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04 一日目



 朝早くに飛行機で着いたばかりの遊は、疲れたようで終始欠伸を漏らしていたから、街の近くを軽く案内するだけに留めてヴォルフの邸宅に戻った。

 彼女の部屋の案内と、また家の中を案内すれば夕食の時間となったため、ダイニングルームに案内する。


「朝と夜はダイニングルームでファミリーと食事だ」

「で? 席はどこ?」


 邸宅に住むファミリー全員が座れるように作られた大きな大きな長テーブルが置かれたダイニングルーム。

 ファミリーはもうその場にいて、遊の噂をしていた。


「(あの少女が?)」

「(ヤクザだってよ)」

「(だからギャングを……)」


 リキが大袈裟に話していたせいで、間違った情報が広まっている。今は英語が通じないから気付いていないが、遊が知ったら怒るだろう。あとでちゃんと訂正しなくては。


「六代目の右側に座るよう言われている。ここだ」


 本来はオレの席だが、六代目ボスが指定してきた。ここが最も安全でもあるため、今は三人も幹部が留守のため席は空いているから、オレの椅子を引いて座らせた。


「噂で聞きましたよ」


 遊の後ろにカルロが立ち、背凭れに腕を乗せて話し掛ける。


「ギャングを一人で潰したって?」

「誰よ。歪曲した噂を流したのは。リキを呼べ」

「今訂正する」


 カルロがわざわざ教えてしまい、眉間にシワを寄せた遊がオレを見上げた。

リキだとわかっている。


「(お前達! リキが大袈裟に言っただけだ。客人の噂で妙に騒ぎ立てるな)」

「(ヴォル。ギャングをのしたのは事実なんだろ?)」


 訂正すれば一番近くにいたオレより歳上の部下のトニーが応えた。

 リキより先輩で誇張した噂だとわかっていたようだ。わかっているなら、噂が広まらないように阻止してほしかった。

 襟元は刈り上げている茶色の髪型で無精髭のトニーは妻と子を持つ父親でもあるおかげか、リキのように若いファミリーの面倒見がいい。

オレも昇進する前は可愛がってもらったが、正直今も可愛がられているような気がする。


「(護衛が必要ないくらい自分の身は守れるのにお前が護衛につくなんて……一体どんな重要人物なんだ? 教えろよ)」


 オレに肩を回して遊に聞こえないように問うが、遊本人は英語は耳にも入れていない。

それはオレが聞きたい。

 すると遊を近くで見たトニーが目を丸めた。


「(アレ!? 六代目の娘さんにそっくりじゃねーか! もしかして!?)」


 トニーが大声を出したため、その場にいたファミリーがざわめく。余計に騒ぎになってしまうじゃないか。


「(いや、確かに似ているが、彼女は月島遊だ)」


 トニーにも周りにも、オレはちゃんと否定をした。

ロームは青い瞳。遊は黒い瞳だ。


「何? 何の話?」


 自分の名前を耳にして漸く遊がオレを見上げて興味を示す。


「ヴォルの初恋の人ですよー」


 トニーは遊にわかるように日本語で答えた。

ロームの話のため、オレの心臓がドキッと跳ねてしまう。


「今回の試練はその初恋の人と結ばれるためのものなんですよ」


 背凭れに腕を置いたまま、カルロまで遊に話し出す。


「確か、写真持ってたな。いつもつけてるブレスレットに」


 ロームの写真を持っていることまで話されてしまい、オレは恥ずかしさに真っ赤になる。

 遊が頬杖をついて「へぇー」と相槌を打ち、黒い瞳で見上げてくるから、顔の熱さが増した気がした。


「ヴォルは彼女の話になるとすぐ真っ赤になる。可愛い奴でしょー」

「彼女にゾッコンなのさ。出逢ってすぐにプロポーズしたんだ」


 カルロもトニーも挟んでいるオレが真っ赤なるのを面白がる。昇進しても、これは昔から変わらない。


「へぇー。どんな子?」


 大して興味がないような反応をする遊だったが、立ち上がるとオレの両手首を掴んだ。

彼女が触れてきて、オレの心臓がまたドキッと跳ねた。

 遊はすぐに左手首につけたブレスレットを見付けると、写真を入れたチャームを開ける。

 ボスから譲られた可愛らしく笑っている三歳のロームの写真。

 見た瞬間――――遊は黒い瞳を見開いた。


「――――……ロリコン? うわぁあ」


 青ざめたような顔で瞬時にオレから離れた。


「違う!! 十五年前の写真だッ!!」


 あらぬ誤解を即座にとく。

頼むから、そんな誤解で引かないでほしい。


「何故十五年前の写真なの?」

「十五年前に会ったきりだからです」


 遊の疑問にカルロは答えた。


「ヴォルは十五年前に一度だけ会った彼女を、一途に想っているのですよ」


 そんなことまで話され、オレは赤くなったまま俯く。遊はオレを見つめるとやがて。


「一途って言うか、バカね」


 強烈な一言を放ってきた。グサリとオレの胸に突き刺さる。


「死んでないなら会いに行って、今の写真貰いなさい。想っているのに、それでも男なの?」


 グサリ、グサリ、と遊の言葉に、オレの胸に突き刺さった。

倒れてしまいそうになり、テーブルに腕をついて堪える。


「初めて会った時、プロポーズを断られてしまいましてね。それから彼女に相応しい男になるべく、頑張ってきたのですよ」


 カルロがなにも言い返せないオレのために、フォローしてくれた。


「相応しい男って、どんな男?」


 遊がオレに向かって問う。


「ボスのように……かっこいい男……」


 なんとか顔を上げて答える。

オレが目指す男は、ボスのようにかっこいい男だ。あの人以上にかっこいい男は、いないはずだ。


「フッ」


 遊は鼻で笑った。

バカにしたようにオレを見下ろす笑みは、バカと言われるよりも強烈すぎて膝をついてオレはテーブルに突っ伏する。


「あぁ、ごめん。今のはヴォル・テッラを笑ったわけじゃなくて」


 遊が訂正する。

見てみればまた、鼻で笑っていた。


「目指しているかっこいい男とやらは、独身じゃない」


 鼻で笑った相手は、ボスのことだったらしい。

ハッとして振り返ると、壁に手をついて落ち込むボスがそこにいた。


「ボ、ボスぅうううっ!!」


 オレもトニーも慌てれば、見守っていたファミリー達が駆け付ける。


「ボスは独身でもかっこいいです!」

「そうです、ボス!!」

「世界で一番かっこいいですよ!」


 落ち込むボスを必死に励ました。


「本当にマフィア?」


 落ち込ませた本人である遊は一人だけ席について、呆れたようにオレ達を眺めた。

その隣でしゃがんでいるカルロは、思いっきり笑っていた。


 立ち直ったボスとファミリーで食事を済ませたあとは、遊を部屋に送り届ける。オレは隣の部屋だから、なにかあったら気兼ねなく呼んでくれと伝えておいた。

遊は疲れているようだったから、多分もう部屋から出ないだろう。

 オレも少しばかり疲れてしまったから、寝る支度を始めた。

遊の護衛に専念するために、七日間はオレの仕事はカルロがしてくれるため、夜の時間が余っている。

ゆっくりシャワーを浴びて、明日は遊をどこに連れていくかを考えた。遊は特に希望がないらしいから、オレは彼女が楽しめそうな場所に案内しよう。

どうせなら、この街を好きになってもらいたい。

 初日からギャングやひったくり犯に遭遇してしまったから、挽回するためにも彼女が気に入るように努力しよう。


  コンコン。


 ベッドに腰を沈めて考えていたら、扉をノックする音が聞こえてきた。

 遊か?

すぐに扉を開ければ、予想通り遊がそこに素足で立っていた。ヒールがない分、身長が低い。

そんな彼女は――――白いYシャツ一枚姿だ。


「眠れない……」


 袖で隠れた手で、閉じた目元を擦る彼女は眠気たっぷりの声を出す。


「部屋広すぎ……落ち着いて眠れないから……」


 左手を伸ばすと、遊はオレのシャツの裾をキュッと掴んだ。


「添い寝して」


 あまりにも眠気たっぷりの声に、すぐに頭が理解できずポカンとしてしまった。


「え?」


 やっと反応ができたが、遊は目を閉じたままオレのシャツを引っ張りズルズルと隣の部屋に向かう。

Yシャツの下には、一応黒い短パンを掃いていたようでちらりと見えた。

 それからやっと遊が頼んできたことがなにかを理解した。


「ええぇえ!? ちょ、それはッ」

「さっきなんでも気兼ねなく頼んでいいって言ったでしょ。バカ一途を信じる。隣にいるだけでいいから」

「いやでもッ」


 彼女の部屋は隣。オレが踏みとどまるより前に、着いてしまった。


「狼狽えてるんじゃないわよ。こっちは眠いのよ」


 扉が開いたままの部屋に、げしっと背中を素足で蹴られて入れられてしまう。

傍若無人だ。横暴だ。

 あぅわぁああッ!!!

心の中で絶叫してしまう。

こうして夜に女性の部屋に入ったのは初めてだった。

普段なら客人の要望のためだと割り切れるが、遊がロームに似ているせいで緊張に襲われる。

 部屋の中は既に明かりが消されていて真っ暗だ。廊下から射し込んだ光が消えてなくなる。遊が扉を閉じたんだ。

 部屋の中で、二人きり。

何故か異常と思えるほど、強烈な緊張に襲われてしまった。

 遊は大欠伸を漏らすと、そのまま壁際に置いたベッドに乗って隅っこに横たわってしまう。

反対側の隅は、オレの場所なのだろうか。

とりあえず、腰を下ろす。

 すると遊が起きて、オレの肩を掴むと押し倒してきた。

目を見開いている間に、遊が自分も使っているシーツをかけると、また背を向けて横になる。

深く息を吐いて、今度こそ遊は眠るようだ。

 暗い部屋は静まり返る。


「……」


 ドクン、と心臓の音がよく聴こえた。

ドクン。ドクン。ドクン。

 い、いつになったら、自分の部屋に戻っていいだろうか。オレの方が落ち着かない。

 隣には、初恋の人に似た美少女。同じベッドにいることに、バクバクと心臓が跳ね回る。

 意識するなと言い聞かせた。彼女はロームではないんだ。

言い聞かせると昼に見た遊の微笑みが浮かんでしまい、胸が苦しくなるほど高鳴ってしまった。


「なんで……」


 遊が口を開く。少し驚いたが、聞き取ろうと耳をすませる。


「ボスが父親がわりなの……?」


 オレの父親代わりがボスだということを、恐らく夕食前のあの時にカルロから聞いたのだろう。

それを言われても、別に構わない。


「……事故で、亡くなったんだ。オレが産まれてすぐに。ボスとは父が親友でその縁で引き取ってくれたんだ。オレだけじゃない。縁があって孤児で養ってくれた者はファミリー内でも少なくない」


 ここに住むほとんどが引き取られたようなものだ。リキもそう。トニーは今は家庭を持っているが、彼もそうだった。


「……このファミリーは、好かれているみたいね。クレープの店長も親しげだったし、恐怖とかで支配するマフィアではないのね」


 マフィアのイメージと違ったようで、遊は感心したように漏らす。

 英語の全ては理解できなくとも、オレ達マフィアに怯えていないことはわかったらしい。無関心と言った態度だったのに、ちゃんと見ていたのか。


「元々、ファミリーとシマを守る組織だったから……恐怖で支配なんて、ない」


 ルールを破り犯罪を侵すならば、恐怖で罰することはある。だがそれは言わないでおこう。ボスから言われているし、そういう仕事だけは見せないようにしなくては。


「ふぅん……。カルロだっけ? 貴方のことを褒めてたわよ。バカまっすぐにボスを目指して、右腕まで上り詰めたって」


 オレがボスを励ましていた間に、カルロはまたフォローしてくれたようだ。

少し照れてしまう。


「初恋のために。ボスのために。ファミリーのために。今まで一途に生きてきた貴方は、かっこいい男だと言ってたわ」


 暗い部屋に静かに響く遊の声は、囁くように優しげで、子守唄のように眠気を誘ってきた。

カルロがそこまで褒めてくれたことは嬉しい。遊が思っていることではないが、彼女が口にするとより嬉しさを覚えてしまう。


「ま、初恋の相手本人がそう思わないなら、意味がないわよね」


 グサリ、と付け足された言葉がまたオレの胸に突き刺さった。

 遊は、毒舌だ……。


「それにしても……カルロって、信用できない男よね」

「え? ……何故?」

「ああいう男って、平然と嘘をつく。大嘘つきの食えない奴って感じがするから。何故幹部なのか、いまいち理解できないわ……」

「……?」


 オレのフォローをしたカルロのことは悪い印象を抱いたらしい。

 カルロは六代目を就任してから支えていた幹部なのだから、ボスからも信用の厚い男だ。


「でもファミリーのほとんどが、いい人間で、いいマフィアだってことは今日よくわかったわ」


 やはり無関心といった態度をしていても、遊は周りをよく見ている。

 洞察力に優れていて、かつ喧嘩も強い。一体何者なのだろうか。


「貴方の初恋の相手とは、どうやって出逢ったの?」


 遊がロームの話を振るから、気が逸れる。ドキ、とした。


「彼女とも縁があって、生まれる前から親同士がその気で、名前をイタリアの街の名からとったんだ。イタリアで式を挙げると話していたらしく、だから生まれる前から許嫁だったんだ」

「ノロケは聞いてない」


 ついノロケてしまい、遊に機嫌の悪い声で遮られる。

ノロケはだめ、だな。


「ロームはローマからとったのね、ふぅん」

「ああ」


 生まれる前からの許嫁。

知らないままオレは初めて目を合わせたロームにプロポーズをした。


「初めて逢った時、幼すぎて覚えていないけれど……ロームは本当に素敵な娘なんだ……」


 ロームを想い、口元が緩んでしまう。


「写真の中の、ビデオの中の、彼女を目にする度、胸が高鳴る」


 何度でも、何度でも、目にする度に、恋をしていると感じる。

何度も彼女に恋をするから、だからこそオレは一途に生きてこれたのだと思う。


「たった一度会っただけだが……この気持ちは本当に恋だとオレは思う」


 遊はバカだと言ったが、オレはこの気持ちは本物だと信じている。

 これはノロケだと、ハッとした。

ノロケはだめだ。また遊が怒る。

 慌てて話題を変える。


「遊の両親は……」


 両親について知ろうと、振り返る。

 そこにはいつの間にか寝返りを打った遊の寝顔。

暗さに慣れた目に、綺麗な寝顔が映る。

 いつの間にか緊張がとけて落ち着いて話ができたのに、遊が目の前で寝ていることに緊張が波のように押し寄せてきた。

 ドドドドッ、と跳ねる心音が、シーツから遊に伝わってしまいそうだ。

 遊は眠ったことだし、オレは自分の部屋を出ようとした。


「煩い。動くな」


 !?

遊が目を閉じたまま苛立った声を出す。

ベッドから降りようとする震動で目が覚めたらしい。

どうやら敏感らしく、些細な物音にも起きてしまうようだ。

 ……!? オレ、部屋を出れないじゃないかっ……!

 遊が眠るまでの約束。しかし部屋を出ようとすれば遊の眠りを妨げる。

オレに残されたのは、このままじっとしていることだけだった。

 ロームによく似ているせいで意識してしまう遊の寝顔は、クッションを間にそっと置いて遮る。

そのクッションに熱くなる顔を押し付けた。

 ああ……眠れそうにない。




20140624

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