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06 三日目



 ホテルのように広いヴォルフ家の邸宅のその一室は、一時的に月島遊のものになっている。

 壁際に置かれた天蓋つきベッドには、遊とヴォルが並んで横たわっていた。

 遊はヴォルの袖を握り、ヴォルは遊に顔を向けたまま寝息を立てる。

 二人はベッドのそばに立つ人物には気付かない。


「……」


 マフィアのボスとは思えない優しげな雰囲気の美しい男性、六代目ボス、シリウス・ヴォルフ。

音もなくそこに佇み、青い瞳を細めて二人を見つめた。

 やがて、手を伸ばす。

その手は遊の首に向かったが、触れることはなかった。

カーテンの隙間から射し込んだ朝陽で、シリウスの金の首輪が光を反射し、それに遊がしかめる。


「!」


 ヴォルが気配に気付き目を開いたが、既にシリウスはいなかった。

 ぽかん、としながらヴォルは朝陽が漏れるカーテンを見つめる。

 すると、胸に重さがのし掛かってきた。

「うぐっ」と呻いていれば、ヴォルの上を遊が乗り越える。Yシャツ一枚の遊は、下に短パンを履いているとわかっていても、露出した肌には動揺してしまいヴォルは慌てて目を逸らした。


「おはよう、ヴォル・テッラ」

「お、おはよう! 頭痛は?」


 バスルームに向かう遊に、ベッドから降りてヴォルは慌てて問う。


「治ったわ」


 遊は笑った声で答えたが、振り返らない。


「昨日の服のままなんて、誤解されるわよ」

「……っ!?」


 付け加えて言った遊に、ヴォルは途端に顔を真っ赤にした。

朝帰りと誤解されかねない。

「へ、部屋に戻る!」とヴォルは逃げるように飛び出した。バスルームに入ろうとしていた遊は、壁に寄りかかり扉を見つめると黒い髪を掻き上げた。


「……バカ、狼……」


 溜め息のように、そう一言溢した。



 部屋に戻って支度しながら、ヴォルはぽつりと漏らす。


「今日は寝過ぎた……」


 一昨日眠れなかった分のように、昨夜は寝てしまった。


「……遊の隣で、ぐっすり……」


 ちょっと意外だとヴォルは驚く。袖を握られていたにも関わらず、緊張はいつの間にか消えて、心地よく眠った。

「今日は遊も元気そうだから……」と呟きながら、ヴォルは今日の計画を立てる。

 少し手間をかけて、ヴォルは廊下に出て遊の部屋の前に立つ。遊よりも早く支度が済み、胸を撫で下ろした。

 だがすぐに、気付く。

廊下の窓が空いていて、外に遊の姿を見付けた。

 初日に番犬がいるから庭には出るなと言ったにも関わらず、危険な庭に出てしまっている。青ざめたヴォルは慌てて窓から飛び出そうとした。


「遊……!?」


 窓辺に足をかけたところで、ヴォルはあまりの光景に固まってしまう。

 屈んでいる遊の目の前には、青っぽい灰色の毛並みの三匹の狼がいる。番犬として中庭に放し飼いにされているはずの狼達が、初めて見るはずの遊に噛み付かず礼儀正しく座っていた。

 警戒するどころか、目を見開いて「遊んで」と言わんばかりに遊を見つめている。


「本当に番犬?」

「ほ、本当なら……番犬として飛び掛かるが……あれ?」


 遊が首を傾げた。ヴォルは戸惑いつつも、窓から外に出てしゃがんだ。


「幼い頃から育ててきたが……初対面の相手に吠えないなんて、初めてだ」


 狼達の頭を撫でて、熱がないかと確認した。しかし熱ではない。


「遊は、動物に好かれる、のか?」

「……普通だと思うけど」


 ヴォルは信じられないと遊と狼を交互に見ている。首を傾げた遊は、しゃがんで狼を撫で始めた。

喜んだ様子の狼に、ヴォルはまた驚く。

 フリフリフリフリ。

狼達は激しく尻尾を振って、喜びを表現した。


「ヴォルアニキー!」


 そこで駆け寄るリキが呼んだ。後ろにはトニーを含むヴォルの部下が数人立って待っていた。


「! 遊、噛まれないように気を付けてくれ。ちょっとだけ離れるぞ」

「はいはい」


 狼の様子から遊を傷付けないとは思うがヴォルは釘をさしておく。

離れて部下の元に行くヴォルを、遊はあしらうように手を振った。

 それから頬杖をついて、部下と仕事の話しをするヴォルを見つめた。

つまらなそうにそっぽを向いてから、ふさふさした狼を撫でる。

 気持ち良さそうに目を細める狼を見て、機嫌が良くなった遊は静かに微笑みを溢す。

 ふと、建物とは別の影に気付く。

遊の後ろから伸びる大きな大きな影は、狼の形をしていた。まるで遊の背後に――――巨大な狼が忍び寄るよう。


「!」


 振り返った遊が目にしたのは――窓辺に頬杖をついて微笑みを浮かべたシリウス。


「おはよう、遊」

「……おはよう。……」


 挨拶を返してから、遊はもう一度地面を見る。大きな狼の影はない。


「片頭痛は大丈夫かい?」

「……大丈夫」

「それはよかった。次はヴォルに従って、安静にするんだよ?」

「……」


 体調を問うシリウスに、ヴォルは報告したとわかり、遊は横目で離れたヴォルを睨む。


「私もね、思春期の頃は片頭痛に悩まされた。ボスを無理矢理就任させられたばかりの頃が、一番酷かったんだ」

「……」

「……」


 遊は話し掛けるシリウスに背を向けたまま、応えることもなく狼を撫でる。

シリウスはただ微笑みを浮かべて遊を見つめた。


「……ねぇ、遊」

「……」

「添い寝なんて、少々卑怯ではないかい?」


 シリウスのその発言を耳にして、遊は立ち上がる。窓の隣の壁に寄り掛かり、腕を組むとシリウスを見ないまま鼻で笑った。


「ご心配なく。フェンリル六代目ボスが娘に選んだ男は、バカ一途なので」


 遊のその言葉にシリウスはクスクスと唇に拳を当てて静かに笑う。


「――――選んだのは、ロームだよ」


 そっと告げた。

遊は横目でシリウスを見つめて黙り込む。

シリウスの美しい顔を見つめたあと、部下と話しているヴォルに目を向けた。


「ギャングのことだけれど、君は関わらない方がいい。君の正体がバレてしまうよ?」

「……」

「話していないということは、知られたくないのだろう? ……君が何故、日本から逃げ出したか」


 遊はヴォルに目を向けたまま、自分の腕をきつく握り締めた。


「……選ぶ、という話に戻るけれど……あの答えは七日目の夜に聞かせてほしい。よく考えて」


 シリウスは優しく見つめながら、言う。


「選ぶのは、君だ。七日目の夜までよく考えて。答えを待っているよ、遊」

「……」


 自分の腕を握り締めながら俯く遊は、口を開こうとして閉じてしまう。

 もう一度、口を開くが声を出さない。一度閉じて、遊はやっと口を開く。


「あ、あの……お――!?」


 何かを言いかけたが、シリウスに目を向けてギョッとする。

 きょとんとした顔のシリウスの左右には、アッシュ色の髪でやけに耳の先が尖った男が二人いた。

一人は左目を隠すように前髪を垂らし、もう一人は両目を隠すように前髪を垂らしている。

 それでも二人が遊を凝視していることはわかった。

 足元にいる番犬と同じように、目を見開いて見つめてくる。

 ポカンとしている遊に、二人は窓から乗り出して、顔を近付けてきた。


「幹部のトゥロポ兄弟だ。リカメンとルポ」


 右目を出した方が兄のリカメン。両目を隠した方が弟のルポ。

 じっと前髪越しから見つめる二人は、クンクンと遊の匂いを嗅ぐ。遊は戸惑い、身を引いた。


「ふふ。二人は野性的でね。どうやら君を気に入ったらしい」


 シリウスはクスクスと笑う。トゥロポ兄弟を警戒しながら、遊はシリウスに呆れた目を向けた。


「遊、仕事が終わったら構ってあげてくれないかい?」

「……犬か。ああ、狼だっけ?」

「ふふ、ヴォルフ家と同じく、トゥロポ家も狼だったという伝説があるよ」


 足元の番犬と似たような扱いだが、狼だったという伝説の家系の末裔。

狼のように野性的だから、シリウスはそう言うのだ。

 狼だったという伝説を持つフェンリルファミリー。


「ボス! おかえりなさい!」


 そこでヴォルが駆け寄り、シリウスに挨拶した。


「リカメン、ルポ。おかえりなさい……? なにか問題でも?」


 トゥロポ兄弟に挨拶しながら、ヴォルは遊を気にして問う。

 遊はなにも答えず、すれ違うようにヴォルの部下達の元へ向かった。

 真っ直ぐに遊が歩み寄るものだから、リキ達は身構える。しかしリキに用なんてない。

リキもトミーも横切り、遊が足を止めたのは、豊満な胸元を晒したスーツ姿の美女。ボブのブロンドを愛らしくカールした美女も身構える。


「ハァイ。男だらけだと思ったのに、君もマフィア? そのスーツ姿、とても素敵ね。名前は何て言うの?」

「め、メル……」

「メル? 名前まで可愛いね」


 にっこり、と遊は笑いかけてメルの手を取る。

女たらしみたいな挨拶にリキ達は呆然。

 同性も魅了する遊の笑みに、メルは見惚れまいとギッと睨み付けた。

そんな反応に、遊はメルに嫌われていることに気付く。その理由は簡単に予測できた。


「ふーん……ヴォル・テッラが好きなんだ?」

「!」


 リキ達に聞こえないように、遊は声を潜めて言い当てる。メルは眉間のシワを寄せて更に睨み付けた。


「同性には好かれる質だから、睨まれる場合は意中の相手と仲がいい時ぐらいなのよね。今、ヴォル・テッラが付きっきりのわたしに嫉妬してるでしょ?」


 そんなメルの睨みなど痛くもかゆくもないと言った様子で遊は笑う。寧ろ、可愛いと言いたげだ。

メルは恋敵を憎たらしそうに見つめる。


「誘惑してるみたいだけど……ヴォルには通用しないわよ。許嫁に一途なの。貴女がお嬢様でも、どんな手を使っても、彼の心は奪えないから」


 遊に、メルははっきりと告げる。遊がどんなに魅惑的な外見をしていようとも、どんな手で誘惑しようとも、ヴォルは許嫁を一途に想っている。

 しかし、遊は笑みを深めた。

同性のメルも思わずドキッとしてしまう妖艶な微笑だ。

 メルのカールした髪に軽く触れながら、遊は首を傾げて下から黒い黒い瞳で覗き込むようにして見つめて。


「ローム・ヴォルフからヴォル・テッラの心を奪うのは――――わたしよ」


 まるで誘惑するように囁いた。





20140704

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