リアルなんて、この程度 3
今日は新学期最初の登校日ということもあって、始業式とホームルームで明日以降の連絡が行われただけで、午後は授業がない。
つまり、早く帰って遊べるというわけである。
「星野帰るの?」
ギターケースを背負って席から立ち上がっている山崎に、そう聞かれた。
「ああ、お前部活?」
「新歓近いし、ラストスパートかけなきゃいけないんだよねー」
山崎は軽音楽部に所属しており、軽音楽部では新入生歓迎会でライブを行う予定らしい。
「あかねとわたりょーは?」
「俺も部活あるしなぁ」
「私も練習あるから」
わたりょーは後頭部を掻きながら、あかねはぶっきらぼうに答える。
まあ、わたりょーは野球部。あかねは卓球部。二人ともほぼ毎日、部活があるのは当然のことだろう。
「やっぱ帰るかなぁ……」
俺がそう呟いていると、あかねや山崎たちは部活のほうに行ってしまった。
本格的にヒマだが、遊んでくれるヤツなどいないだろうな。
ほかに友達がいないわけじゃないが、多分みんな部活とかバイトだろう。
特にこの時期は、新歓が近いだけに全ての部活が新入部員獲得に向けて全力を出している。最近は部活に入らないで遊んでいる生徒も多いし、少子化で入学する生徒数も減少傾向にあるから、どこも必死なんだろう。
かくいう俺も部活には入っていないが、バイトをしているし、空手道場に通っているし。
「おーい、さきち! 今日ちょっとツラ貸せー!」
突然、亜樹が目の前に現れたと思ったら、息苦しくなる。
「いでででっ!? 胸倉掴むなアホ!」
このアマ、LEDのように眩しい笑顔で俺の胸倉を掴んでやがる。
アイドルグループのセンターをやれそうな容姿をしているくせに、一向に彼氏ができる気配がないのは、間違いなくこういうガサツなところが原因だと思う。
そういえば、亜樹のしおらしい顔なんて一度も見たことがない。
「はぁ……っ」
俺がため息を吐きながら睨むと、ようやく亜樹は手を離してくれた。
「……っで、何の用だ?」
「んふふ。さきち、ナンパしようよ」
「はっ?」
「だーかーら、ナンパしよって」
「ナンパ?」
むしろナンパされるのはお前じゃないのかと思っていたその時、亜樹は俺に背を向けて、俺の右斜め前の座席に座っていた女子生徒の肩を叩いた。
「なーかむらさん!」
「ひゃうっ!?」
肩を叩かれた女子生徒──中村葵さんは悲鳴をあげる。
しかも、びくんと飛び跳ねながら。
「ねーね、今からヒマ? 遊びに行こうよ」
「えっ、えっ? えと、その、わたし……っ」
「ねぇ~、いいじゃないのぉ? いいじゃないのぉ?」
中村さんが胸に当てた手を、亜樹は執拗に撫でまくる。
おいおい。アイツあれ、ただのセクハラじゃねえか!
「えと……ダメよ、ダメダメ……?」
「ノリいいじゃん! だからさ、遊びに行こうよ。おいたんが色々教えてあ・げ・る?」
「ひぃっ!?」
中村さんが青ざめた表情で飛び退いた。
「だいじょーぶイタクナイデチュヨー? コワクナイデチュヨー?」
「あ、ああ、あっ……」
どう見ても怖がってるじゃねえか。
しかし、ここで止めに入れば自然に転校生と話ができるのではないだろうか。あれ、もしかして亜樹を止めたら役得なのでは?
そう思ってからの俺の行動は早かった。
「おいコラやめい」
空手で言うところの手刀の形を作って、亜樹の脳天を軽く叩く。
「いたぁっ!?」
痛がりながら俺のほうを向いた亜樹は、涙目になっていた。
「アホかお前。ンな誘い方して、中村さんじゃなくてもドン引きするに決まってんだろ」
「えぇ~? だってぇ、早く馴染んで欲しいなっていう……その、親しみ的な?」
亜樹は猫手にした右手を頭にこつんと当てて、悪びれもなくてへっと笑いながら舌を出した。
あー、この娘バカなんだなーって思いました。
んもう、仕方ないな。こうなったら、俺が超紳士的に対応してみせよう。
「えっと、中村さん?」
「ひゃい!」
俺が彼女の名前を呼ぶと、怯えた様子で、しかも涙目で、力の抜けた返事をした。
あーあ、亜樹のヤツめ。これは完全に警戒されている……。
「今のは気にしないでくれ。こいつバカでガサツでビッチだけど、悪いヤツじゃあないから」
そう言いながら、俺は亜樹の頭に右手を置いた。
「おい! バカとガサツは認めるけど、あたしビッチじゃないし!」
「っで、中村さんさえよければだけど、この後昼飯でも食べに行かない? 予算とか食べたいものとか、中村さんに合わせるから」
決まった、今のはたぶん決まっただろ。
相手は俺や亜樹のことを警戒してい。もちろん、それは亜樹の強引なやり方が原因であり、これ以上あのようなやり方を続けた場合、中村さんは俺達のことを嫌いになってしまう。
しかし、幸いまだ中村さんは俺達のことを警戒しているだけで、完全に嫌いにはなっていない様子だ。警戒心を解いてしまえば、仲良くなれる可能性は十分ある。そして何より、今までのやり取りで中村さんは俺達に関心をもってくれたはずだ。少なくとも、無関心という状態ではない。
さすが俺、エロゲで鍛えた異性の口説き方が生きている。
「きもっ。さきち普段そんな気遣いしないじゃん。あたしやあかねには」
「うるせえよ!」
せっかくいい感じだったのに、亜樹め余計なことを言いやがって。
「あの、わたし……行きますっ!」
──えっ?
今、中村さんなんて言った?
「いでっ!?」
「いいの!? こんなバカの口車に乗せられてるだけじゃないよね?」
亜樹が俺の言いたかったことを、俺を強引に突き飛ばしてから言いやがった。
くそ、痛い。バランスを崩して机に膝を打ってしまった。
「えっと、うん……なんだか楽しそうだから」
その時、初めて中村さんが笑みをこぼした。
どうして楽しいと思ってくれたのか。俺と亜樹のくだらないやりとりを、面白いと思ってくれたのだろうか。
とにかく、これで中村さんとお近づきになれる。