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16 満天の星の下



 豪邸を出て、煌びやかな街から遠退いて歩いていく。

 プライベートビーチでも良かったが、森の方がいい。遊の手を握り締めて、森の中を進む。街の灯りが届かないから、また携帯電話で足元を照らす。


「遊、上は見ないでくれ。手を引いているから」


 とっておきの場所から、星を見てほしい。

 遊の手を握ってしっかり先導した。


「はぁ……年上のくせに子どもっぽいな」


 遊は俯きながら、ため息をつく。

 カサカサと雑草を踏み越えながら、今の行動は子どもっぽいと自分でも自覚する。でも、きっとあの場所は最初に目にした方が、インパクトがあっていい。


「マフィアの右腕だから、最初は大人っぽいと思ったけれど」

「けど?」

「番犬の狼と一緒。尻尾を振る無邪気さがある。無邪気でバカ真っ直ぐで、バカなくらい一途で……とりあえずバカだな」

「褒めているのか?」

「褒めてるよ」


 バカとしか言われていない気がする。自分のことを話し出してくれてから、口調が戻ってしまっているせいもあって、少々悪くなっているだけだろう。オレの生き方を羨んではいるが、褒めてくれている。

 口を緩ませて、オレは進み続けた。


「もう……わたしの我儘に付き合うことないのに……本当に、バカ優しい男……」

「着いた!」

「話聞いていたか? バカ男」


 早く見てほしくって、オレは遊を振り返って上を指差す。

 何故か怒った表情をしている遊が、上に目を向けてくれた。


「わぁ……」


 遊が、声を漏らす。

 純黒の夜空に、散りばめられた星が藍色に照らす。その星の数は、数多あって瞬く。それを森が縁取って、まるで輝く絵画。壮大で美しい光景。


「すごいなっ!」


 弾んだ遊の声に、オレは目を戻す。

 大きく開かれた瞳は、夜空と同じ色と輝きだ。きっとそれはプールサイドで笑い声を上げた時の笑顔。 星よりも、輝いて見える。

 こんな風に笑えるなんて……知らなかった。


「あ、首痛い、寝る。すっげー」


 ぱふっと草の上に寝転がって、嬉しそうに見上げる遊を見ていると、胸が熱くなる。どこか、覚えのある感覚。とろとろに溶けていきそうなほど熱く、溢れてきそうになる。

 片膝ついたオレは、その熱さを遊に告げた。


「好きだ」


 それは、告白。

 ポカンとした遊を見て、オレは我に返る。


「星がッ‼︎」


 シュバッと空を指差して、誤魔化した。


「……今コクられたのかと思った……。散々一途だって言ったお前が……びっくりするわ」


 呆気にとられている遊の隣で蹲って、オレは頭を抱えた。

 なにを口走っているんだぁああああぁあ!

 ロームに似ているせいか? なんで、こんなっ!

 心臓がバクンバクンと乱れてしまい、余計混乱してしまう。


「そ、そうだ、オレはローム一筋で、心変わりなんてっ」


 心変わりなんてしない。十五年も、ずっと。ロームだけを想っていたのに。やっと会えるということになったのに。


「別にいいんじゃない? 十五年の想いも打ち砕くような出逢いもあるよ。多分」


 遊が星を眺めながら、言った。


「至極激しく変わってしまうような特別な存在がいるんだよ。誰にだってな」


 オレに顔を向けると、遊はまた笑う。眩しい笑顔で。


「運命の人ってやつ」


 遊が右手で星を隠すように翳した。


「星が数個しか見えなかった夜空が出会った瞬間に、こんな風に変わるんだ」


 そっと右手が退けば、満天の星空。

 ドクンと鼓動が高鳴る。もう一度、遊を見る。


「その人がいるだけで、世界が変わって見える。世界で一番の人。ただ一緒にいるだけで楽しくてしょうがなかったり」


 遊と過ごした七日間は、とても楽しかった。

 ドクンと鼓動が高鳴る。


「その人の笑顔を見るだけで、胸が熱くなって高鳴る。この星空のように、目が離せない」


 遊から、目が離せない。

 ドクンと熱くまた高鳴る。速くなるそれに耐えきれず、起き上がって胸を押さえた。

 オレは……遊を……ッ!


「あ、きっとお前の運命の相手が初恋の子なんだろうな」


 !!!?

 遊の言葉に、混乱が悪化をする一方だ。

 ロームに恋をし続けたオレの世界は、輝いていたはずだ。ロームの存在が、オレを真っ直ぐに導いてくれた。

 だが、遊に惹かれている。こんなにも心を揺さぶられていることは、紛れもない事実だ。それはロームに似ているからではない。

 傍若無人でも、非道ではなく、優しさもある。不器用でもある優しさだが。驚かされてばかりいて、退屈なんてない。年相応に可愛らしい表情を垣間見るが、凛として美しい。冷たい雰囲気を纏っていても、情熱を抱いているそんな遊を好きになってしまった。


「浮気男みたいなかっこ悪いクズにはなるなよ」


 ズキッと突き刺さる言葉が、遊の口から出る。

 かっこ悪い男だ。十五年ものたった一人を想っていたのに、心変わりをしてしまったなんて。こんなかっこ悪い男を、遊は認めない。ロームだって認めてはくれないだろう。


「初恋の子に、プロポーズをするんだろう? ならここでしたら? わたしなら嬉しい」


 またズキッと胸が痛む。

 今のオレに、プロポーズする資格なんてない。試練に合格したが、認められるような男なんかではない。今のオレにプロポーズされて、嬉しいわけがない。

 整理をしなくては。この気持ちをどうにか。

 ふと、遊が笑い出した。顔を覆って身体を震わせて笑っている。


「……お前ってほんとバカだなぁー」


 オレのことを、笑っていた。


「ごめん」


 謝ったかと思えば、遊がオレの手に触れる。その手の指がゆっくりとオレの指の間に滑り込んで、絡みついてきた。触れている箇所から、別の熱さが宿って広がっていく。

 遊はオレを見上げる。星明かりだけでも、真っ直ぐに見上げていることははっきりとわかった。夜空と同じ瞳に惹きつけられて、気を抜けば顔を近付けてしまいそうだ。

 静まり返ったその場に、またドクンとオレの鼓動が響く。

 見つめ合う遊が、手を握り締めた。


「ヴォル……わたし……」


 震えた唇が、囁くようにオレを呼んだ。

 その声をもっと近くで聞きたくなって、近付く。


「わたしは……」


 その言葉の続きを、ちゃんと聞かなくてはいけない気がした。でも全身に回ってしまった熱で、意識は朦朧としてしまったかのようだ。

 遊の手を胸の前でギュッと握り締めて、唇に注目した。


「! 遊、立て」


 言葉の続きを待っていたが、遊に言ってからオレは周囲に注意深く見張った。遊とともに立ち上がる。


「誰だ‼︎」


 姿を見せるように声を上げた。

 草を踏み締める足音は、複数。重さと大きさからして、男達だ。ただ通りかかったものではない。敵意を感じて、懐のナイフに手を伸ばす。


「(そのままいちゃついてるところを邪魔したかったが、まぁいい。どっちにしろ、ぶっ殺してやる)」


 銃が見えた。星明かりで艶めくそれが、こちらに向けられる。暗闇に慣れた目で見えた男達は、十人もいない。柄の悪い服装と、立ち姿からして、ギャングだ。どいつも、怪我を手当てしたあと。


「あ。ギャングの親玉」


 背にした遊が、呑気に指差す。

 遊が初日にのしたというギャングの親玉。ならば、狙いは遊への報復だ。遊が出て行かないように、腕を回して引き寄せる。だが、流石の遊も本物の銃口を向けられて、飛び出す無謀なことはしないようだ。


「どうする、ヴォル・テッラ。幸い銃は一つだけだが?」

「遊は動かないでくれ。絶対にオレの後ろにいてくれ」

「あのな……もう試練は終わったんだ。怪我をしても取り消されないから、今ここで潰そう」


 声を潜めて作戦を立てようとするが、ここは遊にじっとしてもらう。確かに試練は終わった。それでも、滞在しているうちは、オレが護衛を任された。


「オレが守るから、信じていてくれ」


 目を合わせて、告げる。遊に怪我一つさせない。

 守り抜く。


「……わかった」


 遊が従ってくれた。オレも遊が離れないことを信じて、両手にナイフを握る。


「(二人揃って跪け!)」


 銃を向けるギャングの頭が、命令した。処刑スタイルでオレ達を殺したいのか。当然、命令を聞く気はない。


「(ここはフェンリルファミリーのシマだ。一度だけ警告する。今すぐこの街を出ろ、さもなくば容赦しない)」

「(うっせー! そんな古いマフィアに負けるかよ! オレのシマだ! さっさと跪け‼︎ すぐに蜂の巣にしてやろうか⁉︎)」


 警告はしたが、ギャングは喚いた。やはり喧嘩は開始されることは、避けられない。

 スゥ、と息を吐いて、吸い込む。銃口に集中して、構えた。


「(死ね‼︎)」


 ガウン、と放たれた弾丸を見開いた目で捉える。オレの首に飛んでくるその弾丸を純白のナイフで、真っ二つに切り裂いた。そして、息を短く吐く。

 なにが起きたのか、ギャング達はわかっていなかった。


「(は、外れたのか? し、死ね!)」


 困惑してざわめくが、ギャングの頭はもう一度発砲した。

 二発の銃声。向かってくる弾丸に反応して、また切り裂いた。パラッと威力を失った弾丸が、オレの足元に落ちる。


「(う、嘘だろ!)」

「(弾を切ったのかよ⁉︎)」

「(化け物だ‼︎)」


 動揺の隙をついて、オレは間合いに入って銃を切り落とした。銃を持つ手を引き、後頭部に柄を叩き落とす。ギャングの頭が倒れる。

 すぐさま、他の者は逃げ出した。

 ふぅ……深く息をつく。すると、遊がオレに掴みかかった。


「お前バカか‼︎ ペイント弾はともかく、本物の弾丸を切るなんて‼︎」


 初めて、遊が取り乱す。新鮮だと感じつつも、オレは平然と答えた。


「いつもやってる」

「どんな育て方されたんだ⁉︎」

「椿さんが弾丸くらい切れるようになれと」

「あのお姉さん凄すぎだろ‼︎」


 椿さん仕込みだ。軌道を見極めて、正確に刃を当てられれば可能だ。


「弾丸一つも通さない白牙の番犬……そういうことか」


 遊は力が抜けたような笑みを浮かべた。

 弾丸を真っ二つにしてきたから、オレは歴代史上最強の右腕と謳われるようになった。二つの純白のナイフは白い牙にも見え、だから白牙の番犬。

 オレも、遊の無事に安堵して笑みを返す。


「かっこいい男だな」


 遊が笑ってオレを認めてくれたから、また熱さが込み上がって喉から出てきてしまいそうになった。それをなんとか飲み込んだ。


「……ありがとう、遊」


 オレは、ただそれだけを伝えた。

 この想いはしまいこんで、ボスに相談しよう。合格を取り消すべきかどうかは、ボスの判断に任せる。オレの気持ちの変化を隠したまま、ロームには会えない。


「あ、時間だ。アースに行こう」


 集合の時間に遅れてしまう。オレはリキ達にギャングの回収をするように連絡を入れながら、もう一度遊の手を引いた。ただ、なにも考えないようにして、その手の温もりを握り締めた。


 ◆◆◆


 一方、その頃。

 別の街の路地に佇む紅い美女。弾丸を切るほどのナイフの使い手にヴォルを育てた笹野椿。

 ワインレッドのブラウスはボタンを開けて、豊満な胸元を晒していた。同じワインレッドのタイトスカートから伸びた足で仁王立ちした椿の瞳は、薄暗いでも妖しく紅く光る。その瞳は不機嫌そうに、足元を睨んだ。

 そこは調べている事件の現場。皮が剥がされるという猟奇殺人事件。遺体の発見現場だ。


「……なにも視えないの? ヴァッサーゴ」


 真っ黒な影ができた壁に寄りかかって立っている男に向かって声をかけるが、同じ妖しく光る紅い瞳を持つ男は沈黙を返す。

 その紅い瞳は、過去も未来も現在も視ることが出来る。


「……たっく」


 椿は、呆れる。髪を掻き上げて、苛ついたように考え込む。

 その瞳で過去を視たが、犯人はマスクとニット帽子で顔を隠していて素顔が視えない。男だということしか、わからなかった。


「顔が視えやしない。……いいわ、もう。ハウン、匂いで追跡して見つけましょう」


 ヴァッサーゴという男に向ける声とは違い、優しさを込めた声で椿はもう一人に声をかける。

 路地の奥からゆっくりと歩いて出てくるのは、十歳ほどの少年。艶やかな白銀の髪と、白いローブ。少年ハウンは、眠たそうに俯く。椿に歩み寄って、ギュッと腰に抱きついた。


「なに? 食事ならすませたばかりだから、喉渇いたわけじゃないでしょ?」


 椿はハウンの頭を撫でながら、顔を覗く。


「……くさい」


 ハウンは、小さく呟いた。


「匂いが辿れないってこと?」


 コクン、とハウンは頷く。


「じゃあ地道に調べなきゃ……」


 ため息をつきながら、椿はハウンの頭を撫でてやる。

「ククッ」とヴァッサーゴが笑い声を漏らした。

 次の瞬間、建物の上から男が降ってきた。

 ハウンは椿から離れて、飛び退く。椿も一歩離れた。

 さっきまで二人が立っていた場所に、男の掌が触れた途端に、クレーターが出来上がる。


「つぅーちゃーんー!」


 立ち上がった男は、パッと笑顔を向けると椿を両手で抱き締めた。


「白瑠さん……どうやってここを突き止めたんですか」

「愛だよぉ」

「正直その白瑠さんの私への追跡能力は、気持ち悪いです」

「ツンデレさぁん」

「ツンデレじゃないです」


 ムギュッと力一杯に抱き締められる椿は、抵抗しない。

 恋人の白瑠。デレデレと顔を綻んだ白瑠が頬擦りしてきても、そのままにしておいた。


「あのガキ殺していい?」


 笑顔のまま白瑠は、ハウンの殺害をしたがった。

 それには顔をしかめて、椿は押し退ける。


「なんでですか。仕事しているんですよ」

「いつもコイツじゃん。最近冷たいよぉ」

「コンビを組む決まりですし、冷たいのは気のせいです」

「冷たいよぉ」

「貴方が嫉妬しているだけです」


 不満を漏らしながらも白瑠は、椿の身体をなぞるように手を這わす。右手は、くびれたウエストから背中へ。左手は美しいラインのお尻へ滑り落ちる。そんな風に、身体を密着させて抱き締め直す。


「あっためてよぉ、椿」


 甘えたような声で求められた椿は、仕方なさそうにため息をつくと、白瑠の顎を掴んだ。親指で白瑠の唇を押し開ける。

 嬉しそうに笑みを深めると、白瑠はその指をくわえようとしたのだが、椿は避けた。


「あたしのどこが、冷たいのですか?」


 囁くように問いながらも、白瑠の唇を塞いだ。舌を絡ませて、濃厚な口付けを交わす。

 白瑠は上機嫌になって、その口付けを堪能する。


「仕事しているので、先帰ってください」


 すぐに椿は、白瑠を押し退けて離れた。

「ぶふ!」とヴァッサーゴは吹き出して笑う。


「ほぉらぁ、冷たいよぉおお!」

「浮気の一つでもしたらどうだ? 白野郎」

「ぶーちゃん、なに言ってるの?」

「てめーのその呼び方いい加減にしやがれよ」


 影にいるヴァッサーゴは笑うことを止めて苛立つ。

 白瑠はそれを気にしなかった。


「仕事ってぇ、なにしてるのぉ?」

「四年前の刑務所にあった死体と酷似した死体が発見されたというので、悪魔の仕業かどうかの確認と犯人の確保ですよ」


 歩き出しながら、椿は話す。


「悪魔だったの?」

「違うと思いますよ」


 ヴァッサーゴとハウンの反応を一瞥してから、椿は白瑠に答えた。


「でも……酷似しすぎていることが、気掛かりです」

「ふぅん……だから、ヴォル坊くんのとこに寄ったんだぁ?」

「ええ」


 何気なく出てきた弟子の名前に、椿は足を止める。


「……ちょっかい出してませんよね?」

「出す気ないよ?」

「ちょっかい出したのは、お前の方だろ。椿」

「え? つーちゃんが狼と浮気?」

「なんでそうなるのよ」


 妙な話に変わって、椿は額を押さえた。


「ヴォルのためにも、さっさとこの件を片付けたいんです」


 椿は、ハウンが動いていないことに気付く。

 立ち尽くしてハウンが見上げているのは、離れた夜空。先程まで晴れていたはずの空には、雨雲が浮かんでいる。


「……狼が……鳴いてる……」


 ハウンは、ポツリと呟いた。

 狼の遠吠え。それが、ハウンの耳に届いている。

 同じ方向を見ていた椿は、ゾクッとただならぬ気配を察知して身体を強張らせた。そして、なにも言わずに駆け出す。

 黙って見ていた白瑠も、ついていく。ヴァッサーゴとハウンは、音もなくその場から消えた。




20160602

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