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狼賊-フェンリルファミリー-  作者: 三月べに@『執筆配信』Vtuberべに猫


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16/25

14 七日目



 ヴォルフ家が所有するプライベートビーチに、遊を連れていった。

 水着を着たが、パーカーを上から着て遊は砂浜に座り込んだ。泳ぐつもりもなく、ただ海を見つめている。

 不機嫌だ、と主張する雰囲気を纏う彼女のために、泳ぐことを勧めず、パラソルを開いて立てて置く。

 サングラスをかけた遊が見つめる海は、白い砂浜と青い海の色が混ざり、水色に透けて見えた。押し寄せては引いていく波が、太陽の光を反射しながら揺れている。

 ここのビーチは、都会の音は聴こえず、波の音が心地いい。

 静かな遊の隣に座って、黄昏てみた。いつしか遊も不機嫌な雰囲気も消えて、ただただ海を眺めたからだろう。会話もなく、一時間ほど過ぎる。


「……どうかしたのか?」

「……ん」


 訊いていい頃合いだと思ったが、遊は上の空。遊の黒い瞳は、ぼんやりと海だけを見ている。

 ボスの部屋を訪ねてから、何かに怒っているようだが、その理由は教えてもらえない。


「明日が、最終日ね」


 潮風が、遊の黒髪を舞い上がらせた。オレの七日間の試練の最終日。


「ロームと会えるかどうか、明日で決まる」

「ああ……」


 明日をクリアすれば、ロームに会える。そう思うと熱い高揚感が込み上げた。しかし、それを冷ますような冷たさも襲い掛かる。


「まぁ、ロームと会えるかどうか、わたしの気分次第で決まるんだけどね」

「え゛っ」


 遊が隣で、嘲笑を浮かべた。


「だいたい、ロームがとんでもないブスに育っていても、大丈夫なの? 幻滅する前に再会は諦めたら? 百年の恋を冷ましたくないでしょ」

「またその話か……」


 オレは苦笑を溢す。


「再会したら、どんな話をしようかって、何度も想像したが……どれも実現しないだろう。予想なんて無意味で、ただ……」


 目を閉じると、結局再会を想像してしまう。


「ロームに、会いたい」


 そう口にしたのに、瞼の裏に浮かんだのは、青い瞳をした遊。

 ギクリとして、目を開く。今朝の夢を引き摺りすぎだ。動揺する胸を擦る。


「……アンタってさー」


 横を見ると、遊は膝を抱えて踞った。


「本当に馬鹿野郎ね」


 強い風が吹いて、また遊の髪が舞い上がる。


「――――――――……」


 遊の唇が動いたのが見えたが、潮風と波の音で聞こえなかった。


「……遊、今なにか言ったか?」


 顔を覗こうとしたが、遊は答えず、立ち上がるとサングラスを落として海に向かう。

「ちと泳ぐ」とパーカーを着たまま遊は、浅瀬で少しの間、泳いだ。本当に泳げている。

オレは立ち上がり、波打ち際で遊を見守った。


「……最終日、か……」


 それは遊との別れを示すのだろうか。胸に痛みを感じたが、考えないようにした。




 七日目の朝。

 妙な暖かさに目が覚めると、またオレの腕の中に遊がいた。

 昨日のように驚いて飛び退かずに、ぐっと堪える。二日連続、遊を突き落として起こしたら、遊の体調が悪くなってしまう。堪えろ、オレ。

 オレの上に被さっているのは、遊の毛布だ。オレの腕の中で、遊は丸くなってオレの胸に顔を埋めている。

 とても、暖かい。

くすぐったい、規則正しい寝息も、シャツ越しに感じる肌の温もりも、毛布の中も。

 オレの顔まで、ガッと熱くなった。遊の甘い匂いで、満たされている。

心臓が激しく暴れ、呼吸もまともにできない。

 早く、早く、離れなくては。


「んっ……」


 息を止めて、強張る。

遊が動き、顔がオレの首元に擦りよった。

 熱さが増して、意識が朦朧としそうになる。

 遊を起こさないように離れる、ただそれだけに集中しようとした。

 遊の下にある腕を、慎重にゆっくりと引き抜こうとしたのだが。


「んぅ」


 たじろいだ遊の唇から、温かい息が吐かれた。その唇が、なにかを求めるように動いて、オレの首筋を這うから――――もう限界だった。

 勢いよく後ろに仰け反る。遊の身体の下から腕が抜けた途端、そばのコーヒーテーブルの角に頭をぶつけて落ちた。

 頭を押さえて、必死に声を出さないように堪える。遊を起こさないためだったが、腕を引っこ抜いた拍子で目が覚めたのか、遊の足音を耳にした。

 見ればソファーにいなく、遊はバスルームに入っていく。


「……な、なんなんだ……」


 首を押さえて、ソファーに顔を押し付けて項垂れる。

 昨日は、オレが寝惚けて抱き締めてしまった。だが、今のは、何故ああなってしまったのだろう。


「遊、あの、なんで」

「今日は七日目。朝から気を引き締めないと、失格になるわよ」

「あっ!!」


 バスルームから遊に言われて、ハッとした。慌てて立ち上がる。今日まで、気を緩んではいけない。

 急いで支度をした。

スーツをビシッと着て、ナイフを確認して、背中のホルダーにしまう。

 緊張が高まって、食事はまともに出来そうにもない。でも、行かないわけがない。

 遊とともに、ダイニングルームへ向かった。

今日の遊は、変わらないスタイル。足を包むのは黒のニーソと、黒のブーツ。黒のキャロット。

 上には白のブラウスと、黒いベストを着ている。ベストは背中の部分に紐がついていて、コルセット風だ。


「おはようございます、ヴォル兄貴、遊さん!」


 いつものように先にいた皆から挨拶をされ、挨拶を返す。

 リキにも挨拶を返して、遊のために椅子を引いた。

 しかし、遊はまた座らない。また白瑠さんがいるのかと、焦って周りを見てみた。けれども、いつも通り、ファミリー達しかいない。


「どうしたんだ? 遊」

「……」


 遊はファミリー達をじっと見据えた。首を傾げると、やっと答える。


「ピリピリしてない? なにかあったの?」

「ピリピリ?」

「えー? なんもないッスよー」


 リキは笑って答えたが、オレは改めて皆を見てみた。いつも通り賑やかに話をしている様子に見えたのだが、リキを始め、笑顔がぎこちない。

白瑠さんが現れた時とは違うタイプの緊張をしているようだった。


「ほら、席つけよ。おはようさん」


 カルロに背中を叩かれ、ボスが来たことに気付く。

 慌てて挨拶をすると、ボスはいつも通り柔らかく微笑んだ。

そして、いつも通りの朝食が始まった。


「ヴォル、黒猫さんから連絡はきたかい?」


 ボスに問われ、胸ポケットから携帯電話を取り出して確認する。


「ありません……」


 椿さんは、例の遺体の確認中。または、殺人犯の追跡中なのだろう。

 椿さんなら、見ただけで悪魔の仕業か否かがわかるはず。

 悪魔の仕業なら、すぐにでも連絡をくれる。だから、連絡がないことを安心すべきだろう。


「仕事が済んだら、立ち寄ってくれるだろう」

「……はい」


 ボスに頷く。

 オレはボスの青い瞳を横目で見つめた。

 ボスも心配なはずだ。ロームを狙う悪魔が、まだいるかもしれない。

 十五年も会っていなくとも、愛している娘だ。たった一人の娘だからこそ、不安も抱いているはず。

 けれども、ボスは表情を崩さない。ファミリーの皆に気付かせないためだろうか……。


「試練は最終日だね、ヴォル」


 ボスは、話題を変えた。

思わず、緊張がガッと高鳴り、カルロを見る。カルロは、そんなオレを笑った。


「食事中は流石にないって」


 食事中の発砲はない。

少し、警戒を緩めた。


「終わったら、一緒に私の部屋に来てくれ」

「あ、はい……」


 ボスに部屋に呼ばれ、返事をする。そのあとに、遊の顔色を窺った。遊は皿の上の人参をフォークで刺しそびれ、ガチンと音を鳴らす。

 ……不機嫌だ。

 昨日ボスの部屋を訪ねたあと怒っていたが、まだその件を引き摺っているらしい。

 鋭くなった黒い瞳は、テーブルについているファミリー達に向けられた。まるで見張っているようで、オレは交互に見ては首を傾げる。

 食事を終えたあと、すぐにボスと遊と書斎へ行った。

 どっしりとした机を見たら、ここで初めて遊と会ったことを思い出す。途端に、チクリと胸が痛んだが、その原因を考えないように振り払う。


「さて。最終試練の最終日だね。カルロの最後の一発を防いだ時点で、合格だよ」


 椅子に深く腰を下ろしたボスからの言葉に、心情は複雑になる。

 あと一発。あと一発なのだが。

 なによりも、プレッシャーの重い一発だ。


「この試練をクリアすれば、正式に娘の婚約者と認める。あとはヴォルとローム、二人が決めればいい」

「……はい」


 ボスから、正式に認めてもらえる。あくまで、候補にすぎないが。

そして、なによりも、十五年ぶりにロームと会える。

 緊張に火がついて、ガッと熱くなった。


「合格祝いは、アースでしよう。他の皆には悪いけれど、幹部とそして遊とだけで」

「あ、はい。予約は」

「もう済ませているよ」


 ボスと幹部だけなら、わかる。しかし、遊も一緒とはどういうことだろうか。

 あ、いや、試練が終わっても、遊の護衛を続けるべきなのか。

 遊を振り返ると、なにも聞こえていないような様子で、腕を組みそっぽを向いていた。


「遊の方は、例の返事を今日中にお願いできるかな?」


 ボスが笑いかけても、遊は無反応だ。

「よろしくね」とボスは一方的に言った。


「今日は夜までこの家を一歩も出ないように。じゃあ二人とも、頑張ってね」

「はい、ボス。……必ず」


 祝いの手配は済ませてもらっているんだ。期待に応えなくてはいけない。

 オレは力強く頷いて、廊下を確認してから、不機嫌な遊とともにボスの部屋を出る。

 遊は腕み組をしたまま、俯いていた。黙っている。


「例の返事とは……ッ」


 なにかと問おうとした。

言いかけると、横目で睨まれる。聞いてはいけなかったらしい。

今にも爆発してしまいそうだが、不気味なほど静かに、ただ遊はオレを睨んだ。


「(おう、ヴォル。久しぶりだな)」

「(あ……お久しぶりです、アリビト)」


 前方から歩いてくる男に声をかけられ、会釈をする。

 アリビト・ヴォルフ。

ボスのはとこ。ファミリーの一員ではあるが、ボスの座を狙っていることもあり、オレや幹部達には好かれてはいない。

 ボスが継ぐことになった時も、彼だけが反対だと反発していたらしい。

 金髪をオールバックにしているアリビトは、髭を蓄えている顔で、愛想笑いを向ける。白いスーツと派手なYシャツ。金使いの荒さがわかる。印象はよくない。

 遊はどんな印象を抱いたのかと、チラッと見てみた。足を止めたオレから離れないようにいてくれたが、アリビトを視界に入れようともしない。


「(シリウスはいるか?)」

「(部屋にいます)」

「(ついにカノジョ、できたのか?)」

「(違いますよ)」


 アリビトはオレをからかってから、護衛一人とボスへ向かった。

少し気掛かりだが、ボスの部屋にルポ達が入るのが見えて、安心することにする。


「で、アースってどんな店?」

「へ? ああっ……ボスのお気に入りのイタリアンの店だ。祝い事はよくそこを使う」


 遊が口を開いたため、少しビクリとしたが、答えながら歩き出す。


「階段を下りた地下一階にある店で、雰囲気ある店だ。料理も美味しいから、気に入ると思う」

「へー」

 適当な相槌を打ちながら、遊は遠くを見ている。だんだん表情が険しくなっていき、やがて足を止めた。

オレも足を止めて廊下を見渡す。

 それは息を潜め、見られている気配がする。

 カルロ?

 いや、違う。

 大勢に囲まれている。

 遊に気を配りながら、警戒をしていたら、向かおうとしていたリビングルームからカルロから出てきた。


「先ず、謝らなくちゃいけないな。ヴォル」


 銃を片手に立つカルロが、オレに向かって言う。


「大事な大事な最終試練だと言うのに、この6日間、オレは生温いことをした。すまない。だから最終日の今日、全力でいかせてもらう」


 そう笑うカルロに、オレは戦慄した。


「婿候補の試練なんだ。全力でやらなきゃ失礼だろ。だから、皆にも参加してもらうことにした」


 パチン、とカルロが指を鳴らせば、リビングルームからゾロゾロとリキ達が出てきた。

手には銃。ペイント弾のものだ。

 ゾワゾワと戦慄が駆け巡り、オレは腕で遊を下がらせた。

 カルロが銃口を向ければ、全員が構える。三十一の銃口が、オレと遊に向けられた。


「す、すみません! ヴォルアニキ! 兄貴のためなんです!」

「わりーな、ヴォル。最終試練なんだから、これぐらい乗り切れ」

「ごめんなさい、ヴォル!」


 リキ、トニー、メルがオレに謝る。

 カルロに、試練のためだと説得されたらしい。

 一気に、ハードルが上がった。カルロの全力の襲撃も防ぐ自信がないというのに、この豪邸に住むファミリー全員が狙う。

 今日はこの豪邸から一歩も出るなとも言われている。

 つまり、最終日は、この豪邸内で三十一の弾丸から、遊を守らなくてはいけない。


「さあ、猶予を一分やる。始めようぜ。お前の最終試練」


 ニカッ、といつものように笑いかけるが、カルロからはナイフのように鋭利な威圧感を感じた。

 いや、牙だ。いつでも、噛みつく。そう感じた。

 ほぼ無意識に、オレは遊の手を握り締めた。




20150530

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