プロローグ
女の子を落とすのは簡単だ。
もう一度、はっきり言おう。
女の子を落とすのは、簡単である。
その子は画面の中から出てくることはないが……。
でもエロゲーって恋愛シミュレーションゲームのことでしょ。ということは、恋愛をシミュレーションしているというわけだ。実戦に備えた模擬実験。つまり、主人公が得意とする口説きテクニックを駆使すれば、現実の女の子だって簡単に落とせるハズである。
うはっ、俺天才じゃね?
「そして、遂ににここまで辿りついた」
歓喜に震える俺は、思わず右腕一本でガッツポーズを取ってしまった。
抜きゲーのくせに百人挑んだらHシーンに辿りつくまでに半分は脱落するという、ありえないくらい難易度の高いエロゲー。タイトルは『幼汁~吹かずにはいられない幼なじみの苦難』というのだが、俺は遂にこのゲームのメインイベントに辿りついたのだ。
苦節七二時間、徹夜一回。
「ふふふ、俺に落とせない女はいない」
こういう時に限ってあの力が発動しないのは何故なのか。しかし俺は、攻略サイトにも摩訶不思議な力にも頼らず、己の頭脳だけでこの偉業を成し遂げたのだ。
『ふぁ、あ、んっ、んんぅう、あ、さくちゃんの手がぁ、んっ、んぃい』
主人公……もとい、俺の手によって、画面の中でリズミカルな声をあげて啼く幼なじみ。
その姿によって呼び起こされた俺の本能が、穿いていたスウェットに手をかけるよう働く。
聳え立つ、ほんの少しだけ餃子の皮に包まれたソーセージに向けて、手を伸ばそうとした──。
「──ッ!」
刹那、脳に直接針でも突き刺さったのかと思うような痛みを覚える。
それから目の前には、クリックを待つ画面。視界は変わらない。目には直接映らない。だけども脳内でイメージとして浮かぶ、恐怖の映像。
──来る。
間違いない、危険が迫っている。
従姉が来る。
「やべえッ!!」
叩きつけるようにノートパソコンを閉じて、慌てて立ち上がってスウェットを穿きなおそうとする。
「くそっ。息子ォ、お前ジャマだよ!?」
大切なものだけど、ソーセージがめちゃくちゃ邪魔くさい。つっかえるし、餃子の皮を被っている俺にとって、皮を戻さなければ刺激が強くてマトモに動けたものじゃない。
それと同時に襲い掛かるのは、頭の中が真っ白になるほど強い衝動だ。
やばい。これは、やばい……まともにパンツすら穿けない。
「んあっ……やべえっ」
あとわずかで穿こうとした瞬間だった。
「朔也くん、夕食できたよ──」
「らめえええぇぇぇぇーーーーーーーーーーーっっ!」
従姉、生島あやなさんは綺麗な人だ。
歳は二十三歳。むちむちしているが、太っているというわけではなく、しなやかで、マシュマロのような肢体。引き締まった胴体。そこから盛り上がっている二つの円山。肌荒れ一つない小顔で、宝石のような瞳に、薄い唇。染髪とは言えども水の流れのように美しい栗色の前下がりミディアムヘア。
そんな完璧美人とも言える従姉の顔面は、白濁液で汚れていた。
戦慄した。
俺、死んだな。
「……オモテ、出ようか」
顔は清々しいほどの笑顔だけど、声は笑っていなかった。
「すみませんでしたァァァァァァァァァァァァァッッ!」
罪悪感と恐怖心のあまり、俺はウサギのように飛び跳ねてから、下半身裸のまま土下座した。
──なぜこんなに惨めな思いをしなくてはならないのだろう。
ただ見られるだけなら、きっとあやなさんも笑って許してくれたはず。それが、どうして下半身マッパのまま土下座をする羽目になったのか。
本当、俺はどこで間違ったのだろう…………。