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07 遊の正体



「……遊は、女性が好きなのかい?」


 メルに迫る遊を眺めて、ボスがオレに問うから、慌てて首を横に振る。


「いえ、ただ女性に優しいと言うか……面食いだと、遊自身が言っていました。昨日のショッピング中も顔の整った異性を眺めていました」


 褒め言葉を言わずにはいられない質なのは、まるでイタリア人。だが遊は異性が好きだと、誤解がないようにボスに伝えた。


「そう……」

「……なんですか?」

「いや、別に」


 ボスがなにか言いたげに青い瞳で見つめてくるから、訊いてみたが笑い返されただけだ。


「ずっと看病してくれたんだろ? ありがとう、ヴォル」

「! いえ、礼には及びません」

「あの子、素直じゃないからお礼を言っていないだろう?」


 ボスに言われて、否定しようとした。だがよくよく思い出せば、確かに看病のお礼は言われていない。

 何故だろう。言われたような気がしていた。

 袖を握った遊が、言った気がする。確かに遊は素直に口にしなそうだが、感謝してくれていると思えた。


「……ボスは、遊のことをよく知っているのですか?」

「よく知っている、と言えたらいいのだけれどね。片頭痛持ちだったとは、知らなかったよ」


 ボスは少し薄く笑うと、離れた遊に目を向ける。


「彼女は大事なお客さんだ。どうか、守ってあげてくれ。ヴォル」

「はい。守ります」


 オレに目を戻すとにっこりと優しげに笑うボスに、強く頷いて返事をした。

 ボスのその気遣いから、特別大事なお客さんだということが伝わる。

 それほど重要な存在なのに、オレは彼女が誰かがわからない。ボスのそばにお仕えして長い。どの有力者の娘か、予想もできないなんておかしい。

 月島遊とは、一体誰なのだろうか。


「一体誰なんです? 彼女は」


 ボスに疑問をぶつけたのはオレじゃない。

リカメンとルポと同じく、邸宅に戻ってきたオレの次に若い幹部。赤みかかった茶髪のダン・メリッサ。


「大事なお客さん。私から話すべきことは今のところこれだけだ。あとは遊から聞いてみてくれ。話すかどうかは彼女次第だ」


 ボスはにっこりと笑って答えた。

視線はオレに向けられている。じっ、と見つめられた。


「――信じているよ、ヴォル」


 やがて、その一言を告げられる。

遊を守り抜くことだと思い、オレはもう一度強く頷いた。

 満足げに微笑むとボスは、ルポを連れて廊下を歩き去る。

今日はカルロが不在だから、ルポがオレの代わりにおそばにいるようだ。


「オレはああいう女、好かねーな……」


 ダンが呟くように言った。

女性に好かれる顔立ちをしているダンは笑みを振り撒き甘い言葉をかけるが、女性がいなければ刺々しい本心を言う。


「猫みたいに気まぐれのくせに我が警戒心も強い女。ヴォル、お前が知り合う女は皆そうだよな。よくもまぁ、あんな女王様タイプに我慢できるな、お前」

「あ、黒猫様のことッスね!」


 ダンに続いて歩み寄ったリキが言った。

 オレの師匠の通り名は、紅色の黒猫。かつては血を浴びた黒い猫のような殺し屋と恐れられた。


「一回しかお目にかかりませんでしたが……美しい方ッスよね……」


 思い浮かべてリキは鼻の下を伸ばす。

 魅惑な美しさを持つ師匠も、異性を虜にする。だが遊とは、桁の違う危険も持つ人だ。


「ほんとだよな。胸はこう、ボォンって感じで」


 リキと一緒に来たトニーも思い浮かべる。


「ウエストがキュって締まって」

「そそる脚してて……抱いてみたい女だ」

「一度抱きたいな……」


 ダンは真顔で、トニーはにやけて呟く。

リキは顔を真っ赤にして「そ、そんな、畏れ多い!」と狼狽えた。


「殺されかねないぞ。トニー、奥さんにチクるぞ」

「おいおい、妄想してるだけじゃねーか、止めてくれよ」

「オレの師匠だ」


 彼女を慕うオレは、聞きたくはない。


「妄想くらいいいじゃないか。お前だって男なんだし……俺には若すぎる気がするが、そそる身体してんじゃん。妄想するだろ?」

「しないっ!!」


 ダンが遊を眺めながら言うものだから、慌てて否定する。

 今日の遊は、白いブラウスとコルセット風の赤チェックのベストを着て、ウエストが括れているのがよくわかった。また短パンに黒のハイソ。ハイソはレース柄だ。

遊は魅力的な女性。

 だが妄想はしないっ!!


「ボスの大事なお客さんなんですから、いかがわしい目で見ないでください!」

「いつまで経ってもウブだな、お前は」


 ダンの視線を遮ろうと手を振る。そんなオレを笑うダンに、頭を押し退けられた。


「ヴォル・テッラ」


 遊の声を耳にして、オレとリキは震え上がった。


「なに」


 腕を組んで立つ彼女は、オレの反応に首を傾げる。そんな遊の前に番犬達は並んで座り、遊んでくれることを待つ。

 しかし遊は一瞥するだけで構おうとはしない。それでも番犬達は辛抱強く待つ。


「こんにちは。俺は幹部のダン・メリッサです。よろしく」


 にこり、とダンは笑みを作って愛想よく自己紹介をした。

だが遊は番犬に対する反応と同じく、一瞥するだけでなにも反応しない。

ダンの笑みが固まる。

 まずい。この二人は相性が悪いと直感した。


「朝食の時間だ、行こう」


 ダイニングルームに急かし、ダンから離す。

 カルロが不在のファミリーの朝食。遊の食は進んでいた。本調子に戻ったようだ。


「(ヴォル。今日は予定を変えて弁護士と会うから、少し遅くなるよ)」

「(弁護士、ですか?)」


 ボスが予定の変更をオレに伝えてきた。オレの向かいに座るダンも注目する。

 弁護士に会う理由が、一つ浮かんだ。

 遺言書の変更。

数ヵ月前、ボスは唐突に遺言書を変えるとオレに漏らした。

 ボスは意味のないことはしない。自分に危機が迫っていると直感したのかと、オレ達幹部は警戒していた。

この数ヵ月、ボスの身が危険に陥ったことはなかったため、胸を撫で下ろしていたが……。

 遺言書の変更を実行に移すとなると、不安を掻き立てられる。


「(オレも同行しましょうか?)」

「(ヴォルは遊の護衛を頼む。ルポとリカメンがついているから心配しなくていい)」

「(……はい、ボス)」


 ボスは不安を取り除くように、にこりと微笑んだ。

本当に危機が迫っているなら、ボスはオレを外さない。

従うことにして頷くが、不安は拭えなかった。

 ボスは一体、何を見据えているのだろうか。

どんなに遠い未来だとしても、残されたファミリーのためとは言え、遺言書など……今は不安要素でしかない。


「ちょっと、ヴォル・テッラっ!」


 遊の鋭い声が飛び、オレは震え上がった。

 振り返れば、遊がキッと目を鋭くして睨み上げている。


「観光案内する気ないならそう言えば?」


 遊に頼まれ、ショッピングモール付近にあるおすすめの飲食店を紹介していた。

 だがついボスの遺言書について考え込んでしまい、それに遊は苛立ちを覚えたらしい。


「す、すまない」

「なに考え込んでいるのよ」

「いや、なんでもないんだ」

「……ふぅん」


 顔がひきつった。

腕を組んで遊は、オレを不機嫌に睨み上げる。あまりにもオレの態度が悪かったのだろうか。


「ところで、結局警察来なかったけど、いいわけ?」

「あ、それなら問題ない。聴取しなくてもいいよう、片付けておいた」


 昨日の強盗件については、警察側から遊の聴取を省いてくれると言った。遊も面倒と思ったのだが。


「……ふぅん」


 遊の機嫌は、変わらず悪いままに見えた。

 昨日より不機嫌だと感じる。


「……それで。ギャングの件は?」

「あ、ああ、それは気にしなくていい。遊には関係ないことだ」


 ギャングのことももう気にしないでいいと言ったのだが。


「……」


 今度は黙り込み、オレを射抜くような鋭い眼差しで睨んできた。

 怒りのオーラを纏う彼女から、黙って見守っていたリキが後退りして離れる。

 リキ達が集めた情報によれば、南からやってきたギャングを名乗る若者グループだそうだ。

ホテルやモーテルには泊まっていないため、まだ居場所は捜している。

 見付けたら一網打尽にすると決定し、それまで犯罪防止のために目を光らせて警戒するよう通達させた。


「……遊、なにをそんなに……」


 怒っているのかと理由を問おうとする。しかし、その前に遊が額を押さえた。


「頭痛か?」

「あー、別に。ただ苛ついてるだけ」


 不機嫌な声を吐き捨てるように、遊は黒髪を掻き上げてオレから目を逸らす。

 逸らした先になにかを見付けたらしく、きょとんと目を丸めると「あ」と漏らした。

 その方を振り返れば、二車線向こうの道に見える路地に、若い男が数人集まっている。

柄の悪い印象を抱く服装だった。


「ギャングじゃん」

「! ボスもいるのか?」

「……いや、いない。一人見覚えあるくらい」


 例のギャング。

ボスが不在なら、一部だろうか。今のところ二十人ほどのメンバーだと聞いている。

 ここはリキに監視を頼み、メンバーと住み家の把握をしてもらおう。


「……?」


 気付くと、遊がオレを見上げている。なにかと首を傾げた。


「今潰さないの?」

「……いや、今はだめだ。遊がいる」


 あのギャング達に忠告してもいいが、どうせ喧嘩に発展する。オレだけなら問題ないが、遊まで守れるかは自信がない。

 ……遊は、大人しく立っていてはくれないだろう。


「……」


 遊はまた不機嫌そうに顔をしかめる。

それから間もなく、遊が歩き出した。二車線向こうのギャングの元に行こうとしたため、慌てて腕を掴み止める。


「な、なにするつもりだ?」

「ギャング退治」


 あっさりと遊が答えるため、オレは面食らう。

その間に手を振り払われ、遊は向こうの道に出た。横切る車のせいでオレもリキも出遅れる。


「おい、負け犬ども。ぶちのめしてやるから、かかってきな」


 日本語で遊は言い放つ。

ギャング達は日本語を知らないだろうが、ニュアンスで挑発されているとわかったらしい。一人は遊に叩きのめされたこともあり、たちまち険悪ムードとなった。

遊はさらにかかってこいと指で招く。


「(やっちまえっ!!)」


 オレが場を納めようとしたが、手遅れだ。単細胞な連中で、女性相手にも喧嘩を始めた。

 大男が容赦なく遊の顔を殴ろうとしたため、間に入り拳を受け止め、腕を掴み全体重をかけて捩じ伏せる。

 そのオレの上を飛び越えて、遊は次に向かってくる男と対決した。

男のパンチが決まるより早く、遊の上段蹴りが決まる。それが倒れればまた次が襲いかかった。

 オレが押さえようとしたのだが、遊が足を下げることなくグルリと回って、回し蹴りを決めて吹っ飛ばす。

 何度見ても、遊の蹴りは強烈だと思う。格闘技を習っているにしては、喧嘩に躊躇なく使う。


「リキ!」

「はいっ!」


 リキに声をかけ、残りを叩きのめすことにした。

バタフライナイフを取り出したギャングを、遊に相手してもらいたくない。

 リキには他を任せ、バタフライナイフの男を相手する。突きの甘い。

 手首を掴み、腕をへし折り、足を崩して捩じ伏せた。


「!!」


 遊の後ろに誰かが立っていることに、気付いて目を見開く。

 彼女の後ろに立つのは――カルロ。戻ってきたんだ。

 完全に油断していた。腕が折れて叫ぶギャングを捩じ伏せているオレと遊の距離は離れている。

 カルロの弾丸から、遊を守れない。

 頭はそう判断したが、それでも遊を守ろうと腕を伸ばした。届かない。

守らなくてはならないのに、手は届かない。


「えっ」


 届かないと思った。

だが、遊がオレの手を掴んだ。自分の後ろにカルロがいると気付き、振り返らないまま前屈みになって後ろに足を振り上げた。

 忍び寄り銃を突き付けていたカルロも、三発目の弾が避けられて驚く。遊のブーツが銃を空に蹴り上げた。

 遊は地面に手もつかず、オレの手を掴んだまま、側転したかと思えば、その銃を受け止める。

 遊とオレの距離は、ぐんと縮まった。一歩動けば密着するが、遊は動かない。銃を持つ腕をリキが相手するギャングに伸ばした。

 そして、その三人のギャングの顔に命中させる。

ペイント弾。目に入ったのか、悲鳴が上がった。


「ナイス射撃ですねっ!!」


 リキが絶賛する。


「……胸狙ったんだけど」

「!?」


 遊は胸を狙ったにも関わらず、顔面に当てた。それにはオレもリキも驚愕する。

 遊から銃を取り上げようとしたが、遊は拒んだ。

 最初に遊が蹴り飛ばしたギャングが起き上がろうとしたため、遊はブーツで踏み潰した。


「尻尾を踏みつければ、頭が出てくる。出てこないボスは、ボス失格。出てきたらその時、一網打尽にしろ。出てこないならマフィア流に追い込んでしまえ」


 そのギャングを見下ろしながら、遊は吐き捨てた。その瞳は血に飢えているように見える。


「ところで」


 遊は、カルロを振り返った。


「空気読めっ!!」

「うわっと!?」


 カルロに向かってペイント弾を撃ち始める。カルロは間一髪避けて遊から距離を取った。

ギャングと喧嘩中にペイント弾で撃ったのだ。怒るのも無理はない。


「しかも頭狙っただろ!! てめえのオールバックを台無しにしてやるっ!!」

「ちょ、スミマセン! 勘弁してくださいっ! ついなんですって!」

「許るさんっ! 当たれ!!」


 遊は当たるまで撃ち続け、カルロは路地を駆けて逃げ惑う。

怒りが頂点に達してしまったのか、遊の口調が悪い。

 口調の悪い女性が、知り合いの中にいる。女王タイプと言うより親分タイプで強い彼女は元ギャングだった。

 それを思い出しながら、遊を見た。

 一般人と言うわりにしては、マフィアもギャングも怖がらない。ギャングに対する過剰な反応。喧嘩慣れした動きや、強烈な蹴り。時折出る口調の悪さ。

それから推測すると……。


「遊……」

「なに!?」


 ギロ、と鋭い目付きの遊がオレを振り返った。


「もしかして……ギャングか、なにかに……属していたのか?」


 率直に問うと、遊はビクリと震える。

目を開いたまま固まり、手にした銃を落とした。

 その反応は間違いない。図星だ。

遊は――元ギャングだった。




20140710

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