(閑話)リキ
ど、ど、どうすればいいんだ!?
俺はヴォルフ邸宅の尊敬するヴォルアニキの部屋の前で、うろちょろとする。
現状報告にしにきたのだが、陽が上ってもいない早朝だというのに、ヴォルフアニキは部屋にはいなかった。
ダイニングルームにも庭にもいない。他に考えられる場所は一つ。
ヴォルアニキは、ボスから離れて月島遊の護衛をしている。その遊さんから離れないはず。
だがら……恐らくヴォルアニキは遊さんの部屋にいる!!
あのヴォルアニキが、女性の部屋にいる!
女性の部屋だから俺は覗けないし、確認できないけれど、きっと隣の遊さんの部屋にいるはず!
護衛のために部屋の中にいる可能性もあるけど、でもでも、この邸宅にいるだけで安全は十分!
だからヴォルアニキが遊さんの部屋にいる理由は他に……きゃーっ!!!
「そ、そんなわけ、そんなわけない……」
ぶつぶつ言いながら、ヴォルアニキと遊さんの部屋の前をうろちょろする。
ヴォルアニキは堅物って言われるくらい、許嫁に一途なのに!
巨乳で美人のメルに猛烈なアタックをされているのに、全然気付かないくらい堅物な一途なのに!
いや、でも昨日は、遊さんに口元でジェラートをなめとられ、ヴォルアニキは真っ赤になっていた。
あの妖艶な遊さんに誘惑されて、ヴォルアニキはっ……きゃーっ!!!
真っ赤になってしまう顔を押さえて、パニックになる。
アニキだって男だけれど、一途なアニキを誘惑するなんて、遊さんは小悪魔!!
あんな美人さんに誘惑されたら、男なら、男ならっ!
でもでも。
ヴォルアニキには、許嫁が……。ボスの愛娘様が許嫁なのにっ……!
ど、どうしよう!
どうしよう! アニキの舎弟として、どうしよう!?
知らないフリをする!?
「おはよう。リキ。早いね」
「!?!?!?」
後ろから、優しい声がかけられて、俺は声にならない叫びを上げた。
六代目ボス、シリウス様が微笑んで俺を見下ろしている。
ひぃいいっ!!
ヴォルアニキが、ヴォルアニキが、窮地!? 修羅場!? 最悪処刑される!?
ひぃいいっ! 俺がアニキを守らなきゃ!
でもシリウス様に嘘なんてつけられないぃいっ!!
「ヴォルに用なら、一緒に訪ねよう?」
「ひ、い、いや、そのっ、アニキはる、留守でしてっ……」
「部屋にいないのかい?」
緊張でガチガチに固まってしまいながら、答える。シリウス様は首を傾げた。
すぐにシリウス様の青い瞳が、ヴォルアニキの部屋の扉から隣の遊さんの部屋の扉に向けられる。
ぎゃーっ!! シリウス様が速攻でヴォルアニキの居場所に気付いてしまったーっ!!
「いや、あの、あのっ、ええっと……」
青ざめながら、ヴォルアニキを守る方法を考えたけれど思い付かない。
どうしよう! どうしよう! アニキ!!
「……ふふ。心配ないよ、リキ」
シリウス様は言うと、俺に手を伸ばして頭を撫でてきた。
緊張がふっと消える。
「君は出直してくれるかい?」
「あ、はい」
なでなでされ、ちょっと照れた。
シリウス様の手、あったかい……。
シリウス様はにっこりと微笑むと、遊さんの部屋の扉を静かに開いて中に入っていった。
入っていった……。入っていった……。入っていった!?
涙を堪えながら、俺はダッシュでその場から離れて出直すことにした。
ヴォルアニキー!!
どうか、ご無事でっ!!
20140701