21 お父さん
とある古びた屋敷に、ヴォルは来た。扉を乱暴に開ければ、出迎えられる。
「あっ、ヴォル兄貴! お帰りなさいっ!」
「サプラーイズッ!!」
パンパパパン。とクラッカーの破裂音が響き渡る。飛び出した紙吹雪と長い紐などがヴォルと、ヴォルに抱えられたロームの頭に乗っかった。
「……」
「……」
二人は沈黙する。Happy wedding dayと書いてあるそれを、ロームは冷めた目で見た。
「……あれ。遊さんじゃねえか!?」
「遊さんをなんでっ……」
ヴォルがお持ち帰りしているんだ!!?
一同はそう驚愕した。だがそんなこと関係ない。
「幸樹さん!! 手当てをしてくださいっ!!」
「!?」
「ソファー空けろ!! 殺し屋が送り込まれたっ! 侵入者を許すな! 配置につけっ!!」
空いたソファーに抱えていたロームを下ろして、ヴォルは指示を飛ばす。
「はいっ」とバタバタ配置につき始めた。
「はい。ドクターです。診せてください」
「すみません、幸樹さん。撃たれました、貫通はしていません」
「……日本人?」
茶髪の男性が微笑みを浮かべて、ロームのシャツを脱がす。ファミリーは全員アメリカ出身に対して、この男だけは日本人に見えたことに疑問を持つ。初めて見る。
「椿の兄です。笹野幸樹です、よろしく。ローム・ヴォルフさん」
「椿さんのお兄さん……」
椿の兄と名乗るには似ていない。だが美男に違いはなかった。
ロームと聞いて、周りはざわつく。ロームもヴォルも気に留めなかった。
「気に入ってたシャツなのに……」
「弾丸を抜きますよ」
「どうぞ。っ……」
キャミソール姿で弾丸を摘出されるロームは、唇を噛み締めて悲鳴を堪え切る。そんなロームを、幸樹は見つめた。
「ヴォル。入り口は固めたぞ。アリビトの殺し屋か」
「ああ……恐らくな」
「取れました。骨に問題はない。今から縫いますね」
「はい」
ロームは、幸樹の言葉に素直に従う。
「すまない……ローム」
ヴォルは弾丸から守れなかったことを謝罪した。
「……犯人はアリビトで間違いないんだろうな?」
「ああ。ボスは幹部の票で決まる。アリビトに票は入らない、だから君を消そうとしたんだ」
ロームの問いに、ヴォルは答える。
「ボスになったフリをしてやる」
ソファーの背凭れから見下ろすヴォルに、ロームが告げた。
「……え?」
「ボスを決めるのはいつだ?」
「明日だ」
「偽の首輪を用意しろ。要はその首輪をつければいいんだろ?」
ロームはギロリと鋭い瞳でヴォルを睨み上げる。
「目の前で首輪をはめて、あたしに牙を立てたクソ野郎の牙を砕いてやる……!!」
ドンッと言い放つ。
その気迫に、リキ達は気圧された。
「欲しがっているボスの座を奪って逆撫でしてボロ出させてやる。自白させればボスになれないだろ」
頼もしい。一同はそう思った。
「わかった、手配する。……大丈夫か?」
ヴォルは頷いてからロームの容態を気遣ったのだが、ロームの気が逸れる。ロームの足元に小さな生き物が現れたからだ。
「犬……?」
「いや狼だ」
「また狼かよ」
それは小さな狼。純白で青い瞳をしている。
「名前はケルベロス」
「へぇ……可愛いな。ヴォルのペット?」
名前に反して、見た目が仔犬のように愛らしいケルベロスの耳を撫でて、ロームは微笑を溢した。
今日初めて見た柔らかい表情だ。
今日初めて優しく名前を呼ばれたのだ。
それを見た瞬間、ヴォルは赤面して自分の胸を押さえた。隠しきれないと思い、ソファーの背もたれに身を隠す。目撃したリキ達は、ギョッとした。
「いや6代目のペットらしい。現場にいたと聞いた」
ロームの返事はない。
「何赤面して隠れているのですか、ヴォル坊。終わりましたよ」
「あ、はい」
幸樹に呼ばれ、ヴォルは立ち上がった。覗いてみれば、肩に包帯を巻いたロームは瞼を閉じている。
「気を失いましたよ。強い子だ、”痛い”とも言わず、悲鳴も上げないなんて……」
「……。ありがとうございます、幸樹さん」
「礼には及ばないですよ。じゃあ私はこれで失礼しますね」
「はい」
「守り抜いてあげてくださいね、大事な初恋の人を」
微笑みを残して、幸樹は屋敷を後にした。
「……絶対に侵入者を許すな。彼女を守るぞ」
ヴォルは強い口調で言い放つ。それに一同は賛同した。
その夜。悪夢に魘されて、ロームは目覚めた。
広い一室のベッドに横たわっている身体を起こして、額を押さえる。
「オヤジのせいで嫌な夢を見た……」
その呟きを聞いたのは、ケルベロスだけ。
肩の痛みに耐えながら、ロームは部屋を出る。
外には壁に凭れてヴォルが眠っていた。一瞥するだけでロームは声をかけずに階段を下りる。一階にあるキッチンを見つけ出して、水道から水をコップに流し込んで飲もうとした。
そこで背後に人影が立つ。ヌッと伸びてくる手。
ロームは回し蹴りを上げる。
それはパシッと受け止められた。
「おっと!」
顔の手前で受け止めたのは、トミー。
しかし、ロームはそれだけでは止まらなかった。
キッチンに手をつくと、身体を捻り左足も上げる。
ゴッと鈍い音が響いた。
それを目撃したのは、目覚めたヴォルとリキ達だった。
「あたしに忍び寄るな」
「すんませんっ」
倒れたトミーを尻目に、ロームはテーブルにつく。
「コラ。テーブルの上に乗るな」
そう声をかける相手は、テーブルに飛び乗ったケルベロス。
「ん? この腕輪……」
ロームが、ケルベロスの右腕に腕輪がある事に気が付く。金で出来ていて、ひし形の青い宝石が嵌められている。
「ああ……ディールの首輪と同じデザインだな」
「ふーん」
適当に相槌を打ち、ロームはケルベロスを膝の上に乗せた。
「偽の首輪はカルロが用意するそうだ。明日持ってくる。だが……」
「……何?」
「その……もう一度考えてほしいんだ」
向かいの席に座って、ヴォルが告げる。
「オレ達のボスになること」
ヴォルは続けた。
「オレも気付けなかった殺し屋の攻撃に反応して避けた。自分の命を狙う者と向き合う度胸と、気丈で強い精神。君には素質があると思うんだ」
「断る」
ロームが一蹴する。
「マフィアのボスの素質? 馬鹿じゃねぇの?」
「いやいやオレ達から見ても遊さん……いやローム様には、素質がある。頼もしさがあるっていうか」
「カリスマ性じゃね? 流石は6代目の娘さんだ」
「頼みます! なってくださいっ!!」
リキ達は揃って、遊ことロームを褒めた。
「歴代最強でファミリーに慕われるボスの遺言通りにしたいと?」
ロームの膝の上で、ケルベロスは尻尾を振る。
「ボスは必要だ。6代目の遺言通り、オレ達幹部が支えて守る。どうか……」
ヴォルがもう一度頼もうとした時、ロームは声を上げて遮った。
「あたしは父親の代わりにはなれない!!」
ヴォルは、ビクッと震える。
「なんでロクに知らない父親の遺言通りにしなきゃなんないんだよ!! 父親だろうが、ヴォルフの血だろうが、あたしには関係ない!! 自分が撃たれてやっと怒ったあたしを見てわかるだろ!! あたしは自分だけが大事だ! 何かの上に立つ人間は責任を背負う!! あたしはそんな重いモン負えない!!」
ダン、と右手をテーブルに叩き付けた。ズキッと痛みが走り、ロームは顔を歪める。
「ロームッ」
「ロームって呼ぶな!!」
ヴォルに向かって、ロームは怒鳴った。
「ロームローム……うるせえんだよ」
「っ……」
ロームが一人二階の部屋に戻る。ヴォル悩んだ末に追いかけた。
「遊……すまない……」
「……」
「……遊?」
ロームは部屋に立ち尽くす。様子がおかしいと気が付いて、ヴォルは顔を覗こうとした。
「ちゃんと……呼ばなかった……」
「え?」
「一度も……お父さんって……呼びもしなかった」
「っ」
掠れた呟きを拾って、ヴォルは顔をしかめる。
そう一度も呼んでいない。ヴォルも知っている。
ロームが滞在中、シリウスにとっていた態度を、間近で見ていたのだ。
「お父さんと呼ぶ資格も、悲しむ資格もあたしにはない!! 継ぐことだってあたし自身が許さない!! 一度も、一度もあたしは素直に笑ってやれなかった! 一度もお父さんって呼びもしなかった!」
「ゆ……!」
振り返ったロームは涙を流していた。
ヴォルが酷く驚く。強いロームが泣いた。
しかし、当然なのだ。ロームは亡くしたのだ。父親を。
やっと会えた父親を。目の前で。
「嫌いって態度のまま…………あたしは何もしてあげられなかった。死んだあとに何かをしてやるつもりなんてない! あたしはっ、もうっ、放っておいてくれよ!!」
涙を手で拭ってロームは叫ぶ。
そんなロームを、ヴォルは抱き締めた。
「すまないっ……!! ローム!!」
全てのことを謝る。シリウスを守れなかったこと。
あの時、ロームのそばにいてやれなかったこと。
「っ……お前のせいじゃない」
ロームはヴォルを部屋の外まで押し退けた。そして扉を閉じる。
その扉に額を重ねて、ヴォルは呟く。
「すまない、ローム……一人で泣かないでくれ……」
それの呟きは勿論、ロームには届かなかった。
部屋に残ったロームは、涙を拭う。
「クソ……」
そのまま無駄に大きなベッドに倒れ込もうとした。
しかし、ピタリと止まる。
ベッドには、見知らぬ男がいたからだ。
「ケルベロスだよ、ローム」
ロームが叫ぼうと大きく口を開くと、ケルベロスと名乗る男は右腕を見せた。先程見た腕輪と同じだ。ロームは疑心暗鬼に睨む。
純白の毛皮を被っていて、口元しか見えない。すると男の後ろでもふもふの純白の尻尾が揺れた。
「狼が人間化するなんて……椿さんから聞いてないんだけど……裏現実の秘密の一つな訳?」
仕方なく、ロームは信じる。呆れて肩を竦めた。
「……ほう。聞いたのかい、裏の現実の話を」
「吸血鬼と悪魔がいるって聞いたけれど、狼人間は聞いてないぞ」
言いながらロームは、ベッドに腰を沈める。
「吸血鬼の誕生は、聞いていないのかい?」
「聞いてないね」
「悪魔が作り出した存在なんだ。人間が願い、誕生した怪物さ。フェンリルファミリーも悪魔に願い、ファミリーを守る力として狼の力を与えられた」
「……ちょっと待て。じゃあ狼人間の血を継いでるってことなのか?」
「そうだよ。上層部全員が、その血を継いでいる。力までは継いでいるとは言い難いけれどね。初代に比べて、力は衰えた。狼に変身する能力も、子孫には受け継がれなかったからね」
「……焦った。あたしが狼になるのかと思ったわ」
ロームは額に手を置いて、フーと息を吐く。
「ならないよ、大丈夫」
ケルベロスは微笑んだ。
「……はぁ」
それを一瞥して、ロームはまた溜息をつく。くしゃりと髪の毛を掻き乱したあと、ベッドに倒れた。
「ケルベロスは、何なの?」
「ファミリーの危機に現れる……狼ってところかな」
「なにそれ……」
ケルベロスは、笑みを深めるだけ。
「じゃあアリビトを噛み殺してくれる?」
「それは出来ないけれど、君の助けならしよう」
「なにそれ、意味わかんない」
「ロームは目の前でディールの首輪をつけて、自白に追い込むんじゃなかったのかい?」
白い尻尾がフリフリと右側で揺れている。
ロームはそれを見ずに、天蓋の裏を見つめた。薄暗いが、フェンリルファミリーの紋章があるとわかる。それを見つめていた。
「嫌かい? 逃げ出したいかい?」
「うるさい、可愛い犬ッコロに戻れよ」
ロームが言えば、静かになる。スリスリと仔犬のようなケルベロスが擦り寄った。それを撫でてやって、ロームは眠りに落ちる。
やがて、気配に気が付き目を開く。
そこにいたのは、トミー。
「忍び寄るのも……」
やめろ、と言えなかった。ロームはトミーの手によって、口を塞がれたからだ。
「すまないっ、娘が危ないんだっ」
「!?」
バチ。とスタンガンで感電させられて、ロームは気を失った。
20170809




