視しているといってもいい。
その目に適うためにも、
かつては、
観衆の視線など気にしないというふりをしたものだ。
かつて、昼間の視力を備えていたころのことだ。
今となっては遠い昔のこと。
その当時、
うるさい自分に言い訳をするためにも、
性質に合わない行為にも手を出した。
石材を馬車に放り込むと、街まで出張るのだ。
そして、
多くの画家志望者がキャンバスに向かっているなかで、
ただどうどうと歩いていくと、
誰かしら、声をかけてくる。
もう何度もお目にかかっている人たちは、
彼の神技をぜひとも観たがった。
最初はたまたま目にした乞食の子をモデルに鑿をふるっていたが、
やがて、彼の神技が巷に知れ渡ると、
街の金持ちはおろか、
貴族までもが声をかけてくるようになった。
視力を失った理由は、
最初にモデルにした乞食の子につれない態度を取ったことだと思っている。
うるさい自分に言い訳することが目的だったが
人から褒められると、
思い上がってしまったのか、
当初の目的を見失ってしまった。
それと同時に視力まで失ってしまったのだ。
その乞食の子からすれば、
生まれてはじめて自分の存在価値というものを、
見出すことができたのは、
その契機を与えてくれたのは、
彫刻家だったのだろう。
たとえ、餓えた犬にエサを投げ与えるような気軽さだったとしても、
乞食の子からしたら、
天と地が逆になるような大事件だったにちがいない。
彫刻家にとってみれば、
単に自分を売り込むための契機にすぎなかった。
少年はそんな契機のために、
自分の中にも自尊心があることに気付いてしまったのだ。
いや、
自尊心という言葉すら知らなかった。
いや、
そういう概念に行きつく前に、
彼は、
なにもかもわけのわからないままに、
まるで、水先案内人を失ってしまった旅人のように、
迷ってしまった。
苦しみぬいた結果として、
迷うこと、
心から血を流すことよりも、
血、そのものが存在する理由をなくしてしまうことを意味した。
彫刻家にけがを治してもらったことがある。
そのとき、彼は言ったものだ。
「血は栄養を全身に運んで、
生のエネルギーを全身にいきわたらせるのだ。
だから、血を失うことは死を意味する。大事な水なんだ」
ならば、
生きることを止めることを受け入れてしまえばいい。
それは血を失うことを許容することだ。
相手にされなくなって絶望した少年は、
彫刻家から盗んだ刃物を使って、
かつて治してもらった傷痕に向けて、
一撃を加えた。
名声を得ていく彫刻家に、
少年の死は、
物理的な方法では、
誰も彼に知らせることができなかった。
魂となった、
少年自身の嘆きすら、
彫刻家の心を開くことはおろか、
その扉を叩くことすらできなかったのである。
少年が自らの傷痕に一撃を加えると同時に、
彼自身は気付かなかったが、
彫刻家の目に、
回復不可能な打撃を与えることになった。
彫刻家を診た医師は、原因不明と診断した。
しかし、
彫刻家は自分がこうなって原因を理解していた。
昼間の目が打撃を受けた瞬間に、
少年が刃物を振るう映像が浮かんだからだ。
映像という言い方そのものが、俯瞰的要素を含むが、
じっさいに、そういう情景を目の当たりにしたのである。
彫刻家はそれ以来、盲目となった。
いちどは、
街の目抜き通りに出張った身なれど、
また家に引きこもる生活が始まった。
鑿を振るうことはできないことは・・・
苦にならなかったが・・・、
少年への罪悪感で、
たとい、視力が戻ったとしても、
もう二度と、鑿を振るうことはできないと感じていたからだ。
そういう生活が変わったのは、
一週間後のことだった。
一柱の神の声が聴こえた。
その神はただ一言、
「お前は罪を償うべきだ」
その方法は鑿を振るうことだと付け加えた。
彫刻家は自分は盲目だと応えようとしたが、
神は機先を制して言った。
「お前は昼間の視力を失ったが、その代りに夜の視力を与える。
夜だけ、お前は鑿を振るうことができるだろう」
すぐには神の言葉は理解できかねたが、
次の日の夜には自然とわかるようになった。
以前のように見えるわけではない。
それはかつて健康な眼球を持っていた感覚とは何処かちがう。
立体というものは、複数の側面を有しているが、
それぞれが同時に、
というよりかは、同じ要素に視える。
立方体を例に挙げるならば、すべての側面が同時に視える。
しかし、それはあくまでも箱なれば、展開図が視えるわけではない。
何となれば展開図は箱ではないからだ。
そういうものの概念と側面が混在する、
変な視力だった。
しばらくすると、それは通常の視力よりもより深い洞察力を備えていることに
気付いた。
箱なれば、箱という概念よりも、深い何かを彫刻家に知らせるものだった。
それいらい、彫刻家は鑿を振るい続ける。
人の目が気にならなくなったといえば嘘になる。
少年を自死に追い込んだ責任は自分にある。
そういう意識は、
第三者の視点を想定してはじめて生まれるものだからだ。
だから、
完全に引きこもっても、観衆は常に家の外にいて、
自分を監視している。
彫刻家として生活する以上、
外の人間とまったくかかわらないわけにはいかない。
少年と出会う以前においてから、
ごくわずかの顧客と取引を交わして生計を立てていた。
名声を得はじめた時代、
この隠れ家を新たに教えたことはない。
だから、この生活が成り立つ。
少数の仕事以外は、
すべて、この、
いつ完成するのかわからない作品に残った時間のすべてを費やす。
彫刻家はこの作品が完成した暁に、
自分は死ぬものだと思っている。
その情景までリアルに夢に見るようになった。
夜は鑿をふるって、
昼は寝ている。
ゆえに、それは白昼夢といっていいだろう。
真夜中にとんとんとやっていることは、
この森の奥にある隠れ家といえど、人通りが皆無でないだけに、
このあたりにおいては周知になっているにちがいない。
このあたりには子供が棲んでいることは疑いようもない。
親には、
この隠れ家に近づかないように言われているだろうが、
子供にとってみれば、
禁止は勧めていることと同義だ。
きっと昼間のうちに尋ねてくるにちがいない。
侵入した途端に、彫刻の数々を目にするにちがいない。
子供は新しく仕入れた情報を誰かに話さないではいられないだろう。
叱られるとわかっても、隠れ家で見たものを親に話すにちがいない。
真っ暗な夜、明かりもつけずに何が行われているのか?
それを知った親は、危惧を抱くにちがいない。
きっと魔女が集会でもやっているのではないか、
想像をたくましくするだろう。
光もないのに彫刻ができるはずがない。
きっと周囲の人を集めて襲ってくるにちがいない。
神から与えられた洞察力は、
彫刻家に自らの未来さえ予知させた。
それは立体の側面を同時に知覚させるという、
夜の視力に立脚していた。
鑿をふるっていて、
自分の死を知っても、
彫刻家は恐ろしくなかった。
ただ、死後に少年と顔を合せる方がよほど怖い。
そのときにどんな顔をしたらいいのか、
まったくわからない。
今晩、ちょうど99回、鑿を振るった。
次で100回目だ。
そう思って鑿を振るったとたんに、
外から騒がしい人々の声がした。
「魔女だ!!」
「焼打ちにしろ!!」
どうやら作品は完成したらしい。
彫刻家は安堵すると、できあがった自分の作品を改めて鑑賞しようとした。