それが諸悪の根源でした 4
ふと気づくと、天井が流れているような気がした。
茶髪の女の人と、黒髪の子供っぽい女の子が、俺の名前を叫んでいるような気がした。
白衣に身を纏った人が、数人俺を取り囲んでいるような気がした。
よくわからなかったが、気分はそこまで悪くはない。
俺は再び目を閉じ、現実との繋がりを遮断した。
†
次に気づくと、今度は天上が止まってみえる。
しかし、明らかに我が家の天上ではない。少なくとも、俺の部屋の天井は白地に淡い水色やオレンジ色の模様が入った、とても可愛らしいデザインの壁紙が貼られている。でもここは無地。純白の天上に、轟という空調の音だけが響いている。
ここはどこだろう。
そう思った直後、俺は寝ていることに気づいた。
「あれ、ここは……?」
周囲の様子を見ると、真新しい部屋だった。
それで随分とシンブルな部屋だった
ここは、まるで病室──。
「……えっ?」
ちょっと待て、ここ病院じゃないのか?
慌てて自分の衣服を確認しようと右腕をあげると、淡い水色のすぐに破れそうな材質のパジャマを着用していた。
これって、入院患者が着ているアレだよな?
続いてベッドを確認すると、ベッドネームには星野朔也としっかり書かれていた。
もしかして俺、いま入院しているのか?
そう思った瞬間、無慈悲なドアが開けられた。
「あっ……」
俺の背筋が凍った。
開けられたドアの向こう側には、二つの人影がある。
「あら、起きたの?」
いたずらっぽく笑いながら訊いてくるあやなさんと、
「……死ねばよかったのに」
軽蔑の眼差しを向けてくる桜の姿があった。
二人の姿を確認した瞬間、俺は全てを悟った。
そう、ましろちゃんの手によって果てて以降の記憶がないのだ。
つまりそれは──、
「うわああああああああああああああああああああああああああっ!」
絶望のあまり、俺は大声で叫んでしまった。
†
結論から言うと、俺は無事である。
あのシーンの発光があまりにも強烈だったために光過敏性発作を起こした俺は、晩御飯が出来たと呼びにきた桜に発見され、汚れた下半身丸出しのまま病院に搬送されたらしい。
つまり、やっていたエロゲーも無様な俺の姿も、桜やあやなさん、そして俺を病院まで搬送したと思われる救急隊員や、治療を行ってくれたお医者さんにしっかり見られてしまったということだ。
それだけでも最早死にたくなるレベルだが、明日の二時間目は数学の小テストがあるにも拘わらず、追い打ちをかけるように検査のため、一日入院をすることになった。どう足掻いても、明日は午後からしか登校できない。つまり、数学の小テストは受けられないということだ。
最悪だ、最悪すぎる。
家族にあんな姿を見られただけでも死にたくなるのに、テストまで受けられないなんて。
そんな憂鬱な気分のまま、俺はいま、あやなさんと桜から説教を受けている。
もっとも話しかけてくるのはあやなさんだけで、桜はむすっとした様子でスマホをいじっているが。
「朔也くん」
「はい……」
力のない声で返事をする。
「どうして私や桜ちゃんが怒っているか、わかるよね?」
「はい……」
「ところで朔也くん、これはなにかな?」
あやなさんは満面の笑みを浮かべながら、持っていた皮のハンドバックから箱を取り出した。
色鮮やかで薄い箱だった。
パッケージには銀髪の小柄な女の子のイラストと、カラフルかつ柔らかな字体で『押しかけ幼妻 幼なじみとのいちゃらぶ新婚生活』と記されていて……、
「ってソレ俺のエロゲじゃねーかッ!?」
慌てて箱をあやなさんから奪取しようとしたものの、あやなさんはそれを桜に手渡した。
「ひっ!?」
次の瞬間、箱は中身ごとご臨終になられた。
あやなさんから箱を手渡された桜が、顔面蒼白になって箱を床に叩きつけ、それを足で思いっきり踏んづけた。
何かが割れるような音が響いたことは、言うまでもない。
「うわああああああっ! お、俺のましろちゃんがあああああーっ!」
「なにがましろちゃんじゃ、この変態っ!」
俺の悲鳴よりも大きな声で、桜が怒鳴ってきた。
「あわわわわわっ、ましろちゃあああん……っ」
俺はベッドから飛び降り、お亡くなりになられたましろちゃんを拾い上げる。
桜が履いていたスニーカーの形にへこんだ箱の中から、無機質な細かい音が聞こえる。
「朔也くん」
「ひっ!?」
あやなさんの声に恐怖を感じて、思わず尻餅をついてしまう。
顔は笑顔だが、目と声が笑っていない。隣にいる桜に至っては、俺のことを養鶏場で屠殺される直前の家畜を見る目で俺を蔑んでいる。
「男の子だし、エッチなことに興味を持つのは当然だと思うの。でもね……」
あやなさんは俺が手に持っていたましろちゃんの亡骸を奪取する。
「これはちょっとアブノーマルすぎるんじゃないかしら?」
言い返す言葉もない。
きっと俺が見ていたものがエロ本だったら、あやなさんも桜もここまで怒っていなかったはずであろう。
あやなさんには嗤われ、桜には蔑まれることになった原因は、間違いなくエロゲーだ。
しかし、一応俺は被害者だ。
入院することになったし、おまけにゲームまで破壊されてしまった。
つまり、俺にも反論する余地はあるはずだ。
「確かにそうかもしれないし、あやなさんの言ってることは正論だと思う……けどな! 俺の所有物を他人が破壊する権利はない! したがって、俺は桜に断固抗議──ッ」
「おにぃ、十七歳なのにこんなゲームやってましたってみんなに言ってもいいの?」
「すみませんマジ反省してます勘弁してくださいっ!」
俺は勢い余って一回飛び跳ねてから土下座をした。
くそっ、まさか中二のクソガキに論破されるとは。
でも事実、十八禁のゲームを十七歳、しかも高校生の俺がプレイしていたんだ。
……反論できるわけがない。
「朔也くん」
「はい……」
俺は土下座をしながら、またしても力のない声で返事をした。
「えっちなのはいけないと思います!」
「ごめんなさいでしたァーっ!」
それから俺は何度も土下座をして、ようやくお説教は終わった。
しかし病院から二人が去る際、桜に中指を立てられたことは言うまでもない。