それが諸悪の根源でした 3
帰宅後、俺は自分の部屋に戻って、真っ先にパソコンの電源をつけた。
パソコンが完全に立ち上がった直後、俺は飛びつくようにデスクチュアに座って、スタートボタンをクリックしてから『押しかけ幼妻 幼なじみとのいちゃらぶ新婚生活』という、桃が描かれたアイコンのアプリケーションを立ち上げる。
可愛らしい女の子の声が『ももいろソフト』とブランド名を言い、タイトル画面が起動する。
「ふふふ……これだ、ここが俺の桃源郷だ!」
つい最近、駅前のソフマップで購入した新作のエロゲーである。
通常、特にここ最近のエロゲーは発売前には、情報サイトで今月から来月あたりまでに発売される作品のリストが公開されている場合が多く、発売の二ヶ月前にもなると、作品を制作したブランドのホームページが積極的に宣伝を行う場合が多い。
ごく普通のエロゲーはもちろん、エッチシーンに重点を置いた作品。俗に言う抜きゲーでも、最近はその傾向が強い。
残念なことに、俺が初めてエロゲーに手を出した時には既に、エロゲー業界そのものが衰退し始めている時期だった。
原因にはコンテンツの多様化、製作費が高すぎる、テキストを読むだけのゲームにユーザーが飽きている、オタクの低年齢化によってエロゲーを買うにはお金がないなど、様々な憶測が飛び交っているが、はっきり言って俺にはわからない。
そんな中で、今日もエロゲーを作り続けているブランドは、生き残りを賭けて今日も過酷な戦いを繰り広げているのだ。
しかし、この『ももいろソフト』は、そうした時代の流れに逆らっていた。
ホームページは存在しないし、特にこれといった宣伝も行われていない。
そのうえ、抜きゲーの癖に攻略難易度が高い上にバグのオンパレード。購入したユーザーの多くは攻略を諦めてしまったようだ。
もちろん、修正パッチが配布されることはなかった。
このため、発売から一ヶ月にして、この作品は数あるクソゲーの仲間入りを果たしてしまい、それどころかネット上でも殆ど語られることがなく、完全に闇に葬り去られた。
しかし、
「ふふふ、遂にここまで辿りついた……ッ!」
俺はバグという困難と滅茶苦茶な選択肢を乗り越え、遂にHシーンに到達した。
数年前に週刊誌で連載していた漫画の主人公のように、俺は選択肢を一つ一つ潰し、どうにかバグを回避できないものかと試行錯誤を一か月間繰り返して、空手やバイトが無い日はひたすらゲームをやり続けた。
すべての選択肢と発生したバグをノートに書き記し、まだ試していないルートを片っ端から潰していくという徹底ぶりだ。
そうした努力が報われたのか、遂に俺は桃源郷に辿りついたのである。
「やっべえええ、俺もしかしてエロゲー界の神になれるんじゃね!?」
部屋着のスウェットに手をかけて、ゆっくりと下ろしていく。
まだ少し肌寒い季節のせいか、ひんやりとした空気が敏感な部分に直にあたっている。
「エロゲー歴四年。オッサン臭い服を着て、ビクビクしながらレジに持っていったあの日を思い出すなぁ。あの頃はお年玉が唯一の軍資金だった」
本当はいけないことだが、そう分かっている上で買いにいってしまう。
男とは、そういう生き物である。
「や~だ。えへへ、逃げたらさくちゃんが学校でセクハラしたって言いふらしちゃうぞ?」
どういう技術を駆使しているのか、入力した主人公の名前を登場人物が読み上げてくれる。俺の名前を入力した結果、幼なじみキャラのましろちゃんは、俺の名前を呼びながら、画面の中で露わになったモザイクに体重を乗せるようにして、体操着をこすりつけている。
密着したましろちゃんの柔かなお尻。強い刺激にビクビク跳ねているミートスティック。
それを実際、自分にやられている想像をするだけでも、もはや俺は果ててしまいそうだった。
「やっべええええ! まだほんの触りの部分なのに、くっそやべええええええええええ!」
興奮のあまり、叫んでしまう。
バグと攻略難易度の高さからユーザーが離れてしまった悲劇のゲームだが、正直言って絵のクオリティは高い。三年に一作、出るか出ないかというレベルだ。
絵師さんの名前はさらっこ。聞いたこともない絵師さんだが、このゲームを通じて俺は、完全にさらっこという絵師さんのファンになっていた。
「はぁ……ん、あ……んしょ……は、ぁ……しょ……ぁぁぁ……」
声優さんの演技も素晴らしい。
素人くささがまるでなく、甘ったるくて可愛らしくて、そのうえで淫靡だ。
闇に埋もれた悲劇のゲーム。それは世には決して広まらない、俺だけの桃源郷。
まばたきさえ忘れてしまうほどの天国。
画面の中では、俺の化身と天使が快楽に溺れている。
「ひゃうっ!? やだ、ちょっと……さくちゃん、なにしてるの!?」
俺の化身が、強引に上着をめくった。
白いぷにっとした弾力の丘陵と、火山か、あるいは木か、桜色の突起がぽつんと立っている。
「おいおい、逆レイプしてきたのはお前のほうだろ? もう収まりがつかねえ……お返しだよ」
画面の中の化身のセリフを読み上げて、悦に浸る。
俺ほどの妄想力を持てば、どんな大きさで、どんな温度で、どんな柔らかさなのか、実際に触っているかのように感じられる。
これが四年間のエロゲー修行で手にした、俺の能力だ。
「っく……ましろ……ッ!」
俺の化身が、いよいよ限界に達しているようだ。
現実の俺も、妄想と右手の上下運動によって辛抱たまらん状態になっている。
出したい。
ぶちまけたい。
白濁色に染めたい。
そんな汚らわしい思考が、離れようと自制しても離れない。離れられない。
「うっ、ごめんましろ……もうっ」
「ひゃあ、あ、は、ぁぁ……うん、いいよ……さくちゃん……私で、イって……?」
次の瞬間──、
「──ッ!?」
一瞬で視界を奪われるような光が、記者会見のフラッシュの如く、俺の目に入ってくる。
「あ、あぁぁ……目がぁ、目がああああああッ!」
なんだこれ、これもバグの一種なのか?
明らかにあのシーンで演出される光にしては、強すぎる。
「うっ!?」
気持ち悪い、吐き気がする、眩暈がする、頭痛がする、意識が……遠退く。
「──はぅ、」
カルピスをぶちまけたことを認識した瞬間、目の前が真っ暗になった。