リアルなんて、この程度 4
豊陵高校の最寄駅付近は飲食店が多く存在するものの、その多くは居酒屋かスナックであり、昼間は営業していない。そもそも、高校生が制服のまま居酒屋に入店するのは流石に気が引ける。そういう理由で俺達は少し歩いて、丘の上の大学横にある、ヴィクトリーというファミレスに入店した。
この店は何か一品にご飯やスープ、サラダ等にドリンクバーをつければ好きなだけ食べられるという仕組みである。
ファミレスに到着した俺達は、なんとなく男女に分かれて着席していた。ていうか、男子は俺一人しかいないため、俺の向かいに亜樹と中村さんが座っているという図式である。
適当に料理を注文し、中村さんに荷物番を任せて、俺と亜樹がご飯やサラダ、ドリンクを持ってきてテーブルに並べる。
亜樹は先輩と折り合いが悪かったため、すぐ辞めたらしいが、去年はファミレスでバイトをしていたことがあるらしい。おかげで中村さんの分を盛るのに二度も向かう必要はなく、亜樹が一度で中村さんの分を運んでくれた。
元店員がこの場に居てくれたことに、素直に感謝している。
「じゃーあ、揃ったところで自己紹介しようか! まずあたしぃ、渡辺亜樹でーす。趣味は体動かしたりぃ、楽しいことしたりぃ。あっ、あと最近モンスラはまってる! とりまよろしくねー!」
亜樹の自己紹介で、自然と俺と中村さんも自己紹介をする流れになった。
この流れだと、次に自己紹介をするのは俺だろうか?
「えーっ、星野朔也です。好きなものはエロ……ごほんごほん、色々好きっす。よろしくお願いします」
あぶねーあぶねー、危うくエロゲって言いかけるところだった。
亜樹がジト目で俺のことを睨んでいるが、多分聞こえていなかっただろう。
……そう信じたい。
「はい、次中村さんだよ」
「あ……えっと……な、中村葵です……。深川から来ました……、よろしくお願いします……」
ものすごく恥ずかしそうに俯きながら、中村さんは独り言のように自己紹介をした。
もしかして、中村さんって人見知りなのだろうか。
「…………っ」
おい、沈黙しただろ。なんとかしろ。
そう催促するように亜樹に視線を送ると、亜樹はドヤ顔を返してきた。
「中村さん、あたしのこと亜樹でいいから葵って呼んでいい?」
「ひぇ!? う、うん……いいよ」
「やった! ねえねえ葵はさ、クラスにカッコイイって思った男子いる!?」
お前はいきなり何を質問しているんだ言いたいが、内心俺はナイスだと思っていた。
だって気になるじゃん。もしかしたら俺かもしれないじゃん。話題としては最適じゃん。
「えええ!? そ、そんな……急に言われても……っ」
「ねえねえ、どう? あっ、さきちは除外で」
「なんで俺除外すんの!?」
思わず亜樹に人差し指を向けて突っ込んだ。
「えー、だってさきちイケメンじゃないじゃん」
「おいおいおいおい。お前、俺のツラちゃんと見たことある? ブサイクじゃねーだろ?」
自分でも真性イケメンだとは思っていないが、少なくとも雰囲気イケメンではあると思う。
爽やか外はねショートというネットで見かけた髪型をそのまま真似て、黒髪ながら外はね気味のショートヘアで爽やかさを演出し、制服は前ボタンを開けてリア充高校生っぽさを醸し出し、靴もバイト代を溜めて買ったブラウンの革靴を履いている。
顔だって毎日洗って肌荒れはないし、眉毛だって適当に手入れしている。
顔の輪郭だって崩れていないし、目だって細くはないし、大きすぎもしない。
少なくとも、ブサイクではないはずだ。
「いや、さきちをイケメンだと思う女子がいたらケッコー特殊だと思うよ?」
「俺そんなブサイクかよ……」
「んー、ブサイクじゃないケド? でもイケメンではないよねぇ……ねえ、どう思う葵?」
「えっ!?」
話を振られた中村さんは驚いた後、俺の顔をまじまじと、真剣な表情で見つめる。
やめてそれ、照れるじゃん。ていうか中村さんの真面目な顔が可愛すぎる。
「あ、あのー中村さん? 俺の顔、どう?」
我ながらキモい質問だと思ったが、このまま見つめられ続けるのも恥ずかしいので、ハッキリ中村さんに感想を言ってもらうことにした。
中村さんはしばらく考え込んでから笑顔を作って、
「おもしろい髪型ですね!」
バッサリ、そう言い切った。
……泣いていい?
しかも亜樹にはタメ口なのに、俺には敬語だよ。
これもう俺のこと嫌いって解釈してもいいのかな?
「ぷっ、くすくす……さきち、坊主にしたら?」
「うるせえっっ!」
「あはは、面白いですね!」
「中村さんまで!? ていうか俺らタメだし、敬語じゃなくていいからね!?」
そう言うと、中村さんは返事もしないでジュースを飲み始めた。
もしかしなくても俺ってアウトオブ眼中なんでしょうか。
「きゃはははは! やっばー、今日のさきち超ウケるー!」
「亜樹、テメー俺のことをネタにするために誘ったな!?」
それからもしばらく、主に亜樹のマシンガントークによってこの場は盛り上がったが、話題の大半が俺をイジる内容であったことは言うまでもない。しかし、中村さんも亜樹のノリに慣れたのか、あるいは俺達に馴染んでくれたのか、次第に話を振ってくれるようになった。
結果的に昼飯を食べに行ったことで打ち解けた俺たちは、そのあと買い物に行ったり、カラオケに行ったり、カラオケ店内に設置されたコインゲームで盛り上がった。
……中村さんの分は亜樹の提案で全部俺持ちだったんだけど。
くそっ、貴重なバイト代が。
†
買い物、カラオケ、ゲーム。そうやって三人で遊んでいたら、いつの間にか時刻は十九時を過ぎていたため、慌てて解散することになった。
途中までは三人で同じ道を歩いたが、家が東側にある亜樹とは、総合スーパーがある幹線道路の交差点で別れることになった。
ラーメン屋が入居する雑居ビルの下で、俺達は立ち止まる。
「葵、今日来てくれてありがとう。めっちゃ楽しかったよ」
「ううん。亜樹ちゃんこそ、誘ってくれてありがとう」
この二人はすっかり仲良くなったようだ。
ここにきた分かったことは、中村さんは人見知りだけど、慣れたら普通に話せる子だということだ。
最初とは比べ物にならないくらい、口数も笑顔も増えたような気がする。
「またねー! あっ、さきち」
亜樹はくるっと顔だけ振り返った。
「ンだよ」
「葵に手ぇ出すなよ?」
「出さねえよ」
「……さきちってホモなの?」
「もうなんて答えればいいんですかね!?」
亜樹め、今日は好きなだけ俺のことをいじってくれたな。
今度あかねとセットで仕返ししてやる。
「じゃ、二人ともまたねー!」
「うん、また明日」
またねと言って立ち去る亜樹に、俺と中村さんは手を振ったり声をかけた。
こうして二人になった俺と中村さんとの間に、会話はない。ただ、中村さんの家が俺やあかねの家から近いことと、帰り道も殆ど一緒というだけ。今日だって、中村さんは俺にタメ口で話してくれるようにはなったけど、二人で盛り上がれるような関係にはなれていない。
エロゲ理論で全てが何とかなる。
そう思っていた自分が情けない。
現実なんて、所詮この程度なのかな。
いや違う。
最初は亜樹も、一方的に中村さんに話しかけていた。
それがいつの間にか中村さんに受け入れられていた。
中村さんも、いつの間にか亜樹と話せるようになっていた。
俺も、中村さんに話をかけられたら──。
「な、中村さん?」
「えっ、うん、なに?」
なんだろう、この微妙な空気。
しかし負けるな俺。
「今日、楽しかった?」
「え、うん、楽しかったよ」
中村さんは困った様子でそう答えた。
なに聞いてるんだ、俺。
もちろんその後は沈黙に包まれて、会話はない。
「星野くんは、亜樹ちゃんと仲がいいんだね」
もはや絶望しかけていたその時、中村さんから予想外の質問をされた。
「えっ? あぁ、うん。だって中学同じだし」
「もしかして付き合ってるの?」
中村さんがいたずらっぽく笑いながら、そんな質問をしてきた。
亜樹と付き合っている、か。
まあ確かに、傍から見たらそう思われても仕方ないかもしれない。
去年も似たような質問を頻繁にされた記憶がある。
しかし、答えはこうだ。
「──アイツとは色恋沙汰にはならないだろうな」
中学時代からの悪友に対して、俺が抱いている素直な気持ちだ。
「えっ、どうして? 亜樹ちゃん可愛いし、気さくだし、優しいし……っ」
中村さんが驚いた様子で俺のことを見ている。
まあ、無理もない。今までも同じように答えて、中村さんと同じ反応をされたことがある。
「確かに可愛いし、いい奴だと思う。だけど、恋人とはちょっと違う気がするんだよ」
「そうなんだぁ。でも、そう思っているのは星野くんだけかもしれないよ?」
「そうか? 出会ってから三年経つけど、ずっとあんな感じだぞ?」
「女の子の気持ちって、けっこう複雑だから」
「そうか。まぁ、そうだよな……」
横目で中村さんの横顔を見てみると、どこか難しい顔をしていた。
あれ、もしかして俺、説教されているのか?
でも亜樹との関係で説教されるようなことって、何一つない気がするんだけど。
そんなことを考えていると、いつの間にか我が家の前に着いていた。
「あ、俺家ここだから」
「そうなんだ、ホントに近所なんだね」
一見、無表情に見える中村さんだったが、俺は彼女の口元が少し緩んでいるのを見逃さなかった。
「あの、今日は来てくれてありがとね!」
中村さんの表情を見た瞬間、咄嗟にそう言った。
「うん。また明日ね、星野くん」
今度は明確に、満月のように明るい笑顔で、中村さんはそう言った。
それだけ言って、やや楽しげに歩きながら、やがて市営住宅前のT字路を右折していった。
なんだか、違和感がある。
不思議な感じだ。
なんでだろう、どうして違和感を覚えたのだろう。
「……ああ、笑顔」
そうか、そういえば俺に笑顔を向けてくれたのは、これが初めてなのかもしれない。
今までにも俺に笑顔を向けていたような気はするが、それは笑うではなく、嗤うの意味を込めた笑顔だったと思う。
純粋な笑顔を向けてくれたのは、これが初めてだ。
お近づきになりたいと思っていた女の子に、笑顔を向けられた。
そう思うと嬉しくて、飛び跳ねたくなる気分になった。
「──ねえちょっと」
いきなり聞こえた声と同時に、何者かに右の頬っぺたを抓られた。
「痛い痛い痛い痛い痛い痛いッッ!」
それほど強い力ではなかったものの、なぜか反射的に痛いと連呼してしまい、親指と人差し指という悪魔から逃れようとして、飛び退いた。
右頬をさすりながら犯人の姿を見ると、見知った二つ結びの女の子が佇んでいる。
「あかね……何しやがる」
やけに機嫌の悪そうなあかねが、街灯の灯りに照らされた路上に立っていた。
「随っ分浮かれてるみたいじゃない」
ジト目で、むすっとしていて、両手に力が入っているように見える。
やだ、この人怖い。
なんでこんなに怒ってるわけ?
「えっ、なにが?」
「なにがじゃないでしょ。浮かれているの、あんたは」
「いやいや! せめて理由を言おうよ!?」
「んー、理由ねえ。私がそう思ったから」
なんて自分勝手な理由なんだ。
「あのさぁ、説明もなしに抓るのはやめようよ。つーか俺、なんかお前を怒らせるようなことしたの?」
「した」
「ほんとに?」
「した、絶対したから」
強いまなざしと声でそう言い切るあかね。
不機嫌そうなのは相変わらずで、この状態のあかねに理由を求めることは不可能に近い。
一体、何に怒っているんだよ。
俺の予想だと、もうアレしか思い浮かばないぞ。
……やっぱり、アレなんだろうか。
「もしかしてお前、妬いてんの?」
俺がニヤニヤしながらそう訊くと、あかねの顔が信号のように一気に赤くなった。
「はあ!? 絶対ないわよ! 妬いてなんかいないんだから!」
必死に誤魔化すあたりが怪しい。
エロゲーなら、あかねみたいなタイプの女の子のことをツンデレと言うんだ。ツンデレが必死に誤魔化している場合、大抵は照れ隠しである。
まさかあかねは──。
「お前、ひょっとして俺のこと好きなの?」
うあー、言っちまった。
言っちゃったよ俺……これ、意味としては殆ど告白だよな。
でもまあ、あかねのことは決して嫌いではない。
むしろ──、
「えっ!? 私は……っ」
俺は──、
「ちょっとおにぃ、あかねさん」
その時、あかねに匹敵するほど不機嫌そうな声が俺達を呼んだ。
「きゃあっ!?」
「うわっ! 桜……?」
腰に手を当てて、俺達を睨みつけるような顔をしながら俺達を交互に見ている桜。
俺の妹で、中学二年生ながら小学校高学年くらいにしか見えないほど小柄な女の子だ。
黒髪ロングの髪をイカリングの如くツインテールを輪っかにした髪型をしている桜は、最近思春期で気難しい年頃なのか、何かと俺に突っかかってくる困った妹である。
「ってか、おにぃってあかねさんのこと好きなの?」
「なっ!? そ、それは……っ」
いや、好きか嫌いかと言われたら、もちろん好きだ。
だって小さい頃には結婚の約束をした仲だし、成長して、すれ違うようになったとは言っても、俺にとっては変わらず唯一の幼なじみなんだ。
ぶっちゃけ言って、今でもあかねのことを意識している。
だけど、
「へぇ。じゃあ、あかねさんはおにぃのこと好きなの?」
そう、それだ。
それが一番気になるし、今まで俺があかねに告白をしなかった理由だ。
中村さんとお近づきになろうと思ったのも、そうすればあかねのことを忘れられると思ったからだ。
それなのに、なんとなく聞き出そうとしたあかねの気持ち。
もし振られたら俺は、
「そ、そんなわけないでしょ!? 嫌いじゃないけど、好きってわけでもないから、こんなやつ。ただの幼なじみだってば!」
その瞬間、何かが壊れた音がした。
何にも形容できないし、明確に何が壊れたとは言えない。
ただ、胸が痛かった。
「……あっ、おにぃ」
俺が立ち去ろうとすると、桜は少し気まずそうな顔をしながら俺を呼ぶ。
でも、もう遅い。
「ちょ、朔也?」
あかねまで俺の名前を呼ぶが、色々な感情の中に混ざって、その声はかき消されてしまう。
家のドアを開けたところで、俺は後ろを向いて二人を見る。
「……用がねーなら俺、部屋でゲームするから」
それだけ言って、俺は家のドアを閉めた。